最終章 エピローグ 〜 レインボー国
エピローグ レインボー国
龍神様を見た三人は気球の運転を忘れ、いつまでも龍神様が登り消えていった上空を見つめていました。
それでも気球はゆれることもなく、すべるように順調にレインボー国へ向かって飛んでいます。
先ほど、龍神様が上空へと向きを変えた時に何かが飛んできました。気球の底に光るものが落ちていました。取り上げてみるとキラキラと七色に輝くうろこでした。
「これは、龍のうろこです」
「なあ、これが飛んできてから、運転が安定しているんだ。風にも影響されずにスピードも上がってるんだぜ」
「このうろこが不思議な力を持っているのかもよ」
「龍神様は本当にいたのですね」
「でも、うろこをくれたんだから俺たちの旅を見守ってくれているのだな」
「ええ、龍神様はやはり守り神だったのです。紫の国の言い伝えは本当だったのですね」
「うん、いけにえは要らなかったってことだね」
「これは僕たちへのごほうびでしょうか」
「ありがたくいただこうぜ」
龍神様のうろこのおかげなのか、三人を乗せた気球は安全に空の旅をしています。空からながめる景色が絶景で、オーノも高所恐怖症も忘れるほどでした。
やがて、島が見えてきました。レインボー国です。とうとう三人は七つの国の旅を終えて帰ってきたのです。
気球を見つけた島民たちは海岸にたくさん集まってきました。
初めは何だ何だと集まってきた島民は、気球に乗っているのがクレパスたちだとわかると、次第に数を増して、着陸する頃には大勢の島民で迎えられました。
気球が砂浜に近づき、オーノがロープをたらします。大勢の大人たちがロープを引いてくれて無事に着陸した時は大歓声でした。
クレパスたちは、喜ぶ島の子供たちにまとわりつかれ、そのままお城に報告に行きました。
お城でも大歓迎を受けて、島民もみんな招かれての大宴会となりました。
そこで、クレパスとトンカチとオーノはそれぞれ、見てきた国の話しを披露して、お土産こそ少なったけど、それこそお土産話ならいくらでもできたのです。
王様も大変喜んで、三人にとてもたくさんのごほうびをくれました。
クレパスは幼なじみのアローラに会いに行きました。海が見わたせる丘の上で落ち合いました。
「アローラ、ただいま。きみがくれた薬草がとても役に立ったよ」
「クレパス、無事でよかった。わたし、毎日この丘から海を見てあなたのことを思ってた」
ふたりに言葉はいりません。ふたりの心は長い航海のあいだもずっとつながっていたのですから。
「そうだ、きみにおみやげがあるんだ」
クレパスは各国でいただいたおみやげの中で、ひとつだけ自分用にもらったものがあります。トンカチとオーノもこころよく承諾してくれました。
「まあ、なんて美しいのかしら」
青の国でもらった美しく輝くサファイアです。アローラにプレゼントするために肌身はなさずに持っていたのです。それはアローラのひとみの色と同じだったのです。
やがて、日常が戻ります。
あいかわらず、クレパスは絵の具を作って絵を描いてます。
トンカチは大工。
オーノはキコリです。
クレパスは帰ってきてからというもの、あのかぎ鼻おばあさんを島中を探しておりました。クレパスに旅をたのんだおばあさんです。でも、いくら探しても見つかりません。おばあさんを見たという人も見あたりません。
「変だなあ。あのあばあさんは一体どこからきたのだろう?」
そのうち、クレパスも探すのをあきらめました。
そして、三年が経ちました。クレパスは幼なじみのアローラと結婚をしました。
実はトンカチとオーノも同じ時期に結婚しました。三人は島の英雄となったので、とてもモテるようになったのです。結婚をし、落ち着いて、三人とも順風満帆に暮らしておりました。
「ねえ、クレパス、私あなたと結婚できて幸せよ」
「うん、僕もだよ。そう言えば青の国では失恋で自殺しそうになったやつがいてね、でも紫の国で運命の人に出会えて結婚したんだ。人生ってどこでどうなるのか、わからないもんだよね」
「そうねえ、運命の人かあ。ステキね……。そ、その人って、顔が青いのかしら」
「そうだよ、青の国の人なんだからね。え? どうしたの?」
アローラが窓を指さしてます。
「よお! クレパス! 来ちゃった!」
「カヨリ!」
トンカチは大工の仕事に精を出していました。
―トントン、カンカン
黄色い何かがさっと走って行きました。
「ん? 今なんかとおったな?」
―トントン、カンカン
「ああ、ちょっとすんません! ここを今黄色い猫がとおりませんでしたかの? 猫よりちょっと大きいのじゃが」
「え?」
「あ!」
「あああああーーー! 黄色の国のホラ吹きじいさんじゃないか!」
「選ばれし者たちよ! やっと見つけたぞい」
オーノは森の中を歩いていました。切りたおす木を選んでいたのです。
