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追い出された悪の行き先は【4】

 緊張感が強くなるが、追放されたとはいえ他国で地位の高かった人間を自国の民として迎え入れようというのだからこのくらいは当然のことだろう。

 王が目配せをした先にいた一人の魔物が、木で出来た器を二つ王に差し出す。

 受け取った王が笑ったと同時に、至近距離に王の顔が現れた。

 驚いて一歩下がりそうになったのを必死に堪える。

 さっきまで王がいた玉座の周りでは相変わらず幹部たちが笑っていた。


「さて本題だ、リウム=グリーディ。お前は今から我が国の民となる。今までアルディナの国民のために働いていたように、今度は我が国ファクルのために尽くすと誓え。我らがもしもアルディナを攻める時が来たとしてもだ」


 魔物の王が笑う。

 差し出された器を受け取って、中に入っている真っ赤な液体が揺れるのをじっと見つめた。

 これはファクルに伝わる儀式の一つだ。

 彼らが好む真っ赤な果実で作られた液体を、己の血と見立てて飲み交わすことで忠誠を誓うという儀式。

 この国に移住してきた、そして嫁いできた人間は王とこの儀式を行うことになる。

 もしも移り住んできた人間が複数いる場合は代表者のみ、つまり今回の場合は私だけが誓えばフィロは儀式をしてもしなくても構わないらしい。


「あくまで形式的なものだからあまり深く考えなくてもいいぞ。お前がここに来るまでに色々と覚悟を決めてきたことくらいはわかっている。こいつなんてノリで飲み干した挙句に俺の顔に向けて噴出したくらいだ」

