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最端の魔女の館

 最端の魔女、オートゥイュ・ペスカロロの弟子となった俺は、オートゥイュ(以降師匠とする)に跡継ぎを育てるよう命じた王国の王から、最低限街を歩ける程度の服を渡され、すぐさま顔見知りのメイドに着替えさせられた。

 何人かの貴族をたらい回しにされ、最終的にたどり着いた姫の奴隷という地位に、当然ながら愛着というものは無かった。毎晩毎晩、うんざりするほど長い階段を昇らせ体力を絞り、更には精力まで絞られる生活に愛着があるはずがなかろうというものだ。何度も夜を姫と共にしたメイドからは労いの言葉まで貰ってしまった。好きでもない男、それも奴隷に裸体を晒した者が向けていい笑顔では無かった。

 ともあれ、二十歳には不相応な程に小柄な俺と、頭二つ半は背が高い師匠とで、さながら親子のように手を繋いで城を出た。王も姫もメイドも騎士も兵士も微笑ましいものを見るような目で見ていたが、ここにそのような目を向けるべき子供はいない。いくら師匠が俺の母を自称しようともだ。


 歩幅が違いすぎるせいで、城下町を共に歩くのも一苦労だ。明らかに師匠が俺に気遣い、ゆっくり歩いてくれている。適当な人の割に意外と……、と思っているのは俺だけではないらしい。きっといつもはあのハイテンションで城下町を歩いているのだろう。小さな歩幅で子供(二十歳)を連れ歩く様は異様なのか、注目が集まる。師匠と、俺の顔に。

 俺が最初に奴隷になった時に付けられた頬の焼印がチクリと疼いた。


 城から出て数分歩き、城下町の中央から少し離れたところに、魔女の屋敷があった。パン屋や服屋、小物屋なんかが並ぶ街並みに、一件だけ住宅があるというだけでも異様だが、その大きさも異様だ。屋敷は縦にも横にも異様に大きく、門や塀まで大きい。ちょっとした巨人が住んでいると言われても、信じるものはいるだろう。

 存在意義が有るのか怪しい門、というかでかいアーチを潜り、敷地に入ると、芝生の地面が広がっていた。……異様に大きい足跡のようなものが見えるが、どう見ても師匠のものではない。


「ようこそ、我が家へ。そして今日からおかえりだ、コンスタンタン」

 二ッ! っと、吸血鬼や悪魔ならその笑みだけで灰にしそうなほどの明るい笑みに、俺も釣られて頬が吊り上がる。

「えっと、じゃあ、……ただい、ま」

 ――ただいま。この言葉を言うのは、思えば何年振りだろうか。一度でも言ったことがあるだろうか。

 俺の返事が意外だったのか、師匠はキョトンと目を丸くしたが、すぐに元の調子に戻り、俺を子供のように抱き抱えた。

「とりあえず屋敷の案内からだな。今日からここはお前の家になるんだ。とっとと覚えろよ?」

「屋敷は慣れてる。多分、なんとかなる」

「何? お前、実はおぼっちゃま?」

「なわけないだろ。奴隷飼うような貴族の家は大概でかい」

「ああー、なるほどな」

「おい降ろせ。歩けないほどガキじゃねぇ」

「ヤダ。お前ちっさくて私と歩幅あわねぇじゃん」

「アンタがデカすぎるんだ」

「お前がちっこいんだよ。歳幾つだ?」

「……二十」

「詰んでんじゃねぇかっ! ックッハハハハハハ!!」

「悪かったな、チビで。おかげで引く手数多だったぜ」

「これじゃあ私と一緒に移動する時はずっと抱っこだな」

「なに!? 魔法でどうにかならないのか!?」

「浮遊魔法とか風魔法使えば、まぁなんとかなるな」

「背を伸ばす魔法とかはないのか?」

「さーな。あるかもしれねぇが、私は知らねぇ。なにせ要らないからな」

「……だろうな」

 下手すりゃ俺の背丈より大きいのではないか、この女の歩幅。

 両手が塞がっている状態でどう扉を開けるのかと思ったら、近づくと勝手に開いた。

 