上の方ばかりを見ていたので、前からきた何かにどすんとぶつかり、しりもちをついてしまいました。
「イタタタ……。おう、何だ、熊か」
熊も驚いて、森の中に走って逃げて行きました。
「そう言えば、緑の国の熊は人をおそうと言っていたなあ」
レインボー国の熊は体の小さな熊なのです。もちろん人をおそうことはありません。
その時、オーノの体がふわりと浮きました。前に聞いたことがあるバッサ、バッサという音もします。
「うわあーーー」
あっという間にオーノは空へとまい上がりました。
首をひねって上を見上げると大鷲のピースがオーノの体をつかんでおり、その背中にはイーサンが乗っていたのです。 イーサンは満面の笑みで片手を振りました。
レインボー国の浜辺では人が集まり大さわぎとなっておりました。
色とりどりの船がぞくぞくとやって来て、降りてくる人々はその船の色と同じ色をした人だったのです。
黄色、赤、オレンジの船が来ていました。
「まだ来るぞ!」
子供の一人がおきの方を指さすとひときわ大きな船がやってくるのが見えました。
黄緑色の船です。
そして、当然その船から降りてきた人々は小人たちでした。
「あっちからも何か来るぞ!」
別の子供が今度は空を指さして言いました。
人々が見上げると、それは紫色をした気球なのでした。
レインボー国の人々はこれらが、海の向こうの七つの大陸からやってきた船や気球なのだとわかりました。クレパスたちから話を聞いていたからです。
すぐにお城に知らせが行き、船でやってきた異国の人々はお城に招かれることとなったのです。
さらに王様は、これらの国を一度訪問しているクレパス、トンカチ、オーノも城へ呼びよせました。
お城の大広間では盛大な歓迎会が開かれました。
それぞれの国の代表者が順番に挨拶をしました。
クレパスたちがたどった順番に赤の国の代表が立ちました。とても体の大きないかつい男の人でした。
「私は赤の国から来ました赤の国の兵隊長であります。レインボー国の王様、このような席をもうけていただき、まずは七つの国を代表してお礼を申し上げます」
「かたくるしい挨拶はよろしい。赤の国では、そこにおるこの国の者たち三人が世話になった。ところで、いまこの時に、この国へ来られたわけをうかがいたいのじゃが?」
「はあ、私は赤の国の王に命じられ、この国の物をゆずっていただきたく参上いたしました。特に絵の具がたくさん欲しいとのことでした。実は、クレパス殿が置いて行かれた絵なのですが、国の民がその絵にどんどんとひきつけられて、連日お城に絵を見に来る人があふれているのです。いただいた絵の具はすぐになくなってしまいました」
アン王女にあげた絵は、クレパスたちが帰ったあとに赤の国の人の心を少しずつ動かしていたのです。
「もちろん、お礼はたっぷりと持って参りました。赤の国の名産品をたくさん船に積んでございます」
「おっほん、そろそろいいですかな、赤の国の兵隊長さん。私はオレンジの国の王のスキップと申します」
「おおう、これは王様みずからがお出ましとは恐縮でござる。よくぞ危険な船旅で来られましたな」
「いいえ、なんのその。クレパスさんたちが乗ってきた船を私は見ていますから、まねして作ってみました。海はおだやかで鳥たちがここまで案内をしてくれました。まあ、夢で見たので何の危険もなくこの国へ来られるのはわかっていましたのでね」
「ほう、そうでしたな。オレンジの国の王様は予知夢を見られるとか。どのような夢をみられたのですかな?」
「ええ、いまこの場面も夢で見たのと同じです。七つの大陸の代表者がある日、レインボー国に時を同じくして集結するのです。そして皆さんの目的は赤の国の兵隊長さんがおっしゃったのと同じことなのです。もちろん、私達もたくさんのオレンジの国の物を持って参りました」
それからスキップ王はクレパスの方を向いて頭をふかぶかと下げたのです。この行動にその場にいた人々がざわつきました。
「クレパスさん、あなたのおかげで分断されていた我が国が再び一つの国になれました。私にはテスという立派な後継者が出来たのでもうこの世に思い残すこともないのです。ぜひ、みずからの口であなたにお礼が言いたかったのです。それに一度カラフルな国を見てみたかったのですよ」
とクレパスに向かってウインクをしました。
クレパスは驚いていました。
自分たちが帰ったあとに何があったのかはわかりません。でも、貧しい北の国と裕福な南の国が仲直りをして再び一つの国になれたのです。そして、その後継者はあの北の国の王子テスだと言うではありませんか。感動せずにはいられませんでした。あの時に北の国へ行ったことが無駄ではなかったのだと。
「私は、黄色の国から来た大臣です」
クレパスはその人の顔を見て
―おや?
