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追い出された悪の行き先は【2】

 

「あの、リウム様。私も勢いでついて来てしまいましたが、ご迷惑では……」

「まさか! あなたが言いだしてくれなかったら私から頭を下げてついて来てほしいと頼むところだったのに。フィロ、ついて来てくれてありがとう」

「あなたがアルディナを離れるというのに、残る必要性など私にはありませんから」


 どこまでもまっすぐにそう言うフィロの言葉が嬉しい。

 もう私にグリーディ家の令嬢という地位はない。

 彼の丁寧な言葉遣いも、私への様付けも、もう必要のないものだ。

 その辺りも色々と話し合いたいところではあるのだが、いつまでもアルディナの入り口で話し込んでいるわけにもいかない。

 万が一両親にでも見つかったら騒がしいことになるし、電気なんてないので暗くなってしまえば移動は困難だ。

 必要のない行き先の書かれた紙を小さく破ってから、風で飛ばされないように隅のごみ箱に捨てておく。


「……皆当然の様に使っているこの箱も、あなたが提案したことで設置されたというのに」


 フィロがポツリと呟いた言葉には悔しさが滲んでいた。

 もともとごみ箱なんて存在していなかった世界だ。

 本当に些細なことだけれど、設置する前はみんなポイ捨てしていたので朝一で清掃人が町中を掃除しているくらいだった。

 これを設置したことで効率が上がり空いた時間を別の部分の掃除に使うことが出来たため、他国からはアルディナはずいぶんきれいな町になったと褒めて頂いたこともある。

 私の知識は前世からの借りものだ。

 あるのが当然だったごみ箱だって、今まで存在していなければ中々思いつかないことだと思う。

 一つ一つは小さな些細ごとでも、前世では当たり前に存在していたものがないのは不便で。

 それらを提案する時は、初めて思いついた人は本当にすごいとなと思いながらその知識をお借りしたものだった。


「どのみちこれを設置したのはプルムの提案ということになっているのだもの。私がやったこと、命じられて働いたことでもその功績があの子のものになるのはいつものことだわ」

「それが納得いかないのです。リウム様がやったことの結果がプルム様のものになるのは常識だろう、なんて……」


 アルディナで私の功績がプルムのものになるという考え方は、大体二つのパターンに分けられる。

 一つは私がやったこと自体がプルムがやったと思われているもので、ごみ箱の設置などを含む作業の効率化に関することなど、国内のものが多い。

 もう一つは私がやっていることは把握されているが、だから何? といったものだ。

 私がやっているのは知っているが、その成功した結果だけは一切関わっていなくともプルムのものだという考え方。

 こちらはファクルとの外交など、もしもプルムがそれを行えば身に危険が及ぶものが多い。

 違和感どころか全員頭は大丈夫なのかと思えるような考え方だが、前世の記憶を完全に取り戻すまで私自身も悲しくは思いながらおかしいとは思っていなかったのだから、本当に強烈なゲーム補正だと思う。

 けれど、そのゲーム補正とも今日でお別れだ。


「……そろそろ行きましょうか。話の続きは新しい家についてからにしましょう」

「はい。徒歩で行くのですか?」

「少しだけね。アルディナから少し離れたところまで迎えに来てもらうことになっているの。仕事のあてもあるわ。ただその国の住人になることになってしまうし、二人で暮らすことになると思う。アルディナとは違う国だけれど、また私のことを手伝ってくれる?」

