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リウムとフィロの新生活【6】

 次の日、お兄さんのところに行くというフィロとは別行動を取って、レオス様のところへ向かう。

 こうやって彼と別行動をするのも少し慣れてきた。

 フィロにとっても私にとっても、もうファクルは危険な魔物の住む国ではなく、安心して歩き回れる自国だ。

 フィロにもお兄さん繋がりで友人が出来たと言っていたし、本当にアルディナにいた時とはまったく違う生活を楽しむ事が出来ていた。

 お互いが特別で、一番大切で、でもそれとは別に大切なものがたくさん出来たのが幸せで。

 だからこそ、もう簡単に手放すことなんて出来ない。

 見慣れた広場に足を踏み入れ、王座に腰掛けているレオス様のほうへ向かう。


「リウムか、どうした?」

「すみませんレオス様、少しだけお時間を頂いても?」


 あまり思い出したくないアルディナでの日々。

 軽く説明はしていたので、大雑把にだがレオス様はあの国の考え方や私の扱いを知ってはいる。

 それをもう少ししっかりと説明するために、今日はここへ来た。

 自分の中の嫌な思い出を再度しっかり話すのは中々嫌な気分になるけれど、ちゃんと伝えていれば彼らにゲーム補正が効いたとしても、多少は抗える可能性が上がるはず。

 特にレオス様は少しでも違和感を感じることが出来れば、ちゃんと考えてくれる人だ。

 今日は男性の姿を取っていたレオス様が、私を見てにやりと笑う。


「それはお前がここ最近ずっと悩んでいた事か?」

「気づかれていましたか」

「いつ言ってくれるかと思っていたくらいにはな。まったく、どうせフィロには話していたのだろう? お前にとっては恋人である以上、あいつが特別なのはわかるが……この国に来た時に、ファクルの住人は皆家族のようなものだと言っただろうが。どんなに小さなくだらないことでも、我らは本人が悩んでいるならば聞くし、問題解決のために動く。お前相手の時だけではなく、ファクルの住人すべてに対して我らは親身に接する。お前だって、悩んでいる奴がいればそう動くだろう?」


 なあ、と周囲にいた数人の魔物に話しかけるレオス様と、同じように笑って肯定の返事をする彼ら。

 こんなに頼りになる人たちに何も言わずに一人で悩んでいたのか、と苦笑いが浮かんだ。


「実は、アルディナの件なのですが……」


 今までは軽く説明していただけのことを、すべて詳しく、具体例を混ぜて口にしていく。

 口にするほど自分でも強く感じる、あの国の異常性。

 時折挟まれるレオス様からの質問に答えながら一つ一つ丁寧に説明していると、あっという間に時間が経っていった。

 レオス様もだが、周囲で聞いていた魔物たちもじっと何かを考えこんでいる。


「つまりお前は、アルディナという国が自国内でお前の妹を最優先に考えるような特殊な力を働かせている、と考えているわけだな」

「はい」

「確かに国内にそういう力が働いていれば、婚約が最優先になるのもわかるが……むしろ逆ではないのか?」

「逆、ですか?」

「あの国にいたお前の感覚と我らの感覚は違うかもしれん。だが俺はそのプルムとかいう女を最優先に考える力の範囲がアルディナという国の中だけ、ということなんじゃないかと思う」

「えっ、と……」

「同じことを言っていると思うか? 少し違う。アルディナという国がその女を最優先しているのではなく、その女が自分を最優先に考えるような力を使っていて、その力の及ぶ範囲がアルディナ国内限定、尚且つアルディナ国民であることが条件なのでは、ということだ。力というものは使っている内に体に馴染み、威力を増していく。最初はアルディナの国民が自国にいる時、という条件で強く発動していた力が使い慣れたことで効力を強め、アルディナ国民であるというだけでもある程度発動するようになった。だからそのユートとかいう王子も他国で指摘されて疑問が浮かびそうになった時に、力の発動者であるその女に言葉をかけられることでその女を中心に考えるようになったのではないのか?」

