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第二章 追い出された悪の行き先は【1】


 すべてに気が付いたあの日から一年ほどかけて、追放されるための準備というよくわからないものを進めてきた。

 行き先、そこで生きていくための術、そのために必要なものの交渉。

 意外なほどに順調に進んだのは、やはりこの国が私を追い出そうとしているからなのかもしれない。

 それと並行して一応だがユート様や両親に訴えは続けていた。

 それがこの国に生まれた令嬢としての私の最後の仕事で最後の責任だと思ったからだ。

 私がプルムに対して害を与えるようなことはしていないこと、外交やそれ以外の公務の成果。

 もしも私が出て行った際、アルディナに降りかかってしまうであろう危機のことも。

 けれど、やはりそれは聞き届けられることもなく。


 悪役令嬢の婚約破棄のイベントは、筋書き通りに起こることになった。


 主人公が悪役に勝つのにふさわしい豪華な広間で。

 私に向けられる嫌悪の視線は今までで一番強く、この場にいる誰一人疑いなど持っていない。

 震えるプルムも、それを庇うユート様も、後ろで私を睨むようにしている両親も。

 結局彼らは変わってはくれなかった。

 すべてが敵とも言えるこの場所で、たった一人私を庇う様に立つフィロの背中を見つめる。

 普段は執事であるということで私の前に立つことなどほとんどない彼が、私を背中に隠すように前に立っている。

 ずっと私の味方でいてくれた彼は、この場所でも私の味方のままだった。

 それが何よりも嬉しくて、フィロがこのタイミングでも味方でいてくれたことにそっと安堵のため息を吐いて、今までしまい込んでいた恋心があふれ出しそうになっているのを堪える。

 つらつらとありもしない私の罪、例えばそれが事実だったとしても確実に婚約破棄の理由にはならないようなことばかり並べているユート様は、最終的には私が褒めてくれないだとか、私の顔が怖いだとか、口調が冷たいだとか、子供の悪口のようなことを言い出し始めていた。

 この調子でいくと、その内馬鹿だの阿呆だの言いだしかねない。

 周りの人々も頷いているのが見えて、なんだか冷めてきてしまった。

 もう結果はわかったからさっさとこの場から離れさせてほしいとまで思い始めている。

 厳密には違うのだろうけれど、プルムやユート様にとってはこの婚約破棄はある意味物語の終わりを意味するはずだ。

 ゲームはこの追放イベントの後、少しだけ後日談が展開した程度でエンディングを迎えていた。

 もしも人生を物語に例えるのならば、私の話はこれから始まることになるのだろう。

 その物語がフィロとのものであることを、ずっとずっと願っていた。


「さあ、この国からすぐに出ていけ!」


 そんなユート様の言葉とその発言に同意する人たちの声を、扇で隠した笑顔のまま受け入れて。

 ここから先はストーリーには無い時間。

 悪役の行く末はゲーム中には登場しない。

 私は今、アルディナだけでなくゲームストーリーからも追い出されたのだ。



 そして、まるでお芝居のような悪役追放のイベントが終わり、私は紙を一枚だけ持った状態で町の入り口に立っていた。

 身一つで追い出されたことに、私よりも隣に立っているフィロのほうがずっと強い怒りのオーラを放っている。

 流石に服は取り上げられなかったが、物の持ち出しが許されない状態で追い出されてしまった。

 とはいえ、普段着ていた足まで隠すようなフリルの多い高価なドレスは家に置いて来てしまったので、今着ている服は上下とも装飾などが最低限しかついていない安価で動きやすいものだ。

 スカート丈も足首の上程度なので、これから少し歩かなければならない身としてはちょうどいい。

 どうせこれから行くところには事前にある程度のものを買って置いてあるし、外交官としての仕事がなくなった以上は変に着飾る必要はないだろう。

 もしも私が何の準備もしていなかったら途方に暮れるか、絶望して命を絶つかのどちらかになるだろうな、と少しだけ笑った。

 それにしてもやはりおかしな国だ、追放といわれた後からは監視もつけずに放置とは。

 追放とは決して出て行けと放り出して終わりではないと思うのだけれど。

 おそらく広間ではユート様とプルムの婚約が発表されているはずだが、王族の婚約者を当然の様にその場で入れ替え決定し、国民すべてが祝福しているだなんて気味の悪さすら覚える。

「リウム様、私がこっそり市場で買い出しをしてまいります」

 怒りを滲ませた声でそう提案してくれるフィロは執事服のままだが、腰には彼が武器として使っている黒い鞭が丸まった状態でついていた。

 フィロの持ち物は持ち出しが許されなかった私の財産に含まれないので、彼は自分のお金は持ち出している。

 彼もまさか私が何も持つことが許されないとは思わなかったのだろう。


「フィロ、気持ちは嬉しいけど、あなたさっきあの大広間で自分は私に付いて行くって宣言していたじゃない。市場に行っても追い出される未来しか見えないわ」

「それは……彼らがあなたに味方などいないと、ふざけたことを言い出しましたので咄嗟に」

「うん、ありがとう」


 味方がいるというのは嬉しいものだ、それが彼であるならば尚更。


「でも本当に良かったの? もう私にはあなたを雇うだけの地位もお金もない。令嬢という肩書はもう無くなってしまったのに」

「関係ありません。私はリウム様に付いて行きます。今までの様な生活は無理ですが、私が働けばリウム様の生活を支える事も出来ますし」


 彼にしては珍しく私の言葉を遮るように口を開き、そう断言してくれる。

 途端に湧きあがる喜びが顔に出ないように少しだけ気合を入れて、顔を引き締めた。

 もしもにやけてしまっても今は顔を隠す扇は持っていない。


「そう言ってくれるのは嬉しいけれど、あなただけを働かせるつもりはないわ」

 

