緑の国
緑の国
黄緑色の国を出て、緑の国へ近づくほどに気温がだんだん下がってまいりました。
今までおだやかだっだ海もだんだん荒れてきて、波の高さが大きくなりました。三人はうねる海になすすべもなく、初めて船酔いというものを体験したのです。
「おえーーー、ああ気持ち悪い。ワシはもうだめだーー」
「オーノ、クレパスをつかんでろ、船からおちるぞ」
「うう、僕はロープでむすんでいるので大丈夫です。それにしても陸はまだ見えませんか
?」
「いや、海の色を見るともうすぐだろう。それにしても寒いぜ」
「ええ、島では感じたことがない寒さです」
クレパスたちは冬を知りません。黄緑色の国で見たのが初めての雪でした。七色のキラキラ光る冷たいかたまりが降ってきた光景はとても美しいものでした。でも、すぐにとけてしまい、それほど寒さも感じませんでした。
ところが今は、ふるえがくるほど寒いのです。はく息もまっ白です。その息がだんだん緑色になってきました。海もエメラルド色です。森に囲まれた大地が見えました。緑の国に着いたようです。
三人ともありったけの服をかさねて着こみ、絵具とほかにも荷物を背おってさっそく上陸しました。
どこを見わたしてもモミの木の林でした。三人は、林の中をオーノを先頭にして歩いておりました。
「こんなに立派な木がたくさんはえていると、オノで切りたおしたくなるよ」
「この国は山林でおおわれているようです。平地などあるのでしょうか?」
確かに、林はだんだん斜面になっていくので、三人は山を登るようなかっこうとなっています。
「山登りは黄緑色の国でもうこりたぜ。しかし、林の中は風がないぶん、さっきよりも寒くないなあ」
トンカチの言うように、船の上で感じたこごえそうな寒さはここでは感じないのです。
半日ほど山を歩き続け、ようやくひとつの山のいただきあたりに着きました。
先頭を歩いていたオーノが突然止まったので、下を向いて歩いていたトンカチとクレパスが衝突しました。
「おい、突然止まるなよ」
「オーノ、どうかしましたか?」
「ああ、すまねえ」
そこは切り立った崖のふちだったのです。体の大きなオーノが先頭でなかったら、あやうく三人は崖の下に落ちるところでした。
「うひゃー、あぶないところだったぜ。オーノよく前を見て歩けよ」
「お前が言うな」
「すまん」
「見てください。谷の底に村があります」
クレパスが指さす谷の底に、人が暮らしているような集落のようなものが見えました。
「たくさんの家が見えます。おりてみましょう」
「どうやって? 飛びおりろってのかい?」
そこは切り立った崖のてっぺんです。三人は立ちつくしてしまいました。
「ロープを使っておりるって高さじゃあねえな」
「戻ってあの村へ降りられるルートを探しましょう」
その時、三人を巨大な影がおおいました。同時にバサッと大きな音がしたかと思うと次の瞬間には三人が空中に浮かんでいました。
「うわー」
「ひぇーー」
「いやーーー」
見たこともないほど大きな鳥でした。三人はその巨大な鳥の足でつかまえられていたのです。オーノが一人で片足に、トンカチとクレパスがもう片方の足にしっかりと体をつかまれておりました。ばっさ、ばっさと翼が二回羽ばたいた後、今度は急降下で村の方へ向かいます。
「うわー」
「ひぇーー」
「いやーーーーーーーー」
村の人々が三人の声に、なにごとかと家々から出てくるのが見えて来ました。大勢の人がこちらを見ています。一人の若者が指笛を鳴らしました。その瞬間三人は村の中心を流れている川へと落とされたのです。
―ヒューーーー、バッシャーン!
