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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ある日記憶喪失になった俺のところに幼馴染が現れたが、実は存在しない偽りの記憶を植え付けようとしている幼馴染を名乗る不審者だった件

後半はサイコホラーとなっております

ご注意下さい

「幼馴染はいいぞ♪幼馴染は性癖さ♪」


 ある日の放課後、俺は自作の幼馴染を称える魂のソングを鼻歌交じりに歌いながら、廊下を上機嫌で歩いていた。


 ついさっきまで図書室で幼馴染に関する文献を漁っていたところ、なかなかに収穫があったのでホクホクしているところなのだ。

 幼馴染について新たな発見をしてしまい、見識がまた深まってしまったことに喜びが抑えきれず、思わず大声を上げてしまう。


「やっぱり幼馴染は最高だぜ!」


 幼馴染こそ至高の存在。原点にして頂点。

 それが俺、新屋敷勝利(あらやしきしょうり)のモットーであり、座右の銘であった。


 物心ついた時から幼馴染に対して並々ならぬ執着心を持っていた俺は、高校生になった現在では無類の幼馴染好きとしてこの学校においてはちょっとした知名度を持った有名人であったりする。


 まぁ大半のやつは俺を白い目で見てくるし、友人も「あいつ頭おかしい」とかからかってくるが、俺にとってはむしろ褒め言葉でありご褒美だ。


 根っからの幼馴染狂いであることを自負する俺にとっちゃ、ちょっと人から外れてるくらいでちょうどいい。いや、そのほうが人とは違う視点で幼馴染の新たな魅力に気付くことができるだろう。


 それは俺にしかできない、ある種の天命のようなものとして捉えている。

 理解などされなくていいのだ。そう、俺だけが真の幼馴染の良さに気付いていればなぁ!


 それができないパンピーのほうが、むしろ俺には哀れに思えるぜ。

 他人と迎合して、いったいなにが楽しいんだが。幼馴染という覇道にして王道たる性癖を極めんとする俺こそが、唯一無二の幼馴染マスターよ…


 俺は自分が誇らしくて仕方なかった。だがこんな俺にも、ひとつだけ欠点といえるものが存在している。

 その欠点こそが俺にとってもっとも忌むべきことであり、受け入れがたい真実。


 そのことを考えるだけで自然と唇を血が滲むほどにかみ締めてしまうほどだ。

 ただこの一点のみに関しては、神様を恨まざるを得ない。


(恨むぜ、神様……俺に幼馴染を与えなかったことをよぉっ!)


 そう、俺には幼馴染がいなかったのだ。

 俺はこれほどまでに幼馴染を愛しているというのに、世界は俺を拒絶したんだ。

 幼馴染という縁に結ばれることなく、俺は一六年もの歳月を無為に過ごしてしまっていた。


「この世界は狂ってる…こんなの絶対おかしいよ…」


 行き場のない憤りの感情が、全身を駆け巡る。

 この世の理不尽を、俺の身体の細胞ひとつひとつが嘆いているのだ。

 わかるぜ、俺。俺も全く同じ気持ちなんだからな。


(クソ!普通俺のような幼馴染の求道者には、あらかじめチュートリアル的な幼馴染を隣の家に配置してくれるものじゃないのかよ!)


 思わず拳を握り締め、内心で悪態をついてしまうのも、無理からぬことだろう。


 幼馴染好きの主人公の隣家には可愛い幼馴染。

 こんなこと、世界史の教科書に載る程度には当たり前のことであるはずなのに…

 俺は幼馴染ガチャを引く権利すら持っていなかったという事実が、心に暗い影を生み出していた。


「あーあ、どっかから幼馴染がひょっこり現れたりしないかなぁ」


 先ほどまでの高揚感もどこへやら。

 すっかり意気消沈してしまった俺は一階へ続く階段をへと一歩ずつ踏み出しながら、つい嘆息していたのだった。


 まぁ確かにこれはただの理想。机上の空論だ。

 いきなり幼馴染が空から降ってくるなんて、そんな都合のいいことがあるわけが…







「分かったよ。その願い、叶えてあげるね♪」




「へ?」


 それは突然のことだった。

 背後から声が聞こえてきたと同時に、俺の体に浮遊感が生まれたのだ。


「えっ……」


 それが誰かに背中を押されたからであり、俺は今階段から落下している最中であることに気付いたのは、大きな落下音とともに俺の意識が暗い思考の渦の底へと沈んでいく、痛みのないまどろみのなかでのことだった。










