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第四章 悪役令嬢と執事の新しい居場所【1】

 フィロの腕の中で彼の笑顔と共に迎えた初めての朝。

 叫び出してしまいそうなくらいの幸せを感じた初日。

 布団の中で交わす会話を終えてしまうのも、ゆっくりと頭を撫でてくれる彼の手から離れてしまうのも名残惜しくて仕方ない。

 彼が私の髪を指に絡めて笑っているのを見ながら、昨日は本当に色々と変わったな、なんて思い返す。

 アルディナという生まれ育った場所に永遠に別れを告げて、恐怖の対象だったファクルという国の住人になった。

 心の奥にあった罪悪感はなくなり、今日は心も軽い。

 諦めていたフィロへの恋心も叶って、今こうして触れ合っている喜びが消えずに笑顔から表情が動かない。

 もう少しだけこの緩やかな時間を過ごしていたかったが、時間は待ってはくれないので動くしかないと起き上がった。

 この世界に生まれてから前世の記憶が戻るまで時間があったせいか、今まで特に不便を感じたことはなかったのだけれど、今は心底電気が、電球が恋しい。

 夜が明るければフィロと夜更かしが出来るのに、なんて思いながらも二人でパタパタと動き回る。

 作業が出来るのは基本的に暗くなる前だけなので、雑談はしているが家で彼とゆっくり話が出来るのはまた夜になるだろう。

 魔物たちは夜目が利くので、明かりをつけるような魔法は必要ないらしく、この国にもランプやろうそく以外の明かり設備がない。

 そこまで考えて、頼めば作ってもらえるかもしれないと気が付いた。

 個人的に遊ぼうと言ってくれている人もいるし、欲しいものがあれば言ってくれとも言われている。ファクルの住人になったばかりとはいえ、外交で通ってきていた頃からそれなりに友好関係を築いているので頼めば作ってもらえそうだ。

 アルディナには光の魔法なんて使える人はいないので思いつきもしなかったけれど。

 色々と考えながらも身支度を整え、昨日の様に二人並んで朝食を作り、今度はそれが当たり前のように同じ食卓に着いた。

 そんな些細なことが嬉しくて、朝からずっと笑顔から表情が動いていない気がする。

 それはフィロも同じようで、二人揃ってにこにこと笑いながら片付けを始めた。

 自分たちで持ち込んだものはないとはいえ、ファクルの人たちが家の中に用意してくれた物の場所を移したり、あらかじめ用意していた少しの品物を片付けたりしている内に時間は過ぎていく。

 大きなものの持ち運びは、フィロが今まで見た事がないくらいに張り切ってくれているのであっという間に片付いてしまう。

 任せてほしいという彼の言葉に甘えて大きなものの移動はお任せし、私は仕事部屋の細かいものの設置や場所の確認を済ませていく。

 ある程度家の中を整えたところで日が完全に昇ったので、明るいうちに休憩を兼ねて外の方を確認しに行くことにした。


 昨日薄暗い中で見た家は今は木漏れ日に照らされ、家に絡まる青々とした蔦や咲き誇る花々がとても美しい。

 やはり綺麗な家だ、この家にフィロと二人で住んで良いだなんてファクルの人たちには感謝しかない。

 美しく温かみのあるこの家、グリーディの屋敷よりもずっと好きになれそうだった。

 しばらく家を二人で見つめた後、レオス様に頂いた地図を取り出して家の周りを確認する。

 国内は好きに歩き回って構わないと言われているが、今日は家周辺の確認が終わったら生活環境を整える続きをしなければならないだろう。

 これから先、仕事をしてお給料をもらって日々を過ごしていくことになるというのに、いつまでもファクルの人たちの言葉に甘えてダラダラと過ごすわけにもいかないし、何より私が落ち着かない。


