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第六章 悪役令嬢VS主人公【1】

 覚悟さえしてしまえば、なんてことはない。

 あれだけ悩んでいた日々が嘘のように、吹っ切った日々を送ることが出来た。

 アルディナで早く早くと婚約破棄の日を心待ちにしていた時ほどではないが、もうさっさと来てもらって、早々に片付けてしまいたいと思うようになっている。

 色々と思い出して不安になったとしてもフィロがすぐに気が付いて声を掛けてくれるし、レオス様やオディロンさんも相談すればすぐに一緒に考えてくれた。

 友人や幹部の人たちも色々な案を出してくれる。

 友人たちにはもっと早く相談してよ、なんて言われてしまうし、一人で抱え込む必要がまったく無かったことに気が付いて必死に悩んでいた日々が恥ずかしいくらいだ。

 ファクルの国は結界などの様々な方法で防御面が改善され強固になったことで、アルディナだけでなく他の国からの攻撃も今まで以上に難しくなった。

 結果的に私の悩みは妙な形でファクルの防衛強化につながってしまったようだ。

 私とフィロはレオス様に許可を貰って、旅行に出る準備を始めた。

 私たちが言いださなければレオス様のほうから会いに行ってやれと言うつもりだったのだとか。

 旅行に行っている間は仕事の手が止まってしまうが、私が今まで進めていた分で十分余裕があるらしい。

 もしも急ぎのものが出てきた場合は戻ってきたらすぐにやりますと言ったのだが、そのくらいならば魔物たちでも出来るのだから余計なことは気にせずに楽しんで来いと言われてしまった。

 良い国の国民になれたな、と嬉しくなる。

 だから、この国をアルディナの二の舞には絶対にさせたくない。


「アルディナ、ついにすべての同盟国が離れたようですね」

「そうね。父が一番最初に同盟を結んだ国が最後だったわ。最後まで何か理由があるのだろう、ってアルディナを信じて説明を求めていた国だったけれど、その答えを出さずに第一王子の新たな婚約の発表を優先したから、もう駄目だと見切りをつけられたみたい。そんな状況なのにどうしてどこの国からも祝福の言葉が来ないんだ、って怒っていたらしいわ」


 フィロと荷造りをしながら、友人から来た手紙に書かれていたアルディナの現状を思い出す。

 アルディナがどう出たとしてもしばらくは忙しいだろうが、少しずつでも未来に向けて準備するのが楽しい。

 そしてそうやって私が未来に思いを馳せている内に、アルディナは完全に孤立した。

 ただ友人も手紙で触れていたのだが、現王が動いている気配がないのが少し気にかかる。

 婚約優先だとしても最後まで同盟国として信じてくれていた国に対して一切の説明がないとは、いったいどういうことなのだろう。

 まあそれも彼らがファクルに来れば解決するかもしれないし、今気にしていても仕方がない。

 アルディナに関しての情報収集は幹部の方々が行っているし、私は来るべき日に向けて気合を入れておくだけだ。


 そしてストーリーが終わるであろう日まで後三日ほどになった時、私とフィロは呼び出されることになった。

 いつもの様に王座に腰掛けたレオス様は今日は男性の姿をとっていたが、彼の手にはアルディナ王家の紋章が入った手紙が握られており、少し怒り交じりの笑みでその手紙をひらひらと振っている。


「お待ちかねの手紙が来たぞ。明日くるそうだ」

「明日?」

「ああ、随分と急なことだ。常識を疑うな」


 笑顔のレオス様の額に、怒りのマークの幻影が見える気がする。

 自国よりも格上、しかも世界で一番ともいわれる権力を持つ国への訪問連絡が一日前、それもお伺いという形ではなく勝手に来ることを決めているとは。

 まるでこういったことに対してまったく知識のない人間が決めたかのような選択だ。

 私が初めてファクルに来ることになった前日は、迫りくる死ぬかもしれないという恐怖で眠れずにいたというのに。

 ある意味羨ましい度胸だ、自分が死なないとでも思っているのだろうか。

 下手をすればその場で殺されてもおかしくはない国だということを理解しているとは思えない。


「リウム、フィロ」


 レオス様の呼びかけに、はいと答えた返事の声がフィロと重なる。

 イラついたように肘置きを指でトントンと叩きながらも、真っすぐに私たちを見つめるレオス様が口を開いた。


「お前達も色々と言いたいことがあるだろう。我が国の住人となったからにはあやつらに敬意を払う必要などない。言葉遣いも態度も一切気にせず好きに発言せよ」

「はい」

「本当によろしいので?」

「ああ、特にフィロ。お前は色々と言いたいことがあるだろう。この際だからすべて言ってしまえ」

「……ありがとうございます」


 にやりと笑ったレオス様が手紙を親指と人差し指でつまみ、自分の顔より少し上の位置でひらひらと動かす。

 はたして彼らはこの人が納得するだけの答えを持ってくる事が出来るのだろうか。


「お前たちは初めは隠れておいてくれ。ひとまずフィロを誘拐したあげく我らに隠し通していた件について聞いておきたい。答えが返ってくるとは思っていないし一切期待もしていないが、万が一ということもある。この先我が国の子供たちに危険が訪れるのは避けたい。我らに隠し通した手段が明確になっていたら、その件については詳しく聞いておきたいからな。こいつらはどうもリウムのことを特別に敵視しているようだし、お前を見て理由を説明することもなく怒り出されても困る。ただでさえ話が通じなさそうな連中だし、お前がありもしないことで暴言を吐かれるのを見るのは不愉快でもある。まあ出てきた時点で色々と言われるとは思うが、あまりに度が過ぎる場合はそいつの口ごと言葉を封じてやるから気にするな」

