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悪が裁かれる時を待ち望み【3】

 また私にとっての天職といえる仕事ができる喜びを噛み締めながら日々を過ごしている内に、他国の同年代の方々との交流を深めることも出来た。

 けれど彼らと会話をしていると、今までそんなものかと流していたユート様の言動がどうしても受け入れられなくなってしまう。

 彼は理想だけだ、現実を見ておらず発言に責任もない。


「リウム、火事で下町が焼けたのを聞いたか?」

「はい、王様が資金援助を行うと聞きました。避難先として複数の家屋を開放したともお聞きしましたが」

「だがそれだけでは足りんだろう? 民たちは仕事を失ったのだ」

「そうですね、彼らの仕事のためにも町の復旧を急がなければなりません」

「いやそれでは遅い。国民の不安を取り除くために良い方法を考えたのだ。今夜父に提案しに行く」

「良い方法?」

「ああ、焼け出された民たちを全員すぐに城で雇えば良いのだ! そうすれば彼らも城で寝泊まりできるだろう!」

「…………はい?」


 どやあ、なんて効果音が付きそうなほど満面の笑みで放たれた言葉を理解するのにはかなり時間が掛かった。

 全員雇う?

 人員不足などと言う言葉とは無縁どころか余裕すらある城で?


「あの、ユート様。焼け出されてしまった国民たちの人数はお聞きになりましたか? 数十人の規模では無いのですよ?」

「ああ、知っている。部下に聞いたが一つの家に複数の家族をまとめて住まわせているのだろう? そんな狭い場所ではなく城の方が広くていいではないか」


 当然の様に首を傾げた彼に顔が引き攣る。

 不可能だ、数十人ならばともかく下町一つ焼けてしまった状況で全員を城に泊めて雇うだなんて。

 助けたいという彼の気持ちもわかるがそこまでの補助は出来ないし、そもそも金銭面での補助は行き届いているとも聞いている。

 もう少ししたら職の斡旋も必要なことではあるのだが、今すぐに全員城で雇うというのは夢物語だ。

 そもそも彼らに城のどこに寝泊まりしてもらうというのだろうか。

 確かに彼の言う通り、城ならば部屋の数は多いし一部屋一部屋も広い。

 とはいえ客室の数は確実に足りないし、そもそももう住人がいる部屋が大半だ。

 まさか廊下で寝ろとでも言いたいのだろうか。

 開放できる廊下すべて使ったとしてもスペースが足りないくらいの大人数なのだけれど。

 だったらまだ今避難してもらっている家屋の方が良いだろう。

 大部屋のようにはなってしまうが、ちゃんと生活できる家が用意されているのだから。

 そもそも避難中の国民たちからも今のところ不満は出ておらず、避難先が焼けた町に近いので通うのが楽なこともあり、復旧のペースが予定よりも速いと発表されていたはずだ。

 城へ来てしまえば片付けや復旧の作業に通うことは困難になってしまう。

 理由付きでそう説明した私を見て頬を膨らませて不満を表す彼。

 比喩ではなく、本当に頬を膨らませた彼を見て呆然としてしまう。

 落ち着いたら希望者には仕事を優先して斡旋するようにしてみてはどうか、今住んでもらっている家の設備を整えてはどうか、そんな風に提案してみても彼のむすっとした表情は変わらない。

 そう言えば焼けた下町に王は子供である王子や姫数人と部下を連れて視察に行き、国民に励ましの言葉と共に物資を渡したのに対して、第一王子であるこの人は可哀そうだというばかりで一度も現場へと行っていないことに気が付いた。

 今は担当者を決めて数日おきに様子を見て状況を把握している状態だし、彼らと一緒に視察に行けば状況も把握できるだろう。

 それを思い出して気になるのならば現状把握のために今の彼らの生活を一度見に行ってはどうかと提案してみたけれど、私の言葉は聞きたくない、というよりも自分の意見を褒めてもらえなかったのが気にくわないらしい。

 捨て台詞のように父に言えば叶うと言い放ち、私を置いて帰って行く彼を見て深いため息を吐いた。

 結局のところやはり全員雇うなど不可能で、王は落ち着くまでは金銭面での補助、そしてある程度復旧したら希望者へ民間の仕事を優先して斡旋するという形を取ることにしたようだ。

