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リウムとフィロの新生活【3】

「リウムさんがいなくなった、つまりファクルとの同盟がなくなったというのになぜ報告しないのかと責められた彼らは、彼女との新たな婚約発表の手続きに忙しく後回しになっていた、と悪びれる様子もなくおっしゃいました。彼らの一番重要なことは婚約についてだったようで、それはアルディナという国の総意でもあるということでした。ファクルに襲撃された理由も散々問いただしてようやく話していただけたのですが、その対応の悪さにショックを受けた数人が倒れる騒ぎになりました。しかし彼らは何が悪いのかわかっておらず、口から出るのはなぜかリウムさんの悪口ばかりで……リウムさんの件は友人としての怒りを覚えはしますが、各国の代表としての立場からすれば個人の感情など何の関係もないもので、重要なのはファクルとの件です。それをどう説明しても理解していただけず、リウムを庇うのか、プルムのほうがよほど素晴らしい女性なのに、と見当違いな言葉を繰り返しまして」

「襲う本人である我らが言えた義理ではないが、凄まじいな。そのユートとかいう王子はずっとそんな感じだったのか? お前はどう思う?」


 眉間に皺を寄せたレオス様が友人の婚約者のほうをみて疑問の声を上げる。

 確かに勉強会で同じテーブルに着いていた彼のほうが、彼女よりはユート様に関して詳しいだろう。

 少し悩んだ様子を見せた友人の婚約者は発言を促されると、ここへ来てから初めて口を開いた。


「過去、勉強会に参加している間のユート殿はとても幼い印象でした。特に最近、そろそろ王位を継ぐ話が具体的になってくる時期に差し掛かったにもかかわらず、私たちへの言動をリウム殿に咎められることが増えて来たくらいでして。ただあの日の様子は、リウム殿と共に勉強会に来ていた時とは少し違う雰囲気だったような気がいたします」

「違う、とは?」

「リウム殿と来られていた時にも突拍子もないことを言ってはおりましたが、発言のすべてに国民のためという考えがありました。私たちが幼い頃に周りの事情など考えずに父である王に、こうしたら良いのでは、などと言って微笑ましそうに見守られていた時と似た提案が多く、私たちもこのような時があった、成長したらきっと本人は恥ずかしがるから、からかってやろうと笑っておられる方もおりました。根底にあるものが国民への想いであるのならば、成長して周囲を見ることが出来るようになれば良い王になるはずだと。年月が経っても中々考えが変わらないことに対しては、さすがにそろそろまずいのではと呆れだしていた方もおりましたが、リウム殿が裏でユート殿の補助に動いておりましたし、最終的に彼女が正妃となるのならば何とかなるのでは、ということで同盟国の中での意見は一致していたのです。けれどあの日、連れてきた新たな婚約者だという女性の態度はとてもではありませんが良い目で見ることが出来ないものでした。まだ庶民の幼い子供のほうがしっかりとしているでしょう。それと、実はユート殿はファクルの件で私たちから責められて考えが変わりそうになる兆しはあったのです。しかしその女性から一言言われるとすぐに元通りで、まるで操られているかのように一瞬前の考えすら彼女の意見に同調するものへと変えてしまい……まるで術にでもかけられているような、どこかぼんやりした瞳で君が言うならそうなんだろうと、すべてその女性の意見を肯定してしまいました。その時のユート殿の笑顔は本当に不気味で、異様な雰囲気でした」


 そこで一度話を止めた彼は私とレオス様の顔を見て、また悩む様子を見せた後に少し言いにくそうに続けた。


「正直に申し上げますが、あの集まりの中でアルディナは最弱国と言っても良く、価値はほとんどないのです。重要な位置に国がある訳でもなく、国力も低く、物の生産率もよくはありません。それでも同盟を続けていたのは長年の付き合いであったことと、リウム殿がファクルとの同盟を成功させたからです。たとえあまり便利な場所でなくとも、安全に通ることのできる街道が増えるのは私たちにとってもありがたいことでしたから。ですがもうそれも無くなりました。逆に重要事項の報告すら怠り、ファクルの怒りを買っている以上、同盟を続けていては自国が危険にさらされてしまいますから。勉強会の前にはすでにアルディナの考え方によっては同盟をすぐに切る、と王が決定していた国も多かったのです。そこへいきなり紹介された新しい婚約者だという女性はそのような立場にも関わらず、基本的な言葉遣いや立ち振る舞いが出来ておらず、加えてその年齢で他国の令嬢との縁を一つも持っていないというのは……姉であるリウム殿はアルディナの弱い部分を覆すほどの働きを持って各国を飛び回っておりましたし、他国との交流がなかった特殊な事情がある訳ではないようでしたので。事の深刻さも把握できておらず、ユート殿よりも幼い、戦争など夢物語で、アルディナの町が破壊されているのも他人事と言わんばかりでした。その彼女が新たな正妃となってユート殿とともに国を治めるとなると、私たちにとってメリットは何もありません。むしろ新たな火種になりそうな女性でしたし、何の旨味もないというのに自国が危険になることがわかっている国と同盟を続ける国などありません」