と思いました。黄色の国でお世話になった宿屋のご主人で、元大臣だったはずなのです。
「娘がクレパスさんのおかげで王様に見そめられまして、王妃として迎えられました。私も元の大臣職に戻ることが出来たのです」
あの時、黄色の国の若い王様は王妃になる女性を探していたのです。
とても美しい宿屋の娘リアーナも王様に恋していました。しかし、黄色の国の女性は誰もが美しいのです。しかし、リボンも髪飾りも誰も見向きもしません。
それでクレパスはリアーナにこっそり口紅を作って渡してきたのです。
「赤い口紅を塗った娘は、国中の娘さんたちからも羨望のまなざしを向けられました。そして、あなたが学校に描いた壁画。子供たちがもっともっと絵の具が欲しい、しかし、わが国では作ることが出来ません。それで私達もあなた方が乗って来た船をまねて作ってやってきたのです。同じような船ができるまで三年かかりました」
これには他の国の代表者たちもうなずいておりました。
「ワシは黄緑の国の長老じゃ。身体は小さいが他の国の方々と志は同じじゃ」
長老様の台座には何枚も座布団が重ねられていました。身体は小さくてもその声はとても大きくとおる声でした。
「そこの三人の勇者のおかげで海に落ちるものがいなくなった。ワシらの一族は海で泳ぐことができんのじゃ。しかし、海を恐れていては前に進めない。そこで勇者たちの乗ってきた船の何倍もある大きさの船を作ってわざわざやってきた」
海岸に集まった船の中で黄緑の国の船が一番大きかったのです。
「勇者たちが旅立つあの朝、不思議な雪が降ったのじゃ」
黄緑の国の天気をつかさどる神様のノーサが、住民達の誤解を解いてくれたお礼にと、七色の雪を降らせてくれたのでした。
「それ以来、民たちはもう一度七色が見たい、見たいと言ってな。もらった絵の具は各集落で宝物のようにされておる。もっともっと必要なんじゃ」
やがて黄緑色の国の民たちはあの美しい光景を忘れられなくなったのです。日増しにその気持ちは高まり、ついにそれは海が怖い彼らをも突き動かしたのでした。
「私は緑の国からやって来ましたイーサンというものです。私の国には大鷲がいて日常の移動も空を飛んでいます。
ただ、私の大鷲は海を越えたことがありません。皆さんと同じように船を作ってくることも考えました。ところが海流の関係でどうしても青の国へ流れついてしまうのです」
緑の国から流れ着いた大量の大木がその後の青の国を豊かにしたのでした。
「実は青の国の方々とはうまく交流することができるようになりました。隣の国は驚くほど近かったのです。今は大鷲で行き来をしております。それでようやく大鷲が海に慣れて遠いこの島国にも飛んで来ることが出来るようになりました。どうしてもカラフルな色があるここレインボー国へ来たかったのです。いや、来なければならなかったのです。クレパスさんたちが置いていった絵の具は人々の心をうるおしたのです。谷間に住む我々が違う世界をかい間見てしまった今、もう二度と元の生活には戻れません」
その言葉はクレパスに重く響きました。
―僕がしてきたことは、これほどまでの人々の心に影響を与えることとなった。広めようと色々と四苦八苦したものの、行った先々でどこもそれほど受け入れてもらえたようには感じなかった。しかし、実は少しずつ人々に影響を与えていたなんて。これは果たして良かったことなのだろうか……。
「実は、青の国の周りには氷山があり、船の行き来が難しいのです。それで私は青の国の人達からも絵の具をもらって来て欲しいと頼まれて来ました。もちろん、青の国からもたくさんの贈り物を持ってきています。多くの大鷲を使ってね。ところでどうしてここに青の国の人間がいるのだ?」
突然、指を突き付けられたのは青の国のカヨリでした。
「ああ、やっと僕の番かい? ふー、皆さんの話しが長くって眠くなってきたところだったよ。僕は青の国出身の紫の国の次期王様さ」
偉そうな口をきくカヨリの頭をトンカチは殴ってやりたい衝動にかられました。しかしトンカチたちは末席にいるのでかないません。
クレパスとオーノもひやひやしています。
しかし、カヨリの足をぴしゃりと叩いたのは横にいた紫の国のくのいちのレイでした。
「あなたは少し黙っていてください」