「うぎゃぁー! うっぷ、あっぷ、流されるー」
「だ、誰か! た、うっぷ、助けてくださ、ぷはぁっ!」
「ごぼぼ……」
突然落とされ、流れの強い川で三人は溺れてしまってます。
大きな鳥はどこかへ飛んで行きました。三人はわけがわからず川で必死にもがいていました。そこへ今度は何匹ものイタチのような動物がよって来ました。
「ぎゃわあー、噛まれた! うっぷ、やめて」
「うわあぁー」
「ごぼぼ……」
大勢のイタチたちは三人を囲むと、口で服の端をくわえて岸へと引っぱって行きます。おかげで岸までたどりつくことができたのです。三人はほうほうのていで何とか助かりました。
「ごほ、ごほっ、クレパス、オーノ、生きてるか?」
「ハッ、ハッ、ハッ、川の流れがはやくてあやうくおぼれるところでした」
オーノの返事がありません。見ると気を失っておりました。気が小さいオーノには無理もない体験なのでした。イタチのような動物たちのおかげで助かったのです。
「あなたたちはいったい何者なのです?」
おそるおそる近づいてきた村人たちの中から、ひとりの青年が代表して話しかけてきました。
二人は寒さでガタガタ震えだし、話すこともままなりません。何より気を失っているオーノが心配でかばうようにしていると
「そのままでは風邪を引いてしまう。その人をうちに運んで、服を乾かしましょう」
巨体のオーノをどうやって運ぶのかと心配していると、青年が指笛を吹きました。二人はまた巨大な鳥が来ると思って空を見上げ、首をすくめてしまいました。すると、大きな大きな角を持った鹿のような動物が出てきて、オーノを角先で持ち上げ、ひょいと背中に乗せて歩き始めました。
三人は服を乾かすために、青年の家に招かれました。
住民たちは突然あらわれた異色の旅人にも、恐れる様子もなく、かと言って歓迎しているわけでもなく、青年にまかせて自分たちの家へ戻っていきました。
青年はイーサンと名のりました。クレパスはこの国へ来たいきさつをイーサンに簡単に説明しました。
「ほう、それは興味深い話ですね」
でも、肝心の絵の具など、持ち物すべてを来る途中で落としてしまい、いまいち説得力がありません。
クレパスは気になっていたことを聞きました。
「さっきの鳥、あれは何ですか?」
「ああ、君たちの国にはいないのかな? あれは大鷲だよ。さっき君たちを運んできたのは僕が子供のころから育てているやつなんだ。ピースというんだ。谷底で暮らしている僕らには欠かせない友達さ」
「川の中にいたイタチ、あれは何だい? しっぽが変な形していてよ、川から上がる時に、あのしっぽで叩きつけられたんだ」
「あれは、ビーバーと言って、やはり僕らの生活にはかかせられない役割をしてくれているんだ。生活に必要なだけの木を切り倒して運んでくれるのさ」
「ワシを運んでくれたあのでっけえ角がある鹿は何だい?」
「オーノ、気がついたのかい?」
「さっき、気がついたんだけど、変な角がある動物に乗せられていてまた気を失ったんだ。そして今また意識が戻った。めんもくない」
「ははは、あれも初めて見たのかい? あれはヘラジカだよ。何でも運んでくれる優しいやつさ」
またもや、クレパスたちは初めて見る生き物に驚きをもってしまうのでした。
「この国では多くの動物たちと共存しているんだ。でも、どうしても共存できないやつもいてね、あの森の中には凶暴な熊が住んでいる。人間は食われてしまうから、森には絶対に近づけられないんだ。こうして熊がおりて来られない谷底に住んでいるのはそういうわけさ」
それを聞いた三人は血の気が引きました。
「大鷲のピースはよく訓練されているから、森に居た君たちを見つけて、助け出してくれたんだよ」
「そうだったのか。ワシはてっきり鳥のエサになるんだと思った」
「ああ、森で熊と出会っていたら熊のエサだったよ。俺たちはラッキーだったんだな」
「知らないってことは怖いことですね。でも、おかげで助かりました」
「礼ならピースとビーバーたちに言ってくれ。しかし、驚いたなあ。世界にはそんなに違う国があるのか。僕も見てみたいなあ」
「ええ、実際に僕たちも旅をしていて驚くことがたくさんありました。今回もそうです。僕らの島には小さな鳥しかいません。一番大きな鳥でも羽を広げるとようやく人の高さと同じくらいになるのがいるくらいです。その鳥はとても美しい羽を持っています」
―そうだ、クジャクの羽を一本持ってくれば良かったんだ……。
「人を食べる熊っていうやつもいねえしな」
「黄色の国では人をおそうトラという生き物がいるそうです」
「ワシらの島は何て幸せなんだろう」