「二人……? あ、はい、もちろんです! 行き先が地獄であろうともお供いたしますよ。護衛もお任せ下さい!」


 満面の笑みでそう言ってくれたフィロに自分も笑顔を返す。

 良かった、これからも彼と一緒にいられる。


「地獄よりは良いところだと思うけれど……でも、ありがとう」

「いえ。では行きましょう。これ以上ここにいると厄介ごとに巻き込まれてしまいそうです」


 町の方から複数人の話声が聞こえて来て、フィロと頷き合ってから足を踏み出した。

 フィロは私が追放に関してあまり気にしていないことが気になっているようだが、さっきの私の言葉通り詳しい話は新しい家でと思っているのだろう。

 行き先を聞いたら彼は驚くだろうか。

 アルディナを追放されたのにいつもよりも嬉しそうに笑っているように見えるフィロに安堵しながらも、今までよりも近い位置で並んで歩く道。

 いつもは私の部屋で過ごして来た二人での穏やかな時間を、外の風を感じながら過ごすことが出来ている。

 悪意の視線のない道を歩くのは久しぶりなような気がしてしまう。

 他国へ行っていた時も結局はアルディナへ戻らなければならないので、自国が近づくほどに憂鬱になったものだ。

 けれどもうあの場所へ戻る必要はない。

 周辺を気にしながらも二人でゆっくり歩く道の穏やかさとは反対に、まるでデートのようだと心踊っている自分がおかしかった。

 アルディナで出来るだけのことはやってきたが、それでもこの結果になってしまったのだからもうしかたがない。

 やるべきことはやってきたせいか、アルディナへの未練はまったくなかった。

 逆にこれからの明るい未来が楽しみなくらいだ。

 家の中で過ごすよりも近い彼との距離が幸せを感じさせてくれる。

 青い空にゆっくりと流れる雲、整った石畳の敷かれた街道には私たち以外の人はいない。

 歩く先、少し離れた場所には小さな森が見える。

 頬を撫でる風も優しく、追放という罰を受けた後だとは思えないくらいに平穏な空気だ。

 むしろあの嫌悪の視線がないことで心情的にとても余裕がある。

 隣を歩く彼の少し上にある顔を見つめて笑顔で話しかければ、柔らかな笑みになって返ってきた。

 二人の距離は近いけれど触れ合ってはいない。

 いつか願った通り、この先彼と手を繋いで歩くことが出来る日が来るだろうか。

 きっと今頃、あの大広間ではユート様とプルムが幸せに包まれているんだろう。

 けれどこれだけは断言できる。

 あの二人に負けないくらい、今私が感じている幸せは大きいと。

 後はこの幸せを更に大きなものにするために頑張るだけだ。

 ずっと望んできた彼との関係の変化を現実のものにするために。


 何気ない会話を続けながらゆっくりと歩いていたが、アルディナが見えなくなった辺りで先ほど見えていた小さな森の中に入った。

 十分ほど歩けば抜けてしまう森だが、中心にある小さな広場が待ち合わせ場所だ。

 フィロとの散歩はここで一度終わり。

 少し寂しい気もするが、ともかく今日から住む家に行かなくては落ち着かないし、フィロも心配だろう。


「この先の広場で待ち合わせなの。家を出る前に伝言を送ったから、もう来ているか後少しで来るかのどちらかのはず」

「信用できる方なのですよね?」

「ええ、多分迎えに来てくれているのはフィロも知っている方だと思うけど」

「私が、ですか?」


 頭の中で自分と私の共通の知り合いについて考えだしたであろうフィロの袖を引いて、前を見るように促す。

 普段自分からフィロに触れることがほとんど無い私だけれど、せっかくの変化だしと手を伸ばしてみたのだが、驚かせてしまったらしい。

 大げさなくらいに体を跳ねさせたフィロが、私が示した方を見て目を見開いた。

 視線の先にはどう見ても人間には見えない影が座っている。

 体長五十センチほどの黒いドラゴンのような影。

 遠目では少し大きめのぬいぐるみのようにも見えるが、私達に気が付いたのか顔をこちらに向けて小さな手を振ってくれる。

 顔はのっぺりとしていて目が見当たらない代わりに、白い点が三つほど鼻先に縦に並んでいた。

 そんなドラゴンの形をした黒い塊のような生き物が、広場の隅にある大きな岩の上にちょこんと腰かけている。

 後ろには気球の籠部分と似た形状をしている大人が五人乗れるくらいの大きな籠。


「こんにちは、門番さん」

「やあ、リウム嬢。思ったよりも元気そうな声で何よりだ」


 挨拶をすれば軽い調子で親し気な声が返ってくる。

 声が少し低めで、性別は一応男の方になるらしい。

 目が無い彼は盲目でありながら他の感覚器官が優れており、魔物の国ファクルの王が住む森の門番を任されている。

 他の感覚で周囲の状況はわかるし、見えないことで困ったことはないらしい。


「リウム様、まさか行き先は……」

「ええ、ファクルよ。彼らの王に話は通してあるわ。代わりに王に忠誠を誓う必要はあるけれど。もしもあなたが嫌なら、」

「いえ、もちろん構いません!」


 国を追い出された後の行き先を考えた時、どうしたものかととても悩んだ。

 各国の令嬢の中には個人的に仲良くしている人もいるのだが、彼女たちを頼ったところでアルディナとは同盟国の関係だ。

 彼女たちの国の方が立場は上とはいえ、何かしら迷惑をかけてしまう可能性は高い。

 いっそ旅でも、なんて思いもしたが現実的ではないことくらいはわかる。

 悩みながらも表面上はいつも通りアルディナのために働いていた時、ファクルの王から自分たちの国に来ないかというお誘いを貰った。

 なんてタイミングなんだろうと驚いたが、確かにファクルならばその強さゆえに外交でも強者で自由な国だ。

 私の存在程度で迷惑がかかることはまずありえない。

 魔物の王はお気に入りの人間を別の国から引き抜くことがごくまれにあるらしいとは聞いていたが、まさかそれが自分にも該当するとは思っていなかった。

 王をはじめとした魔物の方々にはとても良くして貰っていたし、アルディナの住人よりも私の身を案じてくれることがある彼らのことは嫌いどころか好ましいと思っていたくらいだ。