「へい、すいません」
「私は紫の国の殿の家来レイと申します。我が国は龍神様のご加護のもと栄えておりました。ところがある日から龍神様がいなくなってしまわれたのです」
「それは一体どういうことなのですかな?」
とレインボー国の王様が問われました。
「はい、クレパスさんたちが帰ったあと、私たちは元の生活が出来なくなったのです。たくさんのお土産物がございました。赤い布。オレンジのお酒。黄色い香辛料。黄緑色の薬。緑色の剣。青色の宝石。でも、数に限りがございます。もっと欲しくなった民は争い事をするようになりました。すると龍神様が欲にまみれた民をお怒りになり天へ戻ってしまわれたのです」
「ふむ、ではなぜここへ? どうやら他の国の方たちとは目的が違うようですが」
「ええ、もう来ないでほしいということをお話しにやって参りました。このような形で今後他の国の方々と交流が生まれると思いました。来てみれば思ったとおりでした。わが国だけはそっとしておいてほしいのです」
クレパスはレイの話にショックを受けていました。
―僕がしてきたことが間違っていた。確かに紫の国には一番たくさんの物を置いてきた。それが人の争いの原因になってしまったのだ。龍神様がお怒りになるもの当然なのかもしれない。
クレパスは気球の横を飛んで行った龍神様を思い浮かべていました。
「わかりました。ご言い分は尊重いたしましょう。我々が行ったことでご迷惑をかけたことをお許しください」
王様をあやまらせてしまった。クレパスはくちびるをかんでいます。
「おい、レイ。そんな話は聞いてないぞ。俺は殿よりこの国の物をたくさんもらってくるようにおおせつかったんだぞ。それにたくさんの物を持って来たではないか」
「それはあなたへの物です。殿からのせめてもの手切金だそうです」
「へ?」
「私は殿よりもう一つの使命をおおせつかっています」
「な、何だい?」
「それは、あなたを青の国へ帰すことです。青の国の方々は残念ながらここにお見えではないようですが、幸い交流のある緑の国の方がいらしている。一緒に帰って下さい」
サーっとカヨリの顔が青くなりました。もともと青いのですが。
「姫様は知っているのか?」
カヨリの目は座っています。
「ええ、ご存知です。目がさめたとおっしゃってました。私が馬鹿だった。龍神様を怒らせてしまったのは私だとたいそうご自分を責めておられました。おかわいそうで見ていられません」
かくして、波乱万丈の末に歓迎会はお開きとなりました。それぞれの国の人達は一度船に引き上げて行きました。皆、複雑な面持ちをしながら。
茫然自失のカヨリを連れてクレパスは家へ帰りました。カヨリは一度失恋で自殺未遂した前科があるので、一人にしておけなかったのです。トンカチとオーノも心配してついてきます。
クレパスの家につくと家の中が騒がしいのです。アローラの笑い声が響きます。何だと思いクレパスが家のドアを開けると大きな猫が飛び出してきました。
「うわああ」
「ガルルルル……」
おそわれたと思ったのも一瞬、黄色い大きな猫はクレパスの頭をなめています。
「こら! ガルル! 戻ってこい」
黄色の国でお世話になったクミンのおじいさんが家の中にいました。
おじいさんは、これがトラという動物なのだと言いました。以前、山で拾って育てたと言うのは本当の話しだったのです。めずらしい生き物なので連れて来たのだそうです。
「さすがにゾウは船に乗せられなかったんじゃ」
「まあ、残念。私、鼻が長くて巨大だっていう生き物、この目でみてみたかったわ」
「ははは、トラでかんべんしてもらおう」
「でも、これ人をおそうってやつだろう? 大丈夫なのかい?」
オーノはおっかなびっくりです。
「はいーーー?」
「食べられるんじゃないのかい?」
「はいーーー?」
「もういいよ! 聞こえてるんだろ!」
キツくトンカチが言いましたが、おじいさんは楽しそうです。
ぼんやりしていたカヨリが突然目をカッと開きました。
「うわーーーん、僕はもう生きていていてもしかたがない! トラ! 僕を食べてくれ」
と叫ぶなり、トラの口を開けて頭を突っ込んだのです。
「ああ、こいつのエサはトウモロコシじゃ。わしはこっそり山にエサを運んでやっておってな、今でもこいつはわしを親だと思っておる。ちなみに名前はガルルじゃ」