誤魔化すようにそう言って、今唯一持っている折り畳まれた紙を開いていく。


「その紙はどうされたのですか?」

「家を出される時に父が渡して来たの。最後の情として行き先は準備してやったが、行くにしても行かないにしてもお前の好きにしろ、って。私がどこで生きようが何をしようが……野垂れ死のうが構わないから二度と顔を見せるな、っていう言葉つきで。これにはその用意した行き先が書かれているんでしょうね」


 絶句したフィロの方は敢えて見ない様にして、開いた紙に書かれた行き先とやらをチェックする。

 行き先はもう自分で用意しているのでこの紙に書かれている所に行くつもりはないのだけれど。

 紙には乱暴に書きなぐった様な筆跡で住所と名前が書かれていた。

 その場所がどこなのか一瞬考えて、なるほどと納得する。


「最近の態度から察してはいたけれど、もう親子の情が無いというのは本当みたいね」

 

追放されるであろう日が近づくにつれて、両親の私への態度は今までとは比べ物にならないくらいにきつくなっていた。

 私自身は何も変わっていないのに、周りの人たちの態度はここ一月ほどで一気に変わった気がする。

 別世界に迷いこんだと言われた方が納得できるくらいに悪化した人々の視線は、今まで向けられていた嫌悪の視線がかわいく思えてくるくらいだった。

 そのおかげか今はあの視線からの解放感が強く、追放への悲しみは感じていない。


「良くない場所なのですか?」

「親戚中で持て余されていた人が住んでいる家。男でも女でも気に入った相手に権力を使ってすぐに手を出すからって、町から離れた場所に追いやられた人。なまじ地位が高かったから隠居という形で追いやるしかなかったみたい」


 それだけ問題を起こした人が隠居ですむのに、同じように地位のある私のことは野垂れ死ねといわんばかりに追い出すのだから、やはりこの国にはゲーム補正の力が働いているのだろう。

 私の説明を聞いたフィロの目が一瞬スッと細められ、すぐににっこりとした笑みへと変わる。


「リウム様、その方の家に到着しましたら私が先に挨拶しても?」

「だめ」

「なぜですか?」

「なぜもなにも……」


 絶対に私の身代わりとして自分の身を差し出すに決まっている。

 せっかく壁がなくなったというのに、変態にフィロを差し出す代わりに自分一人平穏に暮らそうだなんて思うはずもない。


「そもそもそこに行くつもりはないわ」

「え? ですが」

「こうなる可能性には一年前くらいから気が付いていたもの。ちゃんと準備はしてあるわ」


 驚いた様子で固まってしまった彼に苦笑する。

 前世の記憶なんていう不確かなものを理由にした先読み。

 そんな状況で彼に色々と説明はできなかったし、もしかしたらストーリー通りにいかない可能性もあった。


「フィロだって違和感は感じていたでしょう?」

「……アルディナ全体に対してでしたら」


 なぜかゲーム補正が効いていない様子のフィロ。

 あまり細部までは覚えていないけれど、ゲーム中のスチルでリウムと共に国を出た従者は女性のシルエットだった気がするので、その辺りも関係しているのだろうか。

 私にとってはとてもありがたいけれど、プルムに関する補正のない私たちや他国の人たちから見ればあの国は違和感だらけだ。


「リウム様が成功させた外交の結果が、その国へ行ったことすらないプルム様のものになっていたことに初めて気が付いた時は、いったい何事かと思いました。リウム様の仕事の手柄はプルム様のものだというよくわからない常識を皆当然だと思っていて……リウム様がプルム様に嫌がらせをしたとご両親が叱りに来た日、リウム様は部屋から出ていませんでしたし」

「そうね。プルムへの嫌がらせの冤罪も日常茶飯事だったわ。だからユート様がプルムに愛を囁くようになった時、きっとこんな日が訪れるんじゃないかって思ってた」

「だから、そのためのご準備をしていたと?」

「ええ」


 少し悲しそうな顔で私を見る彼。

 確かに私の現状はすべてから見捨てられ、何もかも失った状況に見えるかもしれない。

 けれど私は心のどこかでこの日を待っていたのだ。


「追放はもう覚悟していたし、それ自体はあまり気にしていないの。ただ最後の最後までユート様の婚約破棄の言い分は意味がわからなかったわ。わからないというか……嫌がらせや仕事に関して言われるのは覚悟していたけれど、まさか私の顔が怖いだとか褒めてくれないだとか、そんな理由が並べられるとは思わなかったわね」

「リウム様はとても可愛らしいです!」

「え?」


 軽口のつもりで言ったのだが、思いのほか強い口調で即答されて思わず彼のほうを見る。

 ユート様たちへの怒りを滲ませ不機嫌そうな表情でアルディナの町を見ているフィロの横顔は、自分の発言を自覚していないように思えた。

 私は自分がきつめの顔立ちをしているのは自覚しているし、ユート様に言われたとはいえあまり気にしない様にしていたのに。

 可愛い、なんてそれこそ親にすら言われたことはない。

 じわじわと頬が赤くなるのが自分でもわかる。

 ……人から向けられる悪意の言葉は、たとえそれが見知らぬ人だったとしても傷つくものだ。

 あの広間で向けられた悪意に満ちた言葉は少なからず私を傷つけていたけれど、それを一言で吹き飛ばした彼の言葉が嬉しくて、フィロがこちらを見ていないのを良いことにこっそりと笑った。


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