「そ、れは、っ」


 ズキリと頭に鈍い痛みが走り、とっさに頭を押さえる。

 強い力で頭を掴まれて締めあげられたような感覚が走り、目の前が暗くなった。

 しかしそれも一瞬で、痛みがすうっと引いていくのと同時に何だか頭の中がすっきりしたような気がする。


「おい、どうした?」

「大丈夫?」

「あ、いえ、すみません、一瞬頭痛が」


 少し眉をひそめて私の顔を見るレオス様と、心配そうに問いかけてくれる近くにいた幹部の女性にそう返答して、深く息を吐き出す。

 色々思考していたせいか最近妙に重かった頭の中が、完全にクリアになった様な感覚。

 昨日フィロと話して大部分が軽くなったと思っていたのだが、しぶとく残っていた重さがすべて消えて、久しぶりにすっきりと物事が考えられそうな気分だ。


「ちょっとごめんね」


 女性の両手が私の頭にそっと触れ、彼女の手から零れた光の輪が私の頭の先からつま先まで移動する。

 この魔法は魔物たちが使える魔法の中でもかなり有名なもので、体全体をチェックして何か病気がないか知ることが出来る、魔物たちの中でも回復魔法に特化した人だけが使える魔法だ。

 今この世界にある病気をすべて発見できると言われていて、各国の王族などは見てもらいたがっているようだが、魔物たちが自国民とお気に入りの人間以外に使うことはない。

 人間たちが持つ医療技術などとは比べ物にならないほどの医療魔法だ。

 私も受けるのは初めてだけれど……


「特に何もないみたいね。頭痛だけ?」

「はい、今はもう何もありませんし。ありがとうございます」


 首をかしげる女性の手が離れ、一先ず何か病気なわけでは無さそうだと安堵する。

 彼らの魔法で見つけられないような病気は今まで聞いた事がないし、それこそ見つけられない病気だというのならば治療法などないので諦めるしかない。


「……リウム、先ほどの俺の言葉をどう思う?」

「え……」


 私たちの様子をじっと見つめていたレオス様に真剣な表情で問いかけられる。

 先ほどの言葉とは、ゲーム補正を国が起こしているのではなく、プルムの力の範囲がアルディナ国内だという考えのことだろう。

 確かにそちらのほうがまだ納得できる。

 私はゲームという決められたストーリーを知っていたから、舞台であるあの国がその物語通りに動こうとしているのだと思っていた。

 けれどそれを加味したとしても、確かにずいぶんとプルムに都合のいい世界だ。

 仕事もせずに、外の国にも出ずに、しかし出会ったばかりの王子やあまり交流のない国民からも溺愛される。

 ストーリー通りに動かなければならないが私が働いてしまっているというのならば、それを上回る勢いであの子が功績を上げていくほうが自然ではないだろうか。

 ゲームのプルムは真面目で、努力家で、ゲーム中に時折イラっとくるレベルで相手のことばかり考えている子だった。

 そこまで言われたら怒ればいいのに、そんな面倒な場所に突っ込んでいかなければいいのに、ゲーム中何度そんなことを思っただろう。

 ゲーム中にリウムの婚約者である相手とのデートシーンがあったのは恋愛主体のゲームだからという理由で納得できたが、もしもあの性格のままのプルムがこの現実の世界を生きていたのならば、例え誘われたとしてもあんな中途半端な状態でデートをしたりはしないはずだ。

 私が追放されたあの日、あの子が私に向かって嘲るような笑みを浮かべていたのは見間違いではなかったのだろうか。

 私を追い出す所まで、あの子が考えていた筋書き通りだったのだろうか。

 どうして思いつかなかったのだろう。

 ゲーム補正、ストーリー補正、最近はその言葉にばかり囚われていたけれど、今思うとその考えにがんじがらめになっていた気がする。

 何かを考えると、すぐに補正のことに繋げてしまっていたけれど。


「レオス様の意見のほうが、しっくりくるなと思います。今まで私は思いつきもしませんでした」

「……おい、オディロンを呼んで来い」

「はい」

「えっ」


 レオス様に命じられて幹部の一人がディロさんの研究所のほうへとあっという間に飛び去って行く。


「あ、あの」

「医療魔法に関してはそいつが間違いなくこの国のトップだが、魔法全般に関して詳しいのはあいつだ。見てもらえ」

「見る、ですか?」

「あのなあ……俺がアルディナについて深く考えたのはここ最近だぞ。そんな俺でも思いつけるようなことを、ずっとアルディナに関して思考を巡らせてきたお前が一切思いつかないだなんていくらなんでもおかしいだろうが。その女が何か魔法を使って自分を中心に考えるように仕向けていて、お前にはその余波が残っていると考えるほうが自然だ。さっきの頭痛はその余波がなくなったことで起こったのかもしれん。一度妙な魔法の名残がないか見てもらった方が良い。どうしてお前がその呪縛から逃れたのかは知らんが、お前が悪役になっていたのが関係しているのかもしれんな」