 さて、結論から言うと、俺は一命を割と余裕で取り留めていた。

 どうやら俺は普通の人間より、かなり丈夫にできていたらしい。


 階下から廊下に顔面ダイブをかましたというのに骨にも異常がなく、せいぜい口の中を切ったとか鼻血くらいで済んだのは奇跡だと、医者に半ば呆れられながら褒められたほどである。


 とはいえ、奇跡には代償がつきもの。

 俺はほぼ無傷であったことの対価として、過去の記憶をほぼ失ってしまったのである。


 俗にいう記憶喪失っていうやつだ。ここはどこ?私はだあれ?なんて言葉をつい口にしてしまうくらい、俺の脳は過去を綺麗さっぱり消失していた。


 それでも事故に合う直前の出来事はよほど鮮烈だったのか、割とハッキリ覚えており、起こったことは詳しく説明したのだが、見舞いに来た親も医者も半信半疑どころか胡散臭そうな目で俺を見ていたことがちょっとショックだった。



 俺は正直に「幼馴染の神が俺に幼馴染を与えるべく、階段から突き落としたんです」と、真剣な目と身振り手振りで熱心に語ったというのに。



 医者は打ちどころか悪かったのでしょうとか目を逸らしながら言うし、親に至っては元からおかしかった頭だけど、打っても良くはならないどころか悪化するだなんてと嘆くし、もう散々だ。


 どうやら元の俺とは性格は差して変わっていないらしいことは良いことなんだろうけど、大人たちの汚い反応を見ると何故か泣きたくなってしまうのは、俺がまだ少年期を越えていない思春期の純情ボーイであるからだろうか。


 こんな時は、心の幼馴染に頼るに限る。俺は瞑想するように心の内側に存在するイマジナリー幼馴染と夜のイチャラブ会話を妄想しつつ、検査のために一晩泊まることになった病院の夜を乗り越えたのであった。




「…………」




 すぐ近くにいた何者かの存在に、気付かないまま。






 そして数日後、俺は学校へと向かっていた。

 理由?んなもん登校するためだよ、それ以外になにがあるんだ。


 ああ、記憶がないし事故からまだ二日そこらしか経ってないのにもう学校行くとか早すぎないかっていうことか。

 一応理由はあるんだよ。簡単に言ってしまえば出席日数が足りないからだ。シンプルな理由だろ?


 なんでも記憶を失くす前の俺はしょっちゅう学校を休んでは、幼馴染を感じるための修行をするとか幼馴染を探すための旅に出ていたりしたらしい。


 なんとも素晴らしい、真っ当な理由だと思うのだが、世間の理解は得られなかったらしく、公休扱いにはならなかったようだ。

 学校にも直談判したらしいが却下されたらしいし、やはり大人は融通が利かないな。世間というのは、どこまでも夢追い人に冷たいらしい。


 ちなみにこれらの情報は、俺が記憶喪失になったことを聞き付け、先ほどの休み時間までいろいろ教えてくれたクラスメイト経由によるものである。


 最初のうちは物珍しさもあってか、他クラスからの生徒まで来ていたのだが、俺が話している姿を見るや、「なんだ、いつもの新屋敷と変わんないじゃん」と次々に去っていき、放課後に近づいた今では誰も話しかけてはこなかった。


