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リウムとフィロの新生活【4】

「なんだ、嫌そうだな」


 友人の表情を見たレオス様が楽しそうに話しかける。

 レオス様の問いかけにため息を吐きながら頭を押さえた友人は、私へ視線を向けながら口を開いた。


「アルディナという力のない国にいた彼女相手でも、交渉事は出来れば避けたかったのです。彼女との交渉は最終的には確かに自国のためにはなるのですが、こちらが想定していた結果よりもずっとアルディナに有利な結果を出されてしまいますので。それも私たちでは思いつくことはないだろうという提案が多く、なんだか釈然としないというのが私たち同盟国で外交に関わる人間たち共通の認識でした」

「結果的にお前達にもいい条件だったのだろう?」

「それはそうなのですが。あまり魅力的なものがないアルディナに対して、これなら良いかと妥協したものよりもずっといい交渉結果が出ますので。嬉しくはありますが、自分たちが思いつけなかったことがどんどん提案されることに対して外交の勉強をしている身としては複雑なのです」


 彼女からの評価が嬉しくて少し照れてしまうが、多少の気まずさはある。

 私が外交に強いのはその仕事が好きだということもあるが、前世の世界が此処よりもずっと文明が進んでいたことが大きい。

 今この世界にあるものが最先端な彼女たちと比べて、私はその先にあった便利なものの存在を知っている。

 もちろん私には細かい専門知識などはないし、例えば今ここでパソコンや車を作れと言われても、何をどうしたら良いのかはわからない。

 ただこうなればもう少し便利なのに、という発想だけならばすんなりと出来る。

 この世界にある文明を一とするならば、その一のものしか使えない人間と、魔法という百のものを最初から使えるために一の不便さを知らない魔物。

 私が特殊なのは百のものを知っている状態で、一のものしかない場所に来たということ。

 零から一を生み出すことは難しいが、一を二にするだけならば、それも一が百になっていた時代を知っているので、彼女たちよりは柔軟な発想が出来るというだけだ。


「なら今回も遺憾なくその力を発揮してもらいたいものだ、リウム」

「はい」


 優雅に長い脚を組みなおしたレオス様が妖しく笑う。

 漂う色気も凄まじく、見つめていると自然にこの人の期待に応えなければ、という気分になる。

 こういうところもレオス様が王として優れている部分なのだろう。


「こいつらの国が鉱山を多く抱えていることは知っているな。そこで新しい鉱石が発見されたのだが、どうも我らの魔力を少し底上げする効力があるらしい。我らにとっても魅力的なものだが、人間たちにとっては純粋に良い価格で売れるような石らしくてな。我らもすべて寄越せとまでは言わんがなるべく多くほしいとは思っている。しかしこいつらの我らに安く売るよりも周辺国に高く売りたいという気持ちもわかる。こいつのことは気に入っているし、交渉の余地は与えても良いと思ってな。我が国に何か交渉できるものがあるのならば、物によっては出しても良い。お前ならどう提案する?」

