やっぱり私はあなたのことが
ここは人通りの多い道を少し外れた小道を通ると辿り着く隠れ家的な喫茶店。
そんな喫茶店で私、花咲 栞は働いている。
朝日が顔を出す朝の6時。私はいつもこの時間に目が覚める。
ベッドから起き上がり軽く伸びをして私の横で寝息をたてて幸せそうに眠っている人物を見る。
この人の名前は五十嵐 唯。
このお店の店長であり私の恋人だ。
「唯さん、朝ですよーお店の準備しますよー」
幸せそうに眠っている唯さんの肩を揺すり起きるように声をかける。
「ん、まだ…眠い」
いつものことだが唯さんは朝がとても弱い。
私の朝はそんな唯さんを起こすことから始まる。
「もう起きないとお店、間に合いませんよー?」
「んーキスしてくれたら起きるー」
唯さんは眠そうな目をこちらに向けながら甘えたような声でそう呟く。
もう、この人は…そう思いながらも唯さんのこんな顔を見られるのは自分だけだと思うと幸せな気分になる。
「ーーそれじゃあ目が覚めたら着替えて降りて来てくださいね」
私は唯さんに触れるだけのキスをしてからそう言うと自分もお店の制服へと着替え始める。
部屋着から制服へと着替え終わったタイミングで後ろから唯さんに抱きしめられた。
「おはよ、栞ちゃん」
「おはようございます、唯さん」
唯さんはそのまま私の肩に顎をのせて甘えるように頭を私に擦りつけてきた。
以前、唯さんから私と唯さんの身長差的に後ろから抱きついたときに肩に顎をのせるのがとても楽だと聞いたことがあった。
「もう、まだ寝ぼけていますか?着替え、手伝ったほうがいいですか?」
「んーん、だいじょうぶ」
まだ寝ぼけている様子だが少しずつ目が覚めてきているようだ
「私、先に下に降りて準備してるんでちゃんと着替えてくるんですよ?寝てはダメですからね?」
「ん、わかった」
そういうと唯さんはもそもそと着替えを始めた。
とりあえずこれなら大丈夫だろうと考えて私は自分の準備に取りかかる。
顔を洗って髪を整えた私は、1階へと降りていく。
この喫茶店は2階に私たちの生活しているスペースがあり1階が喫茶店となっている。
1階へと降りてきた私は開店へ向けて準備を進める。
お店の中を掃除してメニューボードにメニューを書き込んでいく。
このお店は私たち2人で経営しているため、あまり沢山の人が入って対応しきれなくては大変ということもあり、あまり広い空間ではない。
カウンターにテーブルが2つだけと小さな喫茶店だ。
そのため掃除も直ぐに終わる。
料理に使う器具の確認をしてから最後に私たちの朝食を作る。
あまり開店まで時間もないので朝食は簡単にトースターとサラダで済ます。
朝食の準備が終わると同時に上から唯さんが慌てて降りてくる。
「ごめん栞ちゃん! 準備1人でやらせちゃって!」
あの慌てっぷりはおそらく着替え中にウトウトして少し眠ってしまったのだろう。
「そんなに慌てなくて大丈夫ですよ。準備ぐらい私1人でもできますから」
唯さんが朝に弱いのはわかっているし、そもそも1人で準備するぐらいなんともないのだから。
だからそんなに申し訳なさそうな顔をしないで欲しいのに。
それにーー
「それに、唯さんに悪気がないのはわかってますから。すごくあせったんでしょ?髪がはねてますよ?」
私はそういいながら唯さんの髪のはねてしまっているところを優しく撫でるようになおしてあげる。
「もー! 栞ちゃん、優しい!可愛い、好き!」
すると唯さんは感極まったように目をうるうるさせて飛びついてきた。
ほんとにこの人はしょうがないなと思いつつ背中を優しく撫でてあげる。
「ほんとに甘えんぼですね唯さんは。ほら朝食ができてますよ、早く食べましょう」
それから私たちは朝食を食べて残りのお店の準備へと取りかかった。
━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━
「いらっしゃいませー、空いてる席におすわりください」
時刻は昼過ぎ、丁度ランチの時間帯。
ありがたいことに今日も沢山のお客様に来ていただいていた。
しかし、私には素直にそれが喜べない理由があった。
「こんにちは五十嵐さん! また来ちゃいました」
「ありがとうございます。また来ていただいて私も嬉しいですよ」
そう、私が素直に喜べない理由はまさにこれだ。
唯さんは私生活ではただの甘えんぼだけど、仕事中はキャラが全くと言っていいほど変わる。
仕事中の唯さんはなんというか、かっこいいのだ。
王子様と言うのだろうか、とにかく仕事中の唯さんはかっこいい。