「リウムさん、あちらの小道は家の周りを一周している様です。歩いてみませんか?」

「そうね、行ってみましょうか」


 フィロが示した方向には木々の間を抜ける小道があった。

 地図で見ると彼の言葉通り家の周りを一周できるようなルートになっているらしい。

 家周辺を把握する意味でもあの道は歩いておいたほうが良いだろう。

 歩きだそうとした時、フィロが私に向かって手を差し出した。

 その表情は朝から変わらず笑顔のままだが、少し照れているようにも見える。


「よろしければ、手を。あなたと並んで歩くたびに、繋いで歩いてみたいと思っていたのです」

「……ええ。私も、ずっとそう思っていたわ」


 差し出された手に自分の手を重ねて、大きな手に包まれる感触に私も照れてしまった。

 誰かと手を繋いで歩くだなんて、しかも家族でもない男性とは初めてだ。

 ユート様とは恋人らしいことなど一切していなかったし、彼はプルムと出会ってからは私を避けていた。

 良かった、と思う。

 初めて手を繋ぐ恋人がフィロで、本当に良かった。

 そっと手を引かれて、木漏れ日の中の小道を歩きだす。

 周囲を見ながらの会話はアルディナにいた頃と変わらず、珍しい動物がいるとか天気が良いとか、そんな些細なことだけれど、繋がれた手だけが今までと決定的に違っている。

 私たちの関係が変化した大きな証。

 美味しい空気と気持ちのいい風の中、いつもよりもゆっくりと歩を進めて周囲の木々の間を観察していく。

 これはもしかしなくても初デートと言って良いものなのではないだろうか。

 少しだけ握る手に力を込めて、ゆっくりゆっくり歩を進めて。

 そんな風に先ほど地図で確認した道を半分ほどまで歩いてきた時、近くの草むらがガサガサと音を立てて揺れて、小さな影が二つ、勢いよく転がりながら現れた。

 柔らかそうな灰色の毛で覆われたモフモフとしたボールが二つ、私とフィロの前までコロコロと転がって来て止まる。


「あら」


 ポカンとした表情のフィロとは違い、私にとってこれは見覚えのある光景だ。

 私の声にピクリと反応した二つのボールが震えて、にゅっと手足を生やし二足歩行の動物へと姿を変える。

 つぶらな丸い目でこちらを見つめてくるその姿は、前世の世界で言うとチンチラに似ているだろうか。

 ただ大きさは小型犬くらいあるし、その背中には妖精のような透明な羽がある。

 どうやら転んでしまったらしく、その勢いで丸まって草むらから出て来てしまったようだ。

 私の顔を見てにこっと笑った彼らは、外交で訪問している内に妙に懐いてくれた魔物の子の二人組だった。

 この子たちの親は人間の言葉を話せるのだが、彼らはまだ言葉を発しない。

 代わりに表情がとても豊かなので、言いたいことは何となく予測できるけれど。


「こんにちは」


 私の挨拶に二匹揃って片手をパッと上げてくれるのがとても可愛らしい。

 私とフィロの顔を見比べ、繋がれた手をじっと見つめた二匹は顔を見合わせ、またにっこりと笑った。

 二匹がギュッと手を握り合い、その握り合った手の隙間から光があふれ出す。

 三秒ほどして光が収まると、彼らの手には可愛らしい小さな花束が握りしめられていた。

 笑顔のままそれを差し出してくれる彼らは、私の目には見慣れた光景だ。

 一度フィロの手を放して、彼らと視線を合わせる様にしゃがんでからそれを受け取る。

 これは彼らの魔法だ、何もないところから花を出すことが出来る植物系の魔法。

 外交の時に会った時も、彼らはいつもこうして私に花をくれた。


「いつもありがとう」


 ふかふかとした頭を撫でると、さっきよりも笑みを深めた彼らが今度は同じ様に出した花をフィロのほうに差し出した。

 ぎょっと戸惑ったように彼らを見るフィロだが、笑顔のまま花を差し出されて根負けしたように手を伸ばす。


「あ、ありがとう」


