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追い出された悪の行き先は【3】

 迎えに来てくれた門番さんが小さな両手を口に当ててクスクスと笑う。

 全体的に丸いフォルムでふくふくしているのに、手足と翼はちょこんと小さい彼。

 ……可愛い、とても可愛い。

 私なんてその指先一つで即死させられる力を持っている彼だが、その仕種は本当に可愛いとしか言いようがない。

 抱っこさせてくれないだろうか。

 じっと座っていたらぬいぐるみのようにも見えて、彼と会うたびにこっそりとそう思っていたりする。

 彼は年上なのでそんなことを言うわけにもいかず、毎回思っているだけなのだけれど。


「執事殿も一緒で何よりだ。王が、レオス様が待っている。彼の住む森まで送ろう。リウム嬢がレオス様と会談している間、いつも通り執事殿は私の小屋で待機していてもらうことになるが」


 一人での外交が要求されるファクルだが、付き添いが足を踏み入れることを許されるギリギリの位置がこの門番さんがいる見張り小屋だ。

 フィロは限界までお供しますと言ってくれるので、毎回見張り小屋までついて来てくれていた。

 私がファクルの王であるレオス様に会っている間はずっと門番さんと過ごしていたので、フィロは門番さんと親しいらしい。

 笑うのをやめた門番さんが小さな翼をパタパタと動かして浮き上がり、後ろにあった籠に乗るようにと促された。

 フィロに手を借りながら乗り込むと、一瞬間が空いて感じる浮遊感。

 籠は飛び上がった門番さんが持つ紐に繋がっており、地面から三十センチほど浮かんだ後、私たちを乗せたまま動き出した。

 歩くよりもずっと速いスピードなので、ファクルまではすぐだろう。

 スピードがあるため先ほどよりも体に当たる風は強くなったが、籠はほとんど揺れずに快適だ。

 小さな体で大人二人を乗せた籠を軽々と持ち上げて飛ぶ門番さんを見ていると、人間との力の差をひしひしと感じる。

 けれど小さな翼が動いているのを見ていると、やはり可愛らしさが勝ってしまう。

 なんとなくじっと見つめていると、門番さんが顔の向きをこちらに向けてからくいっと首を傾げた。


「ずいぶん軽いが、何も持っていないのか? 荷物はどうしたんだい?」

「持ち出しが許されなかったの。服を取り上げられなかっただけ良しと思っているけれど」

「おやおや、君の家族たちは我ら魔物よりもずっと情がないようだな」


 愉快そうにそう笑う彼に、確かにと笑って返す。

 彼ら魔物は大人である自分たちが弱くて倒される分には怒らないが、生まれたての子供などを襲われた時は報復に走る。

 家族の情はしっかりとあるし、いくら魔物とはいえ生まれたてでは戦えない種族もいるからだ。

 その報復を恐れている国が大半なのと、中には生まれてすぐにでも戦うことが可能な種族もいるので、よほどの愚か者でない限り魔物の子に手を出すことはないのだけれど。

 遠くに見えてきた今までいた森よりもずっと深い森を見つめる。

 幼い頃初めて行った時には死への恐怖を感じていた場所が今から己の住む場所になるというのだから、人生って何があるかわからない。

 前世の記憶を持っている時点で色々と規格外な人生だとは思うけれど。

 そんな事を考えながらもフィロや門番さんと会話をしている内に気が付けばもうファクルの森の前。

 ファクルは国土の大半が森で形成される、自然豊かな国だ。

 食料も水場も資源も豊富、住んでいる魔物たちは全員強大な力を持っている国。

 レオス様が住んでいるのはその中心にある一番深い森で、ファクルの幹部たちの居住区もその辺りにある。


「ここは、いつ来ても空気が美味しいですね」

「そうね、気持ちのいい場所だわ」


 魔物たちが住んでいるので世界では恐怖の対象として見られるだけで、この国は本当に綺麗だと思う。

 青々と生い茂る木々、流れる水の音。

 咲き誇る様々な色の花々は所々にある魔物たちの住居にも絡みついて咲いており、どこを見ても美しい場所だ。

 そんな美しい森を少し進んだところで門番さんの小屋にたどり着き、フィロとは一度お別れ。

 外交の時と同じ様に心配そうな表情のフィロに見送られながら、森の奥へと続く道へ歩を進める。

 この道も始めの内はとても緊張しながら歩いたが、今はもう慣れ親しんだ道だ。

 慣れて来ると周りの景色を楽しむ余裕も出て来て、この道を歩くのは毎回楽しみだった。

