悪役令嬢VS主人公【7】
鋭くとがっていた目が一度驚いたように見開かれ、すぐに今まで見たことが無いくらいに嬉しそうな笑みへと変わる。
嬉しそうなのに歪んでいるとしか形容できないような笑み。
ピリッとした感覚が周囲に走り、プルムに見つめられているレオス様本人も、そして幹部たちも警戒したように目を細めている。
あは、とプルムが声に出して笑う……雰囲気がおかしい。
「そっかあ、似てると思ってたんだあ。女だったから違うのかなって思ってたけど」
地面に押さえつけられたままだというのに特に焦ることもなく、ご機嫌に笑っている様子が不気味だ。
「あの変な本、ちゃんと続編分も組み込んでくれたのね。だったら初めから選択肢に入れてくれてもよかったのに。気が利かないなあ、ゲームはまだ発売前だったからストーリーも知らないし、どうせ追加キャラを出してくれるならそういう知識ぐらいサービスしてくれてもいいのに」
誰に問われたわけでもないのにひたすら喋り続けるプルムを、みんなが異様な目で見ている。
この子、いったい何を思ってこんなに話しているのだろう。
話し始めたきっかけは私たちの挑発かも知れないが、今話しているのはなにか別の理由があるような気がする。
それに、今確かに続編って……
「なんだこいつは、いったいなんの話だ?」
いぶかしげにプルムを見つめる周囲の人たちの中で、私だけがその意味を知っている。
プルムの見つめる先にいるレオス様、彼もゲームの中に同じ存在が登場していたということだろうか。
続編の存在は知らなかったが、プルムの言葉通りだとしたら、恐らく発売前の事前情報が出回っていた段階だったのだろう。
ゲーム雑誌などで取り上げられているような、発売前の新キャラクター公開、なんていう記事を思い出す。
そしてなにより確実にこの子にもあの世界で生きていた記憶がある。
ようやく確信が持てた。
ただ、同じ様に生まれ変わったにしては私とはずいぶん状況が違うようだ。
変な本、とはいったい……
何かを企んでいるからこそこうしてペラペラと話しているのかもしれないが、最後まで聞いた方が良いのかもしれない。
今のところプルムのターゲットであろうレオス様には異常は見られないし、あの子の視線がレオス様に固定されたことで幹部たちの警戒も高まっている。
何かあればすぐに周囲の人たちも動いてくれるはずだ。
アルディナのあの異様な雰囲気の理由、無理やりに捻じ曲げてでもストーリー通りに進む理由。
知ってしまうのも、知らないままなのも怖い。
けれど知っておかなければ、その力がファクルまで及ぶ可能性だってある。
プルムのゆがんだ笑みがレオス様へ向かっている以上は、なおさらに。
少しだけ不安になって、目の前のフィロの服をそっと掴む。
先ほどまであの子も王子の服を引っ張っていたことを思い出して、そんな場合ではないのに少し笑ってしまった。
ちらりとこちらを向いた彼の片手は何かあった際に対応するため、腰につけている鞭に触れている。
それでもこちら見て私を安心させるように笑ってくれる、その優しい表情は変わらない。
アルディナにいた時のようなおそらくついて来てくれるだろう、ではなく、彼なら何があっても絶対に自分を選んでくれるという安心感。
無事に全部終わらせて、なにも不安がない状態でフィロと一緒に彼の両親に会うための旅に出る。
少しだけだが準備した荷物たちは、これから私たちが迎える未来を示すものでもあるのだから。
この子にどんな事情があろうとも負けない。
ここで全部終わらせなければ、安心して暮らせない。
「あなた、先ほどから何を言っているの?」
「うるさいなあ、せっかく新しいキャラを見つけたのに。最初は一番興味なかったあいつでどんな感じか見ようと思ってたけど、専用ルートに入ったせいで他のキャラが一切登場しないだなんて。それでもストーリーは楽しめてたからまあいいやと思ってたのに」
「どういうことかしら?」
「あなたたちには一生わからないことだわ。この世界は全部私の思い通りになるんだから」
「……こいつは頭がどうかしているのか?」
全員に嫌そうな表情で見つめられているにもかかわらず、プルムの喜びの表情は変わらない。
まるで私たちからの評価なんて一切気にしていないようだ。
ファクルの人々もフィロも彼女が何を言っているのかまったく分からないだろうが、私にとっては彼女の口から発せられる一つ一つの言葉が真実へ繋がるヒントだ。
そして確実なのは、彼女にとってここはゲームの中だということ。
それが真実なのか彼女の思い込みなのかはわからないが、彼女はそう信じている。
新しいキャラはレオス様のこと、一番興味なかったあいつはその言葉を発した時にプルムが視線を向けたので、間違いなくユート王子のことだろう。
いまだにピクリとも動かないユート王子。
さっきまでずっとプルムをその背に隠していたように、どんな時も、そして誰よりも彼はプルムを最優先していた。
私にはもう彼に対する情などはない。
彼がどうなろうが構わないとは思っていたし、今の私にとっては敵でしかない相手。
それでもどうしてだろう、何とも言えない気分だ。
プルムがゲーム通りの子だったならば、良い王になっていた人。
王子はプルムによってゲーム通りに彼女を最優先するように動かされていたのだろう。
