8、押し付けとは何であっても嫌なもの
放課後、良二が屋上で外を眺めていると、後ろからドアを開ける音がして振り向くとそこには須賀がいた。
「あら、ここにいたのね」
「須賀かよ」
「私じゃ悪い?」
「別に」
二人フェンス越しに見える景色を眺める。
夕暮れ時、右からの夕焼けが目の前に広がる山や町を茜色に染めていく。
「そういえば、最近あなたの話で面白い噂を聞くわ」
「何」
「一年生の女の子に夢中になっている様ね」
「はんっ、なわけ」
「だと思ったわ、あなたが誰かに夢中になる所なんて想像つかないわ」
「否定したのか?」
「絶対そうだって肯定しておいたわ」
「お前やったな」
「嘘よ、否定もしなかったけど」
「すれ!」
良二がふと、真下にある校門に目を向けた。すると理沙が友達と一緒に楽しそうに喋りながら下校している所を見つけた。
自分には見せない友達の顔を見て、物珍しさでずっと見てしまっていると、横にいた須賀がそれに気づいた。
「あら、件の一年生じゃない」
「件って言葉使うやつお前くらいだろーな」
「可愛い子じゃない、あなた好きそうね。ああいう子」
「何言ってんだお前」
「でも、あの子裏で色々言われてそう。女子に嫌われる女子ね」
「.................」
「あの友達が、卒業まで側に居続けてくれると良いけど」
ずっと理沙の悪口を言い続ける須賀に、イラついたのかフェンスを叩いて良二は須賀を睨みつける。
「おい、さっきから何だお前」
「あら、怒ってるの?随分気に入ってるみたいね、あの子のこと」
「よく知りもしない奴をそんな風に言うもんじゃない」
「ふふっ」
「何笑ってんだ」
「ごめんなさいね、あなたが怒るか試したの」
「は?」
「でも、予想通りだったわ」
「何...は?」
訳もわからず、はてなマークを頭の上に浮かべている良二を置き去りにして須賀は話を続ける。
「ま、大事にする事ね、彼女の事」
「ただの後輩だろ」
「そうかしら...ね?」
須賀はその言葉を最後に屋上から出て行ってしまった。
良二はもう一度理沙の方に目を向けると、理沙が振り返ってこちらを見ていることに気付いた。
フェンスを殴った時、音に気付いたのだろう。
『はよ帰れ』
『さよーなら、先輩』
口パクをしながら手で追い払う様にジェスチャーすると、理沙も口パクで返してきて、投げキッスをして友達と一緒に帰った。
(気に入ってる...ね)
確かに後輩と絡むことは理沙以外無い。伊達を除けば学校内で一番話している人間と言っても過言ではない。
「やだやだ、これだから学生は...」
全てを恋愛に絡めてくる悪しき習性を、良二は嫌悪した。
良二は本屋でバイトをしている。
黒いエプロンに白いシャツが制服で、基本レジか本の整理が仕事だ。
今日も駅前の本屋で暇そうにバイトしていると、見知った客が入ってきた。理沙だった。
一瞬で気付いた良二は、理沙に見つかるまいと先輩にレジを代わってもらって、レジよりかは気付かれ難い本の整理の仕事に代わってもらった。
しかし、
「せーんぱいっ」
すぐに見つかった。
「くそが」
「口悪。良いんですか〜?お客さんにそんな態度取っても」
「大変申し訳ありませんでした。お出口はあちらでございます」
「まだ帰りませんよ」
流れのままに帰らせようとしたが、理沙はそれを拒否した。
良二に執拗に絡み、仕事の邪魔をしようと企んでいるのか、理沙は良二に着いて行く。
「着いてくんなや」
「先輩のバイト姿なんてレアじゃないですか、普段外で会わないし」
「俺のバイト姿見て楽しいか?」
「すっごく!」
「あっそぉ、変わってる子だねぇ」
「先輩、本屋でバイトしてるんですね。知りませんでした」
「まぁ学生暇だし、今の内に稼いどきたいし」
「何か買いたいんですか?」
「ゲームの本体とかカセットとか、一ヶ月働けば買えるし」
「先輩ゲームするんですか?知りませんでした」
「してんだろ、携帯ゲーム」