「…………」


 そういうことか、と久しぶりに頭を交渉ごとの考え方へと切り替える。

 彼女のことを気に入っているから、石自体はもちろん手に入れるつもりだが、そこに値段や輸入量の交渉を許そうと言っているのか。

 彼女の国は人口も多く、鉱山での生産が中心だから、せっかく出た高値の新鉱石を新たな収入源としたいのもわかる。

 魔物の国で出せるもの、普通に考えれば多少買い取り価格を上げればいいとは思うのだが、レオス様が求めている答えとは違う。

 なら出せるもの……しかし、彼女の国は新鉱石以外にも様々な鉱物を輸出しているので、代わりに周辺国から色々なものが入ってくる。

 ファクル特有の名産品もあるにはあるが、彼女の国にとって魅力的なものかといわれればそうではない。

 それならば、彼女の国にある問題を解決できるようなものならばどうだろうか。

 確か彼女の国は……ちらりとフィロのほうを、正しくはフィロの持つ帰宅時に使おうと思っていたランプを見る。

 周囲は薄暗くなってきているし、ちょうど良いだろう。

 物は試しだ。

 顔を上げて彼女を見れば、その表情には先ほどまでの友人へ向ける気安さは微塵もない。

 私にとっても彼女にとっても、今からの会話は友人同士のものではなく国を代表しての交渉相手へ向けるものだ。

 自国にとってどれだけプラスになる交渉をできるか。


「……失業者の問題は、新鉱石の採掘が始まった今もまだ未解決なのでしょうか?」

「……ええ。少しは解消できましたけれど、採掘場所が深い位置にありますので長時間潜っていられませんの。場所も狭いですし、人員も大量に送りこめませんから」


 彼女の国は大きいがゆえに人口も多く、しかし火のランプしかないこの世界では明るさや酸素の量から考えても主に昼にしか採掘できず、仕事がなくて困っている人も多い。

 更にガスが噴き出す可能性のある鉱山では、大量の火のランプを持ち込めばその分危険度が増してしまう。

 そのため火の魔法しか使えない人間は、鉱山内での魔法自体が使用禁止になっている。


「フィロ、ランプを点けて」

「は、はい」


 フィロが手に持ったランプを点けると、薄暗くなって来ていた広場を光が照らし出す。

 魔物たちにとっては見慣れた光の魔法で、魔法に慣れていないフィロが作った事もあり彼らにとっては弱い光のランプだが、火のランプしか見たことのない彼女たちにとってはとても明るいものだろう。

 驚いたようにランプを見つめる友人たちと、その様子を不思議そうに見る魔物たち。

 苦笑しながらその様子を見つめつつ口を開く。


「以前、職の確保のために夜間採掘を始めたとおっしゃっていたでしょう。けれど、夜は所々差し込んでいた自然光もありませんし、深い位置では火のランプも使えないから事故が多くて一度取りやめた、と」

「ええ」

「これは私が頼んで魔法で作ってもらった物なのですが、光の魔法で灯してもらっていますから火は使っておりません。煙も出ませんし、酸素の薄いところでも問題なく使用可能で、火のランプよりもずっと明るくて倒れても周囲に燃え移ることもありませんわ。それに魔法を使い慣れた方が作るならもっと明るいものになりますよね?」

「ああ、それ一つでこの広場全体を照らせるものが出来るだろうな。一定の光を出すだけのもので他のことには使えんが、ずっと点けたままでも一年は持つだろう。石がそのランプと引き換えだというのならば、お前たちが希望する数を出しても良いぞ」


 問いかけたレオス様が楽しそうに笑いながら答えてくれて、更に友人に向けてそう口にした。

 魔物たちの協力が得られるのならば、これで押してみても良いだろう。


「これがあれば夜間の採掘作業も可能になるのではありませんか? 採掘に関しては私は専門外ですし、安全面などに関してはそちらで話し合って決めていただくようになってしまいますが、このランプを坑道に設置することで夜間も昼間と同じ様に採掘が出来る様になれば、昼の担当の方とは別に夜間の作業の担当の方を雇えると思いますけれど。そうすれば雇用の問題の解決方法の一つになりますし、作業量が増えれば採掘量も増えますから、こちらが希望する数を出したとしても残りの鉱石を周辺国への輸出へ回す事が出来るのでは?」

