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悪役令嬢VS主人公【5】

 今まで沈黙を保っていたプルムが王子の後ろからそう叫ぶ。

 少し前と同じ様にシン、と広場が静まり返った。

 ある意味王子よりもひどい、関わりがほとんどなかったので妹という感覚すら薄いが、あの子は本当に必要な教育を受けてこなかったのだろうか。

 何よりも断られることはないと確信しているような瞳が不気味だ。

 しかしそんなあの子の自信満々な瞳も、レオス様の一言であっという間にゆがめられる。


「断る」

「なっ……どうしてっ?」

「我らと同盟を結ぶ条件は第一に一人でここに来て我らと交渉することだ。その条件すら達成できていない輩になぜ協力する必要がある? 見たところ我らとの交渉材料すら持ってはいないようだし、そもそも我らが寄越せと言っていた情報の欠片すら持っていない状況でよくそのようなことが言えたものだ」

「交渉材料? だったらその人が前に同盟を組んでいた時のものと同じで良いじゃない!」


 私を指さすプルムに更に呆れた視線が飛んだ。

 それが交渉材料にならないことくらい、アルディナの住人ならば知っているだろうに。

 それにしても『その人』扱いとは……姉妹という感覚が無いのはお互い様らしい。


「リウムが我らに提示したものはもう我らの国に根付いている。交渉の材料になる訳がない。リウムの妹だというから多少は何か良い案が出るのかとも思ったが、やはり予想通りどうしようもない女だったな」

「っ」


 ぎりぎりと歯を食いしばるプルムは、さっきの王子とそっくりな表情をしている。

 その王子はひたすらオロオロしているだけだし、いったい彼らは何をしに来たのだろうか。

 ……おそらく本当にアルディナの損害を補償させようとしているだけなのだろうけれど。


「まだ少女とも言える年齢だったリウムは一人でここへ来て、我らが取引をしても良いかもしれないと思えるような交渉材料を持って来た。幼いながらもお前とは違ってしっかりとした言葉遣いと態度でこちらを立て、けれど重要な部分は決して譲らずに、聞いていた幹部たちも全員感心するような交渉をして見せたぞ。交渉材料はとてつもなく魅力的、というわけではなかった。ただアルディナから出せるものの中では最良とも言えるような選択肢だったし、何よりも死を恐れながらも我と対等にやり取りをしてみせた。リウムのそういった部分が気に入ったから、アルディナと同盟を組んでやったんだ。お前には何の興味も湧かないし、今のアルディナとの同盟などまったく考えるつもりはない」


 レオス様がきっぱりと断ったこと、そしてあの子の願いを聞かなかったことで操られたりはしていないことに気が付いて安堵しつつも、じっとプルムを見つめる。

 私の両親だった人たちはこの子に何の教育も施さずにここに送り出したのだろうか。

 そうだとすれば、私をファクルに送り出した時以上に死んで来いと言っているようなものなのだけれど。


「あなたはここに来るまでに両親から外交の基礎すら教わらなかったのかしら? あなたの態度ではどこの国も同盟など組んではくれないわ。ただでさえアルディナは立地も悪く国力もない小さな国だというのに」

 

 私の言葉を聞いたプルムは今までで一番きつい視線を私へと向けてきた。

 ここまで恨まれるようなことをした覚えは無いのだけれど。

 それともこの子の中でも私はゲーム通り自分へ嫌がらせを続けてきた相手、ということになっているのだろうか。

 まったくもって身に覚えはないけれど。


「どうして、どうして悪役のあなたが……」

「悪役? まるで芝居のようなことを言うんだな。そもそもどうしてリウムさんが悪なんだ。アルディナではなぜかリウムさんがお前に嫌がらせをしていたことになっていたが、そもそもそんな時間は彼女にはなかったぞ。俺はずっと彼女の専属としてお傍にいたが、周囲の人間が嫌がらせをしたなどとリウムさんへ苦情を言いに来た日の大半は彼女には別の仕事が入っていた。外交で数日アルディナを出ていたにも関わらず、昨日の嫌がらせはどういうことだと責めに来る人間がいたこともある。他国の外交官と会食をしていた時間にどうやってリウムさんがお前に嫌がらせが出来るというんだ。あの国で唯一の味方だった俺は彼女の傍にいるから、他の人間に頼むということは絶対に出来ないしな」