ガルルはカヨリの頭をあまがみして、泣いているカヨリの涙をぺろぺろとなめ始めました。
「龍神様がいなくなったっていうのは本当なのですか?」
クレパスがカヨリに聞きました。
「そんな話はでたらめだよ。龍の正体は竜巻だって言ったのはクレパスじゃないか」
「はい、確かにあの時はそう思ったんです。でも、僕ら見たんです。本物の龍の姿を」
「何だって?」
「ああ、本当さ、空を飛んでいるときに横を龍神様が飛んでいたんだ」
「わしもしっかり見たぞ。その証拠に龍のうろこがあるよ」
「ここにあります」
クレパスが宝箱の中を開けてみんなに龍のうろこを見せました。
キラキラと輝くうろこは七色の光を放っておりました。
「本当にいたんだ……。じゃあ、僕が姫様と結婚をしたから怒っていなくなったのかな?」
「いいえ、確かレイは、土産ものをうばいあう欲にまみれた民を怒って天に帰ってしまったって言ってましたね」
「そんなことあるものか、土産物のほとんどは城の殿様の物だ。国民に行き渡らないから、うばいあうはずもないだろう? わずかな絵の具を僕は国のあちこちに広めた。みんな珍しいと言ってくれてすべてなくなってしまった。そして殿様がレインボー国へ行ってもっと色々なものをもらってこいと命令をしたのさ、ぼくとレイにね」
「では、レイがうそをついているのでしょうか」
「きっとそうに違いない! ああ、姫様は僕をきらいになったんじゃないんだ。そうだよ! 僕は何て早とちりなんだ。ああ、トラに食べられなくてよかった」
「ガルルじゃ」
「あら? 龍のうろこ、いつもより光っているわよ?」
アローラが宝箱の中をのぞきながら言いました。
すると、龍のうろこは七色の光が増してみずからキラキラをまたたきだしたのです。もう外は暮れて真っ暗です。そのはずがまぶしい光が窓から射してきました。
みんな驚いて外へ飛び出しました。
龍が空を飛んでいました。キラキラと光っています。
「あれが龍というものか、はあ、いいみやげ話ができてよかった」
「じいさんが言うと、ホラ話にしか聞こえんだろうな」
とトンカチ。
「いいのじゃよ。それでも。いつか真実がわかるじゃろ?」
「ああ、確かにそうかもな。世界は不思議なことで満ちあふれている。目にしていない人が信じることができるのは自分の目で確かめてからなんだろうな」
「その日も近いのじゃ、なあ、選ばれし者たちよ」
「それって、もしかして本当のことだったのかい?」
「そのうちわかるじゃろうて、ほれ、龍がこちらに来るぞ」
龍は上空をゆっくりと旋回し、静かに地上に降りて来ました。
龍の背中から誰かが降りて来ました。紫の美しい衣をまとい、長い髪をなびかせたかれんな女性です。
「カヨリ! カヨリ!」
「おおー、姫様!」
二人はお互いの姿を見つけると走り寄ってきつく抱き合いました。
龍はまたゆっくりと空へ登って行きすぐに姿が見えなくなりました。
「まあ、あれがうわさの姫様なのね。キレイな方ね」
「黄色の国の娘たちが一番じゃと思っとったが、また違う美しさじゃのう」
「なんだ、やっぱりレイのウソだったのか。しかし、何であんなでっちあげを言ったのだろう」
オーノが首をかしげています。
「本人に聞いてみましょう。ほら出てきてください。どこかにいるのでしょう? レイ」
「え? ここにいるのかい? レイが?」
「忘れたのですか? レイはくのいちですよ。当然我々の動向を見張っているに違いありません」
するとクレパスの家の屋根から人がふわりと降りてきました。
「そこまで言われては出てこないわけにはいきませんね。クレパスさんにはかなわないわ」
「レイ、よく出てきてくれましたね。では話を聞かせていただきましょうか」
一行は、またクレパスの家に入り、レイからの話しを聞きました。
部屋の片すみでは、話などどうでもいいとばかりにカヨリと姫様が寄りそっています。二人ともとても幸せそうです。