「それで一気にアルディナは同盟国の大半を失ったということか。他の同盟国はどう考えている?」

「はい。現在アルディナが同盟を結んでいる国は、昔から同盟関係にあった国だけです。けれど、その国も長い年月同盟関係だったために時間が掛かっているだけで、おそらく同盟継続を選択する国はないかと思われます」

「なるほど……」


 何かを考えだしたレオス様と、その様子を見てまた静かに口を閉じた友人の婚約者を見ながら、やはりそうなったかと内心ため息を吐いた。

 この世界では、直接襲いかかっててくるファクルの魔物たちではなく、襲撃を避けるための制度を軽んじる国のほうが責められることになる。

 絶対的な力を持つ魔物に逆らう事は出来ないけれど、彼らは約束は守るので、彼らが約束した安全な場所や方法は同盟国間では速やかに共有されなくてはならない。

 それを無視して自身の婚約発表、言い方は悪いが他国にとってはどうでもいいことが最優先だと告げるアルディナは、ファクル以上に危険な国だとみなされてしまう。

 それにしても、ユート様とプルムの婚約発表が最重要事項?

 ファクルから攻撃されて、他国からも問い合わせが大量に来ているであろう状況で、それでも婚約発表を優先するだなんてストーリー補正といえどもさすがに少しおかしいのではないだろうか。

 ユート様の操られたような態度も、プルムの言動がゲーム主人公とかけ離れているのも気にかかる。

 ゲーム上のプルムは本当に良い子という言葉がしっくりくる子で、良い子過ぎて逆に拒否感があるというゲームの評価があったくらいだった。

 ユート様は成長していないだけと言われれば納得できるが、今聞いた彼らの報告の中のプルムと、ゲームのプルムがまったく重ならない。

 ここはゲームの中ではなく現実だからと言われればそれまでだし、私だってゲーム中のリウムとはまったく重ならないので考えても仕方のないことなのかもしれないけれど。

 そこまで考えて、不意にぞわっと背筋に寒気が走った。

 ……あの国だけ現実ではなくゲームの中みたいだ。

 ストーリー通りに動こうとするのではなく、ストーリー通りにしか動けない国。

 登場人物の性格が変わろうが、周囲の環境が変わろうが、物語は絶対に変わらない国。

 今回の件だってファクルへの対応をしっかりとやりながら婚約発表の準備をした方が、多少時間が掛かったとしてもその後の国の安全を確保できるだろう。

 本来ならばファクルへの謝罪と他国への報告を最優先にしなけらばならないし、三カ月という期間があったのだから他にどうとでもやりようはあった。

 けれどゲームストーリー通りにしか動けないのならば、最大のイベントはエンディングを迎えることだろうから、発生する日が動かせない上にエンディングである婚約発表が最優先事項というのも納得はできる。

 国にどれだけの脅威が迫ろうが、どれだけ他国からの評価が下がり孤立しようが、ストーリー通りにプルムの恋愛に関する出来事が最優先される国。

 じわじわと強さを増す恐怖にそっと腕をこする。

 ストーリーが終わったら、あの国はどうなるのだろうか。

 ファクルに滅ぼされるのだろうか、何らかの補正で多少の犠牲を出しつつも平和になるのだろうか、それともゲームのように……


「……ここは現実だわ、ゲームじゃない」


 小さくそう言葉にしても、寒気もアルディナが現実から取り残されているような感覚もおさまらず、追放という形でもあの国を出ておいて本当に良かったと思った。

 記憶を取り戻さなかったら、追放されなかったら、私もいずれはあの国の人々と同じようにそのことを当然の様に生きていたのかもしれない。

 ゲーム通りにしか動けないなんて嫌だ。

 色々と考えることはあれど、ファクルの日々は毎日が新しく、自分のした行動にあった反応が周囲から返ってくる。

 アルディナでは、私が何をしようとも返ってくる反応は悪役に向けるもののみだった。

 ファクルに来てからようやく普通の日常というものを手に入れることが出来た気がする。

 アルディナの人々が私に戻ってくるように言うことはないだろうけれど、例え何があろうともあの国には戻らない、戻りたくない。

 色々と考え過ぎて何だか頭が痛くなってきて、どうせ頭を使うならばもっと良いことを考えたいとため息を吐いた。


「リウムさん? どうかなさいましたか?」

「え……ごめんなさい、何でもないの」


 私の様子に気が付いたのか、隣に立っていたフィロが小さな声で確認してくれたので誤魔化すようにそう返答して、レオス様と話す友人たちのほうへ視線を戻す。

 考えごとをしている間にレオス様は友人の婚約者ではなく、友人と話し始めていた。


「つまり、最後までなぜ自分たちが責められているのかがわからないままだったということか」

「はい。自国に被害をもたらされた挙句、集まりには連絡もなしに遅刻、知らない人間を入れろと大騒ぎし、加えて話がまったく通じない無駄な時間を過ごしたこともあって、ついに皆怒り出しました。国から決定権を与えられていた数名はその場でアルディナとは同盟を破棄すると宣言して退出し、皆それに続く形になりましたわ。欲しかった情報は何とか手に入りましたし、これ以上アルディナと関わっていると自国の立場が危なくなってしまいますから……あのレオス様、とても言いにくいのですが、その……」

