国王を殺して救国の士と言われた、ある男の話
「また税金が上がるそうだ」
「二か月前に上がったばかりじゃないか」
「王が寵姫たちに宝石を贈る為だとよ」
「まさか。でも、あり得る。寵姫たちを献上した貴族ばかり引き立てているんだろう? まともな官吏は全部、地方に飛ばされたそうじゃないか」
「まあな。宰相ですら、寵姫を一番多く献上した奴だ」
「終わってるな。誰か何とかできないのか?」
「なんとかできる奴なんかいるか? 諫めた貴族は処刑されるか領地に閉じ込められてるんだぞ」
「王妃様とか、王子様とか、何とかできる奴がいるだろう?」
「無理無理。王妃様だろうが、王子様だろうが、王様は止められねーよ」
「この国、もう駄目だな。隣国に攻められたら、終わりじゃねーか」
「だろうーな」
王都の下町の酒場で聞こえてくる会話に、体格のいい二人の男が聞き耳を立てながらエールをあおっていた。一人は若く、もう一人は中年だ。
「団長。このままじゃ、もう駄目です。討ちましょう」
「やめろ。お前の剣を汚す気か」
中年の男は若い男を諭した。
「オレが剣を捧げたのはあんな愚王じゃない。この国です。団長もわかっているでしょう?」
「今、王を討っても国が乱れるだけだ。付け入る隙を与えてしまえば、この国は滅ぶ」
「でも、団長」
「やめろ。酒が不味くなる」
「・・・!」
こうして騎士団長が下町の酒場に来ているのには理由がある。民衆に流れている国内外の噂を直に聞きに来るためだ。
今なら、国王や国への不満だろう。
噂の通り、今の王宮にはロクな人材が残っていなかった。
中年の男が騎士団長でいられるのも、国王に非を唱えていないからだ。
貴族たちは自分や息子を騎士団長にしようとあの手この手を使って国王を篭絡しようとするが、国王も自分の身は可愛い。実力を知ってる現・騎士団長やその部下を辞めさせて、身辺警護を甘くする気などなかった。
とはいえ、非を唱えても辞めさせないとは限らない。
現・騎士団長はどうしても国王の近くに居続ける為に口を閉ざして、剣にだけ興味があるように見せていた。
若い騎士は尊敬する騎士団長の態度が歯痒かった。
◇◆◇◇
「やってくれるな、ルーミス」
「仰せのままに。――代償はおぼえておられますか?」
「わかっておる。事が成就した暁には、そなたの願いを叶えよう」
◇◇◆◇元・騎士団長ルーミス視点
「団長! 何故、こんなことを! 団長は興味ないとおっしゃってたじゃないですか!」
国王を弑した俺に会いに地下牢まで来るとは、馬鹿なことを。
「あの男が嫌になっただけだ」
「嘘です! そんなはずありません! きっと何か事情が・・・!」
こいつは正義感が強かったから、うまく誘導する必要がある。
「嘘ではない。気が変わったのだ。あの男が許せなくなっただけだ」
「本当のことを言ってください、団長!」
「俺はもう、団長ではない。帰れ!」
「帰りません! あなたが団長ではないと言うなら、その命には従えません!」
「・・・」
本当に帰らなかった。
何時間も俺の牢の前に立ち続けた。立ち続けて、牢番から連絡を受けた同僚の騎士に引きずられて行った。
「・・・馬鹿が」
馬鹿なのは俺も同じだ。
彼女が手に入るからと国王を殺した俺も相当、馬鹿だ。
大馬鹿者だ。
彼女が手に入るはずもないのに、手に入ると言われて国王を殺したのだから。
わかっていたことだ。彼女が手に入らないのは。
取り引きが反故にされることなど、はじめからわかっていたことだ。
それでも、彼女を手に入れられる、と妄想に酔いしれた。
たった一度、彼女を手に入れられる、と聞いただけで、主君である王を殺した。
だが、約束が守られなくてよかったのかもしれない。
彼女は何の瑕疵もなく、罪悪感にも苛まされることはなく、生きていく。
王妃に一方的に逆上せ上った男が暴走して、彼女の夫を殺しただけのこと。
国を傾けた好色な王が死に、王妃腹の王子が後を継ぐ。
女に溺れる夫にプライドを傷付けられ、夫の寵姫たちに嫌がらせをされ、それでも背筋を伸ばし続けた彼女が復讐を願って何がいけないのか。
彼女が息子の王位を望んで何がいけなかったのか。
身の程知らずの愚かな男が王妃をこの腕に抱けると夢想して、王を弑しただけのこと。
彼女は何も悪くない。
◇◇◇◆
かつて、女好きのあまり、国を傾けた王がいた。
国を憂いた騎士団長が愚王を討ち、王子が王位を継いだ。
王を討った騎士団長は弑逆の罪を問われ、処刑された。
寵姫を後見していた貴族たちは新王に横領や暴虐の罪を問われ、処刑された。
先王に疎まれていた心ある者たちを積極的に登用したことで、新王は賢王と呼ばれた。
賢王の母は息子が王位に就くと、離宮に引き篭もって、それからの長い余生を過ごした。
その離宮の庭には賢王の母が作った詩の石碑が立てられ、賢王の母が日参していたという。
その詩は亡き先王への想いを綴った詩だと言われているが、後年の調査でその下に埋められていた骨の主への詩ではないか、と言われている。