「携帯ゲームだけだと...。それもそうですね、携帯ゲームしてるなら据え置きもやりますよね」
良二は理沙と話しつつ器用に作業をこなして行く。
恐らく話を半分聞いてないからこそ出来ることだ。
話は、前回屋上に須賀と一緒にいた話になった。
「そういえば、須賀先輩と一緒にいましたね。この前屋上に」
「ん?あーそうだな」
「仲、良いんですか?」
「別に、ふつー」
「良いんですね」
「ふつーって言ったろ」
「須賀先輩の態度を見れば分かりますよ。先輩が一年の時噂されたのも、実は須賀先輩に原因があるんじゃないですか?」
「だろーな。俺から話しかける事少なかったし」
「先輩、須賀先輩から告白された事あるんですか?」
良二はふと、この間の須賀の言葉を思い出した。良二との性行が好きというアレだ。
アレは好きと言われているが告白というわけではないので、考えた結果否定する事にした。
「無いな」
「何ですか今のちょっとした間は」
「作業に集中した」
「一瞬だけですか?やっぱりあるんじゃないですか、告白された事」
「無いって、それっぽい事言われただけ」
「それっぽい事って?」
「...もう帰れよお前」
そう言って良二はレジに戻った。理沙にこれ以上話しかけられない様にするにはレジに戻った方がいいと思ったからだ。
「先輩、バイト何時までですか?」
「明日の朝まで」
「なるほど、10時までですか。待ってますので、帰りにご飯食べに行きましょう」
「焼肉でお前の奢りな」
「後輩にたかる先輩、ウケる」
「確かに」
良二のバイトが終わると、二人は焼肉屋ではなくファミレスに向かった。
「よくよく考えたら、こんな夜遅くから脂っこい焼肉なんて嫌ですもんね」
「俺は別に良いけどな」
「先輩、ファミレスのドリンクバーで色んなジュース混ぜるって中学の時やりませんでしたか?」
「中学どころか今もやる。DJと一緒に来たら絶対やる」
「先輩らしいです」
世間話からおふざけまで一通り会話をしていると、気付けば時間はかなり経っており、他のお客さんは帰っていて店内には良二と理沙の二人だけになっていた。
「そろそろ帰るか、お前の親も心配してんだろ」
「そうですね、きっと」
二人は人のいない、いつもの通学路を歩いて帰った。
夜遅くに歩くのは初めてで、まるで違う道の様に思えた。
「そういえば、腹ただしい噂が立ってるらしい」
「何ですか?」
「俺がお前にアピールしてるって」
「あははっ!ウケる」
「ウケねーよ。メーワクな話だ」
「嫌ですか?」
「...メーワクだな」
「嫌ではないと」
「ンなこと言ってねー」
「では言えば良いではありませんか」
「めんどくせー後輩」
良二は頭を掻いてはぐらかした。
「先輩、やっぱり須賀先輩と何か関係があるんでしょう?」
「だから...」
「分かるんですよ、私。先輩に、須賀先輩と喋る時と、他の女子と喋る時の差があるって」
「差なんてねーよ」
「先輩、須賀先輩とどんな関係なんですか?」
「はぁ...しつこいやっちゃな」
良二はもう諦めて、須賀との関係をバラした。絶対他言しないことを約束して。
「そう...ですか」
「お前の聞きたかった答えはコレか?」
「えと...まぁその...予想以上というか、びっくりしてますけど...。正直今先輩がとても大人に見えますし、一緒にいるのが怖いです...ほんの少しですけど」
「そうかよ、ならさっさと帰れ」
「先輩は...須賀先輩の事好きじゃないんですよね...?」
「そう言ったろ」
「でも...そしたら先輩は、好きでもない女子と頼まれたらヤる様な人だって事じゃないですか」
「まぁ、そうなるな」
「そんなの...先輩じゃないみたいです」
「お前が俺の事をどう思おうが知ったこっちゃねーが、それを本人に押し付けんな」
良二は面倒になってしまって、冷たい態度を取ってしまった。
それを言われた理沙は、それ以上喋らず、さようならと言って帰っていった。
良二はしばらくその場に居続け、その後ゆっくりと歩いて帰った。