 アルディナという国から拒絶される身としては、初めて一国から求められたという喜びも大きい。

 ……悩まなかったと言えば嘘になる。

 人間の敵とも言える彼らだが、彼らが気に入った人間やその人間がいる国に対しては友好的で、よほど妙なことをやらかさない限りはその国の平和は約束されたようなもの。

 それもあって色々な国がファクルへと外交官を送っているのだが、その人物が気に入られない限り同盟が結ばれることはない。

 同盟が結べなかった国はファクルと同盟が結べた国の恩恵に与る形で、魔物達が襲わないと約束した街道を金銭などと引き換えに使っていることが多かった。

 アルディナも他の国から街道の使用料を取っているので、私がいなくなればその収入もなくなるだろう。

 あの国が、ファクルが私の居場所になるというのはとても魅力的だったけれど。

 正直な話、国を移動し別の国の人間になることは大した問題ではない。

 国同士での人材の引き抜き合いはこの世界では当たり前のこととして存在しているし、環境や待遇が気に入らないからと別の国に移ってしまう人も多い。

 前世の世界よりもずっと簡単に、国の間で人材は行き来している。

 もちろんアルディナにも別の国から移ってきた人たちはいた。

 そして現状で私がファクルに行っても悲しむ人はいないし、アルディナの国民たちからの私への評価を考えればそれを脅威に思う人もいないだろう。

 それでも躊躇するのは、ファクルがアルディナを亡ぼすだけの力を持っているからだ。

 外交官個人と同盟を結ぶ彼ら、私がその国に行くということはアルディナとファクルの同盟は終わるということ。

 ファクルの王はお気に入りの人間がいるという理由で、色々と融通を利かせて下さる方だ。

 私がこの国を去ることで同盟が崩れれば、それこそファクルの王のさじ加減一つで、アルディナは文字通りなくなってしまう。

 笑顔で遊びまわる子供たちなどを見ていると、本当に追放を受け入れていいのか、もっとできることがあるのではないか、そんな思いが沸きあがってくるのは確かだった。

 私が追放されれば、彼らの死の危険性は上がってしまうだろう。

 その態度がどうであれ私の生活を支えてくれていた彼らを、恋心と居心地の良さを取ることで捨ててしまって良いのだろうか、と。

 その態度がゲーム補正のせいだと考えると余計に悩みは深くなる。

 しかしそんな私の躊躇を見抜いた王に返事は急がなくても良いと言われ、一度帰国した時に私の心は決まってしまった。

 危険な場所といわれるファクルでの外交を終え、帰国して町の中を歩く私に向けられる嫌そうな視線と、ヒソヒソと囁かれる悪意の言葉たち。

 さりげなくその視線を遮るような位置を歩いてくれるフィロを見ながら、補正があるのだから仕方ないと思い込もうとした時、不意に思い出したのは先ほどまでいたファクルの魔物たちのことだった。


『あら、リウムさん。いらっしゃい、遠いところからお疲れ様』

『よく来たな、ゆっくりして行くと良い』

『ちょうど果実を切ったところだったんだ、甘い果物でもどうだい?』

『ねえ、今度この国に来た時には個人的に遊ぼうよ。あなたとなら絶対に楽しいと思うの』


 彼らは身分差を重視していないこともあり、とても気軽に声を掛けてくれる。

 向けられる笑み、優しい言葉、温かい視線。

 通っている内に向けられるようになった友好的な言動。

 人間から脅威とみなされている彼らの方が、私にはずっと優しい。


 視線だけを動かして周囲の人々を、アルディナの国民を見回す。

 しかめられた顔、冷たい視線、悪意の言葉。

 生まれ育ったこの国の人々から向けられる敵意ある視線。


 この視線を受けてまで、あの優しい視線を捨ててまで、私がこの国のために働く意味なんてあるのだろうか。

 それに気が付いてしまえばもう無理だった。

 戻りたい、今すぐファクルに戻りたい。

 何も悪いことなどしていないのに、どうしてこんな嫌悪感の籠った視線で見られなければならないのだろう。

 どうして私は頑張っているんだろう。

 アルディナにいる限り、この状況は続くことになる。

 もう嫌だ、と。

 そう思ってしまった。

 今まで感じたことがないくらいのアルディナへの拒絶は、ファクルという行き先の選択肢が出来たことが大きいのだろう。

 具体的な逃げ場所が目の前に示されてしまった。

 だからこの日、一つだけ私は決めた。

 これから婚約破棄のイベントが起こるまでの少しの期間、私は今まで以上に全力で努力して、私の成してきたことやいなくなった後にどういったことが起きるのかを、両親やユート様たちを中心としたアルディナの人々に訴える。

 もしもフィロ以外で誰か一人だけでも私のことを認めてくれたら。

 両親でも、王族の方々でも、町の人たちでも、たった一人でも私を見てくれたなら。

 私はもう少しだけ、追放という罰に抗いこの国のために努力する。

 けれどこの状態が続くならば、私は追放の罰をそのまま受け入れ、魔物たちからの声に応えてファクルへと向かう。

 そんな身勝手な願いと共に、じつは追放されそうなのだと色々とお願いをした際、一瞬きょとんとした後、爆笑と共に即答で了承してくれた王には感謝してもしきれない。

 私にとってここ数か月は、自身の心の整理のための期間でもあった。

 私が国を出ることで危機に陥るであろうアルディナを捨てる覚悟を決めるための。

 そして今日、その結果は出てしまった。

 これから行くのは魔物たちの国。


 人間にとって脅威で、けれど私に温かい居場所をくれるファクルへ。



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