オーノがしみじみ言います。
「熊が悪いのではありません。熊も生きるために必死なのですから。ですから私達は熊を憎んではいません。熊もいてこの国なのです」
クレパスはイーサンの言葉の重みを感じていました。
―どの国もそれぞれの個性がある、それは色だけではなくて生きている人や動物、自然と一体となってその国なのだ。僕らはそこに新しいカラーを広めようとしている。それがいいことなのか、もしかしたらとんでもない影響を与えてしまうのではないのだろうか。どうして僕がこんなことをしているのだろう……。
でも、何故かクレパスはあのおばあさんを信頼できました。だから、ここまで来たのです。自分の直感を信じて絵の具を売ろうと思いなおしました。
さて、三人は絵の具がないので商売が出来ません。もう一度船に戻るにはピースにたのんで運んでもらうしか方法がないのです。
「ワシはいやだよ。実は高所恐怖症なんだよ」
オーノはよほど怖い思いをしたのでしょう。
「俺は高いところは平気さ、でも鳥は苦手なんだ、あの指がいけねえ」
トンカチも必死です。
「……僕が行くしかないのですね」
そう言うクレパスだって怖いのには変わりありません。イーサンが見かねて提案をしてくれました。
「その船とやらを丸ごとここへ運んで来ましょう」
「ははは、無理だよ。いくら何でもピースが持ち上げるには重すぎるぜ」
「持ってくるとは言ってませんよ」
「え?」
この村の中を流れている川は海につながっていました。海から船をひいてくると言うのです。村は上流にありましたので、川をさかのぼってこなければなりません。
クレパスたちの船をひいてきてくれたのはたくさんのイルカでした。
イーサンがピースに乗って船へ行き、たくさんのロープを船体にむすびました。そのロープをくわえてイルカたちが川の上流までひいてきてくれたのです。流れの早い川でしたがイルカたちからみたら遊んでいるくらい簡単なことなのでした。
イルカたちは役に立てたのがうれしい様子で、なんども振り返りながら海へ帰って行きました。クレパスたちはありがとうと声をかけて手を振りました。
ようやく絵の具を売ることになりました。
イーサンが村人たちを集めてくれました。しかし思ったとおり、ほとんどの人が興味を持ってくれません。緑の国の人はやはり緑の色に慣れているので、違う色を見てもなんのことやらわからないのです。
「絵の具から色を広めるって失敗だったんじゃないか」
「おい、オーノ! ほかにどんな方法があるんだよ」
「食いものだよ。この国の人においしいバナナを持ってきてあげるんだよ」
「ここへ来るまでにくさっちまうだろ」
「そうか」
「いきなりこれどうですか? では物は売れないのですね。バナナがあれば人は黄色って受け入れるのでしょうか。でもね、僕さっき見たのです。緑色のバナナを食べている子供を……」
「それうまくないだろう」
「黄色い方がおいしそうというのは僕たちの先入観です。ここでは通用しないと思います」
イーサンが食事を運んできてくれました。
「これ、良かったら食べてください」
緑色のパンと緑色のスープです。お腹が空いていた三人でしたが食欲がわきません。
「このシロップをパンにつけて食べるとおいしいですよ」
緑色をしたどろりとした液体がそえられています。オーノが先にひとくち食べました。
「うわー、何だこれ! うまいよ」
「え? 本当に? どれどれ……。あまーい、ほっぺたが落ちそうだぜ」
「本当だ。おいしいですね。イーサン、これはなんですか?」
「ははは、やはり知りませんでしたね。これはこの国ではよくとれる樹液なんですよ」
「このシロップをかけるとパンが何倍もうまくなる。これは他の国でも売れそうだぜ」
「もっと、他の国の話をしてくれませんか? 僕は冒険が好きなんです。ピースに乗って島中を旅しています。ほかの集落へはよく行くのですが海を飛び越えてこの国を出たことはないのです」
「どうしてですか? あの大鷲ならば近くの国まで飛んでいけそうですが」
「あの海のむこうに国があると知らなかったからです。それに大鷲は実はああ見えて臆病なところがある。海の向こうに飛んで行こうとすると途中で引き返してしまうのです」
「そうだったのですね。そうだ、僕の島に伝わる薬草があります。これをピースのエサに混ぜて食べさせてみてください。安心してください。毒ではありませんよ。僕もこれを飲んでここまでこれたのです」
この晩、三人はイーサンが連れてきた若者たちに旅の冒険譚を語りました。この村の若者たちはみんなイーサンと同じく冒険好きのようでその語らいは朝まで続きました。