「…………」


 じっとランプの光を見つめていた彼女は、一度自身の婚約者のほうを振り返り頷き合う。


「こちらのランプを、先ほど希望された量の石を渡すことと引き換えに頂ける、ということで良いのでしょうか?」

「我らはそれで構わぬぞ。大した手間もなく作れるものだしな」


 レオス様とそうやり取りした彼女と、その後も色々と言葉を交し合い、お互いの条件を詰めていく。

 このやり取りも久しぶりだ。

 そしてしばらく話し合った結果、最終的に彼女はランプの魅力に惹かれたらしい。


「……一度国に帰って相談してもよろしいでしょうか?」

「ああ、かまわんぞ」

「ありがとうございます」


 流石に大きな取引になるため即決は出来ないと、一度国に戻り王族の間で話し合うことに決めたようだが、この雰囲気ならばおそらく大丈夫だろう。

 交渉が終わった時の独特の空気に、どうやら成功したようだ、と小さく息を吐き出した。

 先ほどまでアルディナのことで頭を働かせていた時とは全然違う、頭の中の心地よい疲労に笑みが浮かぶ。

 ああ、楽しい。


「まったく、相変わらず私たちが考えもしない方向の提案をするのだもの」


 友人同士の掛け合いの雰囲気に戻って苦笑いする彼女に、同じように苦笑いで返す。

 私は前世で零を一にした人の知識をお借りしているだけだ。

 ランプだって、魔物たちの協力が無ければ作ることは出来ない。


「ファクルに来なければ提案できない方法だったわ。私たちは小さな火の魔法しか使えないもの」

「そうね、使えないよりは良いのだけれど。こういう使い方が出来るのはとても羨ましく思うわ」

「お前たち、いきなり雰囲気が変わったな」


 私たちのやり取りを聞いていたレオス様がどこか呆れ混じり声でそう言って、え、という疑問の声が彼女と揃う。


「さっきまでの友人同士の気楽なやり取りは何だったのかと思ったぞ。二人揃って口調まで変わって、仕事に対する気真面目さも似た者同士ということか……まあその様子だと良い答えが貰えそうだな。しかし、我らにとってはランプなど使わずともその場で手から出せる光が、お前達にとっては価値のあるものなのか。確かに我らも大きな結界なんかを日常生活で使うこともあるが、そんな小さなものでも人間には貴重なのだな。不思議な気分だ」


 何やら一度考えこんだレオス様がふと、時間か、と呟いた。

 辺りはすでに薄暗く、このままいけば後数時間で真っ暗になってしまうだろう。


「そろそろお前たちは帰らねばまずいな。おい、送ってやれ」

「はい」

「あ、ありがとうございます」


 王が声を掛けた幹部の一人が大きな籠を持って来て彼女の前へと置いた。

 私が門番さんに乗せてもらった物よりも大きな籠は、車いすの彼女と婚約者が二人で乗っても十分なくらいに広い。

 二人が乗り込むと、籠を持って来た幹部の方がふわりと浮き上がる。

 人二人が乗っているにもかかわらず何も持っていないかのような涼しい顔は、私が門番さんに運んでもらった時と変わらず、彼らの力を示していた。


「レオス様、失礼いたします」

「ああ、いい返事を期待しているぞ」


 レオス様の言葉に苦笑いで返した彼女は私のほうへ視線を向け、ふわりと笑った。


「ではまた、リウムさん。ファクルに来た時は会ってくれると嬉しいわ。もうユート様のよくわからない主張に邪魔されることはありませんし」

「ええ、もちろん」


 にこやかに手を振って空へと消えて行った彼女たちを見送り、久しぶりに外交関係の仕事をしたなと嬉しくなった。

 書類仕事も好きだけれど、やはりこの仕事は好きだ。


「リウム、よくやった。光魔法の中でも一番簡単な魔法であの石が手に入るとは思わなかった。金銭だけで払うよりもよほど我らにとっては利益になったぞ」

「はい! ありがとうございます」


 こうしてしっかりと評価されるファクルでなら、なおさら嬉しさは増す。

 最終的に強制出来るだけの力はあっても、レオス様の期待に応えて強制という力を使わずに想定していたよりも利益を生み出す事が出来た。

 これは間違いなく私の成し遂げたこと、レオス様の言葉も、魔物たちの笑顔も私に向けられたもの。

 アルディナとは違う、決して他の誰かのものにはならず、そのまま私の評価になった。

 嬉しさがこみ上げて、零れる笑みが抑えきれずにそっと手で口元を隠す。

 幸せだ、私生活も、仕事も。

 ふふ、と隣から小さな笑い声が聞こえてそちらを見ると優しく笑うフィロと目があう。


「どうかした?」

「いいえ、すみません、何でもないのです」

「……わかりやすいな、お前は」


 同じように優しげな笑みで笑うレオス様にまでそう言われ、自分の感情が筒抜けだったことに気が付いて恥ずかしくなりながらも、消えない幸福感で笑顔から表情が変えられない。