 どういうことだ。俺はそんなに変わることなく自分を保っている人間だというのか。

 人としての芯が常人とは違うのかもしれないな。さすが俺だぜ。

 目の端から涙が溢れているのは、きっと気のせいだろう。

 そう思わないとやってられるか、ボケェ。


「あの、新屋敷くん」


 ちと別のことを考えるか。思考を切り替えるのは大事だ。

 あ、そういえば幼馴染の神様が願いを叶えてくれるといってたよな。

 ならそろそろ幼馴染が現れてもいい頃合だと思うんだが…


「新屋敷くん?」


 まぁそんな都合のいい話も早々ないか。

 記憶にないが、幼馴染という単語を聞くと、胸が異様にときめくのだ。


 心と身体が幼馴染を求めているに違いないが、こうまで強く求めるというのなら、俺にはきっと幼馴染という存在がいなかったのだろう。

 そう考えるとひどい落胆が襲って来るが、所詮人生というものは、こんなものなのかもしれないな。


「あらや……勝利くん?」


 なんて俺は可哀想なんだ。哀れすぎる。

 どうしよう、いっそ来世に賭けてワンチャンダイブもありかもしれない。

 元の俺には申し訳ないが、このつらさに耐えるなんて俺には無理難題というもので…


「しょうりくーん!」


「うおっ!?」


 そんな思考の海に沈みかけていたとき、横合いから突然大きな声が俺を襲った。

 思わず俺もびっくりしてしまい、声を上げてしまう。


「な、なんばしよっと!?」


 変な方言まででてしまったが、それはご愛嬌というものだろう。

 声がしたほうへと反射的に顔を向けるのだが、そこにはびっくりする光景が待ち受けていたのだ。


「あ、やっと反応してくれた。もー、ちょっと鈍いよぉ」


 嬉しそうに笑う艶やかな黒髪を携えた、えらい美少女がそこにいた。


「え、あっ、っと」


「なにも言ってくれないんだもん。頭を打っていたから、まだ後遺症でもあるんじゃないかとちょっと心配しちゃったよ」


 肩に掛かるくらいのセミロングの髪が、彼女の声に合わせて僅かに揺れる。

 大きなアーモンド型の瞳もクリクリ動き、俺の顔を心配そうに覗き込んでいた。


 その瞳に映る俺の顔はえらく間抜けなものであり、ポカンとした信じられないようなものを見ているような驚きを含んだものである。

 だがそれも無理はない。



 ハッキリいって好みのタイプど真ん中。

 俺にとって目の前の少女は、理想の美少女であったのだ。


「か、可愛い…」


 無意識のうちにそう呟いてしまったのは、彼女の容姿がとても優れたものであったからだろう。

 とはいえ、これは現実での話だ。いくら夢とまごうほどに理想通りの女の子であっても、彼女は俺の目の前に確かに存在している現実世界の住人だった。


「え……しょ、勝利くん。今なんて…」


「あ、そ、その」


 だから女の子が俺の言葉に反応するのも、至極当然のことである。

 彼女が顔を赤らめるのを見て、俺は自分の失言を悟っていた。


(な、なにを言っているんだ俺は。頭を打って理性もパーになっちまったっていうのか!)


