9、モーニングしてみたい
良二と理沙が喧嘩の様な、言い合いの様な事をしてから一ヶ月がたった。
その一ヶ月は、まるで何もない道を歩く様だった。
ただ食堂に行ってもご飯を食べるだけ、おかげで授業開始10分前に教室に帰ることは無くなった。
「良二」
「んぁ?」
「最近あの子といないね。...名前忘れたけど一年の女の子」
「あぁ、なんか...喧嘩っつーか。言い合いみたいな事して、それ以来あってないな」
「だから最近元気が無いんだ」
「だからってなんだ」
「気が付いてないんだ...。別に仲直りしろとは言わないけど、最近の良二は...つまらなそう」
「...マジか」
「うん」
良二はしばらく考えて、席を立って教室を出たが、伊達にはどこに行くかが分かっていた。
授業と授業の合間の10分休憩、その短い時間の中で、良二はすぐに理沙を見つけることが出来た。
「おい」
「...先輩?どうしたんですか、こんなところで」
「お前、最近おかしいぞ。食堂でも、廊下でも会わないし、一番遭遇してる帰り道でも」
「判断基準が会う会わないで、私をおかしい人扱いですか」
「色々考えた末、俺が何かしたんじゃないかという結論に至った。だが、何をしたのか具体的なモノは分からなかった。教えてくれ、何かしたか俺は」
「先輩、不器用な癖に真面目にど真ん中ストレート勝負しようとして来ますね。いや、不器用だからかな...」
「何言ってる」
「まぁ、良いや。先輩、今日クレープ食べに行きましょう。それで許してあげます」
「なんで俺が悪いことしたみたいな感じなんだ...。まぁ良いけど」
「決まりですね!」
良二と理沙は仲直りの様なものをして、放課後仲良くクレープを食べにいくことになった。
「ところで先輩、甘いものはお好きですか?」
「和菓子系が好きだな」
「和菓子ですか...。ではクレープは食べに行った事あります?」
「いや、女子の友達とも行ったことはないな」
「先輩、女の子の友達いたんですね」
「馬鹿にすんじゃないよ。別に俺はコミュ障でもなんでもない」
「意外と交友範囲広いですよね。この前のバスケ部の先輩とも話してましたし」
都心の街中を歩きながら会話をし、クレープ屋を目指す。
と言ってもそんな人気のお店というわけではないので、すぐに着いて買えた。
「美味しいですね。先輩の小豆クリームはどうです?」
「まぁまぁ」
「え〜そうなんですか?食べてみても?」
「ん」
良二は何も考えず持っていたクレープを理沙の前に突き出した。
すると、理沙は良二の方をジッと見て確認して何も考えてない事を分かりつつパクッと一口食べた。
「先輩、間接キスですね」
「くっだらね」
良二は全く気にしていない様で、堂々と理沙が食べたところから食べた。
「そういえば先輩、この後暇ですか?」
「ん?まぁ一応」
「じゃあ私のバイト先来ませんか?カフェなんですけど」
「へぇ、お前カフェでバイトしてんだ。まぁ...それっぽいな」
「憧れだったんです。カフェでバイトしてる自分が。今日はシフトじゃないですけど、先輩に来て欲しくて」
「良いぜ、言っとくが俺はオレンジジュースには厳しいぞ」
「コーヒーじゃないんですね」
少し歩いたところ、道のはずれにひっそりと建てられたお洒落なカフェがある。そこが理沙のバイト先のカフェだそうで、理沙は挨拶しながら入って行った。
「こんばんは〜」
「あれ、どしたの?今日シフト入ってないよね?」
「遊びに来ました。知り合いも連れて」
「へぇ〜まぁゆっくりしていきなよ」
店長らしき男性に招かれながら、良二と理沙は一番奥の窓側の席に座ってメニューを眺める。と言っても、メニューを全部覚えている理沙は見ずとも既に注文する品を決めた様だ。
「ここ良くないですか?窓から川が見えて、たまに釣りをしたりしてる人を眺めながらお茶するんです」
「確かに良いところだと思う。お前にしては良いセンスだな」
「えへへぇ、褒めてもらっちゃった〜。よくモーニングを食べに来るんです家族と一緒に。それで働き始めたんですけどね」