そして、イーサンはクレパスからもらった薬草を半信半疑でピースのエサに混ぜてみました。
次の日、クレパスは寝ないで何かを作っておりました。三人は川につないである船の中で寝泊まりしていました。トンカチとオーノは昨晩寝ていなかったので早々と船の中で寝ています。
やがて朝になり、ふたりが起きて来ましたが、クレパスの姿がどこにもありません。
「あれ、クレパスどこにいっちまったんだ?」
「昨日の晩、何やらせっせと作っていたんだ。ワシも手伝うよと言ったんだが、どうにかなるかはわからないものなので一人でやらせてくれってさ」
「ふーむ、何だろうね」
村に行くと村人たちが崖に向かって何かを見ていました。
崖のふもとには一本の大きなモミの木がありました。このモミの木は村を見守るように全体を見わたせる位置に立っているのでした。
そのモミの木にクレパスが何やら飾り付けをしているのです。
それはいろいろな物をかたどって作られたオーナメントでした。黄色いバナナ。赤いリンゴ。青い鳥。紫の花。ピンクのリボン。黄緑色の葉っぱ。金色の星。たくさん飾れるだけ飾りました。それらは、緑色の枝にとてもよくはえました。
「おー、クレパスやるじゃないか」
「ああ、とてもきれいだね」
村の人たちも、珍しいものを見るようにみています。
そこへイーサンを乗せた大鷲のピースが大空から舞い降りてきました。
ピースから飛び降りたイーサンはとても興奮した様子で、村の人たち、クレパスたちの前にやってくると背中にかついでいた荷物を降ろしました。
「やあ、君たちの言ったとおりだった。あの薬草を食べさせたらピースは海の上をどこまでも飛んで行ったんだ。とてもうれしそうにね。そして僕は何を見たと思う?」
三人は首をかしげました。いくら飛んで行ったにしても隣の国へ行って帰ってくるには早すぎると思ったのです。
イーサンは荷物をときました。あらわれたのは黒いへんてこな生き物でした。お腹のあたりは真っ白です。鳥のようにも見えましたが足が短くどうやら飛べないようです。あきらかにこの国の生き物ではありません。ましてやレインボー国の動物でもありません。ぺたぺたと歩く姿がとてもかわいらしいのです。
「みんなも見てくれ、この国の近くに島があったんだ。そしてこの動物がたくさんいた」
「もしかしてその島はこの色なのかい? つまり黒と白だけってことかい?」
トンカチが驚きをかくせずに言いました。
「ああ、そうなんだ。島全体はこの鳥のお腹のいろだよ。白というのかい? そして白一色のクマがいた。この国の熊よりも大きく見えたよ。そしてほとんどの生き物がこの黒と白でできていたんだ。ああ、大きなクジラも見たよ。黒と白の模様のね」
イーサンは興奮して島の様子をみんなに話していました。
クレパスは驚いていました。
「七色の国があるのなら黒と白の島があっても不思議ではないな、クレパスは知っていたのかい?」
オーノがクレパスを見ました。
「いいえ、もちろん知りませんでした」
「その島へは俺たち行かなくてもいいのかい?」
今度はトンカチが聞いてきます。それにはイーサンが答えました。
「島はそんなに大きくなかったから空からくまなく見て回ったんだが、どうやら人は住んでいないようだったよ。白い人も黒い人もまだらな人もいなかったのさ」
「人がいないのであればそこはそのままでいいのではないでしょうか」
予期せぬ島の出現でクレパスはとまどいましたが、とりあえず白黒の島はよらないことにしました。
モミの木作戦はうまく行きました。イーサンの功績もあって、緑の国の人々は他の国にも色があることをすんなりと受け止めてくれたようです。
毎日ながめているうちに人々の記憶にそのモミの木の風景が刻み込まれました。長い年月をかけてそれがいつの日かクリスマスツリーとして愛されるものとなるようになるのはまだまだ遠い未来の話しです。
色と言うのはとてもきれいなものだと少しは伝わったのでしょう。絵の具はそこそこ売れたのです。また、在庫はたくさんあったのでもし良かったら、他の村人へも伝えて欲しいとイーサンに絵の具をたくすことにしました。イーサンはとても冒険好きな青年なので、国中の村をピースに乗って旅をしていましたので、こころよく引き受けてくれました。
「でも、僕はいつか君たちの島へ行きたいな」
「それはいいですね。本当に来てください。大歓迎します」
こうして、一行は緑の国を出航しました。今度は、川を下って行くだけなのでイルカの手伝いはいりません。流れの早い川を下ると海へ出ました。さあ、青の国へ向かって出発進行!
次回、「青の国」へつづく……。