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悪役令嬢と執事の新しい居場所【3】

 

 一歩前に立っているフィロは、その男性の顔を驚いた様子でじっと見つめたまま固まっている。

 私はそのフィロと男性の顔を交互に見つめて、何度も比べて、最終的にその男性のほうへ顔を向けた。

 言いたいことは色々とある筈なのに何と言って良いのかわからず、開けたままの自分の口からはなかなか言葉が出てこない。

 男性の海を思わせる青い瞳はじっとこちらを見つめ、肩口で切り揃えられた瞳よりも薄い青色の髪が、緩やかに吹いてきた風でサラリと揺れた。

 もう一度フィロの顔を見て、男性の顔を見て、ようやく私の口から短い言葉が零れる。


「同じ、顔……?」


 フィロと同じ髪と目の色を持った男性は、顔立ちすらフィロと瓜二つだった。

 違いがあるとすれば、線の細いフィロと比べると彼のほうが多少体格がいいくらいだろうか。

 頭の中の混乱が収まらない、何が何だかわからないのは私とフィロの二人だけで、王も幹部たちも少ししかめた表情で私たちの方を見ているだけ。

 静まり返った広場で最初に口を開いたのは、その男性だった。


「名はフィロ、というのか」


 その少し低い声もフィロと似ていて、否応なしに男性とフィロの間に何らかの関係があることを示してくる。

 固まったままのフィロの横に並ぶように一歩前へ出て、掴んでいた彼のシャツを軽く引けば、ハッと私を見てから戸惑ったように男性のほうへ顔を向ける。


「…………」


 それでも何と言って良いのかわからないのはフィロも同じようで、少し開いた口からは先ほどの私と同じ様に言葉は出てこない。


「……門番が言っていた通りか。記憶がないというのは本当のようだな」


 王が呟いた言葉が響き、視線がレオス様のほうへ集まる。

 レオス様はまっすぐに私たちのほうを見て、苦笑いを浮かべた。


「説明はする。だがまず言わせてくれ。よく、無事に帰ってきてくれた」

「……か、える? 俺、が?」


 ようやくそれだけ言葉を発したフィロの視線を受けて、王が表情を苦笑いから優しい笑みへと変える。


「リウム、お前にも感謝しなければならないな。アルディナの奴隷市場を改善したのはお前だし、何よりも我らが諦めていたこいつをこの国へ連れて来てくれた。まさかお前の執事が幼少時に行方不明になったこの国の住人だとは、不思議な縁もあるものだ。今はしっかり恋人同士になっているみたいだが」


 言葉の最後はからかうような口調に変えて、王が大きな声で笑った。

 冷やかすような視線が恥ずかしいが、何よりも戸惑いが勝ってしまって王の顔を見つめることしかできない。

 フィロがこの国の生まれ?

 なら、なら彼は人間ではなくて……魔物?

 混乱する私たちとは違って冷静なままのレオス様が、先ほど見せた怒りを綺麗に隠して説明を続ける。


「さて、何となくはわかっているだろうが……今から十数年前、このファクルから魔物と人間の間に生まれた子供が複数、他国の人間に連れ去られて行方不明になった」

「え……」

「純粋な魔物の子は生まれてすぐに戦える種族が多いが、人間とのハーフはどうしても戦闘能力を得るまで時間が掛かるし、見た目もほとんど人間と変わらないからな。連れ去りやすかったのだろう。もちろん行方不明になってすぐに我らも気が付き、周囲の国を捜索したのだが……小さな国は戦闘力や資金の面で考えても我らに逆らうという選択肢はまず取れない。国ごと一瞬で潰されることがわかっていて手を出す馬鹿はいない、はずだった。当時の我らはそう考え、ある程度の大きな国を中心に探し、予想通りいくつかの大国でその子らを保護したのだ。だが一人だけ、こいつの双子の弟だけが最後まで見つからなかった」


 レオス様が視線をフィロに似た男性に向ける。

 男性はじっとこちらを見ており、目が合うと少し悲しそうに笑った。

 フィロと瓜二つのその容姿は、双子と言われれば否応なしに納得できてしまうものだ。


「俺が、魔物と人間の子供? そんな、まさか……」


 呆然としたままそう呟いたフィロに王が視線を向け、口を開く。


「先ほども言ったが、魔物と人間の間に生まれた子供はパッと見るだけだとほとんど人間と変わらない。魔法も人間と同じ様に火の魔法は使えるが、その他の魔法が使えるかどうかはわからないのだ。成長していく内に使えるようになることもあれば、火の魔法しか使えないままの者もいる。もっとも通常の人間よりも威力は高くなるようだが」