私が言うと贔屓目に聞こえるかもしれないが、唯さんはとても顔が整っている。
身長も女性にしては高いほうだろう。
そのうえ先程のような言動だ。
あんなに綺麗な人が自分が来ることが嬉しいと言ってくれるのだ。
たとえお世辞だとしても嬉しくない人はきっといないだろう。
だとしても、自分の恋人に色目を使われているような気がしてやっぱりいい気はしない。
「ぐぬぬっ」
そんなことばかり考えてしまいつい唯さんとお客様のやり取りを目でおってしまう。
「あの? 注文いいですか?」
「あっ、すみません!」
ついやり取りが気になってしまい自分の仕事が疎かになってしまった。
それからは私は仕事に集中してお客様の対応をしていくのだった。
だから私は気が付かなかった、唯さんがこちらをじっと見つめていたことに。
━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━
今日の営業が終わり私と唯さんは店内の片付けをしていた。
「それじゃあ片付けも終わりましたし上に戻りますか」
そうして2階のリビングに戻ってきたところで唯さんに声をかけられる。
「栞ちゃん」
「はい?なんですか?」
「今日、何回もこっちをチラチラ見てたみたいだけど、どうしたの?」
「あっ、それは」
言えるわけがない。
お客様に嫉妬していただなんて。
「なんでもないですよ?ちゃんと唯さんがお仕事しているか見ていただけです」
「えー?私はちゃんとやってるもん」
「でも栞ちゃんが見てたのって別の理由じゃないの?」
上手く誤魔化せたと思ったのに。
唯さんにはバレてたみたい。
「あんな悲しそうな顔で見られたらそりゃあ誰でも変だなっておもうよ?」
「私、そんな顔してました?」
「うん、してた」
それは意外だった。
顔には出てないと思っていたし、出さないようにしていたのに。
「それで? 本当の理由はなんだったのかな?」
唯さんが優しく聞いてくる。
その優しい声に私は思わず喋ってしまった。
「実は私、お客様に嫉妬していたんです。唯さんと話してるのを見て、羨ましいって思ってしまったんです」
「まるで唯さんには私なんかいらないんじゃないか、なんて思えてきて、本当に私ってばかですよね」
一度、話し始めたらさらにどんどん本音を言ってしまい止めることができなかった。
こんなことを言ってしまったのだ、もう唯さんに嫌われてしまうかもしれない。
そう思うと、とても怖かった。
「栞ちゃんのばか」
覚悟していたとはいえその言葉は私の心に突き刺さった。
「唯さん私は」
「栞ちゃんは本当にばかだね」
私の言葉を遮ってそう言った唯さんの声はとても優しいものだった。
「そんなことで栞ちゃんのこと嫌いになんてなるわけないでしょ?それに」
そこで言葉を区切っていつの間にか俯いていた私の顔を唯さんは両手で優しく包み込んで前を向かせた。
私と唯さんの目があう。
「栞ちゃんが嫉妬してくれて嬉しいくらいなんだよ?私は」
「えっ?」
「お客様と私の話してる姿を見て嫉妬してくれるってことはそれだけ私のことを好きでいてくれてるって証拠でしょ?」
その言葉に頬が熱くなるのがわかった。
さらに先程から手を添えられたままだったため嫌でも唯さんと目があっていた。
そんな状況でそんなことを言われてしまえば恥ずかしくならない人間なんていないだろう。
「それとも栞ちゃんは私のこと、嫌い?」
恥ずかしさのあまり黙ってしまった私に唯さんはそんなふうに問いかけてきた。
「そんなこと!」
「ふーん、でもちゃんと言ってくれないとわかんないなー」
私は恥ずかしさで死んでしまいそうだったがしっかりとこう口にした。
「大好きです」
そういうと二人は思わず笑ってしまった。
別に何がおかしかったわけではない。
ただ幸せで思わず笑ってしまったのだ。
笑いながらも、本当にこの人が大好きなんだと改めて私は実感するのだった。
ちなみに、その後、お客様への対応の仕方を変えた唯さんが今度は男性から人気になり、私は頭を抱えることになるのだった。
今回は百合の日ということで短編を書いてみました。
僕は付き合うまでのプロセスを書くのが好きなんですが、今回は既に付き合っている2人という設定のお話を書かせていただきました。
百合における女の子の嫉妬ほど可愛いものはないのでは?と考えます。はい
と、これ以上書いてもオチが無くなるんでここら辺で。
感想をいただけると嬉しいです
評価とかももらえるとうれしいですね。
光月の別の小説やTwitterなんかもよろしくお願いします。
それでは、またどこかで