「なんだ? 気にすることはない、言ってみろ」

「はい、その、ユート様が最後に叫んでいらっしゃったのですが、ファクルにはちゃんと行くつもりで、同盟は新しい婚約者の方が結ぶから何の問題もないはずだ、と。それとアルディナの町が破壊されたことで出た損害もファクルに補償してもらう、とおっしゃって……」

「…………ほう」


 ばきっ、と、数か月前に聞いたのと同じ音が響く。

 びりびりとした空気が肌を刺し、呼吸がしにくいような感覚に襲われるのも、怖いという感情が頭の中をグルグル回るのも変わらない。

 きっとレオス様の怒りに慣れる日は永遠に来ないだろう。

 レオス様が握りしめた王座の肘置きが壊れているのが見えて、せっかく修理されていたのにな、と現実逃避のように考える。

 酷く冷たい目で怒りを滲ませるレオス様は今日は女性の姿だからか、普段とは違う恐怖を覚えた。

 周りにいた幹部数人がそっと目を逸らしているあたり、レオス様の怒り具合はすさまじいようだ。


「謝罪すらない上に、ふざけたことを言ってくれる」


 笑みを浮かべたレオス様から立ち上る怒りが増した気がして、私や友人だけでなく幹部たちも静かに数歩分後方へと下がった。

 笑顔なのが尚更怖い、先ほど背筋に走った寒気よりもよほど、レオス様の怒りのほうが怖い。


「本当に、我らも馬鹿にされたものだ。来るというのだから迎えてやろうではないか。未だにこちらに来るという連絡すらないがな」


 壊れた玉座の破片を握り締めるレオス様の手からミシミシという音が聞こえ、手のひらから木片がパラパラと零れ落ちているのが見える。

 今にもアルディナを滅ぼしに行きそうな勢いだ。


「……終わりましたね、アルディナ」

「……そうね」


 前にした会話と同じような会話をまたフィロと交わして、けれど今度は肯定の言葉を返す。

 一つの国の終焉が近づいているのかもしれないと考えると、何とも言えない気分だ。

 この数か月過ごした期間で私の中でアルディナはもう完全に敵国扱いになっている。

 ストーリー補正という謎の力で、我が国の子供たちを攫う事が出来る国。

 たまに遊びに来てくれるあのチンチラのような二人組や、国内を歩いている時に遭遇すると肩に乗って来てくれるようになった門番さんの子供たち。

 それ以外にもファクル国内で出会う魔物の子供たちの笑顔を思い出して……そして奴隷市場でフィロと出会った時に、彼が傷だらけでひどくやつれていたことを思い出した。

 あの子たちが同じような目に合うと思うとそちらのほうが怖いし、私が介入するまでの奴隷市場の酷さを思い出すととても腹立たしい。

 以前アルディナの民たちに申し訳ないと思っていたのが嘘のように、あの国への情はひとかけらも湧いてこなかった。

 怒りを滲ませていた王が、大きく息を吐き出してドカリと音を立てて王座の背もたれへ寄り掛かる。

 重い殺気のような空気が霧散して、息苦しさから解放された気がして吐きだした息が友人たちと揃った。


「……まあいいさ。すべてはそいつらが来た時だ。もう一つの話をしよう。我らにとってはこちらの話も重要だからな」


 さっきまでの怒りを綺麗に消して見せたレオス様は、相変わらず感情の切り替えが嘘のように綺麗で早い。

 頭の中では私なんかとは比べ物にならないくらいに色々と考えているのだろうが、必要な時にそこまでスパンと切り替えられるのはとても羨ましかった。

 最近考えることが多くて、少し疲れているから余計にそう感じるのだろう。

 レオス様は友人を見て、そして私を見た。


「リウム、我らは今欲しいものがあってな。外交の仕事、というよりは交渉か。やってみろ」

「え?」


 表情をにやりとした笑みに変えたレオス様がもう一度友人を見た。

 同じように彼女を見ると、どこか引きつった表情で私を見ていた。

 外交……おそらく彼女を相手にということなのだろうが、最終的に強制できるだけの力があるファクルで私はいったい何を交渉すればいいのだろうか。



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