 正直な話、前世の記憶のすべてを取り戻した後はアルディナよりもファクルにいる時の方がリラックスできていた気がする。

 景色が綺麗なこともあるが、ここでは私に変な言いがかりをつけて来る人はいないし、嫌な視線を向けられることもない。


「あ、リウムだ、いらっしゃい! ようこそファクルへ!」

「ありがとう、これからよろしくね!」


 高い木の上でごろりと横になっている女の子が私に気が付いて、笑顔で手を振ってくれる。

 彼女が浮かべる満面の笑みは私がアルディナでは向けられることのなかったものだ。

 手を振ることで揺れる彼女の二股に別れた尻尾と猫の耳が可愛らしい。

 ずっと使っていた丁寧な言葉遣いはファクルに通っている内に、仲良くしようと押し切られて彼女が相手の時限定で崩れてしまった。

 アルディナの人たちとこんな風に崩した口調で話したことはないので、なんだか不思議な気分で、けれど嬉しくもある。


「これからレオス様に謁見でしょ? 生活が落ち着いたら遊ぼうね!」

「ええ、楽しみにしているわ」


 ニコーっと笑みを深めた彼女の手を振る勢いが強くなり、ブンブンと風を切る音まで聞こえてくる。同じように手を振ることでそれに返して、薄暗い森の中の一本道を進んでいく。

 舗装された土の道、その横に生えている大きな木の前に差し掛かった時、木の幹に寄り掛かるように座っていた蝙蝠の羽を持つ男性が穏やかに話しかけてくれた。

 私に向けられる微笑みはさっきの子と変わらず、とても優しい。


「やあリウム嬢、家出は無事に終わったようだね」

「こんにちは、家どころか国すら出て来てしまいました」

「ははは、だがこの国も住みやすいと思うぞ。水も食べ物も美味いからな」

「そうですね、こちらで頂く搾りたてのジュースはとても美味しいですから」

「リウム嬢が同盟の対価として出してくれた肥料のおかげであの果実の生産量も上がったからね。王に挨拶が終わったら、そのジュースでも飲んで少しゆっくりすると良い」

「ありがとうございます」


 初めての外交の時に周辺で笑っていた魔物たちは、今は優しく私を迎えてくれる。

 彼らは戦闘欲は強いし契約していない国の街道では人を襲ったりはするが、一度自分たちの仲間だと判断した相手に対してはとても友好的だ。

 そして私が国を追い出された後の保護をこの国に求めた辺りから、それまで以上に親しく接してくれるようになった。

 それもファクルの王が私をこの国の民として迎えると宣言してくれたからなのだけれど。

 見えてきた玉座に座るその人を見て、少しだけ感じる緊張感に胸元をそっと抑えた。



 森の奥、ポッカリと開いた木々に囲まれた広場。


 その中央で玉座に腰掛け、肘置きに肘をついた格好で笑うこの国の王。

 流れ落ちる青い髪は床につくほど長く玉座の下まで広がり、黒い肌は露出が多く動きやすい、けれど高級そうな服で覆われている。

 左目から鼻にかけて白い仮面で覆われており顔全体を見る事は出来ないが、右目と口元は愉快そうに弧を描いたままだ。

 人間に見えなくもないが、尖った耳と大きな翼、獣の足が彼を魔物だと示している。

 今日は男性の姿だが、この間会った時は女性の姿だった。

 どちらの姿も取れるらしいが、毎回服の露出が多い上に顔も体型も整っており、特に女性の時は目のやり場に困ってしまう。

 この魔物たちの国で一番強く才能に溢れたこの人は、国民すべてから慕われている。


「ああ、来たな。待っていたぞ」

「御前を失礼いたします。この度は、」

「ああ、やめろ、やめろ。そこまで丁寧に話す必要はない。普通に話せ」

「……私たちのこと、受け入れて下さりありがとうございます」


「まだ固いな、まあいい。ここで過ごすうちに変わってくるだろうからな」

 不敵に、けれど楽しそうに笑いながら迎えてくれた王は、私の言葉に一度顔をしかめ、また楽しそうな笑顔に変わった。

 王の周りを取り囲み侍る様にしている様々な外見の魔物たちも楽しそうに笑っている。

 鳥や狼、そして人間に似た魔物、一人だけ人間の男性もいるが、男女様々な彼らの大半は王の伴侶たちだ。

 ファクルの幹部たちといっても良い。

 そんな幹部たちに囲まれての謁見。


 今までの外交時も王の周りに数人いたことはあるが、ここまでの人数が揃っているのは今日が初めてだった。



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