 慌てふためく俺を見て、眼前の美少女はクスリと笑う。

 それはなんとも無邪気で、愛らしい笑みだった。


「クスクス。やっぱり勝利くんは面白い人ね。昔から変わらないなぁ」


「いや、それは…ん?昔から?」


 思わず食いついてしまったのは、無理からぬことだろう。

 今彼女は、俺にとって決して聞き捨てならないことを口にしたのだ。


「うん…それも覚えてないの?」


「あ、ごめん。その、君と俺はなにか関係があったのか?」


 少し悲しそうな顔をする女の子を見て、心がチクリと痛みを覚えた。

 それでも、これだけは聞かなければいけないのだ。

 魂に刻まれたなにかが、俺に行けと命じているのだ。



 痛みを上回るドキドキが、俺の心臓に早鐘を打つ。

 俺は宣告を待つ死刑囚のような気分を味わいながら、彼女のピンク色の唇が開いていくのを息を飲んで見つめることしかできずにいた。


「そっか…えっとね、私達、昔からずっと一緒だった幼馴染なの」


「!!??」


 そして、口から出てきた言葉は俺の求めていたもので。

 それを聞いた瞬間、俺の思考は完全に停止してしまったのだ。


「えっと…それマジ?あ、俺君の名前知らないんだけど…」


「うん、ほんとだよ。私は片桐静那(かたぎりしずな)っていうの。同じクラスだし、改めてよろしくね」


 それでもなんとか口を開くのだが、俺のおぼつかない質問にも彼女は笑って答えてくれた。


 片桐はどうやら性格もいい子らしい。俺は彼女のことをまるで覚えていないのに、嫌な顔ひとつしないなんて…陰で拳をグッと握ってしまうのも、無理からぬことだろう。


「そ、そっかー。マジかー。俺に幼馴染がいたなんて、ついてるなー」


「ふふふ。勝利くん、ずっと幼馴染が欲しいって言ってたもんね」


 クスクスと楽しそうに笑う片桐。クラクラするような笑顔だ。

 こんないい子が俺の幼馴染だなんて、感動してしまうのも仕方ないじゃないか。


「か、片桐。その…」


 おっかなびっくり話を続けようとしたところで、片桐は人差し指をピンと立て、俺の目の前へと持ってくる。自然とその指先へと、俺の視線は吸い込まれていた。


「静那、だよ。勝利くんはいつもそう呼んでたんだ。だから今の勝利くんも、そう呼んで欲しいな」


 そして諭すように、片桐は自分を名前で呼ぶよう催促してきたのである。

 その声にはどこか茶目っ気のようなものが含まれており、同い年のはずなのにどこか年上のお姉さんのように錯覚してしまう。


「あ、ごめん。えっと、静那」


「うん♪」


 彼女の魔性に飲まれるように、俺は名前を呼ぶのだが、嬉しそうに静那は頷いてくれた。

 それを見るだけで俺も自然と嬉しくなる。

 

 これが幼馴染…もしかしたら俺はこの子のことを、ずっと待っていたのかもしれないな…


「じゃ、そろそろ帰ろっか。時間も遅くなったしね」


 陶酔にも似た感覚に浸っていると、静那はスイっと手をこちらへと差し出してくる。

 とても綺麗な指先だ。肌も白くて、まるで白魚のようである。柔らかそうだなと、ふと思った。


「…………?」


 とはいえ彼女の意図がまるで分からない。

 首をかしげて戸惑っていると、静那はまたもやニッコリと微笑み、


「ほら、手を繋ご?いつもこうして帰ってるじゃない」


「ホアッ!?」


 などと、俺にとって信じがたい言葉を発したのである。


「え、い、いいいいの。お、幼馴染と、そそそそそんなことして?お、俺許されるの?明日死なない?」


「もちろんだよ♪さ、早く帰ろ?」


 俺は思わず面食らい、ドモリ全開の質問を投げかけていた。恥ずかしすぎるだろ、俺。


 だけど、そんな俺にも静那は朗らかな笑みを浮かべながら、再度手を差し伸べてきたのだった。


 彼女は女神の生まれ変わりなんじゃないかと、その時の俺は思っていた。






「………それでね、小学校の時、勝利くんはクラス委員長だったの。あと運動会のときなんて、君は徒競走の途中でコケちゃったんだよ。頑張っていたんだけど、張り切りすぎちゃったみたいで、私心配だったんだから」


「そ、そうなんだ。なんか間抜けだなぁ、俺」


 その後、俺たちは校門を抜け、坂道を下りながら帰宅の一途を辿っているところだった。

 着実に家へと近づいているのだが、それでも繋いだ手が離されることはない。

 俺はドキドキしながらも、静那が話す昔話を半分聞き流しながら、ただ頷き続けていた。


「ううん、そんなことないよ。とってもカッコよかったもん。昔からそうだったよ。やっぱり勝利くんは素敵だなぁ」


 ああ、なんて素晴らしいのだろう。

 幼馴染との下校という、間違いなく最高のシチュエーションを前に、俺は幸福の絶頂にいた。

 思い出話をしながら帰るなんて、こんなことが本当にあっていいのだろうか。


「いや、でも俺なんにも覚えてないし。それに、素敵っていったら静那のほうが…」


「ありがとう。フフッ、嬉しいな」


 俺のたどたどしい言葉にも、幼馴染は笑ってくれる。

 きっと記憶を失くす前の俺が見たら血涙を流すことだろうな。へへっ、記憶喪失さまさまだぜ。

 世界中探しても記憶喪失になったことを感謝する男なんて、きっと俺くらいのものだろう。


 もう死んでもいいくらいだ。幼馴染はやっぱり最高だぜ!


