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ゲームと現実【7】

 バンバンと音が鳴り響く部屋が地震でも来たかのように揺れ始める。


「ちょっとこんどはなに、なんなのっ!」


 肩を跳ねさせたプルムが揺れる室内を見回して叫んだ。

 同じように部屋中に視線を移動させながら、辺りの様子を観察する。

 ビシッ、と音を立てて壁にひびが入り、窓の外に見えていたアルディナの町並みはいつの間にか闇に包まれ、まるでアルディナの門から外を見ていた時と同じような雰囲気になっていた。


『こ、れは……そうか、そうくるか!』


 先ほどまで絶対的な強者の様に余裕のあったあの声は驚いたように叫んだ後、大声で笑い始めた。

 揺れる室内とヒビが増えていく壁、響く笑い声。

 そんな落ち着かない環境の中で、私の視線は窓へと吸い寄せられた。


「…………あ」


 揺れている上に体も重いので歩きにくい事この上ないが、多少ふらつきながらも窓に両手をべたっとくっつける。

 ここだ、この向こうにフィロがいる。

 扉には感じられなかった確信を、ここではしっかりと感じられる。

 そうだ、声は選択肢が三つだなんて一度も言っていなかったし、扉だとも言っていなかった。

 ただファクルへの道を用意したと言っただけ。

 取引の時にこういう手を使ってくる人は多い。

 嘘は言っていない、ちゃんと本当の事を言っているのに、自分にとって都合の悪いものをこちらの目に映りにくくするような言葉を選ぶ。

 この声も同じだ。


「ここだわ、私はここから外へ出る!」


 私の返答を聞いた声の笑い声が更に大きくなり、プルムから信じられないと言わんばかりの驚きの声が上がる。

 それでも私の答えは変わらない、この窓の向こう、一センチ先も見えないような闇の向こうが私の生きる場所だ。

 私の出した答えを後押しするように、大きな音を立てて窓を挟んだ状態で向こうからも手が押し付けられる。

 その手が誰のものかなんて、考えるまでもない。

 私の手と窓越しに重なる位置に現れた手、想いが通じ合った日に私に触れた手、ファクルに来てから毎日繋いでいた手、誰よりも何よりもずっと私の傍にあった手だ。


「フィロ!」

『……さ、リ……ムさん、リウムさん!』


 手の持ち主の名前を呼んだと同時に、向こうからも私を呼ぶ声が響く。

 部屋の揺れが大きくなるのもお構いなしに窓を開けようと手を伸ばすと、背後から慌てた様子で声が飛んできた。


「待って、私も連れて行ってよ!」


 振り返れば相変わらず机の前の椅子から離れる事が出来ずにいるプルムと目が合う。

 破壊されていく部屋の中で、彼女の回りから徐々に修復されてきていることに気がついた。

 声はずっと笑っている。

 時間がない、きっとすぐにこの壊れた部分は修繕されてしまうだろう。

 そうすればもうここから出られなくなる、ゲーム通りのプルムの部屋に戻ってしまう、そんな確信めいた何かを感じた。

 プルムもそれはわかっているのだろう。

 涙をこぼしながら必死に叫ぶプルムは子供の姿なこともあって、通常ならば庇護欲を誘うものかもしれない。

 けれどファクルへ災厄を持ち込もうとするこの子を助けようと思う気持ちは湧いてこない。

 この子のこれまでの言動を考えればファクルへと連れて行けばどうなるかの未来なんて見えている。

 ファクルがアルディナの二の舞になるなんて絶対に御免だ。

 私はファクルの人間。

 アルディナでの外交官時代がそうであったように、今はファクルを、自国を守る選択を優先する。

 すぐに窓に向き直って鍵部分に手を掛けた。

 フィロの私を呼ぶ声が大きくなり、プルムの叫び声をかき消していく。

 どちらの声に応えるかなんて迷う必要なんて無いくらいに決まっている。

 窓には本格的に泣き始めたプルムが映っていた。


「……お断りよ、あなたを連れて帰ればファクルに被害が及ぶわ。どれだけ私が冷血扱いされようとも構わない。あなたを連れて行ってファクルの人たちに何かあったら私は一生自分を許せないわ。そもそもここはあなたが望んだ世界でしょう。私は私の生きる現実で幸せになるために努力する。あなたは望んだ世界で、望んだ幸せがループする場所で生きる。お互いの願いが叶った結果だわ」


 窓に映るプルムを見つめる。

 あの子は主人公、私は悪役。


「ゲーム通りよ。あなたに追放された私は、これから先もあなたと関わらないところで生きていく。あなたが設定した通り、私は悪役。最後に取る選択肢も、悪役令嬢らしくあなたを置いて行くという冷たい答えを選ぶわ」

『はははっ! そうだな、悪役らしい答えだ』


 私の言葉にプルムが答える前に、笑い交じりのあの声が響く。

 同時に開け放つことに成功した窓の外から延びて来たフィロの手がしっかりと私の手を掴んで、一気に窓の向こうへと引っ張られる。


『本来ならば手が届かないはずのこの世界ごと破壊しかねんあの魔物の王の力も、そこに干渉して惚れた女を引き戻すあの男も、自我を取り戻してゲームから飛び出していったお前も、面白いが面倒な相手だ。約束通りもうお前達には干渉しないさ。こちらはもうしばらくこの女のループでも楽しませてもらうことにする』


 そんな言葉が響く中で感じる浮遊感は前世で最後に感じたものと似ていたが、温かいものに包まれているかのように安心できる。

 落ちているのか引っ張られているのかはわからないが、視界に映った大好きな青色に今度こそ安堵の笑みが零れた。


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