14、気付いたかい
文化祭が終わり、良二たちにまたいつもの学校生活が戻ってきた。
それすなわち勉強である。
そもそも学校とは友達に会える場所ではなく勉強をする場所である。友情、恋情、勉学、これらを学ぶ為のものであり、自分で働きお金が稼げる世代故に多少のトラブルは出てくるが、しかし今議題にしたいのはそれではない。
「先輩相談があるんです」
「何」
「先日、友人に恋愛相談をされたのですが、どうやらその相手は、うちの学校の先生らしいです」
「うわ、そんな話本当にあるんだな」
「数学の小川先生だそうですよ」
「あー一年の時お世話になった気がする」
「私は数学担当の先生が小川先生では無いのですが、噂によるとかっこよくて、授業も分かりやすくて、テストも簡単との事です」
「確か去年入った先生で年齢は…」
「26です」
「あーそうそう、それくらいだ。初々しい感じが、女子に人気だったな」
話によると小川先生は仕事に追われて忙しく、最近彼女と別れたらしい。
かなり生徒から慕われている教師だ。
「で、私にどうしたら先生を虜に出来るか聞いて来たんです。因みにまだ答えていませんが、今夜メールで伝えるつもりです」
「ほぉ、お前はどう答えるつもりだ?」
「恋は誰としようと素晴らしいものです。先生に告白するだけなら、してみてもいいのではと思います」
「ふーん」
「先輩はどう思いますか?」
「俺ならまず確実にお勧めはしない」
「え、どうしてですか」
「まず一つ目、生徒とそういう関係になること自体、教師として有り得ない。二つ目、その子が現在16歳とすると先生との年の差は10歳、俺やお前が10歳年下の子供と付き合うと考えてみろ、正気の沙汰じゃない。三つ目、もし仮に生徒の告白を受けて付き合ったとする。その時点で教師として、また大人として、先生の人間性に問題がある。まだあるけどどうする?」
「もう大丈夫です」
理沙は良二の怒濤の批判に為す術なく項垂れた。
「では先輩は付き合うべきでは無いという事ですね」
「時期じゃないってだけだ。今付き合えば、必ずバレるし、そしたら本人たちの意思に関係なくお別れだろ」
「好きと伝えるのを待てと?あと二年もあるんですよ?我慢出来るでしょうか?」
「好きな人の為だとかこじ付けて我慢させろ。先生に迷惑をかけたくなければの話だがな」
「先輩はどうしてそこまで恋愛に否定的なんでしょう」
「恋愛には別に否定的じゃない。人間的に成長する良い関係だと思っている。しかしこれはまた別の話だ、大人ってのは子供ほど視野が狭くない。世間体、結婚、将来について考えて行動する生き物だ。例えば先生と上手く付き合えて結婚まで行って、親に紹介、同じ職場の先輩にも報告したとする。
『今度うちの卒業生の子と結婚する事になったんですよ〜』
この言葉を言った瞬間先生は生徒に手を出すロリコン野郎のレッテルを貼られる訳だ。おめでたいね、子供を産んで、自分は社会的に死んでいく」
「そうなるかどうかは分からないじゃないですか、もしかしたら笑って迎えてくれるかも知れませんよ」
「もちろんそうかも知れない、俺もそうであって欲しいと信じたい。しかし、世間には色々な考え方の人間がいるって話だ」
誰かにとっての自分が好かれていても、また別の誰かにとっては嫌われているもの。
相手の気持ちや状況を考えず、ガムシャラに好きと伝えても、上手くいかないのだと良二は伝えたいのだ。
「もしお前の友達がそれでも伝えたいというのなら是非もない、そうすれば良い。だけど、お前は友達としてどうするべきかを考えろ」
「友達として…どうするべきか」
「お前ならそれが出来るだろうしな」
良二はそう言って荷物をまとめ出した。
放課後で、もうやる事もないので帰るのだろう。
「差し当たってまずは、先生が今どういう状況なのか、改めて調べるのも良いかもな」