「静那…」


「勝利くん…」


 そして俺たちは見つめ合う。

 傍から見れば、きっと俺たちふたりは初々しい幼馴染カップルであることだろう。

 以前の俺が静那のことをどう思っていたかは、俺は知らない。


 だけど、こんなに可愛い幼馴染がすぐ近くにいたのだ。

 憎からず思っていたであろうことは想像に難くない。俺なら間違いなくそうであるからだ。

 そこに理由なんて、必要なかった。


「もうすぐ家に着いちゃうね…」


「あ、ああ。そうだな」


 

 そんな考えがあったから、俺の家まであと少しというところで静那が歩みを止めたとき、つい残念に思ってしまうのも、当然であるはずだった。

 彼女の家がどこにあるのかまでは定かではないが、別れの時は近づいている。


 永遠に離れ離れになるわけではないのだが、まるで自分の半身がいなくなってしまうような感覚を覚えてしまうのは、やはり永い時を共に過ごした幼馴染であるからかもしれない。


「じゃあ、私はここで…」


「し、静那!」


 だからどうしようもない寂しさを覚えてしまった俺が、彼女の手をつい取ってしまったのも、きっと仕方ないことなのだ。

 以前の俺でも、同じような行動を取っていたはずだった。


「勝利くん…?」


「あ、その…」


 だが、それはなにか考えがあってのことではなく、本能で動いたようなもの。

 意図があって呼び止めたわけではないため、二の句が継げないでいる俺に、彼女は優しく笑ってくれた。


「もう、しょうがない子だね。私はどこにも行かないよ。私はずっと、勝利くんの側にいるから」


「静那…」


 俺の考えなんて、どうやら彼女にはとっくにお見通しであったらしい。

 縋るように掴んでいた俺の手を優しく解いた後、愛おしそうに自分の手を撫でる彼女が、なんだかとても綺麗に見えた。


「また明日、ね」


「ああ、また明日」


 そうして彼女は別れを告げてくる。

 俺も寂しさを押し殺し、それに応えて歩き出す。

 俺とは逆方向へと歩いていく彼女の後ろ姿を横目で見ながら、俺は帰宅するのだった。



 ……ん?逆方向?あれれれ?

 浮かんだ疑問に、少し頭を捻りながら。







「ぐふ、ぐふふふふふふ」


 俺は帰宅した後、自室にて実に気持ち悪い笑みを浮かべていた。

 だがこればかりは仕方がない。なんせ幼馴染との帰宅という、夢のようなシチュエーションを体験したばかりなのである。

 思わずベッドに飛び込みローリングさえ行ってしまったが、自分を抑えきれないのだから許して欲しい。いっそ叫びだしたい気分なんだぜ?これでも一応自重はしているつもりなんだ。


「あー…幼馴染は最高だぜ…」


 そうしてベットの上でしばらくジタバタしていたのだが、不意に眠気が襲ってくる。

 まだ夕飯も取っていないし、時間もかなり早いのだが、俺はそれに抵抗するつもりはなかった。


 この高揚感に包まれたまま眠りにつくのは、とても幸福なことだと思ったからだ。

 そうして睡魔に身を委ねると、ゆっくりと瞼が落ちていく。

 目が覚めたとき、これが夢でないことを祈りながら、俺の意識は途切れていった―――






 チュンチュンと、雀が外で鳴いている。


「…………」


 どうやら朝になっていたらしい。あれからずっと眠り続けていたようだ。

 随分早く寝付いたことと、気分良く眠りにつけたことが幸いしたのか、目覚めはとても良いものだった。


 今日も学校があるし、制服に着替えなくてはいけないのだが、俺はベッドの上から動けずにいる。

 頭だけは働いていたが、身体が全く動かない。


「…………」


 そうなるとますます思考が働いていき、頭にかかったモヤを晴らしていく。


 それはもうサッパリと。記憶を取り戻してしまうくらいには。


 そして記憶がどんどん戻ってくることを実感すると、あることに気付くのだ。


「…………俺、幼馴染いないじゃん」


 俺には幼馴染が存在していなかったという、その現実に。





「えええええええっっっ!!!!どうゆうことおぉぉっっっ!!!」


 次の瞬間、俺は絶叫していた。


 え、なに?何故!?why!!??


 俺、確かに幼馴染いなかったよな!?片桐のことなんて記憶にないぞ!!

 小学校どこか中学だって一緒じゃないはずだ。なんであいつ当たり前みたいに小さい頃から一緒だった風に語ってたの!?


 定まらない思考。存在しない記憶をさも当然のごとく語っていた片桐の姿を思い出し、俺は混乱のさなかにあった。


「いやいやいやいや、いやいやいやいや!」


 全く訳が分からない。どうゆうこと?偽りの記憶なんですけど。いくら記憶引っくり返したところで、片桐静那なんて幼馴染いないんですけどぉっ!



