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悪が裁かれる時を待ち望み【2】

 

 前世での私の仕事は海外営業企画。

 あなたは仕事がなくなったら死んでしまいそうね、なんて誰かにおもしろそうに笑われた記憶がよみがえる。

 あの時の私はとにかく仕事が楽しくて楽しくてたまらなかった。

 たくさんの国を回って、たくさんの人たちと話して、彼らが喜ぶようなものを考えて提案して売りに行く。

 日々の仕事をこなしていく内に何となく身についた、相手が必要とする、そして望むであろうものを見極める判断力と、国外に飛びだして仕事をする度胸。

 異国の文化に触れて学ぶのも楽しくて、世界中を飛び回っていた。

 お客様から商品を褒められた時や、他の人じゃ嫌だからと指名を貰った時はすごく満たされた気分になって、尚更仕事へとのめり込んで行っていた記憶がある。

 これが私の天職だと張り切って働いていたある日、商談先に向かう途中で私は死んだ……のだと思う。

 私が特に好きだった景色、飛行機の窓から覗く青い海。

 どれだけ見ても飽きなくて、飛行機に乗るたび見つめ続けたその海に落ちて沈んでいったのが私の最後の記憶だった。

 思い出せた記憶はそれだけで、前世での私の名前も家族のことも思い出せなかったけれど。

 それでも大量の記憶で押しつぶされそうな痛みを発する頭の中で、ようやく私は生き残るための確率が上がったことに気がつくことになる。

 ファクルへ用意した品物は、彼らにとってそれなりに良いものだ。

 ただ絶対に欲しいと思われるものではない以上、成功の可能性は私がどれだけ気に入ってもらえるかに懸かっている。

 先ほどまでの私にはこの世界で生きて来た十年程度の記憶と知識しかなかった。

 けれど今の私には、前世で世界中を飛び回っていた頃の記憶がある。

 前世という信じられないようなことも、何故私がそんな記憶を持っているのかも。

 明日に迫っていた死の可能性を回避できるならばなんだっていい。

 自分のすべてを出し切るしか私に生き残る術はなかったのだから。

 

 そんな死への恐怖を抱えたまま、向けられる笑い声の中で自分の判断力が鈍っていないことを祈りつつ立った魔物の王の前。

 幼い子供であろうとも彼らは初対面の人間相手に情けを掛けたりしないことはわかっていた。

 ただ私が提示する条件が悪くなければ少しは可能性がある。

 何もないアルディナの中で唯一差し出せるもの、彼らが好んで食べる果実の成長を促す特殊な肥料の提供。

 アルディナに昔から伝わるそれは一般的で日常に溶け込み過ぎて特別感がなく、今まで選択肢に入らなかった品物だ。

 私に示された道は三つ。

 ファクルとの外交を失敗して殺され、彼らの気まぐれでアルディナごと滅ぼされるか。

 殺されはしないまでも外交を失敗し追い返され、国民の安全確保の道を閉ざしてしまうか。

 成功させてファクルという強大な国の恩恵を貰い、他の国との外交の成功のきっかけにするか。

 ファクルとの同盟が成功してしまえば、他国からも一目置かれることが出来る。

 

 幸い、交渉は成功。

 

 ホッと胸を撫でおろした私の震える手を見た魔物の王が、少し驚いた後に盛大に笑ったのを今でも覚えている。

 幼い私が王とした交渉という名の言葉の応酬。

 何が王の琴線に触れたのかはわからないが、それ以来王には随分と可愛がってもらった。

 彼という後ろ盾があったからこそ、私は外交官としての地位を高めることが出来たし、何よりもファクルとの外交を成功させたからこそフィロと出会えた。

 ファクルとの外交成功という大きな功績の褒美として、当時はまだそこまで私に対してきつい態度ではなかった両親から色々と買ってもらったのだが、その買い物の帰り道、普段ならば目を背けたくなる奴隷市場で出会ったあの海色の瞳に、私は一目で恋に落ちることになる。