「そ、れは……」


 睨みつけるような視線を送るフィロにそう言われ、プルムが口ごもる。

 王子はいまだにオロオロとしたままだが、私とプルムの顔を交互に見ていた。

 そんな王子を見つめて、レオス様が口を開く。


「そもそも気になっていたのだが、何故リウムのした仕事がまったく関係のないその女の手柄になるのだ?」

「……? 何を言っている?」

「例えばお前が何か仕事をしていい結果を出した時、その手柄は誰のものだ? その仕事にまったく関わっていなかったお前の弟たちのものか?」

「は? 俺の手柄に決まっているだろう?」

「ならば逆はどうだ? 弟たちの出した結果は誰の手柄になる? お前の手柄か?」

「弟たちの手柄に決まっているだろう! 俺は弟たちの評価を奪うような真似はせん!」

「そうだな、それが当たり前のことだ。手柄というものはその仕事を成した人間のもの、ならば何故リウムだけはそうならない? 他国ではしっかりとこいつのやった仕事はこいつの手柄として評価されているのに、なぜおまえたちアルディナの人間だけはリウムの成したことをその女の評価にしているのだ?」

「そ、れは……その仕事はプルムがやるべきことで、だから」

「その女がやるべきことだというのならば、初めからリウムではなくそいつにやらせればいいだろうが。評価されるのはやるべき人間ではなく、やった人間だ。お前は弟たちがやるべき仕事を代わりにやった時、その手柄をすべて弟たちにくれてやるのか?」

「…………」


 口ごもった王子の視線がせわしなく周囲を見回す。

 言葉を探しているのか、何かを必死に考えているのか。

 私がアルディナにいた時にも数度彼と似たような会話をしていたのだが、その時はこんな風にはならなかった。

 あの時の彼との話し合いは、確か……

 アルディナでの王子との会話を思い出していると、王子の服をプルムが軽く引いたのが見え、続いてわずかにあの子の口が動く。

 何と言ったのかは聞き取れなかったが、プルムのその仕種を合図にしたように王子の雰囲気は一変した。


「プルムの手柄であることに問題はない。それが当然のことだ。その女のような悪役に手柄など必要ない!」

「また悪役か。悪ではなく悪役、とお前たちは言うがこの状況で芝居でもしているつもりなのか?」


 先ほどまで悩んでいたことが嘘のようにこちらを睨みつけながら言い切った王子に向かって、フィロがそう口にする。

 悪ではなく、悪役……私のゲーム内での立ち位置は悪役令嬢と呼ばれるものだった。

 じっとプルムのほうを見つめる。

 この王子の変わり様……何かしたのは確実にこの子だ。

 ならばやはりこの子はあのゲームを知っている可能性が高い。

 ゲーム補正だと思っていた力がこの子のものならば、ここでその正体をはっきりさせられる可能性もある。

 今の王子はプルムの介入さえなければ揺さぶりを掛けられそうだし、挑戦してみるだけの価値はあるかもしれない。

 アルディナにいた時はこちらがどれだけ訴えても彼は揺らがなかったが、ここがファクルであるためか、それとも私以外の人間からも指摘が入るからか、そこまで頑なではないように思える。


「……私がプルムに嫌がらせをしている、これが全アルディナ国民の考え方でしたわ。こちらとしてはまったく身に覚えはないけれど。王子、あなたも私に嫌がらせをやめろと言って来たことが何度もありましたわね。その嫌がらせ、もちろん私に覚えはないのだけれど、具体的に私は彼女に何をしたのか教えていただいても?」

「具体的?」

「ええ、だって以前言っていたじゃありませんか。いいわけをするな、俺が君が妹に対して何をしているのか知らないとでも思っているのか、と。もちろん私がこの子に何かしているところを見たのですよね? 本来ならば家族間のトラブルでしかない妹への嫌がらせが追放の理由になるほどの、酷い嫌がらせの瞬間を」

「そ、うだ、見て、俺、は……」

「まさか自分で見もせずに、その女からの証言だけでリウムさんを追放したのか?」

「我らとの同盟を維持するためにはリウムが必須。そのリウムを追い出すということはアルディナはいつ我らから攻撃を受けてもおかしくない状況に陥ることになる。そのような重大な判断が許されるほどの嫌がらせとやら、我も興味があるな」

「……プルムが、嫌がらせを、受けている、と言って」

「まさか地位の高い令嬢一人追放した理由が、その被害者だという相手からの証言だけだとでもいうのか? そもそもアルディナでのリウムさんへの扱いを見ていると相当な嫌がらせをしていなければおかしい。それなのにその嫌がらせの内容や見たという証言すら得られていないのか?」


 フィロやレオス様が畳みかけるように王子に向かって問いかけると、王子の様子がどんどんおかしくなっていく。

 私を庇う体勢だったフィロが、さらに私を彼の視界から隠せるような位置へ一歩移動した。

 レオス様も幹部の方々もじっと王子を見つめている。

 先ほどよりもずっと彼の様子がおかしい。

 口から出てくる言葉は途切れ途切れで、目の焦点もあっていないようにも見える。

 連続して問い詰められているからだろうか。


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