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リウムとフィロの新生活【7】

 

 そこまで思考が進んだところで、それにしたっておかしいとも思う。

 例えばあの子が私と同じ様に前世の記憶を持っていたとしても、魔物たちですら正体の分からない力をどうして持っているのだろうか。

 あの子だって私と同じ人間で、この世界では魔法が使えない。

 アルディナがストーリー通りの道筋を進んでいるので、もしもあの子が前世の記憶持ちだった場合はあのゲームを知っていることになる。

 そうだとすればあの子も私と同じ世界出身のはずだ。

 けれど同じ様に記憶持ちの私はこの世界の人間と同じ小さな火の魔法しか使えないし、他に何か特別な力がある訳でもない。

 前世の知識を有効活用はしているが、その範囲は人間が出来る事限定だ。

 あの子だけ生まれ変わった際に何か特殊な力でも得たのだろうか。

 それとも私やあの子が生まれ変わったことに、神や悪魔のような存在でも関わっているのだろうか。

 今まで何度か考えたそんな思いが、妙に現実味を帯びてくる。

 だってそうでなければ、この世界で最強の魔物たちでも使えないような力がある理由が説明できなくなってしまう。

 色々と考え過ぎて、せっかくクリアになった頭の中がまた色々な思考で埋まっていく。

 ……だめだ、そもそもあの子が私と同じかどうかわからない以上、すべて憶測になってしまう。

 彼らがこの国に訪問して来た時にしっかりと見てみるしかないのが現状だ。

 それにしても、もしもの話とはいえ気味の悪い力が自分に何らかの影響を及ぼしているのかと思うと気持ち悪くてしかたがなくて、何となく両腕で肩をさする。


「すみません、レオス様。何かありましたか?」

「ああ、来たか。オディロン、リウムに妙な魔法の名残がないか見てやってくれ」

「え、はい、わかりました」

「何かあったんですか?」


 迎えに行った幹部と共にオディロンさんが不思議そうな顔で広場へ足を踏み入れる。

 彼の後ろにはフィロの姿もあった。

 心配そうに私を見るフィロの海色の瞳を見た瞬間、気持ち悪さが吹き飛んでホッと息をついた。

 フィロ、と声に出して彼の名を呼べば、すぐに私の隣まで来てくれる。

 総合的な頼りがいならば、レオス様のほうが上なのはわかっている。

 それでもフィロは私にとって一番の安心をくれる人だ。

 あの気味の悪い力を跳ねのけて、ずっと傍にいてくれた人。

 私を選んで、ここまで一緒に来てくれた人。

 彼は私に過去も今も未来も孤独にはならないという実感をくれる。


「あの、レオス様、フィロもアルディナでその力の影響を受けていたんです。自力で跳ねのけてはくれましたけど」

「……そうだな、オディロン、フィロのほうもチェックしろ。話はそれからだ」

「は、はい」


 理由はよくわかっていない様子ながらも、オディロンさんの手から先ほどの女性と似たような光の輪が現れ、私とフィロの体をチェックする。

 何も感じないままチェックは終わり、オディロンさんが首を傾げた。


「特に妙な魔法を使われた形跡はありませんね。フィロには先ほど魔法を教える際に使った俺の魔力が残っていますし、リウムさんのほうにはレオス様と彼女の魔力が残っていますが……こちらは使われたばかりですね」


 レオス様と私に医療系の魔法をかけてくれた彼女のほうを見て、オディロンさんがそう口にする。

 使ったのが誰なのか、いつ使われたのか、そんなことまでわかるものなのか。

 そこまでわかるのならば、私が魔法を使われた可能性は低いのだろう。

 けれどレオス様の意見を聞いて頭の中がすっきりした今、ゲーム補正を作り出しているのはアルディナではなくプルムだという可能性のほうが高いと思ってしまう。


「あの、何があったのですか?」

「実は……」


 疑問符を浮かべる兄弟二人に、先ほどまでの会話をかいつまんで説明していく。

 険しくなっていく表情は双子だけあって本当にそっくりだ。


「そういえば、フィロはその女と関わりはないのか?」

「ほとんどないですね。俺はリウムさん専属だったので基本的にはリウムさんの部屋にいましたから。そもそもあの人とは会うことすら稀でしたし、廊下などで偶然出会っても俺のことは無視することが多かったので」

「無視?」

「彼女が話しているのは一定の使用人たちばかりです。どの使用人でもいいような用事がある時は別ですが。それも話しかけた際に一言返しただけで終わる使用人と、しばらく話し込む使用人は明確に分かれていました。俺は前者ですね」

「何の差だ?」

「さあ……性別や年齢は関係ありませんでしたし、何が基準かは俺もわからないです。引き止められなくて良かったと思っていたくらいなので、特に気にした事はありませんでした」