 そんな私を見ながら、レオス様が少し考えこんだ後に口を開いた。


「……リウム、お前まだ何か自分で使っている物があるんじゃないか? ランプ以外で魔法を使って家で使っているものだ」

「はい、ありますが」

「言ってみろ」


 隣にいたフィロと顔を見合わせて、少し思案する。

 私が家で使っているものは、フィロが新しく魔法を覚えた時に増えたものが多い。

 基本的には光の魔法を練習中のフィロだが、その過程で少しだけ扱えるようになった魔法で出来そうなことをお願いした結果だ。

 火の魔法も私たち人間は火を出すだけだが、水や風の魔法と組み合わせることでお湯を一瞬で作りだしたり温風を作り出したりでかなり使用の幅が広がる。

 反対に氷の魔法で温度を調節して、冷水を作り出したりもしていた。

 その辺りをかいつまんで説明すると、レオス様は少し顔を引きつらせながらどこか呆れたような声を出した。


「我らにとっては戦闘の要とも言える魔法が、お前にとっては生活を便利にするためのものなのか。お前にかかればすべての魔法がただの便利用品に置き換えられてしまいそうだな」


 レオス様のセリフを否定できず、乾いた笑いで返しながらそっと視線を逸らす。

 冷たいものが飲みたい時、早くお湯が欲しい時、風呂上りに温風で髪を乾かしたい時。

 フィロの魔法が冷蔵庫やポット、ドライヤーなどの代わりになっているのは事実だ。

 魔法は物に込めることが可能なのでその効果が切れるまでという時間制限はあるが、フィロがいなくとも使えるのである意味前世と似たような生活を送ることが出来ている。


「使いだすと便利ですからね」


 同じように視線を逸らしながらそう呟いたフィロも、最近では私が思いつく前に何かしらのものを作って試していることが増えてきた。

 自分の手からずっと出し続けることはまだ難しいが、一度物に込めた魔法は使用時には力がいらないので楽なのだそうだ。

 一度便利なものを手に入れると前の生活に戻るのは難しい。

 もしも私が前世の記憶を生まれた時から持っていたとしたら、相当生きにくかっただろう。


「……リウム」

「はい」


 レオス様に名前を呼ばれそちらを見ると、思いのほか真剣な瞳と目が合った。


「その様子だと先ほどの交渉の時、ランプ以外にも出せるものがあったのではないか?」

「そうですね、ありました。あのランプを選んだのは、ランプに使う魔法は本当に光を灯すだけで、込めた魔法以上の光を出す事も出来ず、ただ一定の光を放つだけだとお聞きしていたからです。他の魔法と違って別の何かに利用されることはありませんから、たとえ人間の国へ渡されたとしても別のことに利用されて、ファクルに何か害がもたらされることはないと思いましたので」

「友人の国だろう?」

「それとこれとは別ですから。ファクルが好きですので、何か都合の悪いことが起きそうなことは避けたいと思いまして……別の物の方がよろしかったでしょうか?」

「いや、いい選択だ。お前は本当に、心の底から我が国の民になったな」

「……はい」


 優しく笑うレオス様に自然に浮かんだ笑みで返して、アルディナでは得ることのできなかった温かさを噛み締める。

 ファクルを好きだと思う、今の生活を壊したくないと思う。

 だから今一番この国に問題を持ち込んできそうなアルディナを、少し鬱陶しく思っている。


「しかし、人間の外交というものは面白いな。我が国でああいう交渉が起こることは少ないが、また何かあったらお前に任せてもいいかもしれん。その時はまた頼むぞ」

「っはい! ありがとうございます!」


 もうすることはないと思っていた外交関係の仕事を一部でも出来るならば、これほど嬉しいことはない。

 ファクルでこの生活を続けられるのならば、私はアルディナにとってどれだけ悪女でも構わない、心底そう思った。


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