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最端の魔女

 もう何時のことだったか。

 とりあえず、俺が国飼いの奴隷をしていた頃だ。

 これからなんて考えず、これまでなんて考えず、何も考えず淡々と何もない日常を過ごしていた時だ。

 照明が最低限で、薄暗い鉄格子の牢で眠る俺を――常に眠ったように生きていた俺を、後に師匠となる女は叩き起こしたのだ。

 いや、叩いたのは王国の兵士だし、師匠が俺を目当てにそこへ訪れたわけでもないのだが。

 鉄の首輪で重い首を上げて見上げて、俺は魔女に目を奪われた。――もちろん比喩だ。

 血の凍るような美しい女だった。腰まで伸ばされた朱色の髪、純金のように輝く無機質な瞳、作り物めいた左右対象の整った顔つき、黄金比だとか造形美という言葉が似合いそうな体付き。

 スッと、俺の首元に叩けば割れそうな右手が伸ばされる。五指に嵌められた五つの緋色の指輪が、妖しく光る。

 首輪を撫でると、首輪は粉々に砕け散った。見張っていた兵士が慌てて剣を抜くが、女が制した。

「ククッ、無粋な真似をしてくれるな。私がたかが奴隷にどうこうされるとでも思うたか?」

 卑しく笑う女に、兵士は怖気付きながら下がる。

 女は上から下へと俺を見渡しと、「フンッ」と不機嫌そうに鼻で笑う。

「私は今日からお前の師となり母となる最端の魔女、オートゥイュ・ペスカロロだ。お前、名前はあるのか?」

 魔女――オートゥイュは空を切るように指を振ると、俺の薄汚れた奴隷着が清潔なものになった。

「……ジェーン。ジェーン・ドゥ」

「はっ、そいつは蔑称だろうが。名無しの女って意味だぞそれ。奴隷とはいえ野郎に付ける名前じゃねーよ」

 ……知らなかった。それは普通に知らなかった。どうりで同僚に名乗ると哀れみの目で見られるわけだ。

「そうだなぁ……。ん〜……。コンスタンタン。……コンスタンタン・ペスカロロ。うん、今日からお前はコンスタンタン・ペスカロロだ。私がペスカロロを名乗ることを許す!」

「コンスタンタンの方がとてつもなく嫌なんだが」

 心なしか、兵士や他の奴隷達からも哀れみの目が向けられている気がする。

「さてはお前達、コンスタンタンを知らぬな?」

 知るわけないだろ。すごい名前だとしても、ネーミングセンスが悪すぎる。

「コンスタンタン、ざっくり言えば銅とニッケルの合金で、温度による抵抗の変化が少ないのが特徴だ」

 ……んなこと言われてもよく分からん。

「なぁに、私が決めたんだ。もう変わらねぇから諦めて気に入れ」

「実は微妙だなってあんたも思ってんだろ!?」

「ククッ、……我ながら良い名前だと思っておるぞ? タンタンってあたりが可愛らしくて良いじゃないか」

「名無しの女を否定しておいてそれを言うのか!?」

「クッハハハハッ! ハハハハハハハッ! それだけ威張れりゃ問題ねぇよ我が弟子ィ!」

 オートゥイュは狭い牢のなかで舞うように回りながら笑う。

「今日がお前のビックバンだ! 世界が進み、宇宙が縮み、物語が加速する! 誇れよコンスタンタン・ペスカロロ! 最端の魔女がお前の始まりを看取るんだ!!」

 痩せ細った俺をさながらぬいぐるみのように抱き上げ、顔を豊満な胸に埋めるように抱き締めて、ピョンピョンと跳ねる。

「ムグゥ……」

「弟子なんてうんざり極まり無いと思っていてが、なかなか悪く無いじゃぁないか! 気に入った! 実に気に入ったぞ! クハハハハハハハハ!!」


 後日聞いたが、俺を選んだのは「連みも群れも馴れ合いもしていないのがお前だけだった。仲間を連れていかれるなんて、残す方も残される方も面白くないだろう?」とのことらしい。

 適当な人だった。

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