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悪役令嬢と執事の新しい居場所【4】

 レオス様たちも、フィロのお兄さんも、静かにフィロを見つめている。

 少しの間の後、ハッと何かに気が付いたように顔を上げたフィロが、すごい勢いで私のほうを見た。

 その勢いにぎょっとしたが、私の顔を見たフィロの表情が切羽詰まったような顔から安堵へと変わる。


「どうかした?」

「あ、いえ、その……」


 煮え切らない態度のフィロを見てどうしたのかと考えていると、ぷっと吹き出すような音とともにレオス様の笑い声が響いた。

 全員の視線が王の元へと集まるが、彼は愉快そうに笑っているだけだ。


「ま、まったく、久しぶりの再会でどうなるかと内心心配していたが、まさかお前が一番に気にするのがリウムのことだとはな。自分に魔物の血が流れていることで嫌われるとでも思ったか?」

「え」


 レオス様の言葉が図星だったのだろう。

 気まずそうに視線を泳がせるフィロを見て、彼のお兄さんも気が抜けたように笑った。


「昨日も言ったけれど、何年も片思いしてた相手が今更なんであっても、私の気持ちは変わらないわ。言ったでしょう? 追放されることに気が付いた時だって、悲しみよりもあなたとの間にある壁がなくなる嬉しさのほうが勝ったって。こんな言い方は失礼かもしれないけれど、あなたが人間であっても魔物であっても、私はどちらだっていいわ。それに、私はこの国の人たちのことも魔物とか人間とか関係なしに好きだもの」

「……はい」


 嬉しそうに笑ったフィロの後ろでにやにやと笑うレオス様を見て、この先絶対にこの話題でからかわれるだろうなと思いつつも、不安なフィロを放っておくよりはずっと良い。


「幸せそうで良かった」


 そう言って笑うお兄さんに、小さくお礼の言葉を返すフィロ。

 彼の失った記憶は戻っていないものの、まさかファクルに来たことでフィロの過去が判明するなんて予想外にもほどがある。


「記憶がないにしろお前がこの国で生まれたこと、そいつとは家族であることに変わりはない。これから少しずつ交流していけば良いさ」

「はい。あの……両親、は?」


 この場にいるのが双子の兄だけということもあってか、おずおずと疑問を口にしたフィロにお兄さんが笑いかける。


「母が数年前に体調を崩してな。今はファクルを出て遠方で療養中で、父もそれに付き添っている」

「療養? 病気、なんですか?」

「ああ、その……」


 一度言いよどんだお兄さんだが、少し悩んでまた口を開く。

 どこか言いにくそうだが、もしかして病気は重いのだろうか。


「心労で、な。ファクルにいる間は、母はお前のことが頭から離れないらしい。生きているのか、元気でいるのか、辛い目に遭っていないか、とずっと気にしてしまってな。だがこの国を出る時もお前のことを諦めてはいなかったよ。お前が戻ってきたらすぐに俺が連絡を入れるからと約束して、療養に出たんだ。今日この後、手紙を出しておくよ。母は人間だし、父も翼を持っているわけではないから、戻って来るまでに時間はかかると思うが……病状次第だな。命に関わる病気ではないから、しばらくしたら確実に会えるはずだ。母の性格ならば病気など弾き飛ばして早々に帰ってきそうだし」

「……そう、ですか」

「お前が無事だった上に、しっかりと成長して恋人と共に帰ってきたと聞けば泣いて喜ぶ人だ。記憶がないことに対しても、おそらくそこまで嘆かないだろう。戸惑うことは多いかもしれないが、出来れば頭ごなしに拒絶しないでくれると嬉しい。時間が欲しいというのであれば、それはそれで構わないから」

「……はい」


 レオス様にフィロの容姿について一言でも話していれば、そんな後悔が頭をよぎる。

 もしも話していれば、門番さん以外の魔物とフィロが会っていれば、フィロは両親ともすぐに再会できたかもしれない。

 そうすれば、フィロの母親が心労で病気になることなんてなかったはずだ。

 先ほども思ったが、ここまで都合よくファクルの住民がフィロと出会わないなんておかしい。

 もしも出会ってしまえばアルディナがどうなるかなんて想像しなくてもわかる。

 アルディナを危機に陥らせないための補正は、こんなことにまで働いていたのかと腹が立った。

 いったい誰が何のためにこんなわけのわからない補正を付けたのだろう。

 どう考えても人知の及ばない部類の存在の仕業としか思えないが、アルディナが、プルムが優遇される意味がよくわからない。

 あの子が主人公だからだと漠然と思っていたけれど、ゲームそのままの登場人物でストーリー通りに日々が過ぎていくというのならば、何故私だけが前世の記憶なんていうものを持ち、補正からはじき出されるようにまったく違う人物なんだろう。

 ストーリー通りに進めたいのならば、私だってゲームの登場人物通りの性格のほうが良かったはずだ。

 私がファクルとの外交を成功させなければ、ゲーム通りに仕事をせずに遊んで暮らしていれば、また流れは変わっただろう。

 どうして……どうして私だけが大きく違うのだろうか?