 フィロが花を受け取ると、もう一度顔を見合わせて笑った彼らは羽をパタパタと動かして宙に浮きあがった。

 そのまま手を振って飛んで行ってしまった彼らの背を見送る。

 外交の時の小さな楽しみだった可愛い二匹からの贈り物は、私がファクルの住人になった今も貰うことができるようだ。


「外交帰りにリウムさんが花を持っていたことがあったのは、こういう訳ですか」


 どこか複雑そうな顔で彼らから貰った花を見つめるフィロが納得したようにそう言って、しゃがんでいた私に向かって手を差し出した。

 その手を借りて立ち上がり、また手を繋いで散歩を再開する。

 それぞれの手に握られた小さな花束が風に合わせて揺れて、幸せな気持ちがじわじわと湧き上がってきた。

 フィロと歩く事が出来る幸せと、散歩途中に会った人から貰える幸せ。

 こんな風に穏やかに外を歩ける日が来るなんて、それもこれからはずっとこれが当たり前になるんだと思うと嬉しくて、でも少し泣きそうになった。

 フィロと繋いでいないほうの手に持った花束を見つめて、さっきの二人のことを思い出して、過去のことを思い出して。

 アルディナという国をまた一つ嫌いになって、ファクルという新しい居場所をまた一つ好きになる。


「帰ったら、窓辺にでも飾りましょうか。ちょうどいい入れ物があると良いのですが」

「……ええ、そうね。今度、花瓶も買わなくちゃ」


 暖かな日差しの中での散歩を日課にしようか、そんな風に言い出したのはほとんど二人同時で。

 新しい習慣になるであろう約束は、アルディナでの日々とまったく違う日々が始まることを更に強く実感させてくれた。

 そんな穏やかな散歩は、魔物の子たちと会ってから数十分後、家の前にいた一人の魔物に迎えられたことで終わることになる。

 家の玄関の前で宙に浮く、見覚えのあるフォルム。

 けれど見知った彼とは違う魔物を見て、フィロと二人で足を止める。


「え、っと……門番、さん?」


 ふっくらとした丸い体、小さな羽や手足、顔部分に目はなく、三つの点が並んでいるところも彼と同じだ。

 けれど彼の黒い体とは違いその体は赤色で、鼻先に並ぶ三つの点は黒かった。

 赤いドラゴンのぬいぐるみの様な魔物は戸惑っている私たちのほうへ顔を向け、小さな手を口元に当ててくすくすと笑いながら、彼の妻だと名乗った。

 その彼女の背から、赤と黒の小さなドラゴンがひょいっと顔を出す。


「かっ……」


 可愛い、と叫びそうになったのを何とかこらえて、門番さんのミニ版とも言えるであろうその子たちをじっと見つめる。

 この赤いドラゴンさんが彼の妻だというのならば、この手のひらサイズの小さな子たちは彼の子供だろう。

 小さくキュウキュウと声を出しながら、同時に首を傾げたその子たちがとてもとても可愛らしい。

 それにしても、血迷って門番さんに抱っこさせてくれと頼まなくて本当に良かった。

 年上なのは知っていたが、まさか妻子持ちだとは……。

 いくら見た目が可愛くても、他所のお父さんに抱っこさせてくれなんて言うところだったのかと、ひやりとしたものが背中を伝った。


「お散歩中にごめんなさいね。伝言を預かって来たのよ。悪いのだけれど、レオス様があなたたちを呼んで来い、って。二人で王のところに行ってもらえるかしら? ああ、あまり焦らなくて良いからね。まだ話し合い中みたいだったし、普通に準備してから歩いていけば大丈夫よ。ゆっくりでいいし、散歩の続きだと思ってくれればいいわ」


 王からの呼び出しを断るという選択肢などある筈もないが、昨日は数日して落ち着いたら声を掛けるから連れて来いと言っていたのに、ずいぶんと急な呼び出しだ。

 飛び立って行った門番さんの奥さんを見送り、フィロと顔を見合わせてから準備を済ませる。


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