「……あの子が」

「一つの可能性にすぎんがな。だが俺は何か引っかかったら、気のせいで済ませることはしないと決めている。何もなければそれで良いし、何かが見つかればその解決策を考えるだけだ。しかし魔法だったとしたらいったいどんなものを使ったのか……一番近いのは魅了系の魔法だが効果がおかしいし、そもそも人間が使えるとは思えん」

「魅了魔法自体はあるんですね」

「ありはするが……」


 そこで言葉を切ったレオス様にじっと見つめられて、たじろいでしまう。

 いつもは真剣な話の時に相手から目を逸らすなんてことはしないのだが、何故か恥ずかしさが湧いて来て視線を外したくて仕方ない。

 それでも顔が固まったかのように動かせず、どうしていいかわからない。

 いつも魅力的な人ではあるのだが、なんだかそれが倍増している気がする。

 そんな謎の感覚は、レオス様本人が大きな音を立てて手を叩いたことで終わりを告げた。

 先ほどまでの感覚が一気に吹き飛び、彼の目を見ていても特に何も感じない。

 周囲にいた幹部たちも私と同じ状態になっていたのか、頭を押さえながら呆れたようにため息を吐いている人や、引きつった笑みでレオス様を見つめている人もいる。


「これが魅了魔法だ」

「え……」


 つまり先ほどまでの見つめられて恥ずかしいという感覚は、私がレオス様の魔法にかかっていたということなのか。

 周りの幹部たちにまで効果があったということはかなり強い魔法なのだろうが、いくらそういう魔法の効果だとはいえフィロに対する罪悪感が凄まじい。

 一言言ってからにして下さいよ、と幹部たちに言われているレオス様がその訴えを笑い飛ばしながら口を開く。


「魅了魔法というのは自分を魅力的に見せる効果の魔法だ。どれだけ強力だとしても相手を意のままに、それも国が滅びかねんほどに操る魔法ではない。お前だってさっき俺を見ていつもよりは魅力的だと思ったし、目が離せなかっただろう?」

「はい」

「もしここにフィロがいたらどうだ? どちらがお前にとって魅力的に見える?」

「フィロですね」

「……そう即答されると複雑だが、まあそういうことだ。この場にフィロがいたらお前があいつを放置して俺を見つめ続けるなんてことはないだろう。一瞬見惚れたとしてもすぐに目を離すはずだ。惚れた相手の傍で魅力的な異性を見つめ続けたいだなんて思う奴はまれだからな。魅了魔法は自分を魅力的に見せることは出来るが、相手を言いなりにさせるほどの力はない。言うことを聞かせやすくする程度の力はあるが、お前のように想い人がいる奴や、理性的な奴には効きにくいんだ。たとえば俺が各国の王族に魅了魔法をかけたところで、国を差し出してくる奴など一人もおらんだろうな。アルディナの人間だって、お前の妹以外に大切な人間がいるだろう。家族、恋人、友人、すべてを犠牲にして一人の人間を最優先に考えるだなんて、魅了魔法の範囲外だ。そもそもお前たち人間の体は火の魔法以外を使えるようにできていない。能力ではなく体の作りの問題だから、魔物の血が流れていない限りは魔法を使うことは不可能だ。お前の妹は人間で間違いないのだろう?」

「はい。両親は間違いなく人間ですし、ファクル出身の方が家系にいた記録もありません。母は家に医者を呼んで妹を生みましたので取り違えなどが起こるはずがありませんし、あの子が生まれてからある程度成長するまでは常に両親のどちらかが傍にいましたから。可能性が絶対にないとは言い切れませんが、ほぼないかと」

「まあ、何らかの魔法を使ったのだとしたら使われているお前にその痕跡は残っている。オディロンなら調べられるから、一度見てもらう。その結果次第で色々と対策は変わってくるからな。そろそろ来るだろう」


 プルムが愛されることと、不都合な部分を無理やり捻じ曲げてでもストーリー通りに動くこと。

 どうして別々の力が働いていると思っていたのだろう。

 レオス様の言う通り、プルムがストーリー通りに自分を愛させようとしていたと考えた方が自然な気がする。

 でももしそうだとしたら、あの子もストーリーを知っていないとおかしい。

 私がゲームのリウムと違うのだからプルムが違っていてもおかしくはないという考えは、ある意味正しかったのではないだろうか。


 つまり、あの子も私と同じように……


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