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悪役令嬢VS主人公【2】

「攻撃、攻撃ねえ……先に仕掛けてきたのは貴様らだろう。我が国の子供たちが誘拐された際、一切関係ないと言い張っていたにも関わらず自国の奴隷市場で売りに出すなどという、ふざけた真似をしてくれたのだからな」

「そんな過去のことで我が国を攻撃したというのか!」

「当然だろう。あの時王家が関わっていた国はすべて滅ぼしたのだ。今や同盟すら結んでいないアルディナにだけ特別扱いなどするわけがない。奴隷市場は王家の管轄。つまり奴隷市場であの子を売っていたアルディナでも王家が関わっていたことになる。責任は取ってもらわなければな。救いは与えてやっただろう? 滅ぼす前に我らにそれを隠し通した手段と理由を説明をしろと、その結果によっては慈悲を与えてやってもいいと伝えたはずだ。三カ月という期間は他国と比べれば長すぎるくらいだが、その間、一切我らに謝罪どころか待ってほしいの一言もない国を攻撃して何が悪い? 調査するから待ってくれと頭でも下げに来るのならば、我らも待ってはやったさ。動かなかったのはお前達、アルディナを攻撃しても良い理由を作ったのはお前達だ」

「なんだと……そもそもそんな前の記録が残っているわけがないだろう。それも奴隷市場などという場所のものがしっかりと管理されているはずがない!」

「……つまり、お前たちは答えを見つけられなかった、と」

「結果のわかりきった調査に時間がかけられるか! そんなくだらないことで俺たちの婚約発表に水を差すだなんて、許されることではない。どうかしている!」

「……どうかしているのはどちらだか。話にならんな」


 呆れたように二人を見つめるレオス様がため息を吐く。

 私の手を握るフィロも呆れたように二人を見つめていた。


「ここまで酷かった記憶は無いのですが。格上の国相手の外交で自分のことを俺、なんていう人は初めて見ました」

「以前は私、って言っていたと思うけれど……ああ、でも勉強会では俺、って言っていたわね」


 そんな会話をフィロとしながらじっと彼らのやり取りを観察していたが、レオス様が時折プルムへ視線を向けていることに気が付いた。

 プルムは王子の背中に隠れるように立ってレオス様を見つめているが、今のところ何も言葉を発してはいない。

 レオス様の視線は厳しいので特に操られている感じではないけれど、少し気になって私もプルムのほうをじっと見つめてみた。


「……え?」


 レオス様とユート王子の応酬は続いているが、プルムの表情が時折歪められている。

 ゲームの彼女であれば絶対にしないであろう、イラついたようにしかめられた顔は舌打ちでもしていそうな表情だ。

 その表情になるのは一瞬で、すぐに潤んだ眼の悲しそうな表情に戻るのだが、レオス様が気にしているのはあの子の表情の変化だろうか。

 さらに見つめ続けていると、ユート王子がレオス様に言い負かされそうになった時に、あの子が顔をゆがめてユート王子の服をわずかに引くことに気が付いた。

 同時に微かに動く唇はユート王子に何かを囁いているようにも見える。

 そして服を引っ張られた彼は、また理屈の通らない己は悪くないという主張へと戻っていた。

 もう一度レオス様へ視線を向けると、会話の切れ目切れ目で何か考え込んでいるのがわかる。

 あの王子が相手とはいえ相手の言葉にしっかり反論して優勢に持って行きながらも、色々と思案できるのは本当にすごいと思う。

 他に気になることといえば、アルディナの兵士たちが不気味に沈黙を保ってじっと立っているだけということだろうか。

 そして空気が動いたのは、どんどん劣勢になっていく王子を庇う様にプルムが声を上げた時だった。


「さっきからどうしてそんな意地悪を言うの? みんなを傷つけなくても言ってくれればいいじゃない! みんな私の婚約を楽しみにしてくれていたのに……お祝いも後回しになっちゃったし!」


