悪役令嬢VS主人公【4】
「……そういえば、私はこの件に対してあなたよりもアルディナを守ることに貢献していたわ。どうせアルディナはファクルとの同盟破棄のことを他国に告げないだろうと思っていたから、アルディナの街道を使う人間を襲う時は出身国を確認してもらう様にレオス様にお願いしたのですから。安全に使えるはずのアルディナの街道で他国の人間がファクルの魔物に襲われれば、アルディナはファクルに滅ぼされる前に他国に滅ぼされてしまっていたでしょうね。もっともこのお願いはアルディナのためではなく、レオス様のお気に入りの方が住む国の人間を襲ってしまうことを避ける為でしたけれど」
「ああ、そんなこともあったな。確か人間たちは我らとの関係に変化があった時は最優先で同盟国に報告する義務がある筈だったが、アルディナはそれすらしていなかったなあ。リウムに止められていなければ無関係な人間を襲ってしまうところだったぞ。そうなれば、我らが手を下すまでもなく自国の民に被害の出た国がアルディナへ攻め込んで来ただろうな。最優先の報告すらしないアルディナ王族よりもよほどリウムの方が働いていたことになる」
「そんな……」
「あなたはあの日、私を悪だと言いました。そして今、私はその言葉通りにアルディナにとっての悪になりましたわ。もちろん初めてファクルに来た日はやはりアルディナの国民に対する情は残っていました。私がアルディナを去るということは、ファクルとの同盟は解消されるということ。これはたとえ私の行き先がファクルでなかったとしても同じことで、私が国を出たことをファクルの誰かが知った時点でアルディナはいつ魔物たちから攻撃を受けてもおかしくない状況になりますから。けれどそれでもいいと私を追い出したのはあなたたちで、私はそれに逆らう事は出来なかった。もっとも今は追放されたことに関しては心から感謝しておりますが。ファクルの方々に受け入れていただき、フィロとも結ばれた今、私が自国と呼ぶのはこのファクルだけです。自国に問題を持ち込む国の人間をどうして気にかけなくてはならないのですか?」
周囲の魔物たちの顔を見回して、レオス様を見て、最後に私を引き寄せたままのフィロの顔を見る。
彼らが私に向けてくれる視線はいつだって優しい。
「ここでは、私の成果は当たり前に私の評価になります。道を歩くだけで有りもしないことで睨まれることなんてありませんし、お気に入りのものがいつの間にか取られて無くなっていることもありません。なにより愛の欠片も無い相手ではなくて、ずっと大好きだった人と恋人として生きられる。家に帰るのが幸せで、道を歩くのも、誰かと会話するのも全部幸せ。アルディナでは絶対に得られなかったものがここには全部あります。フィロと一緒に生きられるならば、それがどこだって構わないと思っていましたが……今は違います。彼と一緒にファクルで生きていきたい。ですからアルディナへかける情なんてもう一欠片たりともありませんわ」
「……俺のことは、愛していなかったというのか?」
「は?」
フィロと微笑み合って幸せな気分に浸っていたのに、今までで一番わけのわからない王子のセリフに遮られてしまう。
忌々しいものを見るような、けれどどこか悲愴感のようなものも感じる目で私を見つめるユート王子を見て、ぞわっと背筋に悪寒が走る。
……気持ちが悪い。
「愛? 愛ですって? なぜあると思ったのかしら? あなたが私を愛していなかったように、私もあなたのことを愛していなかった。それだけの話でしょう」
「そんな……」
なぜかひどく衝撃を受けたような彼を見て、さらに悪寒が酷くなる。
確かに先ほどは「俺に捨てられた恨みを……」なんて言っていたけれど、まさか本気で私が自分のことを愛していたと思っていたというのだろうか。