 私が提案した案通りになったのが気にくわないのか、それとも自分の意見が却下されたのが気にくわないのか。

 むすっとした顔をしながら王の決定を私に報告する彼を見て、これが私の夫になる人なのかと目の前が暗くなった。

 この人を王妃として支え、時には諫めなければならないのか、と。

 ……それでも彼はこの国の次期王だ。

 今はまだ幼いこともあってそう言った考えや態度になるのだろうと思いなおした。

 理想が高いというのは悪いことではない。

 成長に伴って知識が付いて来れば、その理想を叶えるために自分がやるべきことも見えてくるだろう。

 同い年の私や貴族として付き合いのある家の子供たちから見ても、彼の言動が幼いということはわかってはいたが、その時の私はそんな風に考えて自分をごまかしていた。

 フィロへの恋心を自覚した後のユート様との婚約は私にはつらいものだったけれど。

 それでも私はこの国の令嬢で、アルディナの民のために生きる身だ。

 前世の記憶を取り戻しても私の生きるための義務は変わらず、グリーディ家の令嬢として生きることに異議はなかった。

 前世というものがあるのだから、きっと来世というものもあるだろう。

 いや、今の私が前世の私から見た来世の私だ。

 この生を終えた後、次の生でもしフィロと出会えたらその時は結ばれたいと思う。



 それから数か月経ち、ファクル以外の同盟国で次期王座につく者同士での勉強会のようなものが開かれた。

 集まった国の方々はアルディナよりもずっと大きな国の方々ばかりだが、私が外交官として働き始める前から多少なりとも交流のある方々だ。

 婚約者も同伴でという会合にユート様と共に向かい、各国の皇太子様方との有意義な勉強会になるはずだった。

 皇太子の方々が同じテーブルに着き様々な意見交換をする横で、彼らから少し離れた位置で彼らの婚約者である各国の令嬢と共に意見を交換し合う。

 皇太子の方々は毎回テーマを決めて話し合っているが、私たちの方は少し気軽に近況報告を兼ねての勉強会のようなものだった。

「リウムさん、ファクルとの同盟成功おめでとうございます」

「ありがとうございます」

「ご無事で本当に良かったです。まさか初めての外交先がファクルだなんて」

「大人でも難しい場所ですのに。私たち、ずっと心配しておりましたのよ。また会えて嬉しいですわ」

「私もです、ありがとうございます。無事に生きて戻ることが出来ましたわ」

 ファクル外交以来、久しぶりに会った方々からそう声を掛けられて笑い返す。

 毎回全員が集まれるわけではないので年単位で久しぶりに会う方も多く、今回も五か国程度の集まりだ。

 数度行われたこの勉強会のおかげで同盟国の令嬢たちの仲は良いほうだと思う。

 心の中でどう思っているかはそれぞれ違うのだろうが、やはり次期王妃になるというプレッシャーを理解できる相手と話すのは安心できるし、将来のために縁を結んでおく重要な場だ。