「みなさん、紫の国はとても幸せな国です。他の国の色は必要ないと私は思っています。しかし、周りの人々は違うようです。殿様は異国の土産物にすっかりと心をうばわれ、早くレインボー国へ行ってこの国のものと交換してこいといいます。国の民はカヨリが売り歩いた絵の具に心をうばわれ始めています。他の国の方々も同じでしょう。この島国はわが大陸に比べ、小さいとクレパスさんはおっしゃっていました。いずれどうなりますか? もっと欲しい、もっと欲しい、キリがありません。今は良いでしょう。やがて多くの人々にもあらゆるものが行きわたる日が来ます。その時こそ、争いが起こるとは思いませんか? レインボー国が乗っ取られても平気ですか?」
クレパスは衝撃を受けておりました。考えてもみなかったことをレイに言われたのです。
「しかし、それではお前さんは国へ帰れないじゃろう。どうするつもりだったのじゃ」
クミンのおじいさんが優しく聞きました。
「この国へはたどり着けなかったことにするつもりでした。私以外は気球を作れません。もう誰も紫の国からは出られません。そして、今日他の国とは交流しないと宣言しました。他の国の使者も紫の国へはやって来ないでしょう。しばらくは」
「しばらくは?」
「ええ、いずれは何かの目的を持ってまた誰かが来るでしょう。でもそこまではしかたありません」
「まってください。あなたの話しを聞くまでは、僕には考えられないことでした。人が欲望のために争うなんて」
「でも、少し考えが変わりました」
とレイは意外なことを言いました。
「え? それはどうしてですか?」
「龍神様です。私が信じていた龍神様が今日ここへ姫様を連れて来られました。それがすべてです。実はわたし、龍神様のお姿を見たのは今日が初めてでした。感動しました。信じてはいましたが目の前にあらわれるなんて。屋根の上から龍神様を見ていたら、私の心に話しかけてくださったのです」
「何て?」
とトンカチ。
「龍神様は、そのものにすべてまかせろと」
「そのものとは?」
とオーノ。
「クレパスさん、あなたですよ」
「おおおう、龍神様も認められた。選ばれし者よ、ふぉっふぉっふぉ……」
おじいさんはとても嬉しそうです。
「そして、僕と姫様の結婚を怒ってはおられなかった。そうだよな、レイ!」
突然、カヨリが立ち上がって言いました。
「ええ、カヨリ、私はあなたを誤解していました。姫様が幸せになれるはずがないと思っていたのですが、今の姫様のお顔を見たら何が一番の幸せなのかようやくわかりました」
「レイ、わらわの幸せはわらわが決める。そなたは自分の幸せをもっと考えるのじゃ」
「姫様、おやさしいお言葉。でも私は紫の国を守るのが仕事……」
「おこがましいにもほどがあるぞ! いいかレイ、紫の国を守るのは龍神様のお仕事じゃ。全ては龍神様にゆだねるがよい! なあ、レイ……」
最後はやさしく姫様から名前を呼びかけられたレイはその場で泣きくずれました。
その晩、クレパスは悩みました。
―僕はどうしたら良いのだろう。レイはとても大事なことを言っていた。
七つの大陸に行って絵の具を売ってきた。
未知のものをもたらしたことになり、やはり初めは受け入れられなかった。
しかし、やがて人の心は動いた。少しずつ少しずつ。
そして、もっと欲しくなり、危険を冒してまでもそれを求めにやってきた。
すべての国の人達が同じ時期にやってきた。これにもきっと意味がある。
争いの起こらないすべての人達が幸せになる方法。
僕はなんて大それたことをしてきたのだろう。でも、きちんと責任を取らなければならないんだ。
クレパスは一晩寝ないで考えました。
翌朝、お城に向かいます。
王様と会ってお話を聞いてもらいました。王様はクレパスをとても信頼しておりましたので、すべてまかせるとおっしゃってくださいました。
そして、再び七つの国の代表の方々にお城に集まってもらいました。
それぞれの国の方々が昨日言っていた自分の国の名産品等のお土産も全て持ってきてもらいました。お城の中は各国の物産であふれかえりました。
「みなさん、これらの品々はすべてレインボー国では必要ありません。レインボー国でも皆さんの国へお分けするものは、何分小さな島なので限りがあります。そこで七つの国同士で物を交換し合ってはいかがでしょうか?」
お城の中がざわつきました。
「絵の具は売ってくれないのでしょうか?」
「絵の具はもちろん売ります。これから皆さんが帰られるまでにたくさんの絵の具を作ります。ある分はお売りしますが、またすぐになくなってしまうでしょう」