「はっはっは、あん時は悪かったなレオス。まさかこんなに甘ったるいとは思ってなくてよ!」


 レオス様の指し示す先にいた人間の男性が豪快に笑う。

 王制を取ってはいるし、有事の際はやはり王を中心に動きはするが、彼の様に王に対して友人のように接している人たちも多い。

 それが許されるのがこの国だ、みんなあまりかしこまってはいない。

 現にまったく気にしていない様子の王は器を持ったまま笑っている。

 ……それでも、私にとってこの儀式は人生の転機でもある。

 今までの私はアルディナのために、外交官の家に生まれた令嬢としての責任とプライドを持って生きて来た。

 けれど今日からはこの国が私の国。

 周囲で優しく笑っている魔物たちが、今度は私が守るべき人たち。

 守られるほど彼らは弱くはないけれど、尽くす国が変わるということだ。

 世界中から脅威として見られている、人間の敵とも言えるこの国の住人になる覚悟を持たなければならない。

 約一年の間そう悩んで、そして決めた答えは変わらない。

 正面にある楽しそうな笑顔を見つめる。

 この人が今から私が仕える人。

 深く考えなくても良いとレオス様は言ったが、もしかしたらこれは彼からの最後の見極めなのかもしれない。


「……誓います。我が王、レオス様」


 器に口をつけたと同時に、レオス様がもう片方の器に口をつけてを飲み干した。

 これで私は正式にファクルの一員だ。

 もうアルディナには戻れない、元々戻るつもりもないけれど。

 焼けそうなほどの甘みが喉を通り抜け、咽そうになるのを堪えて器に残った水滴を見つめる。

 この飲み物は、私が外交の際に差し出した肥料で育てられた果実から作られている。

 門番さんの所では水で割ったものを頂いているし、彼らは酒で割って飲んでいることが多いのだが、これは原液そのままのようだった。

 ずっと昔からファクルでだけ取れる果実は魔物たちの好物でもあり、お祝い事や重大な行事にも確実に出てくる果実だ。

 元々それなりの量は取れていたらしいが、私が差し出した肥料で生産率がかなり上がったらしい。

 肥料の作り方も外交の時に差し出してしまっているので、もうアルディナはファクルとの同盟にこの肥料を差し出すことは出来なくなっている。

 アルディナの王族も、当時外交官として働いていた両親も、同盟のためにそれらを差し出すことは当然だと言っていたのでこれに関しては問題はないだろう。


「歓迎するぞ、リウム。この国の民に家名はない。皆家族のようなものだ。グリーディの家の名は捨てよ」

「もとより取り上げられたものです。未練もありません」

「何よりだ」


 機嫌よく笑ったレオス様が、また一瞬のうちに玉座へと移動する。

 瞬間移動のようにも見えるが、単純に彼の身体能力が高くすばやく移動しているだけだ。

 人間の目では追うことのできないスピード、魔物の強い力のほんの一部分。

 彼らが面倒だという理由を捨てて本気になれば、世界すら統一出来てしまうだろう証。


「これでお前は正式に我が国の一員だ。ようやく書類が片付くな」

「本当ね、やっと書庫が本来の役割で使えるようになるわ」

「今は完全に書類置き場だからな。良かった良かった!」


 幹部たちからも安堵の声が上がりだし、この国の書庫を思い出して少し顔が引き攣った。

 あの場所には比喩でなく、書類の山が積みあがっている。

 広い書庫が五か所ほどあるのだが、その内の三か所は本棚にたどり着けないレベルで紙で埋まっていたはずだ。

 彼らは身体能力だけではなく頭脳も優秀で書類整理なんて簡単にできる……はずなのだが、魔物の本能なのかじっと集中したり細かい部分のある書類仕事は苦手らしい。

 交代制で重要なものは進めているらしいのだが皆短時間で飽きてしまうので、この国には書類が溜まっている。

 先ほどの人間の男性が他の幹部たちからなんでお前は出来ないんだとからかわれているが、俺の性には合わんからなと笑い飛ばしていた。

 彼以外でもこの国に移住して来た人たちは揃って苦手だというのだから、ある意味凄いと思う。

 ファクルとの外交に慣れてきた時から、訪問した際に一部の書類仕事を任されていたのだが、一応他国の人間に重要書類を見せるのはどうなのだろうか。

 アルディナからはファクルの要請ならばしっかりとこなして来いと言われていたので問題はない。

 むしろ私が手伝ったことで不利益が生まれてしまう可能性があるのは、ファクルのほうだ。

 遠回しにそう言ったこともあるのだが、笑顔で一蹴されてしまった。

 王の魔物としての勘はこの国の中でも特殊なほど利くらしく、王が大丈夫だと判断したのならば問題無いというのが国民たちの総意らしい。

 確かにレオス様にはそういう安心感を与えてくれるようなオーラがある。

 もっとも彼らは何か問題が起きても自分の力で解決できると思っている節もあるけれど。

 それだけの実力もあるので決しておごりでは無いのが彼らの怖いところなのかもしれない。


「そんなわけだ。家の準備もあるだろうから二、三日後くらいから仕事を始めてくれ」

「はい、ありがとうございます」

「それにしてもアルディナはよくわからん国だな。我らと同盟を結んだ国は、その外交官を絶対に手放すことはないのだが。我らとの同盟は結んだ外交官がいなくなれば破棄されるというのに」


 本当に不思議そうなレオス様と幹部たちを見て苦笑する。

 私を追放したことで、外交官個人との同盟を結ぶファクルとアルディナの同盟関係は崩れた。

 彼らがまたファクルと同盟を組むには私が差し出した肥料とは別の価値あるものを差し出し、尚且つこの王に気に入られるような外交官を出さなければならない。


「一応、その辺りも申し出たのですが。まったく相手にされませんでした。彼らは私の成功させた仕事の結果は妹のものだと思い込んでおりますので。妹の手柄を自分のものとして語るなんて、と怒りを倍増させてしまいました」

「……本当に妙な国だ。私はお前の妹とは会ったことすらないというのに。嘘を言っているわけではなく本当にそう思い込んでいるのだろう?」

「はい。彼らにとっては仕事をするのは私で結果の評価が妹のものだというのは当たり前のことなのです。他国で指摘されることもあるのですが……その時は考え直したとしてもアルディナへ戻れば考えも元通りになります」

「不気味だな、そんな国なのに同盟を結んでいる国があることも、攻め滅ぼされることもなく平和に過ごせていることも。いや、それに関しては我らもか……お前が外交官としてファクルに来る以前にも攻めようと思ったことはないな。そういえば、我らとの同盟を成功させた後は両親もお前のことを祝ってくれたと言っていなかったか?」

「はい、お祝いにと買い物に連れて行ってもらいました。数年ほど経過した後はその買い物の事すら忘れていたようですが。それでも最初の内は私が口に出せば思い直していたのですが、年々思い直すことはなくなっていきました。今日、いえ、ここ一年ほどはもう私の言葉すら聞きたくなかったようで」


 少しだけ顔をしかめた王が玉座に寄り掛かり、椅子がキイと小さな音を立てる。

 今まで彼がアルディナが攻められないことに関して話題にしたことはなかったので、もしかしたらストーリーが終わりに近づいたことで他国への補正が解けかかっているのかもしれない。

 プルムを中心に考えはしないまでも、不気味に見えるあの弱い国を攻めもせずに放置していたのはやはり補正があったからだと思っている。

 アルディナの国内限定で効果があったプルムに関する強い補正。

 それとは別に、効果の強さは違ってもストーリーに関する補正があったのだと私は思っている。

 ストーリー終了後までアルディナが平和な国であるように。

 レオス様が話題に出したということは、その補正が効いているのも後少しの間だけなのかもしれない。


 何となくだがそう感じて、少しだけ下を向いた。


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