「わかりました。ありがとうございます」

「さて、門番に使いを出しておくとしよう。どうせ王子一人で来ることなどあるまい。本来ならば一人で来ることを強制しているが、明日はそのまま通せとな。どのみち我らが納得できるだけの答えを用意していなければ国ごと滅ぼすのだ。明日何人か先に始末したとしても些細な差だろう。ああ、手紙には書いていなかったが新しい外交官も同時に来るのだったか。そちらは一人で来なかった時点で我らとの同盟の可能性は一切なくなるな」


 まさかあの手紙、来る人間の名前どころか人数すら書いていないのだろうか。

 これはもうこの世界ではファクル以外の国だったとしても同盟なんて結んでもらえない事案だ。

 意外とファクルが手を出さなくても、その内に別の国から滅ぼされてしまうのではないだろうか。

 指先で遊ばせていた手紙をぐしゃりとレオス様が握り潰す。


「待ちに待った逢瀬だ。明日はこちらも幹部たちに囲ませた状態で出迎えてやろうではないか。一応、状態異常回復に特化した能力のあるやつは陰で様子をうかがっておけ。数人は広場から離れたところで待機だ。何かあったら俺相手でも良いから殴って止めろ」

「はい!」

「任せてちょうだい。その時は手加減しないから、何かに操られたとしてもすぐに頭を叩いて意識を戻してあげるわ」

「……すまんがお前は手加減してくれ。俺以外が相手だと頭が破裂しそうだ。いや、俺も危うい気がする」


 レオス様の呼びかけに答えた女性、以前レオス様が凄まじい怒りを見せた際に彼の頭に手刀を叩きこんだ人が笑顔でそう答えると、レオス様を筆頭に数人の幹部たちの頭に冷や汗が流れた。

 もしかしなくても幹部の中で腕力が一番強いのは、このふわふわした雰囲気の女性なのだろうか。

 そういえばあの時、叩かれたレオス様の頭から響いてきた音はかなり鈍く重い音だった気がする。

 彼が痛みで涙目になっていたのを見たのもあの時が初めてだ。


「万が一広場にいた魔物が操られたとしたら、彼女の手で数人死亡しそうですね」

「……そうね」


 フィロと二人揃って顔が引きつった状態でそう言葉を交わす。

 みんなが操られる心配よりも、操られた際に死なないかどうかの心配のほうが大きそうだ。


「俺、絶対に操られないようにするわ。まだ死にたくねえし」

「オレも」

「アタシも」


 私たちの考えを肯定するかのように、広場のあちこちからそんな声が上がり始める。

 引きつった彼らの表情とは裏腹に、任せてと言った女性だけが楽しそうに笑っていた。



 そうして迎えた私にとって決戦の日、こちらが予測した通り数十人の兵士を従えて広場に足を踏み入れた懐かしい顔の二人は、レオス様がまだ発言の許可すら出していない段階でこちらを睨みつけながら口を開いた。


「我が国への攻撃は許されることではない! それ相応の補償をしてもらおうか!」


 今日は女性の姿をとっていたレオス様の美しい顔に、昨日とは比べ物にならないくらいの怒りのマークが見えた気がして、彼らから見えない位置に待機したまま隣のフィロと顔を見合わせた。

 あれだけ怖いと思っていた彼らの訪問は、フィロが隣で手を握ってくれていることもあって冷静に見つめることが出来ている。


「どうやらアルディナは本当に終わりそうですね。今のところレオス様も幹部たちも操られている様子はありませんし」

「そうね、良かった。でも……ここまでとはね」


 すうっと目を細めたレオス様が長い足を組み替えたところで静かにため息を吐く。

 彼らの態度は実際に見てみると、想像していたよりもずっと酷いものだった。

 腰に手を当てて胸を張っている彼は、自分がそこまで偉いとでも思っているのだろうか。

 アルディナよりもずっと大きい友人の国だって、ファクルを相手にしてこんな態度はとらないだろう。

 私が国を出る前はもう少しまともだった気がするのだけれど。

 とはいえまだどうなるかはわからない以上、安心するには早すぎる。

 レオス様に呼ばれるまでは、広場の魔物たちに何か異常がないかしっかりと見ておかなければ。

 彼らに言いたいことはたくさんある。

 けれど優先しなければならないのは、守りたいと思うのは、子供たちの安全だ。

 私が彼らに言葉をかけるのはレオス様に呼ばれた時。

 それまではしっかりと監視させてもらおう。


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