 ピンポーン



「おおっ!」


 ひたすら疑問符に埋め尽くされ、心底ビビりまくっていた俺は、階下から聞こえてきたチャイムの音に、ビクリと肩を震わせた。


 ビ、ビビらせやがって!朝からなんだよ!新聞なら間に合ってるぞ畜生!


「い、今いきまーす!」


 その間にもう一度鳴らされたチャイムの押し人に大声で答えると、俺はベットから飛び起きた。

 跳ねた心臓をなんとか落ち着かせつつ、素早く着替えてドアを開け、階段を駆け下りてゆく。

 親は既に仕事に出ているはずだから今家にいるのは俺ひとりだ。

 無視しても良かったのだが、今は片桐のことを考えるとどうにも震えが止まらなかった。



 俺の記憶にある片桐は、ロクに話したこともない、ただのクラスメイトだ。

 確かに美人で有名ではあったが、俺は幼馴染以外に関心がなかったため、特に興味はなかったのだが……こうなると、もはや無視するわけにもいかない存在だ。

 学校に行ったら何故あんな行動を取ったのか、問い詰めなくてはいけないだろう。


「今開けますね」


 そうして玄関にたどり着く頃には、ある程度考えがまとまり、今後の方針を軽く決めるくらいの余裕すら出来ていた。

 あとは訪ね人の対応でもしていくうちに、気持ちも落ち着くことだろう。

 今はとにかくひとりが嫌で、誰かと話したかったのだ。



 ガチャリ



 だから俺はインターフォンを確認することもなく、無警戒のまま勢いよく取っ手を内側に引き込んだ。


 それが間違いであるとも、気付かずに。



(うわ、眩しいな…)


 今日はどうやら天気がいいらしい。

 日差しがやけに強かった。俺は思わず目を細める。


 そんな中で見えてくる人物は、僅かに朝の逆光に隠れているが、俺より背丈は低いようだ。

 どうやら女の人らしい。、眩い朝日を背に、彼女はただそこにいた。


「おはようございま…」


 とりあえず挨拶はしようと思い、口を開くが、それより先に聞こえてくる声があった。



「おはよう、勝利くん♪今日もいい天気だね♪」



 その声に、俺は聞き覚えがあった。

 それもごく最近聞いたばかり。記憶がそう言っている。

 嬉しさから弾むようなその声に、俺の心臓もまた弾んだ。


 だけど、それは彼女のような喜びからではない。

 だって、この声の持ち主は……


「うわぁぁぁっっっ!!!」


 俺は思わずその場から飛び退いた。

 そこにいたのは俺に偽りの記憶を植え付けようとした、幼馴染を名乗る不審者。


「か、か、か、か……片、桐……」



 片桐静那、その人だった。




「うわ、朝から元気だねー。だけど、違うよ。私のこと、ちゃんと名前で呼んでくれなきゃダメじゃない」


 目をパチクリとさせた後、メッと、悪いことをした子供を叱るようにたしなめてくる片桐。

 俺が苗字で呼んだことが、どうやら彼女のお気に召さなかったらしい。


「いや、おま、なんで俺の家を…」


 だけど、今はそれどころじゃない。有り得るはずのない突然の来訪者に、俺の頭は再び混乱状態に陥っていく。


「え?だって当たり前じゃない。記憶を失くす前は、いつも一緒に登校してたんだよ?私はこうして迎えに来るのが当たり前だったんだぁ。明日ももちろん来るからね♪」


 そんなことを、片桐は楽しそうに語る。

 だけど、俺はその言葉に恐怖した。だって当たり前だろう。

 俺の取り戻した記憶の中に、片桐との登校風景など、欠片も存在していないのだから。


「い、いいよ。来なくても…高校生なんだし、ひとりで行くから…」


 俺は必死に言葉を繋いだ。なるべく片桐を刺激しないよう、言葉を選んだつもりだった。


 考えてみれば、おかしな話だったのだ。昨日一緒に帰ったとき、片桐はまるで迷うことなく俺の家へと足を向けていた。

 これが示すことはつまり、最初から俺がどこに住んでいるのか、知っていたということだろう。


 だが、その狙いはなんだ?どうして幼馴染なんて名乗ってここにいる?