「そうですね、確かに先生のメンタル面を考えないと上手く行くものも行きませんから」
「…そうだな」
家に帰った理沙は、良二に言われた事を少し反芻した。
(10歳年下の女の子、しかも学校の生徒に手を出す先生の人間性、世間体…。先輩はどうしてあんなに否定的なんだろう…)
「分かんないねーハクサン」
「にゃあ」
理沙は家の猫の頭を撫でながら考えた。良二があそこまで否定的になる理由を。
過去に何かあったわけでは無く、かといって小川先生が嫌いなわけでもない。
そして一番引っかかっているのは、
「いつもならどうでも良いとあしらう所を、この話題に限って熱弁していた事…」
コレだった。
良二の性格上、自分の友人以外には興味が無いと言った姿勢を取る。
ようやく最近理沙にその姿勢を取るのをやめる様になったが、今回話の中心にいたのは理沙の友人。良二があそこまで口酸っぱく言うのはおかしいと感じた。
「まさか…」
理沙は一つの考えが浮かんだが、それは聞いてみないと分からないので明日にする事にした。
次の日、理沙はある場所へ来ていた。それは数学の先生が休憩所の様に使っている数学準備室だった。
ドアを叩いて、小川先生がいる事を確認する。どうやらお昼休憩中だったらしく、ハムサンドを片手に持って迎えてくれた。
「すみません、お昼休み中に」
「いや良いけど、どうしたの?何か分からない問題があった?あれ?でも君って僕の担当じゃないよね?」
「あ…そうなんですけど、少し先生に聞きたいことがありまして…」
「うん、何?」
理沙は固唾を飲んでから先生に、ある一つの質問をした。
「先生って、今付き合ってる方はいらっしゃいますか?」
「え…?何急に」
「お答えできなければそれはそれで構わないのですが、どうなのかなぁと思いまして」
「いるよ、今度結婚するんだ」
理沙は聞きたくなかった言葉を聞いてしまった。
何故良二があそこまで否定的だったのか。
それは、小川先生は別れるどころか長年付き合って来た彼女と結婚するからだった。
「で、それがなに?」
「あ、いえ、誰からか先生が今度結婚すると聞いて、私結婚に憧れがあったのでどんなものかと気になりまして…」
「あははっ!そっかそっか、そういうことなのね!いやぁ、告白されるかと思ってドキドキしちゃったよ〜」
「あはは…」
理沙は今は全く笑えない冗談を小川先生から言われて、上手く笑えなかった。
15分ほど、要約すると今は幸せだという小川先生の話を聞いたあと、理沙は数学準備室を後にした。
教室に戻る気になれず、理沙は裏庭のベンチで休んでいると、お茶を買いに来た良二が理沙の隣に座り、真実を知った理沙に声をかけた。
「先生、結婚するんだってよ」
「知ってたんですね。だからあんなに、否定的だった。わざわざ傷付かない様に…」
「うちのクラスの奴だよ、小川先生が彼女と別れたって噂を流したのは。そいつも小川先生の事が好きで、でも今度結婚するって断られたら、逆恨みで根も歯もない噂を立てやがった。先生がモテる事を知ってな」
「まんまと信じて告白して傷付くところでしたね、私の友人は」
「まぁ、お前なら告白される側の気持ちを知ってると思ったから一応含みを入れといた。ちゃんと考えて行動出来たな」
「えへへぇ〜」
理沙は良二に褒められて嬉しそうに笑い、それと同時に良二の膝に頭が乗る様に寝転んだ。
「びっくりしたぁ、やめろ」
「良いじゃないですか、誰も見ていませんよ」
「そういう問題じゃねーだろ」
「先輩はとても優しいですよ」
「何だ急に」
「私はそんな優しい先輩が大好きなんです」
「何言ってんだよ…」
良二はため息を吐きながら頭を抱えた。
結果的に、理沙の友人はその噂がデマである事を知ったらしく、告白は諦めたらしい。