 容姿や立場だけは同じだけれど、生きて来た道筋や性格はまったく違う。

 ゲームの登場人物として考えるのならば、私だけが異物だ。

 たまたま前世の記憶を持っていたから?

 けれど記憶を取り戻す以前も、私はずっと私のままで、前世のように仕事をするのが好きだった。

 ……なんだろう、すごく嫌な気分だ。

 まるで誰かに、何かに遊ばれているような気がして。

 けれど、その先を考えようとすると不思議なくらいに頭が働かなくなる。

 頭の中に靄がかかるというのはこういう感覚のことを言うのだろう。


「…………」


 フィロたちに気づかれないように一度目を閉じて、小さく息を吐き出す。

 これはきっと今考えても答えは出ないこと、それよりもこれからの現実について考えなければ。

 ファクルがアルディナに対してどう出るか、それに対してアルディナがどう出るかのほうを気にしなければならない。

 思考を切り替えてそっと目を開ければ、そっくりな二人が視界に入る。

 戸惑ったように見つめ合いながらぎこちない会話を続ける二人を見ていると、少しだけ嬉しくなってきた。

 考えなければいけないことが増えてしまったけれど、この再会を見られたことも、フィロの過去が分かったこともきっと良いことだ。

 微笑ましそうに二人のやり取りを見ているレオス様も、先ほどより表情は穏やかに見える。

 ……その表情の下に、アルディナに対する怒りが燃え上がっているのは明白だったけれど。


「ちょうど良かったな。フィロ、お前にはアルディナにいた時の様にリウムの補佐を頼みたい。だが、書類整理がある程度進んだら、兄の仕事も手伝ってやるといい。何か出来る仕事はないか探していたんだろう? そいつの仕事は魔法の研究だ。今までは火の魔法しか使えなかっただろうが、お前がその他の魔法を覚えたいというならば手伝いながら覚えればいいさ」

「はい、ありがとうございます」

「いやあ、助かるよ。研究結果を記録した書類があふれ出ているからな。まさか人間であるリウムさんに、魔物にしか使えない魔法の研究書の整理を頼むわけにはいかないし」

「お前も書類整理が出来ないのかよ……」


 思わず素の口調が出たのだろう。

 呆れた表情でそう呟いたフィロに、視線を逸らしながら苦笑いで返しているお兄さんを見ていると、仲良くなるのは意外と早いのかもしれない、なんて思う。

 フィロも戸惑ってはいるが拒否感はないようだし、そうして一緒に過ごしている内に彼らは兄弟としての関係を取り戻していくはずだ。

 少しだけ、ほんの少しだけ寂しくはある。

 けれどレオス様が言っていたようにファクルの国民は皆家族のようなものだ。

 王の言葉を思い出せば、その寂しさはすぐに消えて行く。

 何よりも、ずっと私の味方でい続けてくれたフィロが幸せそうなのが嬉しくて、自分の口角が上がっていくのがわかる。

 お兄さんとの会話が一段落して私の視線に気が付いたのか、フィロが私のほうを振り返って、一度驚いてから照れくさそうに笑った。

 フィロに家族が戻ってきたのは、きっと私にとっても幸せなことなんだと思う。

 大好きな人が安らげる場所が一つ増えたのだから。

 私たちのやり取りを見ていたレオス様が、フィロに向かって優しい口調で問いかけた。


「名は、どうする? 名をつける前にお前は攫われたから、何か希望があるなら新しくつけても良いぞ」

「……このままでいいです。奴隷商人から買われた時に自分で適当につけた名ですが、ずっとフィロと呼ばれていたので、このままが良いです」


 ずっと、のあたりで私を見て笑うフィロに、なんだか照れくさくなって笑い返した。

 あの家で彼の名を一番呼んでいたのは、間違いなく私だ。

 幸福ではない日々の中、私が良い思い出として振り返ることが出来る彼との時間をフィロも大切に思ってくれているのが嬉しい。


「弟が戻ってくるどころか、義妹付きだとは贅沢だな」


 そう言って嬉しそうに笑ったお兄さんの言葉に、フィロと二人揃って顔を赤くすることになった。

 この広場に着いた時のピリピリした感覚が嘘の様に、穏やかな空気が流れている。


 そんな優しい空気も、次にレオス様が発した言葉で一気に冷えることになったけれど。


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