 王の言葉で思い出すのは、昨日の夜かまどに火を灯したフィロの魔法だ。

 私よりもずっと強い威力を持っていた火。

 あの時は人間でも強い人はいるらしいし、と思ったが、フィロの場合は魔物の血が流れているからだったのだろうか。

 混乱している様子のフィロに寄り添いながら顔を覗き込めば、私と目があったと同時に一度息を飲み、それから大きくその息を吐き出した。

 何とか気持ちを落ち着けようとしているフィロに合わせる様に、ゆっくりとした口調でレオス様の説明は続いていく。


「関わった連中とその国の王室は完膚なきまでに叩きのめしてやったさ。我らに対する人質に使うことで魔物に言うことを聞かせて世界を統一するつもりだったらしいが……阿呆らしいとしか言いようがないな。だが、向こうも誘拐してきた魔物の子供を必要以上に手元には置いておきたくなかったのだろう。人質に使う数名を残して色々な国に売り払おうとしていたらしい。急いで売りに出したせいで、向こうもどの国に何人売ったのかがしっかり把握できていなかった。売られていく途中で取り返した子どもも多かったが、個人に売られていた子供はやはり保護に時間が掛かったしな。個人で買ったやつに関しては、魔物の子と知っていて買ったやつはもちろん粛清の対象だったが、知らずに買った人間に関しては扱いが酷くない限りは見逃してやった。逆に自分の子として育てようと大切にしていた人間には謝礼をくれてやったし、なんだったらそれが縁になってこの国に移住し、元々孤児だったその子を養子として育てている夫婦もいるくらいだが……アルディナはあの時、主犯格の国とは一切関係ないし、魔物の子のことなど欠片も知らないという態度を貫いていた。小国の中でも更に弱小とも言えるあの国が我らに盾突くという選択肢を取るとは思わなかったが、それでも一応、いる可能性が高い奴隷市場は数回見に行ったのだ。しかし、お前はいなかった」

「……あの市場の商人たちは、時折奴隷数人を連れて他国に売りに行っていました。おそらくその時でしょう。リウムさんが環境改善を訴えてくれるまではあそこでの奴隷の扱いは酷いものでしたから、商人たちもどこで買った奴隷が何人生き残っているのかなんて把握していなかったはずです」

「アルディナめ……やってくれたな」


 眉をひそめながらフィロがそう説明するのを聞いて、王が苦々しそうにため息を吐く。

 奴隷市場はさっきレオス様が言っていたように、国によっては運が良ければ養子として引き取る人がいるくらいに環境が整っていることもある。

 けれどアルディナは小国ということもあり、奴隷にお金をかけない、つまり奴隷の扱いが悪い国だった。

 奴隷市場が当たり前のものとしてあるこの世界で、その市場を管理しているのはどの国も共通して王族だ。

 その為、誰も文句など言えはしない。

 おまけにアルディナでは王族に近い位置にいる厄介なタイプの人たちが収入源として持っているか、王子達が仕事の基礎を覚えるために書類の書き方などの練習に使うだけの、名ばかりの管理だった。

 ゲームには描かれない、国の……世界の、現実的で暗い部分。

 王族が管理している以上、いくら地位の高い家に生まれた令嬢とはいえ、私も堂々と口を出す事は出来なかった。

 それでも何とかしたくて、少しずつ、本当に少しずつ動いて、何とか市場での奴隷の扱いの改善を達成することは出来たけれど。

 残りの部分はユート様に嫁いだ後に何とかしようと決めていたのだが、追放された今、私があの国の奴隷市場に関わることはもう絶対に出来ない。

 ファクルはこの世界で唯一奴隷市場がない国だし、奴隷市場に私が関わることはもうないだろう。

 もっとも彼らにとっては、何かがあった場合は人間全部奴隷のようなものかもしれないけれど。


「結局あの時のアルディナの奴隷市場ではお前は見つからず、記録の書類も我らから見てもおざなりで、数字すら適当で何も読み取れないくらいでな。他にお前がいる可能性が高い国はいくらでもあったし、アルディナはその後の捜索の優先順位も低い国だったんだ。管理していた王族も絶対にこの国にはいないと言い張ったこともあって、最終的にここにはいないだろう、と判断したのだが」


 もっとしっかり調べていれば、と苦々しい顔をした王だが、おそらくその辺りにもストーリー補正が働いたのかもしれない。

 彼らが捜しに来た時だけ都合よくフィロはおらず、その後の捜索からも完全に外されるなんておかしい。

 もしもアルディナにフィロがいることが魔物たちに知られれば、それこそ他の国と同じ様な末路を辿ることになる。

 ストーリー補正がある以上、アルディナを亡ぼすようなことは起こらないはずだ。

 ……本当ならきっと、フィロのことがファクルに知られることはなかったのだろう。

 私がゲームの様にファクルとの縁を持っていなかったらそもそもこの国へは来なかっただろうし、フィロが補正を跳ねのけてくれていなかったら、私について来てはくれなかっただろう。

 どちらが欠けていても、この場にフィロはいなかった。


「攫われてすぐは子供たちを隠されないために王族と奴隷市場の人間にだけこの話をして探させていたから、リウムはこの話は知らなかっただろう? 民間人にこの話を広めれば、その民間人に子供たちが隠されたり害されたりしてしまう可能性が高かったしな」