 シン、と辺りが静まり返る。

 感動したようにプルムを見ているのはユート王子だけで、信じられないものを見るような表情で幹部たちがプルムを見ていた。

 いったい彼はあの子のセリフのどこに感動したのだろうか、さっぱりわからない。


「常識、という言葉をどこに置いて来たのでしょうね」


 じっと向こうを睨みつけながらフィロが呟く。

 敬語が多少崩れてしまうのはしかたがないかもしれないし、外交の時でも丁寧にしっかりと相手を尊重して話していれば細かいところは特に突っ込まれることはないだろう。

 けれどこれは他国の王に向けての態度としては最悪だ。

 たとえ相手が王でなくても、初対面で更に年上の相手に対してこんな友人に話しかけるような言葉は発しないだろう。

 何よりも言っていることが自分のことばかりだ。

 国民を想っているように見せかけようとして、ぜんぜんできていない。

 ファクルに攻撃されたことで自分の婚約にケチが付いたことが許せないという気持ち、あの子の表情や仕草にそれがしっかりと出てしまっていた。

 レオス様があの子に向ける視線がつまらなそうなものへと変わり、呆れたようなため息が唇から零れる。


「アルディナの連中がリウムを手放してまで選んだのがお前だとはな。あの国の国民はとんだハズレくじを引いたようだ」

「なっ……!」


 呆れたようにそう口にしたレオス様の言葉に、顔を真っ赤にして口元を歪ませたプルム。

 怒りで握られた手がぎりぎりと音を立てている。

 もう間違いない、あの子はゲームのプルムとはまったく違う。


「リウム、だと?」 

「なにを驚いている? 追放してどこへでも行けと言ったのだろう? あの優秀な人材を我らが逃がすわけがないだろうが。なあ、リウム?」


 そうレオス様に呼びかけられて、フィロと顔を見合わせてから広場へと足を踏み入れる。


「思ったよりも早かったですね」

「こちらの望む答えを持っていないことはわかったし、レオス様も早く終わらせたいのかもしれないわ」


 このままいくとアルディナは滅びへの道に一直線なわけだけれど……ストーリー終了まではあと二日ほどあるはずだ。

 どうなるか、と思いながらも彼らの視界に入る位置まで歩を進めた。

 驚いた表情を浮かべた二人は、同時にギリギリとこちらを睨みつけてくる。

 これが私の元婚約者か、彼と結婚せずに済んで本当に良かったと胸を撫で下ろす。


「なぜおまえが此処にいる!」

「レオス様がおっしゃっていた通り、私はこの国の人間ですから。自分の国にいてなにか悪いことでも?」

「自分の国って……」

「レオス様にファクルに来ないか声を掛けていただきましたから。私はもうグリーディの人間ではありませんし、アルディナからも追放され、さらに両親からも王家からもどこへなりとも好きに行け、どこで生きようが死のうが関係ない、というお言葉を頂いています。その言葉通りに私を必要だと言って下さったファクルに来ただけですわ。まさかご自分でおっしゃったことをひっくり返すなんてことはありませんよね」

「そ、れは……」

「我らが声を掛けずとも、彼女が追放されたと知られれば各国が声を掛けただろうな。彼女がアルディナの外交官になってから、アルディナの同盟国はいくつ増えた? 今までよりも有利になるような交渉をいくつ彼女が成功させたと思っている。ああ、お前たちは彼女の出した結果はその女のものだと言い張っているのだったか。まったくもって常識の通じない、気色の悪い国だ」

「なんだと!」


 嫌味な笑みを浮かべながらそう口にしたレオス様にたいして、噛みつくように言葉を返すユート王子。

 どう見ても向こうが劣勢だし、今のところ幹部たちも含めたみんなに妙な様子は見られない。


「本当の事だろう。現に彼女を追放した結果、アルディナは同盟国のほとんどを失った。なんでもお前たちはアルディナにとって得になるだけで、他国にとっては損でしかない条件を新たに通そうとしたらしいじゃないか。自国にとって何の旨味もない条件をのむ国などある訳がないだろう。それもどうしてあんな場所で国が発展できたのかさっぱり理解できないような僻地に国がある極小国相手に。反対に彼女に外交を任せた結果、我らは想定していたよりもずっといい条件で欲しいものを手に入れることが出来ている。お前たちが言うようにその女が他国との外交の実績を持っているのであれば、リウムが国を出ても何も変わらずに国を裕福に保つことが出来ていたはずだ。だが、今アルディナには何もない」

「それは、お前たちが攻撃して来たせいで……」

「違うな、我らが攻撃するということをお前たちが許可したのだ。これが大国であれば、我らと戦うと言う選択肢もあっただろう。戦って勝った方が欲しいものを手に入れる、当然のことだ。だが力の差を知っている国々は戦いを避け我らと契約を結ぶことを選んでいる。我らは約束は守るからな。現にリウムが我らと同盟を結んでいた時はアルディナを攻めるような真似はしなかった。そのリウムをいらないと強引に追い出したということは、我らとの同盟も必要ないということだろう?」

「……まさか、お前がアルディナへの攻撃を指示したのか!」

「は?」


 少し納得した表情を見せたのも一瞬で、すぐに私のほうへそう怒鳴ってきた王子に呆れてしまう。


「指示? おかしなことを言うのね。私は確かにレオス様に声を掛けていただいてファクルに来たけれど、レオス様だけでなく幹部の方々も大勢いらっしゃるのに、新参者の小娘の国を攻めろという指示など誰が聞くと言うの? そもそもあなたたちだってわかっていたはずよ。ファクルが同盟を結ぶのは国ではなく外交官個人。その外交官がいなくなれば同盟は破棄され、襲わないという約束自体が無効になる。私を追い出した時点で、アルディナはファクルにいつ攻撃されてもおかしくはなかったのよ? 理由があろうがなかろうがね。ただ、今回アルディナが集中攻撃を受けたのは過去の我が国の子供たちの誘拐騒動が原因。長い期間の猶予を貰っておきながら返事一つしなかったのはあなたたちでしょうに」