「そうしたら、またここへ買いにくればいいだろう?」
「ええ、それよりも僕から提案があります」
「提案? もしかして、七つの国同士で貿易しろと言うのではないだろうね? 隣の国ならまだしも、他の遠い国までは行くのは無理なんだよ」
「ここの島にはまた来られそうですか?」
「ああ、私は鳥が案内してくれた」
「私のところは星を見てたどり着いた」
「なんとかなるじゃろう」
「では、また一年後に来てください。その時はお国で採れる植物の種をください。なるべくいろいろな種類の種を持ってきてください」
「そうか、種を交換すれば、いずれ絵の具も国で作れるようになるな」
「そうです、それぞれの国の方たちで種の交換をしましょう」
「それは、いい考えだ。そうしよう」
こうして、人々はあらゆる品物をそれぞれ交換しあい、十分な絵の具も手に入れて、一年後を約束してそれぞれの国へ帰って行きました。
一年後です。また国の代表者たちがやってきました。
約束の種を持って。みんなたくさんの種を持ってやってきました。
その時、ある国の代表者が言いました。
「黄色い大きな猫を前にここで見たのだが、動物の交換はどうだろう?」
次の年の交換会には、動物のつがいも持ち込まれました。
数年後です。色々な国の名産品がそれぞれの国で交配されました。もともとは赤の国の名産品だったスイカが、緑の国と黄緑の国に持ち込まれ、それがまたいつの間にかまざり合い、今のようなギザギザ模様が出来たのです。色々な色のピーマンができ、動物にも色々な模様が出来ました。かつては黄色だったトラが、いつの間にか黒いシマ模様が出来て行ったのです。 白と黒の島の動物達も連れて来られたからなのです。鳥や蝶もどんどんカラフルになっていきました。
五十年が経ちました。
クレパスにはひ孫が出来ていました。
今年も八カ国の会議が開かれました。レインボー国で毎年、種や動物の交換会が行われていましたが、やがて今はお互いの国の平和を考える会議というように変わっていったのです。
国の代表者がお城に集まるころ、クレパスはとても久しぶりにお城に呼ばれたのでした。八か国会議に出るように言われたのです。
「クレパスや、今日そなたを呼んだのは知恵を貸して欲しいのだ」
レインボー国の王様も何度か新しい王様に代変わりしています。今はまだ若い王様です。代々の王様は今や伝説の男となったクレパスに何かあるたびにアドバイスをもらっていました。
「はい、王様。私ももう老いぼれとなりました。何かお手伝いができますでしょうか」
「私は赤の国の代表だ。ここ数年思い悩んでいることがある。色が生活に入ってから何と五十年も経った。今の若者には、かつて赤の国は本当に赤一色しかなかったということが信じられないと言うのだ。私はそれがとても悲しい」
クレパスは同じことを考えていました。
―むかし、絵の具を売りに行ったのは自分だ。そして、その後、種を交換しようと提案したのも自分だ。こうなることはわかっていたのだ。しかし、争いをせずにみんなが欲しい物を手に入れることが大事だったのだ。その代償がかつての国の色をなくしてしまったこと。どうにか出来ないものか。
ずっと考えていたのですが、答えは見つからずに来ているのでした。うなだれるクレパスでした。
「クレパスさん、我々は色を受け入れたのだ。あなたを責めているわけではないのじゃよ。ただ、昔は赤や青、黄緑や紫、たった一色しか存在しなかった国が本当にあったという証が欲しいのじゃ。この先、もっと色はまじり合うじゃろう。植物のや動物だけじゃない。人もじゃ、もっともワシの国だけは純血なままじゃが」
小人の国の黄緑の長老が発言しました。何と五十年前に初めにきた長老と同じ人です。様々な植物から作る薬づくりが得意な黄緑の国民はとても長寿なのです。あるいは小人は寿命が長いのかもしれません。
五十年前から国と国との交流が深まると、混血の若者がだんだん増えてきました。小人である黄緑の国民だけは他の種族と混じらずにきたのですが、混血は今や他の国では主流にもなってきています。クレパスのひ孫たちも純潔のレインボー国人ではないのです。