 師匠の髪に似た、朱色の絨毯が床一面に敷かれている。天井や壁の壁紙はシンプルなものだが、細部に金や銀の装飾が施されている。


 俺以外に下ろす荷物もないため、師匠はこのまま屋敷の案内を始めた。


「ここがリビング。兼、私の部屋だ。基本的に私はここにいる」

 ダイニングテーブルやワークデスク、本棚、タンス、クローゼットが、放り投げたかのように無造作に置かれていて、唯二つ、ベッドがダイニングテーブルを挟むように並べられている。椅子の代わりだろうか。隅には上に伸びる螺旋階段がある。

 壁にはフライパンや鍋、調味料の瓶なんかがぶら下がっている。キッチンはないようだが、魔法でどうにかするのだろう。


「ここが厨房。料理はリビングでできるから、冷蔵庫以外使ったことがない」

 なんでそんな扱いなんだ。確かに炉を使った形跡はないし、油汚れが一切無い。


「ここがトイレ。糞尿を魔力に変換して洗浄するから、流す必要もない。……だが魔力をそれなりに扱えなきゃ使えないから、お前はしばらく私同伴でトイレを使うことになるな」

 その手の経験が無いでは無い、というか城の牢はトイレに壁がなく男女共用だったが、それでも絶対嫌だ。


「ここが浴場。トイレと似た魔法が使われてて、基本みがく必要がない。そして魔力が扱えないとまともに風呂に入れねぇから、私と一緒に入るわけだな」

 だから、いやだ。


「ここがアトリエ。つっても基本リビングで作業するから、使うのはゴーレムを作る時くらいだな」

 一階から三階まで吹き抜けになった、異様にでかい部屋。外へと繋がる、巨人が使いそうな扉がある。裏口らしい。

 師匠、オートゥイュ・ペスカロロのゴーレムは、強大な労働力として貸し出されるそうだ。食材や建材を店に運んだり、手作業じゃ時間がかかる建築を手掛けたり。このでかい屋敷も、躯体はゴーレムに作らせたらしい。


「ここが倉庫。ばあちゃん、母様、私と、ペスカロロが適当に物突っ込んでるからこの世界の大体のものはここにある。着替えとかもあるだろうから、好きに使っていいぞ」

 そこそこ歴史のある家系らしい。平民の民家が二つ入ってしまいそうな部屋に、木箱やタンス、樽が敷き詰められている。


「ここが客室。使ったことはない」

「ここがワシツ。……つっても知らねぇか。じいさんの趣味で作った、極東の文化らしいが、私にはなにがいいのかさっぱりわからん。使いたかったら好きに使っていいぞ」

「ここから先が全部空き部屋。そのうち倉庫になるんじゃねぇかな」


 三回まともに使われていない部屋が三つ続いた後、二階の、リビングの真上に位置する部屋に来た。


「ここが、お前の部屋だ。元々私の部屋だったから、匂いとかそのままだけど、まぁ気にするな」

 ベッド、机、椅子、タンス、本棚。必要最低限のものが、明らかに高級そうな物で揃っていて上品な雰囲気だ。あのリビングという名の魔境を作り上げた奇人が使っていた部屋とは思えない。

 気になるのは、隅にある下につながる螺旋階段。そういえば、リビングにもあったな。


「足りないものがあったらなんでも言ってくれ。倉庫から探すか、買ってくるから」

 師匠はそう言いながら、俺をベッドに下ろした。妙に甘ったるい香りが部屋中に広がる。


「あ〜、いい加減、腹減ったろ? なんか作ってくるから、少し寝てろ」

 急に師匠は照れ臭そうに、頭をかきながらリビングへと降りていった。


 なんだろう、怪しい。いくらなんでもいい人すぎやしないか。あれが、俺を渋々引き取った人間のする態度か? 御伽噺のように、悪い魔女が俺を騙そうとしていると言われた方がまだ納得だ。現状、俺の信用を得るメリットなんてほとんど無い。この国の姫の夜の相手をしていたが、何か重大な情報を握った覚えもない。というか、あの城は奴隷がいるのが不思議なくらい透明な城だ。その奴隷も、悲惨というほどに悪い扱いを受けることは一度も、誰一人としてなかった。

 過去、俺を飼っていた貴族どもが異常に見えるほどに、この国は良い国すぎる。それなら師匠、オートゥイュが良い人すぎても仕方がないかもしれないが、そんな単純だとも思えない。

 こんな国が、世界最大の王国として生き残っていることすら意味不明なのだ。


 枕に頭を預けて思考を巡らせていると、強烈な眠気が襲ってきた。


 そういえば、睡眠のためにベッドに寝そべったのは久しぶりだ……。


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