「そんなわかりやすく対応に差があるのに全国民から慕われるのか、意味が分からんな。まあいい、念のために国全体に結界を張っておけ。魅了魔法もだが他にも毒や混乱なんかの体に影響のある魔法を弾くものもすべてだ。その程度ならば大して面倒でもないしな」


 はい、という声が揃い、数人の幹部が広場を去っていく。


「オディロン、国の入り口に妙な効果がある道具を持っていたら破壊する結界を張っておいてくれ。整理中の書類提出はまた後日で良い」

「はい」

「あの、書類ならわかるものであれば私が、」

「お前は休めと言っているだろうが!」

「す、すみません」


 言い終わる前にレオス様に即答され、広場に残っていた幹部たちからも生暖かい視線と噴出したような笑い声を頂いてしまった。

 なによりも隣に立つフィロの笑顔が怖い。


「お前なあ、仕事熱心なのはありがたいし助かってもいるが、書庫の整理が終わったら一気にやる仕事は減るんだぞ。新しくお前に任せるつもりの仕事もいくつかあるが、今よりも確実に量は減る。そもそも今お前がやっている仕事量はこの国の中でも相当多いんだぞ。今の内にもう少し仕事のない状況に慣れておけ」

「……はい」


 呆れたようにそう言われてしまったが、彼らの考える未来に自分がいるという事実が嬉しい。

 これからも私はこの国にいるのが当たり前なのだと、彼らもそう思ってくれている。

 すうっと肩の重みがなくなっていく。

 なんて事はない、私は一人で悩み過ぎていただけだったんだ。


「そろそろ約束の三カ月だ。来るならばいいかげん何かしらの連絡が来るだろうし、来ないなら来ないで当初の予定通りあの国を滅ぼしに行くだけだ。我らの目を潜り抜けた理由だけは知りたかったが、この調子だとまともな答えは期待できんしな。今日はもう解散だ。リウム、どんな些細なことでも良いから何か思いついたら言いに来い」

「はい、ありがとうございます」


 ひらひらと手を振るレオス様に見送られて、フィロとオディロンさんと共にその場を後にする。

 結界は準備もあるので明日張りに行くというオディロンさんに誘われて、三人で夕食を取るためにフィロの実家へ向かうことにした。

 最近は時々こうして三人で食べることも増えてきた。

 並んでバタバタと夕食の支度をするのも楽しい。


「おい、入れ過ぎだろ」

「このくらい平気だろう」

「今日はリウムさんもいるんだぞ。適当な味付けは俺が許さん」

「フィロ、私も適当に入れちゃうことがあるから……」

「リウムさんが作ったものならば美味しいので問題ありません!」

「相変わらずリウムさんとその他への態度の差がすさまじいな」


 きっちりと調味料を準備するフィロと、結構大雑把なオディロンさん。

 ここ数か月ですっかり打ち解けた兄弟の会話に笑いそうになりながらも手を動かしていく。

 そうして三人で囲む夕食はよくある家庭料理が並んだものだけれど、グリーディの屋敷で食べていた時とは比べ物にならないくらいに楽しい。

 ちょっとしたことで笑いながら囲む、賑やかな食卓。

 あっという間に食べ終わりまったりとしていた時に、不意にオディロンさんが立ち上がり封筒を持って戻ってきた。


「両親から手紙の返事が来たんだ。早くお前に会いたいってさ。ほら」

「あ、ああ……」


 戸惑ったように手紙を受け取ったフィロが、すこし悩んでからそっと開いて文字を追っていく。

 大丈夫だろうか、彼にとって良いことが書いてあるだろうか。

 そんな風に心配していた私に、オディロンさんが他人事じゃないぞ、と楽しげに笑う。


「え?」

「うちの両親は女の子も欲しかったらしくてな。フィロが攫われてそれどころじゃなくなったらしいが、そのせいかリウムさんのことも物凄く楽しみにしているらしい。二人の話はざっと手紙に書いたんだが、そんな関係ならば将来は間違いなくうちの娘になる、ってさ。さっそく二人に会いたいからと療養していた家を出発したらしいんだが……気合は十分で心労なんてどこかへ飛んで行ってしまったくらいに元気らしいが、なんせ母は人間で病み上がりだ。魔物だったらあっという間に体力は回復しただろうが、さすがにそういう訳にはいかないからな。道中にあるファクルの魔物たちが使う別荘やら宿やらに泊まりながらここに帰ってくるそうだ。三カ月くらいはかかるらしい」

