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悪が裁かれる時を待ち望み【4】

 そんな疑問を持ったまま日々は過ぎ、気に入らないことがあると私を置いて帰って行くユート様も相変わらずで。

 代わりに執事の仕事に慣れてきたフィロが護衛として迎えに来てくれるようになったので、私としては嬉しかったけれど。

 ほんの少しの時間でも、二人で一緒に歩けるのは本当に楽しかった。

 お互いに一定の距離を開けて歩いてはいたけれど、私にとってフィロと歩くその時間はとても大切なもので。

 手を繋げるわけでもなく、どこかに買い物に行けるわけでもない。

 グリーディ家の令嬢とその執事という関係は決して変わることはない。

 秘めていなければいけない想いだとわかっていたから、私はその感情を表に出すことは絶対にしないと決めていた。

 天気がいいだとか、綺麗な鳥が飛んでいるだとか、家ではできない外でだけ感じられるそんな些細な話題を繰り返しながら歩く道。

 ただ家へと帰るだけのその時間を、まだ終わらないで、少しだけ、後少しだけで良いから続いて、と毎回願っていた。

 そうして日々を過ごすうちに他国のご令嬢たちやファクルの魔物たちとの親交も深め、アルディナ以外での私の評価は上がっていく。

 しかし他国での評価が上がれば上がるだけ、アルディナでの私の評価は下がっていった。

 他国優先の外交をしていたのならば私も納得できるのだが、ちゃんとアルディナに得になるような外交をしていたのに。

 今考えればおかしな話だけれど、あの時の私はそれを悲しくは思っていても疑問には思っていなかったように思う。



 しかし、私にとっての運命の日は唐突に訪れる。



 ある日、たまたま一人きりの自室の窓から外を見下ろした時……家の前の道を親し気に寄り添って歩くユート様とプルムを見た時、私の中ですべての疑問は解決する事になった。

 私が以前取り戻した前世の記憶は、どういう仕事をしていたか、どういう人生を送っていたのかの大まかな部分だけだった。

 二人が並んでいる所を見て、脳裏をよぎった小さな画面。

 私はその時、初めてここが前世で遊んだことのある乙女ゲームの世界だと気が付いた。

 ゲームスチルと同じ二人のデートシーンが私の目の前に広がっている。

 記憶を取り戻したせいかズキリと痛んだ頭を押さえながら見下ろす窓の外、楽しそうに、幸せそうに寄り添い歩きながら笑う二人の姿。まるで恋人同士が歩いている様なその光景を見つめて、しばらく開けたままになっていた私の口から最初に零れたのは、小さな笑い声だった。

 頭の中が一気にクリアになった気がする。

 私が死地とも呼べるファクルへ向かう時の両親の態度、そして幼い私をそこへ向かわせる選択をしたこと。

 本来ならば危険だからと許されないであろう、奴隷商人から買ったばかりのフィロが監視もなくすぐに私の専属になったこと。

 幼い頃から国のために様々な成果を出していながら国内ではあまり評価されない私、何もせずとも愛され評価を貰っているプルム。

 私の出した成果が何もしていないはずのプルムの手柄になっていることもあった。

 今にして思えばそれはゲーム中では私ではなくプルムがやっていたことだったような気がする。

 他国で私の仕事内容は把握されているのに、自国の人たちはわかっていない。

 妹への嫌がらせなどしていないどころかほとんど会話がないにも関わらず、両親や国の人々は私からプルムを庇う仕草を見せ、嫌がらせはやめなさいと身に覚えのないことを言われることもあった。