 それがまるで分からない。分からないものは、ひどく不気味だ。

 目の前にいる女が、俺はただ怖かった。せめてこの女の意図について、考える時間が欲しい。


「ダメだよ。勝利くん、ただでさえ出席日数危ないんだから。先生にも、勝利くんの面倒見るように頼まれてるの。嫌って言っても、意地でも連れて行くんだから!」


 だけど、片桐はそこから動かない。

 正論を盾に、俺との登校を強行する腹積もりのようだ。制服に着替えていたのも悪かったのかもしれない。

 ここで彼女を上手く追い払う理由が、俺には思いつかなかった。


「わ、分かったよ。今カバンを取ってくるから、そこで待っててくれ」


 観念した俺は、仕方なく片桐との登校を腹に決めた。

 時間稼ぎというわけではなかったが、ドアを閉めて二階の自室へ向かおうと取っ手に軽く力を込める。僅かな時間であったとしても、彼女からとにかく離れたかった。


「あ、ダメダメ。二度寝しちゃうかもしれないじゃない。私も部屋に行くからね」


 だけど、片桐はそれを阻んだ。

 素早く足をドアの間に挟み込むと、そのまま流れるように体を隙間に飛び込ませ、我が家への侵入を試みたのだ。


「お、おい!」


「お邪魔しまーす♪」


 それはあっという間の早業だった。

 止める間もなく、片桐は土間にたどり着き、許可もなく俺の家の敷居を跨いでいたのだ。

 そこに手馴れたものを感じてしまい、俺は背筋がゾッとする。


 こいつ、なんだ?なんなんだ!!??


「じゃあ早速部屋にいこっか。久しぶりだよねー」


 そのままローファーを手早く脱ぎ捨てると、片桐は勝手知ったるかのように、迷わず俺の部屋に続く階段に足をかけた。


 なんで知ってるんだ!?どういうことだよ、おい!!


「ま、待て!片桐!」


 身体を恐怖が駆け巡り、俺は反射的に片桐のことを呼び止めていた。

 俺の声に片桐は首だけこちらを向いて振り返るが、その眼は不満の色がありありと浮かんでいる。


「なぁに?というか、私のことは名前で呼んでって…」


「き、記憶!俺は記憶が戻ったんだ!」


 気付くと俺は叫んでいた。

 この異常な状況に、俺は早くも飲まれていたのかもしれない。

 ここで俺のみが知っている事実を伝えるのは明らかに悪手だというのに、そのことに考えを巡らす余裕もなかったのだ。


「……記憶が?」


「そうだ!俺は思い出した!俺には、お前なんて幼馴染はいないことも、全部だ!」


 だから俺は気付かない。

 訝しげに、だけど可愛らしく首を傾げる片桐の態度についての不自然さに。


「だからさ、帰ってくれよ!お前が何のために幼馴染を名乗ってるのか知らないけど、俺の家から今すぐとっとと出て行ってくれ!」


 俺の絶叫を聞いてなお、顔色ひとつ変えることなくこちらをただじっと見つめてくる片桐の様子に、俺は気付くことがなかったのだ。


「はぁ、はぁ…」


「……なんでそんなことを言うの?」


 声を荒らげたことで息を吐く俺に、片桐はポツリと問いかけてきた。


「はぁ?なんでって…」


「幼馴染が欲しいっていったのは、君じゃない」


 その言葉の意味が分からず、顔を顰める俺の言葉を、片桐が遮っていく。

 自分で聞いてきたというのに、まるで俺に答えを求めていないかのように、彼女はその視線を空へと向けた。


「だから叶えてあげたんだよ。上手く記憶喪失になった勝利くんは、私という幼馴染を手に入れた。それで良かったじゃない。なのに、なんでそんなひどいことを言うのかなぁ」


 言ってる意味が分からない。叶えてあげた?上手く記憶喪失?