「私のことも……?」

「ああ、手紙の文字の勢いもすごかったよ。フィロの無事を知った喜びと、すぐに会いに行くっていう気持ちと、新しく出来る娘への期待がね」


 不思議な気分だ、すごく。

 前世の両親の記憶はもう薄いし、今世での両親はプルムにしか興味がない。

 親という存在に子供として意識してもらうと、こんな気持ちになるのだろうか。

 どういう人達なんだろうか、会ってみたいという期待と少しの恐怖が浮かび上がる。

 確かに結婚すれば相手の親は自分の親になるな、なんて思って一気に恥ずかしくなった。

 結婚、結婚か……

 もちろん私にとっては相手はフィロ以外に考えられないわけだが、結婚という単語を今までぜんぜん意識していなかった。

 恋人として過ごしている日々で十分に幸せだったし、そもそもフィロはどう思っているんだろう。

 ああだめだ、これ以上考えたら顔が真っ赤になってしまいそうだ。

 今はまだ考えなくてもいい、と結婚という単語を頭の隅に追いやっておく。


「なら、三か月後にはフィロはご両親と再会できるんですね」

「ああ。その頃にはアルディナの件も落ち着いているだろうし、俺も両親と会うのは久しぶりだ。楽しみだな。なあフィロ?」

「……ああ」


 手紙を読み終えたフィロが肯定の返事をしたことでオディロンさんが笑みを深める。

 そうだ、色々悩んでいたが、三か月後にはもうすべての結果は出ているはずだ。

 この悩み続ける日々も、もうすぐ終わりを告げる。

 今日レオス様に話したことでもう私が一人で悩む時間は終わり、後はその時を待つだけになった。


「フィロ、それはお前宛てだから持って帰っていいぞ。返事を書きたいなら三日後までに持って来てくれ。遠方への手紙はまとめて配達されるから、今度は三日後なんだ」

「ああ、わかった」

「返事が来るまでにはまた時間が掛かると思うが、今度はリウムさん宛てにも来るかもな。本当に楽しみにしているみたいだから」

「そう、ですか。なら、もしもフィロが返事を書くのなら、私も同封させてもらおうかしら。先にご挨拶ということで」

「そうだな、両親も喜ぶと思う」



 今日も色々とあったけれど、笑顔のオディロンさんに見送られて家へと戻り、いつも通りの時間を過ごして、あっという間に眠る時間になってしまった。

 この世界は一日が早く過ぎていく気がする。

 後は眠るだけ、と寝室のドアを開けると、フィロが手紙を引き出しへ入れているところだった。

 もしかして読み直していたのだろうか。

 引き出しを閉めたフィロがベッドへ向かうのを追って、自分もベッドへ向かう。

 この生活が始まってすぐはあれだけ緊張していたフィロの隣に寝転がるということも、もうすっかり慣れてしまった。


「リウムさん、アルディナの件が片付いたら二人旅に行きませんか?」

「二人旅?」

「ええ、昨日はファクルから出ていく時はそうしようと言いましたが、そうではなくて……その、両親に会いに行こうかと」


 意外なお願いに返事が出来ず、フィロの顔をじっと見つめる。

 照れたような表情を浮かべたフィロに抱き寄せられて、顔が彼の胸に埋まった。

 フィロの声が少しくぐもって聞こえる。


「色々悩んでいたのですが、両親が俺に会いたいという気持ちは手紙でよくわかりましたので。両親を待つだけなら三カ月かかりますが、俺のほうからも近付けば期間は短縮されるでしょうし。ですがあなたから離れるのは嫌なので、二人で行きたいです」

「もちろん良いわ。でも本当に私が一緒で良いの?」

「いいんです。いい年した男が一人で両親に会うのが気まずいから付き添ってほしい、なんて情けないお願いですが。もちろん、あなたと見たことのない場所を旅するのも目的ですよ」

「嬉しいお願いだわ。私も一緒に行きたい」

「……良かった」


 フィロが低く笑って、振動が伝わってくる。

 逃げるための旅ではなく、もっと前向きな旅へのお誘い。

 そうだ、ファクルの国民のままでも色々な所へ行けるんだ。

 アルディナの問題さえ解決してしまえば、だけれど。

 今日一日、色々な人と話したことでなんだかすっきりしてしまった。

 アルディナの問題なんてさっさと終わりにして、フィロと一緒に旅に出たい。

 それにどうせならあんな国のことではなく別のことで悩みたいところだ。

 嫌な気持ちになる悩みではなくて、たとえば……

 さっき頭の隅に追いやった結婚という言葉がまた戻ってくる。

 彼は私との未来をどう思っているのだろう。

 浮かんできた悩みは、今までのものとは違って幸せな気持ちになれる悩みだ。

 特に意識していないのに自然に笑ってしまう。


「リウムさん?」

「何でもないの。負けない、って思っただけ」


 頬に降って来たフィロの唇がくすぐったくて、お返しと言わんばかりに同じように返して、二人揃ってくすくすと笑う。

 見えてきた明るく楽しい未来、絶対に手に入れたい。

 アルディナでの婚約破棄イベントは、自分から手放したとはいえゲーム通りに悪役である私の負けで終わった。

 でも今度は違う、諦める理由なんてない。

 ずっと悩んでいたことがすべて吹っ切れた気がする。

 悪役令嬢対ゲーム主人公の第二回戦……そしてきっと最終戦。

 

 もう手放さないと決めたから、ファクルでの明確な未来が見えたから、今度は私が勝たせてもらおう。


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