 強烈な一目惚れだった。

 前の私が夢中になっていたあの青、形を変えたその青い色に私はもう一度夢中になった。

 ……奴隷市場は今この世界では違法ではない。

 使用人達の中には奴隷出身の人も多いし、市場の隅とはいえ普通に店がある。

 だからこそ何も出来ずに歯がゆく、せめて家に来た使用人たちの待遇は良くしようと両親に訴えて実行していたのだけれど。

 そんな私が自分から奴隷を買ってくれと願ったのは、あの日が最初で最後だった。

 自分専属にしてほしいという願いが通ったのは、ファクルとの外交が成功したことが大きいと思っていた……あの時は。


「リウム様、おかわりはいかがですか?」

「ええ、いただくわ。ありがとう」


 いつの間にか空になったカップに湯気の立つ紅茶が注がれる。

 奴隷商人から買った時はボロボロで、幼い頃の記憶すら失っていた彼に今はその面影はない。

 彼を買って家に帰り、両親に身綺麗にされた彼と初めて対面した時、フィロの目には野心のようなものが宿っていた。

 彼にとって私は気まぐれで自分を買ったお嬢様にしか見えなかっただろうし、私を使って成り上がろうと思うのは当然だ。

 一緒に長い時間を過ごすうちに少しでも気を許してもらえればいいと思っていた。

 そんな私の想いとは裏腹に、一か月もしない内にその態度を軟化させた彼は、それ以来ずっと私の一番の味方として傍にいてくれている。

 物腰柔らかく勉強熱心で、いつでも優しいフィロ。

 彼が私に隠れて私の敵になるであろう人を暴力的に追い払っているのを見ても、私の彼を想う感情は変わらなかった。



『リウム様、どうかなさいましたか?』

『外交ご苦労様です。リウム様のお好きな紅茶をお持ちしました』 


 私の前では常に敬語、優しく微笑む顔、一人称は私。



『お前がリウム様に近付いた目的を知らないとでも思ったのか? あの方を利用しようだなんて身の程知らずにも程がある』

『誰に訴えても無駄だ、俺はリウム様にご迷惑をおかけすることはしない。残念だったな、お前が何を言おうとも、俺もリウム様も疑われることはない。その程度の工作なら済ませている』


 陰では荒い口調、冷たく凍り付いた氷海を思わせる瞳、一人称は俺。



 彼は私に後者の自分を隠しているつもりだろうが、私はとっくにどちらの彼にも気が付いている。

 そしてそんな二面性を見ても、私は自分の傍からフィロを離すつもりはなかった。

 そもそも彼が荒っぽい行動に出ていた時、その理由がすべて私のためだった時点で嫌だなんて思う訳がない。

 当時は今ほどではなかったとはいえ、ただでさえ周りからあまり良い目で見られていなかった私。

 彼が追い払ってくれていた人間の計画が上手く行っていたら、私の立場はさらに悪いものになっていたのだからなおさら感謝しかない。

 初めての出会いで感じた湧き上がる恋心は、未だに消えぬまま私の心に火を灯し続けている。

 フィロから送られてくる視線にもまた同じ火が灯っていると気が付いたのはいつだっただろうか。

 気が付いた時に湧きあがった歓喜、そして一瞬で地の底まで落とされた様な苦しみ。

 私たちの間にある身分の差は、決して私達が結ばれる事を許さない。

 私にはすでにユート様という婚約者がいた。

 十歳の頃引き合わされた私の将来の夫。

 この国の第一王子である彼は、自分は国民のことを考える王になると私に言った。

 まっすぐな瞳と、国民を見て浮かぶ笑顔。

 前世の記憶が無かった私は素直にそれを信じたし、素敵な人だと思っていた。

 

 記憶を取り戻し、外交官として世界中を回るようになるまでは。


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