 そして何より私自身も今の今まで、そのことに対して悲しく思いながらもあまり違和感を抱いていなかったことも。


「これは……ゲームの補正だとでもいうの?」


 思わず呟いた言葉は、とてもではないが信憑性のない非現実的な言葉だ。

 ゲーム補正なんてただの私の思い付きに過ぎない。

 私が何かしてしまっている可能性の方が高いはずだ。

 けれど、すとんと心の中に落ちてきたゲーム補正という単語が、私にとってすべての疑問を解決するための唯一の答えだった。


 この国で幸せになるのは私でなくプルムでなければならない。

 ゲーム中、悪役だった私に功績があることは許されない。

 主役がプルム、私が悪役でなければストーリーは成り立たない。

 だからこの国は私を排除しても構わないように動いているし、アルディナの人々にとって世界の中心はこの国だ。

 そしてメイン攻略対象だったユート様がこの国を一番だと思い込むのは、ゲームの舞台がこの国だったからなのではないだろうか。

 ゲームでは他国は出てきても名前程度の扱いで、内容的にもアルディナが中心、いや、アルディナがすべてといっても良いような内容だった。

 もしもこの国全体にゲーム通りに動くような補正が掛かっているのならば、ゲーム中で存在していないも同然な他国のことを意識する人間はいないだろう。

 ストーリー通りに動くことに対してアルディナの人たちが違和感を抱くことはない。

 ゲームでメインキャラだったユート様は、もしかしたらその影響が強い可能性もある。

 ゲーム中の彼はここまでひどくはなかったはずだ。

 ストーリーを進めていく内に主人公であるプルムに優しく肯定されながら諭され、色々な失敗を経て理想だけの自分を変えていくキャラクターだった。

 けれどここはゲームの中ではなく、周辺の大国との関係を気にしなければならない現実だ。

 私はゲーム中のプルムのように彼に優しくばかりはしていられない。

 彼の態度一つで国が危機に陥ってしまうことを考えて厳しいことを言う私とは、ユート様は相性が悪いのだろう。

 しかしそのゲームで諭す役割だったプルムはゲームよりもずっと世間知らずのお嬢様だ。

 窓の外から聞こえてくる二人の会話もまるでおままごとのように感じられる。

 けれど主人公がプルムで、おそらくその相手がユート様であること、そして私が邪魔者であることには変わりない。

 もしも私がゲーム通り何もしていなければ、何の苦労もなく追放イベントは発生しただろう。

 けれど今、それなりに功績がある私を何の理由もなく追い出すのは難しい。

 例えばプルムへの嫌がらせが本当にあったとしても、普通に考えれば追放なんて重い罰を科せるはずもない家族間の揉めごとだ。

 あれはゲームだからこそ許される流れだった。

 邪魔な私の存在を消すために危険な外交に向かわせ、強引に捻じ曲げた評価を私につけなくてはならなかったのではないだろうか。

 他国もその件に関して失笑したり違和感を覚えてはいても、それを理由に攻めて来たり同盟を解消したりすることがないのは、今がゲームストーリー中の時期だからなのかもしれない。

 ストーリー中にこの国へ他国からの脅威が訪れたことはなかった。

 ゲーム中に起こらなかった出来事は、同じ時間軸では起こらないのではないだろうか。

 そして逆にゲーム中の出来事は起こっていなくても起こったことになるのだろう。

 私がやってもいないプルムへの嫌がらせは国民全員がやっていると思い込んでいるし、それが前提だったとしても次期王であるユート様が婚約者を放置した状態でその妹と公衆の面前でデートをし、愛を囁いても顔をしかめる人はいない。

 アルディナの王も、他国からユート様の言動をたしなめられても次期王の地位を取り上げることはなかった。

 他の国ならばこんな風に苦情が出るような王子はすぐに王位継承権を剥奪されてしまうだろう。

 アルディナにはユート様の弟である王子様方が複数人いらっしゃるのだ。

 皆優秀な方だと聞いているし、この世界の常識で考えれば彼らの方に王位継承権が移ってもおかしくはない。

 それでも頑なにユート様が次期王座に就く立場であり続けるのは、ゲーム登場時の人物設定通りに彼を存在させる補正が働いているのではないだろうか。

 そして、最近以前にも増して強くなってきた私へ向けられる嫌悪の視線は、ストーリーが終盤に近いからなのかもしれない。

 私が、リウムが追放されなければ、ユート様とプルムが結ばれる物語は成立しない。

 すべてはストーリー通り、私を悪役令嬢としてアルディナから追放するために。

 私の今までの努力は何だったのだろうか。

 国のために、自分の生まれた地位の責任を果たすために、時には命を懸けて頑張ってきた私の今までは、いったい……


『お前はこの国に必要ないよ』


 そんな声が聞こえた気がして、目の前が真っ暗になるような、すべてが崩れていくような悲しみが押し寄せる。

 評価されないことよりも、嫌悪の視線を向けられることよりも、何よりも私の存在自体がこの国に必要ないという悲しみ。

 目じりが熱い、鼻の奥がツンとする。

 しかし零れそうになった涙は、次の瞬間部屋に入って来た彼の顔を見たことで一気に引くことになった。


「リウム様、お手紙が届いて……リウム様?」


 ちょうどいいタイミングで入って来たフィロの顔を呆然と見つめる。

 不思議そうな彼の顔を見て、悲しみを押し流すように湧きあがった歓喜。

 追放されることで失う私の今まで生きて来た年月の意味。

 しかしその代わりに得ることが出来るものがたった一つだけある。

 私と彼の間にある見えない壁、身分の差。

 私が壊すことは許されない、自ら壊しはしないという決意していたそれを、強制的に取り上げられる日が来る。

 心のどこかで夢見ていた、彼に想いを伝えることができる日が、叶わないと諦めながらも捨てられなかった気持ちを堂々と表に出せる日が訪れる。

 良家の令嬢と執事という見えない壁で隔てられている立場から、なんの隔たりもない対等な立場への変化。

 ゲーム補正というこの国の人間すべてが抗うことのできない強大な力で、すべてを失う代わりに心の奥底で願い続けたたった一つのものが手に入る。

 悲しい、苦しい、でもなによりも嬉しい。

 大きくなっていく嬉しさをこらえきれず、泣きそうになりながらも少しだけ笑った。

 私の立場は捨てることが許されないもの、けれど取り上げられたなら?

 この身体は、私の存在は国民のためにあらねばならない。

 けれどその国民たちからいらないと捨てられたなら?

 アルディナは私が何をしようとも、どれだけ声を張り上げようとも、私の存在が国内にあることを許さない。

 確かに国のためになることをしているのに、他国では優秀だと評価を貰っているのに、最近は道を歩く時に顔を顰められることがあるくらいに私の評価は低い。

 けれどそれはこの国の中だけの話だ。

 ゲーム中のリウムはスチルの隅に小さく従者と共に出ていく後ろ姿が描かれたのち、一切登場しない。

 そしてゲームではプルムの過去は描かれても、プルムと相手役が結ばれた後の未来のことは後日談程度しか描かれていなかった。

 私が生きていた間に続編が出たこともなかったはずだ。

 またゲーム中のリウムは他国との繋がりもなく生死すら不明だが、今の私はこれまで生きてきた中で繋いできた他国との縁がある。

 アルディナよりもずっと、私のことを正当に評価してくれる他国との縁が。

 今はゲーム通りでも、婚約破棄のイベントが起こりプルムが誰かと結ばれた後の未来は定まってはいない。

 そしておそらく、国を出た後の私の未来も。


 いつか来る未来を確信した日、私は国を追放された後の準備を進めることを静かに決意した。


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