 確かに私が幼い頃、いくつかの大国がファクルの怒りを買って滅ぼされたとは聞いていたけれど、具体的な理由は発表されていなかった。

 レオス様の言う通り、もしも話が広がれば民間人の家で隠されてしまうかもしれないし、怯えた人間が抵抗できない内にと始末してしまうかもしれない。

 そうなれば捜索範囲を絞ることなど不可能だし、子供達の命も危うくなってしまう。

 フィロの捜索を続けるために、敢えて理由を広げなかったのだろう。

 あるいは……フィロがアルディナにいたから、ストーリー補正に巻き込まれてその選択をしたのかもしれないが。


「もしもその時お前が外交官だったら間違いなくお前に探すように依頼したし、王室にもリウムの邪魔はするなと命令したのだがな。そうすればおそらくお前は見つけ出してくれたのだろうが、当時はお前も子供だったから、ありえない「もしも」だ。しかしフィロ。お前がまさかリウムの従者としてこの国にずっと出入りしているとは思わなかったよ。顔を見れば一発でわかったのだが、唯一お前と交流があった門番は盲目だ。見えずとも敵を見逃すことはないから何の問題もなかったが、確かに人の顔の判別は出来んな。門番の小屋は国から少し離れているし、我が国の魔物たちは何かあれば一瞬で小屋まで駆け付けられる能力の持ち主ばかりだから、音で物事を判断することの多い門番のために勤務中は近付かないやつが多い。お前が行方不明になった当初はまだ名前はなかったし、声が似ている程度ではな……あいつにわからないのはもうしかたがないことだ」


 小さなため息を吐きだしてそう言ったレオス様が、不意に私を見てにやりと笑う。


「お前を勧誘したい身として、想い人であろう執事のことでからかうのはまずかろうと我慢していたのだが、容姿くらいはちゃんと聞いておけばよかったな。何か引っかかったかもしれないのに」

「レオス様……」

「ははっ、まあ許せ。昨日お前たちが家へ向かう途中にそいつの姿を確認した魔物たちが、大慌てで我のところに押し寄せてな。今日になって幹部全員を集めて話し合い、お前達を呼び出したと言う訳だ」


 だから昨日はフィロと歩きだしてから魔物たちと会わなかったのか、と納得しながらも戸惑ったように双子の兄だと名乗る男性を見つめているフィロの腕を引く。

 私の顔を見たフィロが意を決したように、口を開いた。


「俺がこの国の生まれだと、その方の弟だと……魔物の子だと、そういうことですね」

「ああ。人間と容姿はそう変わらないが、お前の耳は我ら魔物の形をわずかに引き継いでいる。我らが魔物の血が入っているかどうかを確認するための特徴だ。違いが些細すぎて大半の人間は気が付かないし、我らも悪用されないために人間に教えることはほとんどないがな」


 そっと自身の耳に触れるフィロが、眉を寄せて私を見る。


「尖って、いますか?」

「ええ、っと……言われてみれば、尖っているようにも見えるけれど。でも、この国の人たちほど尖っているかと言われたら……人間の範囲だと思うわ」


 少し尖っているような気もしなくもないが、人間の個性で片付けられてしまうような、本当に些細な違いしかない。

 ずっとフィロと共に過ごして来たし、ファクルには何度も出入りして人間と姿が似た魔物たちとも接してきたが、フィロの耳の形に違和感を抱いたことなんて一度もない。

 フィロもまだ信じられないような表情だが、その顔を見たレオス様がフィロの兄だという男性におい、と声を掛けた。

 頷いた男性が近付いて来てフィロの正面に立つ。

 確かに彼の耳もそこまで尖っておらず、人間と同じ形だった。

 しかし、近くに並ぶと本当に瓜二つな二人だ。

 彼らの邪魔をしない様にそっとフィロの腕を離して一歩下がる。

 戸惑ったようなフィロの手を男性が取り、少し力を込めたように見えた。


「……っ?」


 驚いたように息を飲んだフィロの手、男性が取った方の手から眩しいほどの光があふれ出す。

 男性が手を離しても光はフィロの手から離れず、彼の手の中には光の玉のようなものが収まったままだ。


「きっかけを与えたのは俺だが、それはお前の魔力で発動した光の魔法だ。俺が得意な魔法だから、双子であるお前にもきっと使えると思った」

「……」


 じっと手の中の光を見つめるフィロの様子から、それが真実なのだとわかる。

 魔法を使う時、小さな火を出す時ですら魔力が消費されたのは感覚でわかるので、今のフィロはそれを感じているんだろう。

 魔物と人間の決定的な差、火以外の魔法が使えるという絶対的な違い。

 私には決して使うことが出来ない、出すことが出来ない光がフィロの手の中にある。

 今日は茫然としていることが多いフィロだが、今までで一番信じられないものを見るような表情で手の中の光を見つめ続けていた。


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