しかしそのプルムがゲーム通りの子ではなかったせいで、ゲームのエンディングで見せたあの強い意志の宿った瞳を永遠に手に入れられなくなってしまった。
……いや、違うか。
前世の記憶持ちということがあったとしても、私はストーリーから抜け出している。
そして前世などと言う言葉とは無縁であるはずのフィロも、自分の意志で私を選んでくれた。
その差が何なのかは私にはわからない。
けれどこれがもしも国や立場を顧みずにプルムを最優先した罰だというのならば、ずいぶんと残酷な罰だ。
自分がすべてをかけて愛した相手が、自分のことを欠片も大切だと思っていないというのだから。
そしてこの状況でなぜか動くことも声を発する事も出来ず、プルムがファクルの怒りを買っていくのを見ていることしかできない。
もっとも今の彼が周囲のことを把握できているかはわからないけれど。
ファクルに来てからの主張はふざけたもので、その言動から起きたことは自業自得だったとしても、彼はレオス様の怒りを受けた時もちゃんとプルムを庇い続けていたのに。
もうユート王子を見ることすらないプルムはじっとレオス様を見つめ続けている。
私は王子のことは嫌いなままだ、目の前に現れないでほしいとすら思っている。
それでもゲームで彼を攻略対象にして遊んでいた時にはドキドキしていたし、エンディングの変わり様を見た時には達成感と共に幸せな気持ちになっていた。
乙女ゲームの攻略対象というのはみんなどこかしら魅力的な部分がある人たちだ。
だが、あの彼はもう二度と見られないのだろう。
微動だにしない王子からそっと視線を離す。
ゲームはゲーム、ここは現実。
彼はキャラクターではなく現実を生きる人間だ。
いくらゲームの要素が強くても、私まであの子と同じ様にゲームの世界を重ねるのは違う。
今私が優先するべきなのは彼ではない。
操られていようが何だろうが、彼がアルディナで私に向けた言動は消えないのだから。
向けられた側の私にとって、王子やアルディナの国民が向けてきた言動が傷つくものだったことに変わりはない。
あの苦しかった日々は間違いなく私にとっての現実だ。
もしもフィロがいてくれなければ、私はきっとアルディナでの日々を耐えられなかっただろう。
そういえば、もしかするとアルディナの国民も王子と同じなのだろうか。
固まったままの兵士たちを見て、そんな風に考える。
「……全部思い通り、ね。それならアルディナの人たちが私を忌むべきものとして見ていたのも、私がやっていた仕事の成果があなたの評価になっていたのも、すべてあなたが仕組んでいたことなのかしら?」
ここまでペラペラと話してくれるのならば、もう口調を変える必要もないだろう。
今のプルムはそのことに気が付いてもいないようだし。
「ああ、それに関しては助かったわ。仕事なんて面倒だって思ってたのに、あなたが全部やってくれるんですもの。評価は全部私のものになるっていうのに、国のためとか良い家に生まれた義務だとか……みんなに嫌われてるのに必死になって馬鹿みたい」
「貴様っ!」
怒りで声を荒げるフィロの睨みも、プルムには何のダメージを与えないようだ。
私の考え方は何も私の独りよがりと言う訳ではない。
この世界で平和な国は王族の方々も良家の方々もそう考えている方のほうが多い。
国は民に支えられ、そして民は国に支えられる。
前世で例えるなら仕事に対する責任のようなものが、その国の国民に向けられているというだけだ。
王制を取っているこの世界では平和な国であるほどその考えが浸透している。
そうして王族が国民のために動くからこそ、国民たちも王族のために働くのだから。
「なにも物を知らぬ、子供の考え方だな」
「それがなに? 私の世界で私が何をどうしようとも勝手でしょう? 嫌なことも面倒事も、もうたくさんなの。せっかくここに来られたんだから、何にも考えずに幸せになるだけよ」
レオス様の吐き捨てるような言葉にも笑顔で返すプルム。
ここまで自分の幸せを確信しているのはいったいどういうことなのだろう。
何かヒントはないかと、今までのプルムの言葉を思い出してみる。
続編、一番興味がなかったあいつ……
どくりと心臓が鳴って、いやな汗が背筋を伝う。
そうだ、もしもプルムがこの世界をゲームだと思っていたとしたら、どうして一番興味のないユート王子を相手役に選んだのだろう。
彼女の考えなんてさっぱりわからないが、もしも自分からこの世界に来て好きな相手とストーリー通りに愛し合えるとしたら、一番好きな相手を選ぶのではないだろうか。
それに例えばレオス様が続編に登場するキャラクターだったとしても、ここまで嫌われたあげくに国ごと滅びそうなこの状態でどうやって恋をするというのだろう。
そもそもレオス様の伴侶たちは美しい人ばかりでプルムも彼の好みとは違う、ということを抜きにしたとしても、ここまで色々な事を話して相手に警戒されているこの状況で恋だなんてずいぶんな無茶ぶりだ。
この子の力で操れば行けるのかもしれないが……
「まあ一応、こっちでやってみようかな」
プルムの口からそう言葉が発せられた瞬間、彼女がぎゅっと片手を握り締めてから開いたのが視界に映る。
その手から発せられた光が周囲に広がり、警戒が一気に強まった