「彼女との婚約発表があったのだ。調査に時間などかけられるか!」

「まあ、アルディナの次期王は国民の安全よりもご自分の婚約発表の方が優先だと、そうおっしゃるのね。優秀な王ですこと」


 私の言葉が切れると同時に、クスクスと笑う幹部たちの声が広場を満たす。

 怒りか羞恥か、真っ赤になる王子の後ろからプルムが声を張り上げる。


「酷いわ、いくらユート様が私を選んだからって!」

「は?」


 本日二度目の拍子抜けしたような声が自身の口から零れた。

 プルムの言葉を聞いたユート王子も何かに気が付いたように、ゆがんだ笑みを浮かべる。

 まるですべてに勝ち誇ったかの表情だ。


「そういうところだ! お前のそういう悪の部分が俺は嫌いだったのだ。俺に捨てられた恨みをアルディナにぶつけるなんて!」

「……呆れたわ」


 ポカンとしていた幹部たちから、先ほどよりも大きな笑い声が上がり始めた。

 なんならレオス様は吹き出してお腹を抱えている。

 馬鹿にしたような笑い声に囲まれて、更に顔を赤くしたユート王子が声を張り上げた。


「なにが、なにがおかしい!」

「おかしいでしょう? だって私はあなたに捨てられる日を今か今かと待ちわびていたのだから」


 え、という二つの声が揃い、信じられないようなものを見る視線が二つ、私へ向けられる。


「ずっと、ずっと待っていたの。あなたたちが二人寄り添い歩いていた光景を見たあの日からずっと……」


 苦しさと悲しさばかりだったアルディナという国で過ごした日々。

 もう完全に過去になった時間を思い出す。


「グリーディという高い地位を持つ家に生まれた私には、アルディナ国民を幸せにするために生きる義務があったわ。たとえその国民たちがどれだけ私を忌み嫌おうとも、私の生活を支えてくれていたのは彼らの血税。彼らの働きで生活を保障されている代わりに、私は彼らの生活を守らなくてはならない。そこに私個人の感情を挟むことは許されないこと。だからたとえ私の手柄にはならなくても外交官の仕事は必死にこなしたし、心の中にずっと想う相手がいてもそれを押し殺してあなたに嫁ぐことを決めていたわ」

「どういう、ことだ……?」

「言葉通りよ。私はあなたを好きだと思ったことなんて一度もない。別にいいでしょう? 私たちの結婚は政略結婚。国のためにする結婚であって、私たちが愛し合っている必要なんてどこにもない。お互いへの尊敬と信頼さえあれば夫婦としては問題ないもの。国のために時には自身の感情を押し殺すのが上に立つ人間の責任というものだと私は思っていたし……あなたは違うようでしたけれど。私はあなたと違って婚約者を放置して堂々と違う異性と出掛けたりなんてしなかったし、もしあのままあなたと結婚したとしたら一生その想いは胸に秘めていたわ。すべて押し殺して、アルディナという国のために生きる。それがグリーディ家に生まれた私の役目だとわかっていたから。でも……」


 にっこりと笑ってユート王子とプルムを見つめる。


「あなたたちが私を追放しようとしていることに気が付いたあの日、私は嬉しくて嬉しくてたまらなかった。私が自ら手放すことは絶対に許されないグリーディの家名を、アルディナ第一王子の婚約者という立場を、あなたたちが強制的に私から取り上げる日が来る。そうしたら私はただのリウムとして生きることができる、大好きな人に自由に想いを伝えることができる。ああ、勘違いしないでね? 私を追い出したのはあなたたち。あなたたちが私を追放しようとしていることに気が付いた後も、私はそれに抵抗するように働きながらあなたに訴えかけていたはずよ。私がアルディナを去ることで起こるであろう数々の問題をみんなに訴えてね。もっともあなたたちには私が必死に国に残ろうと足掻いているように見えたでしょうけれど。まさか忘れたなんて言わないでしょう?」

「……ああ」

「あなたにも何度も訴えたわ。けれどあなたはその訴えをすべて跳ねのけて私を追い出した。私が訴え続けた数々の問題を、そんなことはわかっていると、お前がいなくてもどうとでもなると言って。もちろん王族が決定したことに私は逆らえないから、その罰を受け入れてアルディナから出ていったわ。そうしてようやく、私はずっと想っていた相手に自分の気持ちを伝えることが出来た。そんな状況でもただ一人、私を信じて、私について来てくれた彼に」


 隣に立つフィロの顔を見上げて笑いかければ、ふわりとした笑みが返ってくる。

 ずっと大好きだった人、けれど諦めるしかないと思っていた人。

 握られた手から伝わる安心感が、私が堂々と話せるように後押ししてくれる。

 自分の笑みが深くなるのがわかる。

 ひゅっ、と息を飲む音がユート王子から聞こえてそちらを見ると、信じられないものを見るような視線が私とフィロの間を行き来した。


「な、んで、お前は、リウムの執事の……」

「ええ、そうですよ」


 にっこりと笑ったフィロはすぐにその柔らかな笑みを消して、狂暴としか言えないような笑みへと表情を変えた。


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