7、噂とはかくもあやふやなものである
ある日の放課後、帰ろうとしていると、窓から体育館で遊んでいる良二と伊達の姿が見えた理沙は、帰る前に声をかけて行くことにした。
「何してるんですか、先輩たち」
「あ?何してんだお前こそ」
「私はまぁ、特に何も。先輩たちはバスケですか」
「おう、まぁな」
「伊達先輩、こんにちは」
「ん」
良二はフリースローをしながら理沙の質問に答える。
理沙は荷物を置いて一緒にバスケをすることにした。
「それにしても、どうして急にバスケなんですか?」
「今度体育の選択がバスケかサッカーでな。外は暑いから中でやるバスケが良いなぁって事で練習中」
「バスケもバスケで結構行き来するので暑いですよ?」
「つまり、多少の速度でコート内を行き来してれば、参加してる様に見えるって事だ」
「セコいですねー。私も混ぜて下さい」
理沙は二人に混ざってバスケをし始める。
三人とも上手いわけではないので、それなりに練習をして行く。
「ほっ!」
「よっ」
良二がレイアップシュートするところで、理沙もそれを止めようとジャンプした。
すると着地の時、理沙が足を滑らせ良二の方へ倒れ込んでしまった。
「すみません、ダイジョーブですか?」
「おお、そっちは?」
「先輩の上に倒れたので、痛いとこありません」
「そら良かった。靴下脱いだ方が良いんじゃね?流石に滑るだろ」
「そうですね、そうします」
靴下を脱ぐと綺麗な理沙の足が見える様になった。細くて白くて、蹴れば折れそうな気がして怖い。
「おや、先輩は足フェチでしたか。そういう事なら遠慮なくどうぞ見てください」
「ちげーよ。ただ足長いなーって思っただけ」
「先輩の方が長いじゃないですか」
「当たり前だわ」
身長が明らかに良二の方が大きい。これで理沙より足が短かったら事だ。
疲れ切った三人は、舞台上に寝転がったり座り込んだりして休憩する事にした。
すると、バスケ部の連中が入ってきて、良二たちに気付いて話しかけて来た。
理沙はその瞬間良二の背中に隠れ、身を潜めた。
「おい、何で隠れるんだよ」
「何となくですよ」
「分かった、お前が告って振られた奴がいるんだろ」
「まさか、あの中のほとんどに告られて全員振ってやりましたよ。だから気まずいんです」
「おーおーやってんなぁ」
本人たちが目の前に来ると、二人は会話を終わらせた。
「何してんの羽島、伊達も」
「今度体育バスケ選んだから、足を引っ張らない様に練習中」
「へぇーそんな殊勝な事するとは思ってなかった。つか、さっき女子いなかった?」
「ああ、こいつだろ」
「ちょっ...!先輩!」
しれっと良二は横に体を傾け、背中に隠れていた理沙をみんなに見せた。
「あー...九条さんじゃん。...久しぶり」
「...ども...」
「知ってんだ?」
「ああ、まぁちょっとね...。可愛いって有名だろ?」
「へぇ〜知らなかったなぁー」
「誘ったの?」
「まさか、自分から来た。な?DJ」
「うん」
伊達は当たり障りのない返事をした。良二はこう見えて社交的で、基本どんな人間にも話しかける事が出来る。
「俺らと一緒にやるか?」
「やだよ、そこまでのスキルアップは望んじゃいない」
「そか、じゃああっちのコート使わせてもらうぞ」
「いや、俺らもう帰るし片方も使えよ」
「そうなの?じゃあお言葉に甘えて」
「おー練習頑張れよ」
「そっちもな」
良二たちは挨拶をそこそこにそそくさと体育館を後にした。
すると、理沙が良二を後ろから叩いて、怒りを露わにした。
「何でバラすんですか!」
「どーせ後からバレるって、あそこで気付かない方がおかしいしな」
「だからって気不味いって言った直後にあんな...」
「気不味いなら振らなきゃ良かったろ。体裁よく付き合って、タイミング計って別れりゃ良かったんだ」
「そんなの...残酷じゃないですか。それに振ってるし、結果気不味くなるじゃないですか」
「知らねーよ。あっちは気にすんなって意味で挨拶してくれたのにお前は素っ気なくしやがって」
「先輩はあの人の味方ですか!言っときますけどあの人は取っ替え引っ替え女と付き合う様なクズ野郎なんですよ!」
「だからってあんな分かりやすく避けなくても良いだろが!」
「嫌です!絶対いや!」
「二人とも静かにして」
伊達にピシャリと言われた二人はすぐに黙り、良二の自転車がある駐輪場まで騒がずに向かった。
「じゃあなDJ、また明日」
「さようなら伊達先輩」
「ああ、気を付けて」
伊達は違う道なので校門前で分かれる。そのあと二人は二人乗りで家へと帰った。
「悪かったな、さっき」
「あ、ズルい私から謝ろうとしてたのに」
「早いもん勝ちだアホ」
「まぁ良いですよ。私もすみませんでした、変な意地張って」
「しかしあいつはそんな奴だったんだな、見る目が変わりそう」
「そういうの嫌じゃないですか?知り合いの噂話で悪い話聞くと、今まで取っていた態度変えちゃうとか」
「あー分かる。ちょっと仲良くなってたけど、すぐ金借りようとしてくるとかな」
「それで返さないとか」
「嫌だねぇ〜」
「実体験がおありで?」
「まさか、想像の話だよ」
自転車を漕ぎながら、良二はあることに気付いた。
「お前、ちゃんと食ってんの?」
「どうしてですか?」
「軽すぎる。前も思ったけど」
「先輩の力があるだけですよ。体重はそこそこあります」
「そうかな」
「まぁ遠回しに軽いって言ってくれるのは嬉しいですけどね」
「いやもう今は俺の筋力が上がってる事に喜んでるからどーだって良いんだけどな」
「ソーデスカ」
夕方でも少し暖かくなって来た今日この頃、涼しい風に長い黒髪を揺らしながら、良二の肩にそっと手を置きバランスを取る理沙。
良二の身体が熱いのがすぐに分かる。
「さぁファイトです先輩、うちまであともう少しです」
「お前、ホント気楽で良いよなー。こんなとこ見られたら、お前すぐに噂されっぞ。俺に関しては2回目だ」
「噂など気にしなければ良いのです。そういえば、そのモデルの須賀先輩にも会っておきたいですね」
「会ってどうすんだよ」
「私とどっちが可愛いか先輩に答えてもらうためです。しかもその場で」
「地獄やん」
しばらくすると、理沙の家の近くに来たので良二は理沙を降ろして別れようとした。
「では先輩、さよーならです」
「おー、じゃな」
理沙は良二に手を振って見送った。
噂は聞くもの、聞いたら言わぬもの