「レインボー国は初めから多色な国だったから、そんな考えがおよばないのだろう? 我々の国の誇りは失われてしまった」
誇り高き赤の国の代表者がなげいています。
「そんなことはありません! 私も同感なのです。ただ、お国の誇りは心に刻まれておられるではありませんか?」
「我々には誇りは残っておる。ただ、これから生まれてくる子供たちには何か残るのかね?」
また、うなだれるクレパスでした。
その時です。城の中に黒いマントをかぶったかぎ鼻の老婆が入って来ました。
「そなたは誰だ? どうやって入ってきたのだ?」
王様の声でクレパスは老婆を見ました。
「あ、あなたは!」
そうです、世界には七つの大陸があると教えてくれた人。そこへ絵の具を売ってきて欲しいとたのんだあの老婆にそっくりだったのです。
「あなたは、あの時のおばあさんではないですか?」
あれから五十年経っているのに、老婆はあの時のままです。城内がざわつき始めました。
「みなさん、お静かに。私が五十年前にここにいる青年、いやもうおじいさんになってしまったのう。ほっほっほ……。このクレパスどのを見込んで世界に色を広めるようにたのんだのじゃ。よくやってくれたのう。あっぱれじゃった」
「あなたは一体何者なのですか? どうして世界のことを知っていたのですか?」
「私は未来から来たのじゃ」
「未来って?」
「ずっとずっと先の世界のことじゃ。皆さん、自分の国の色が薄れて行くとおなげきのようじゃが、いずれどんなことをしても色はまざる運命なのじゃ」
実は他の国々の代表者たちも、うすうすはそんな気がしていたのです。やはり生活が豊かになったのはいなめないのです。しかし、こうあらためて言われると黙るしかありませんでした。
「事情があって、クレパスさんにまじり合うことを少しばかり早めてもらった。おわびと言ってはなんだが、助言をするためにまたここへ来たのじゃ」
「未来のご婦人、助言とやらをお聞かせ願おうかな」
レインボー国の王様がしずしずと言いました。
「かつて世界には七つの大陸とひとつの島国があった。それを残したいのじゃろ? そうだね?」
皆がうなづきました。
「それが現れるのは未来永劫でなくてはならん。それは、場所を選ばずにどこにでも現れる。しかし、雨が降った後の澄み切った空にのみ現れる。それは七つの色からなる空にかかる光の橋じゃ」
―おおう
感嘆の声が城内に上がった。
「七つの国がかつて存在していたという証、そしてその架け橋を七つの大陸にかけたレインボー国、その名を取って、この光の現象をレインボーと名付ける」
―おおう
再度、声が城内に上がった。
「そんなことが本当に出来るのですか?」
「私は魔法使いじゃないよ。出来るわけがない」
喜んでいた一同は落胆をしました。
「そんなこと出来るはずないではないですか。神様でもあるまいし……」
老婆はクレパスに意味ありげにうなづいて見せました。
「あ! ああーー! 神様! 神様がいます!」
「落ち着きなさい。クレパス、一体どういうことかね?」
「黄緑の国に天候をつかさどる神様がいるのです! ありがとうございます。おばあさん! あれ? おばあさん?」
もう、老婆の姿はどこにもありませんでした。
人種差別により未来の地球では戦争が絶えませんでした。
ある科学者がようやくタイムマシンを完成させました。その科学者は戦争により大切な息子を亡くしていたのです。
「もう、争いはこりごりじゃ」
そう言って、もう老婆となってしまった科学者は、タイムマシンを起動させました。それは本当にとてつもなく古い時代へと老婆を運んでいきました。
空には大きな虹がかかっていました。
科学者のおばあさんと孫の女の子が家の大きな窓から、空を見上げていました。
「ねえ、おばあさん、どうして雨が降ったら虹がかかるの?」
「それには壮大な物語があるんじゃよ」
「聞きたい、ねえ、いいでしょ?」
「ああ、いいとも。昔、昔、世界は七つの大陸とひとつの小さな島国からなっておったのじゃ……」
おしまい
最後まで読んでいただきありがとうございました。
この童話は私が十三歳の頃に書いたものです。
うん十年経ち、それを大幅に加筆修正して
もう一度いのちを吹き込んでみました。
小さなお子様に
寝る前のお話しとして
読み聞かせしていただければ幸いです。