「……あんたは追放を言い渡す時に言ったな。リウムさんの顔が怖い、と。まるで子供の悪口のような馬鹿げたセリフだ。お前がこの笑顔を引き出せなかっただけだろうが。笑顔を向けてもらえるような行動をしていなかったのはお前だ。そもそも俺や他国の人間から見ればお前の主張は完全に間違っていた。よくリウムさんも見捨てずに付き合っているものだと思っていたし、他国のご令嬢様方も良くそう言っていたさ」
私を抱き寄せながら、フィロが忌々しそうに吐き捨てる。
腰に回されていたフィロの手にはさらに力が籠り、その温度に安心しながらも鳥肌の立つ腕をさすった。
なぜ彼は傷ついたような顔をしているのだろうか。
愛してもいない女から、それも悪だと国から追い出した相手から嫌われていたからなんだというのか。
私は彼から愛されていなくても、逆に嬉しいくらいだというのに。
嫌な気分になってフィロに自分からも更にくっつくと、余計に傷ついたような表情になるユート王子。
その様子を見て、レオス様が笑う。
今日は女性の姿をとっていることもあっていつもよりも際立って見える赤い唇が、馬鹿にするように歪められて王子へ向けられている。
「男心がわからんようだなリウム。自分が嫌いだろうが何だろうが、そいつはお前に好かれていると疑っていなかったのさ。何の理由も根拠もなく、そしてお前が何を言おうとも、ただ自分のことを好きだと思い込んでいた。自分のことを好きな女を嫌ってやったと、つまり自分が優位だと疑っていなかったのにそれが覆されたことが信じられんのさ。信じられないのに、お前はフィロに向かって特別だと言わんばかりの笑みを向け、その王子には嫌悪感たっぷりの視線を送る。それを見て自分の優位が崩されたことが受け入れられんのだ。まったくもってくだらんな」
カッ、と真っ赤に染まった王子の顔を見て、レオス様の見解が彼にとって図星だったのだとわかる。
まさかそんな勘違いをされているとは思わなかった。
「そいつは「お前は俺のことを好きだから俺が捨てたことで傷ついているだろう、ざまあみろ」といった心境だったんじゃないか。それが蓋を開けてみればお前はあいつのことを欠片も愛していないと言う。ずいぶん見下されていたようだなリウム」
はあ、と、先ほどとは違って心から大きなため息を吐く。
「……そんな男心など、理解する価値もありませんわ。私が理解できる男心はフィロの心だけで十分です」
「まったくもってその通りだな。だがフィロだけでなく我らの男心も理解してくれて構わんぞ。普通に話して欲しいと我ら全員で言っているのに、未だに丁寧に話し続けているあたりは特にな」
「いえ、それは、その……」
男心、と言いながら今のレオス様は女性の姿なのだが。
しかしそんな言い訳は笑顔を向けてくる幹部たちの中に女性がいる時点で通じない。
いや、そもそもこれは男心とは関係ない気がする。
私の態度を見てふふ、と笑ったレオス様が周囲に目配せを送る。
その視線を合図に幹部たちが一気に距離を詰め、王子とプルム、そしてアルディナ兵士たちを包囲した。
怒りで真っ赤になっていた王子もさすがに空気を読んだのか、プルムを庇うように背に隠して周囲を見回している。
「さて、これが最後の問いだ」
余裕たっぷりな笑みを浮かべてレオス様が足を組み替える。
眼差しはどこまでも冷たく、真っすぐに王子の方を射抜いていた。
「誘拐に関して、お前たちは何一つ情報を得られなかった。間違いないな?」
「何度もそう言っているだろう!」
「……学習しない奴だ。ここまで来ても謝罪の言葉すらないとはな」
ピリピリとした空気が周囲に蔓延し、殺気のようなものがアルディナからの訪問者に向けられる。
一触即発な雰囲気にフィロが私を庇うように一歩前に出た。
しかしその空気はレオス様の攻撃指示を待たずに霧散することになる。
「同盟さえ組めばいいんでしょう! だったら私と同盟を組んでよ!」