「へぇ、喫茶店で朝ごはんなんて洒落てるな」
「そうですか?休日はよく行きますけど。先輩は行かないんですか?」
「うちは母子家庭で母親は基本的に家に帰ってこないからな」
「あー...そうなんですか」
「まぁたまには、行ってみたいかもな」
「じゃあ連れて行きますよ」
「は?お前が?」
「はい、先輩を。差し当たって今度の土曜日とかどうです?」
「...良いな、行くか」
「はい!」
そこからは二人他愛もない話をして盛り上がり、お腹の虫が鳴いたところで切り上げ、二人は一緒に帰った。
その帰りの途中で、理沙は良二の話をした。
「先輩、どうして私に須賀先輩の話をしたんですか?」
「はぁ?お前がしろっていうから…」
「いえ、まぁそうなんですけど。ただ、嘘を吐いても良かったじゃないですか、実は幼馴染みだったとか、従姉妹なんだとか」
「…例えばお前はそう言われたとして、それが嘘だと分かったとして、その後お前はどうするつもりだった?」
「どうして嘘を吐いたのか気になってしまいますし、先輩を軽蔑するかも知れません。嘘つかれるの好きじゃないので」
「そういうことだ」
「私に嫌われたくないんですか?」
「お前に嫌われたいと思った事は一度もねーよ。つか、嫌われたいって思う奴は俺に限らず居ないだろ。お前と話していると、こういう人間もいるんだと思い知らされる事が多いからな」
「私はそんなに特殊じゃないですよ」
「特殊だよ。だって俺は年下が嫌いだったんだから。でも最近年下が嫌いなんじゃなく、ガキが嫌いだってことに気づいた。それはお前と話す様になってからだ」
「てことは、私とまだもっと仲良くなりたくて、今日謝ってくれたんですか?クレープにも付き合ってくれたんですか?」
「言い方がそれしか見当たらないからそれで良いや」
「先輩、素直じゃないですね〜」
「うっざ」
「私も、先輩に勝手なイメージを持っていた上、それを押し付けてしまってすみませんでした」
「ああ…まぁ俺も言い方キツかったかもな」
「それではお互い様という事で、仲直りっ」
「やめろ離せ」
理沙が仲直りの意味を込めて良二の手を握ろうとすると、良二は0.5秒でその手を離した。
家に帰ると、久し振りに母親が帰って来ており、良二は少しだけ驚いた。
「よっ」
「びっくりしたぁ...。連絡入れた?」
「入れてないな。入れて欲しい理由でもあったか?」
「無いけど、びっくりする。鍵空いてた時泥棒がいるのかと思って」
「くだらん、いるわけないだろ」
「いやほとんど一人暮らしみたいなもんだからさぁ」
「飯を食いに行く。制服で行くな、着替えてこい」
「え、昨日の残りのカレーでうどんにしようと思ってたのに」
「不満か」
「いえそんな」
良二の母は高圧的だ。良二は息子なので特に怖いと感じたことはないが、背が大きく、初めからこの態度で接するので、子供たちにはよく泣かれるらしい。
「今日帰りが遅かったのは何故だ」
「あー...DJと一緒に街に行ってただけ」
「そうか、女か」
「言ってないんだけど」
「嘘をつくな。お母さんは何でも知ってる」
「じゃあ聞かなくても良いんじゃ無いっすかね」
「久々の親子の会話だ、楽しんでおかねばと思ってな」
「そりゃまた随分と殊勝な心がけで」
「どんな女だ」
「後輩。つかアレな?女だけど、彼女とかじゃねーから」
「違うのか?じゃあ何だセフレか?2代目か?」
「あーもうホントやめて。何で母親とセフレの話しないといけないの」
「まぁ我が子がここまでモテていると思うと、少しニヤケが止まらない」
「何でそこは正直なん」
車を走らせ、二人は夜の街を眺める。
窓を開け、夜風に吹かれ、着いた先は居酒屋だった。
「居酒屋...。俺うるさいとこ嫌いなんだけど」
「すぐ慣れるさ。それに静かなところだと聞かれたくない話が出来ないじゃないか」
「聞かれたくない話は家ですりゃあ良いんじゃないですかね」
良二の意見が通ったことはほとんど無く、結局良二は居酒屋で食べる羽目になった。