 個人的に特に仲の良い相手も出来たし、国のためにもなるだろう。

 穏やかに会話を続けるこちらのテーブルと違い、皇太子様方は白熱している様だ。

 今回彼らが話すテーマは各国の水場の活用について。

 皇太子様方は国内の把握もかねて自分達の国の水場を視察し、周りの人口や住んでいる人々の年齢、性別、水の性質なども調べ様々な意見を出していた。

 視察の過程で新たな水場になりそうな場所を発見したという隣国の皇太子様。

 水場での動きが効率が悪そうだったので、新たに足場を組み効率を上げたという方もいる。

 それぞれのやり方を自国でも活用できないかと真剣に議論を重ねる皇太子様方の中で、ユート様だけが腕組みをした状態でメモも取らずに頷いていた。

 ユート殿はどうだ、と隣国の皇太子様が話を振ってくれたことに対し、部下に調べさせたことを答えるユート様。

 本人は偉そうにしているが、この勉強会は王になる前に国のことを知っておくことも大切だからとそれぞれの足で調べて来ることを奨励されていた筈だ。

 現に他国の皇太子様方は皆、護衛や従者付きとはいえ一度はその場に足を運んでいる。

 人から聞いたことや今調べさせていることの予測で話すユート様に、周囲の皇太子様方の顔も引き攣っていく。

 又聞きのために間違った知識も混ざっているが、本人が自信満々故に誰も指摘できずに苦笑されている様だ。

 違う場ならうまく私が口を出すのだが、この場では婚約者である私たち令嬢の横入りは禁止されている。

 話すテーマも今日ここに来るまで私たちには秘密にされていたので、事前に勉強を教えることも出来なかった。


「ユート様も相変わらずですわね」

「夢を語るのは結構ですけど、そろそろ現実を見る時間ではなくて?」

「リウムさんも大変ねえ」


 向こうのテーブルに聞こえない様にクスクスと小さく笑うご令嬢たち。

 性別の差か、それとも将来は王妃として王を支えなければならない彼女たちだからか、皇太子様方よりもずっと彼女たちの評価は厳しい。

 返す言葉もないとはこのことだ。

 どうしてユート様はいまだ幼く、視野が狭いのだろう。

 近い年齢の各国の皇太子様方は、こんなにもたくさんのことを見て考えているのに。

 彼が以前言っていた国民のことを考えるという言葉、それに該当するのは王都に近い場所に住む豊かな民たちだけで、後は調査に行った兵士たちから又聞きして勝手に推測している。

 意見を聞くという行為自体は良いことなのだが、彼はその意見を整理することが苦手なようで、聞いたことすべてが変に入り混じって妙な結論に達することも多い。

 ……アルディナは弱い国だ、国力も、立場も。

 自分たちよりも大きな国々の王族との交流の場で、ユート様の振る舞いはとてもではないが褒められるものではない。

 今は皇太子様方が苦笑いで済ませてくれているが、無礼な、と同盟を切られてしまう可能性だってゼロではない世界だ。

 私がご令嬢たちと仲良くさせていただいているのも、彼女たちがそうして欲しいと言ったからで、決して私たちの立場は彼らと同等ではないのに。

 もっとも彼女たちが私と親しくしたいと思った理由は、ファクルとの外交を成功させたことが大きいのだろうけれど。

 それをきっかけにして個人で気が合う友人も出来たので、私にはありがたさしかないが。

 けれど彼女たちと仲良くなったからといってアルディナの立場が変わる訳ではなく、国の立場は弱いままだ。

 個人的に仲の良い方々も国を挟まない交流の場では友人のように話せても、公式の場ではやはり向こうの方が上だし、特に外交の話し合いでは公私混同で条件を緩めてくれるなんてことは絶対にない。

 アルディナが弱い国である以上はしかたのないことだし、彼女たちの態度も当然のことだ。

 しかしユート様は何度説明しても、自国へと戻るとアルディナがまるで世界で一番の国のように思いなおしてしまう。

 彼は確かに考え方は幼いし、理想ばかり並べて現実を見ていないところはある。

 言葉と行動がちぐはぐなことはあるし、この間のように人の話を聞かないこともあったけれど。

 それでもしっかりと話し合うことが出来れば、ちゃんと理解してくれる場合もあるのに。

 例えば他国の言語の勉強や武術の訓練などで間違いを指摘されれば、すぐに納得して訂正することもある。

 指摘してくれた人に対しての感謝もしっかりと示し、もちろんそれを忘れるなんてこともない。

 この間の火事の件も、最終的には王様に強制的に現場へ連れて行かれ自分の目で見てからは納得はしていた。

 彼はまだ子供でお坊ちゃんなのだろう、そう他国のご令嬢たちに言われたことを思い出す。

 きっとその言葉通り、ユート様は子供の頃抱いた理想を持ったまま、それが絶対に叶うと信じているのだと思う。

 その幼い考え故にこんな態度になるのかもしれない。

 なら、きっとこのまま前向きに勉強を続けて行けば、いつか彼も周囲を見て変わっていくだろう。

 それにしても、今回のようにアルディナという国のことになると途端に聞いてもらえなくなってしまうのはいったいなぜなのだろうか。

 しっかり話して理解してくれたと思っても、一度アルディナへと戻れば考えは元通り。

 それに自国が一番だという考えは、彼より程度は弱いとはいえアルディナの住人にも共通の考えとして存在している。


 本当に、これはいったいどういうことなのだろうか。


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