 なに言ってんだ、こいつ。頭がおかしいんじゃないだろうか。

 散々そう言われてきた俺だったが、片桐の言葉はそれこそまるで別世界の住人のように思えるものだった。


「なに言ってんだよ。俺が記憶喪失になったのは、事故だろ」


 俺の声は震えていた。恐怖によるものだった。

 目を背けたくて、俺は運が悪かったという可能性にすがっていた。そうしないと、自分が保てそうになかったのだ。


「違うよ」


 だけど、そんな俺の甘えを片桐は一蹴する。

 たった一言で、片桐は俺に残された希望という名の蜘蛛の糸を、切って捨てた。


「私がやったの。勝利くんが幼馴染が現れないかなぁって言うから、私がなってあげようとしたんだよ。それで、都合良く階段を下っていたからちょうどいいやって思って、私が後ろから押してあげたんだぁ。ドーンってね」


 そう言って片桐は両手を広げ、突き出すような仕草を見せた。

 顔は無邪気に笑っており、そこには悪意の欠片もない。

 本当にただ楽しそうに、自分がしたことを自慢げに話している。


「なんで、そんな…」


「だからぁ、幼馴染になるためだってば」


 なんで分からないかなぁと、片桐は頬を膨らませる。

 子供のような仕草だったが、そこに俺が覚えたのは安らぎじゃない。

 ただ理解できない、得体のしれないものを前にした、根源的な恐怖だった。


「お、俺が死んでたらどうするつもりだったんだよ!幼馴染もクソもないだろ!」


 分かりたくない。理解なんてしたくもない。

 まとわりついてくる不気味な気持ち悪さを振り払いたくて、俺は必死に声を張り上げる。


「え、その時は私も一緒に死ぬつもりだったけど?」


 だけどそれは無意味に終わった。

 まるで暖簾に腕を押すかのように、期待した謝罪の言葉もなく、ただ平然と片桐は当たり前のように、そんなことを口にしたのだ。


「し…え…?」


「一応ね。病室には張り付いてたの。様態が悪くなったら大変だなぁって。それでもしダメなようだったら、これで首をスパーってやって、同じタイミングで死ぬつもりだったんだよ。天国でも一緒だったら素敵じゃない?それにタイミングが同じなら、生まれ変わった時にきっと幼馴染になれるし、これっていいことづくめだよね!」


 そう言って目を輝かせながら、片桐は肩にかけていたカバンからあるものを取り出した。

 布に何重にも巻かれたそれをくるくると回転させ、姿を現したのは一本の鉈だ。

 薄く鈍色を発するそれは、片桐の綺麗な白い手にはひどく不釣り合いなものであるように俺には見えた。


「ひっ…」


「ああ、でも、もうそれでいっか。勝利くん、記憶戻っちゃったみたいだし。確かにこれじゃ、ほんとの幼馴染とは言えないよね」


 悲鳴を漏らす俺をよそに、片桐はひとり頷くと、手首を軽く返して手に持った鉈をこちらに向ける。

 一本の太い線となったそれは、俺からはよく見えない。彼女はこれからなにをするつもりなのだろうと、俺は後退りながら考えた。

 本当は分かっているはずなのに、恐怖で震える俺の脳は、ここに至って現実を理解することを諦めていたのかもしれない。


「大丈夫だよ。痛くしないから。私達、今度こそ幼馴染になろうね」


「や、やめ―――」


 それからのことは、一瞬だった。

 昨日の放課後に見た優しい笑顔そのままに、片桐はあっという間にこちらに駆け寄ってくる。

 もはや恐怖でロクに動けず、壁に寄りかかる俺に一息で近づくと、手に持った凶刃を首へと突き立ていた。


「バイバイ、勝利くん。また会おうね♪」


 それが最後の言葉。俺はなにも言えないのに、彼女から告げられた、一方的にすぎる再開の約束。

 

(あ、あああ…)


 赤い何かが視界に入ると同時に、崩れ落ちてゆく俺が見たのは、赤く染まった獲物を自らの首に当てようとしている、微笑みを浮かべた幼馴染という名前のナニカだった。



(俺は、もう…)



 生まれ変わっても幼馴染なんて求めないと、最後に残った意識で強く誓った。

ギャグを書く予定だったんです

何故か途中からサイコホラーになってしまったんです

許してください

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― 新着の感想 ―
[良い点] 感動的なハッピーエンドで良かったと思います! 幼馴染に生まれ変われるといいですね!
[良い点] 幼馴染になるのは盲点ですね。ふたりはきっと死後も幼馴染として、末永く仲良くしていくことでしょう。結末にちょっぴり泣けました。 [気になる点] 記憶がないとはいえ、「勝利くん、ずっと幼馴染が…
[一言] いやね僕も最初ギャグだと思ったよ? 終わりが近づくとあれ?これってギャグだよね?って なったら終わりがヤベーよ 主人公よ強く生きろd( ̄  ̄)
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