黄緑の国
黄緑の国
三つの国の旅を終えたところです。また航海が始まりました。
それぞれに思うところがありました。この旅は本当に意味があるのだろうか。これは三人が同じ思いでいたのでした。
「なあ、赤の国ではほかの色のものはいらないと言われたよな。確かにあの国のものはクオリティが高い」
赤の国からもらったワインでトンカチはほろ酔い気分です。
「オレンジの国でも豊かな南の国では人々の興味は全くありませんでしたしね」
クレパスは少し自信を失いかけています。彼らは北の国と南の国が統一したことを知りません。
「黄色の国では子供だけ喜んでくれたね。大人はやっぱり無関心だった」
オーノは黄色の国のお菓子をほおばっています。
「なあに、クヨクヨしても始まらないぜ。まだ半分も来ちゃいない。旅はこれからさ」
「トンカチは飲みすぎなんだよ。もらったワインは次の国で役立つかもしれないだろ」
「オーノだって黄色の国からもらったお菓子を食ってるじゃないか。次の国の子供たちへのおみやげにしろよ」
「オレンジの国からもらったウィスキーもだいぶ減っているぞ」
「なんだと? 少しは飲まないとやってらんねえんだよ」
「それでも勇者なのか? 自覚がたりないぞ」
「勇者だと? あのイカサマじいさんのタワゴトをまさか信じているのか? しかも、すぐめそめそするお前に言われたくないね」
「なにをー!」
二人はついにとっくみあいのケンカを始めてしまいました。
「ふたりとも! やめてください……。やめ……て……」
クレパスが倒れました。どさっと倒れた音でケンカをしていた二人が気づきました。
「クレパス! おい」
「どうしたんだ、クレパス!」
そのころ、黄色の国の宿屋の娘リアーナは、クレパスからもらったプレゼントを開けて見ていました。
「リアーナそれは何だい?」
「ああ、お父様。クレパスさんがお世話になったお礼にって」
「リボンや髪飾りではないな」
「ええ、あれは私にもお友達にもよくわからなかったの。どうしてあんなものをつけたら男性が喜ぶとおもったのかしらね。私達にはこんなに誇れる美しい体があるのに」
黄色の国の女性はみな、とても美しいスタイルをしておりました。若い年頃の女性たちは、みな競うように体のラインを強調するような衣装を好んでまとっておりました。
「でも、これをつけると何だか不思議な気持ちになるの。生まれ変わったような気分よ」
「父さんにもつけた姿を見せてくれ」
「だめよ。明日の舞踏会で王様に初めて見てもらうの」
そして翌日の舞踏会に行ったリアーナは、見事王様の心を射止めたのでした。その日のリアーナには誰もが引き付けられました。その美しい赤いくちびるに。
リアーナが王様の心を射止めたことを知らないクレパスは、この旅に一体意味があるのだろうか、余計な事をしているのではないのかともんもんと悩んでいたのでした。旅の疲れも出たのでしょう。ついにクレパスは倒れてしまったのです。夢の中でもうなされています。
トンカチは、クレパスの幼なじみのアローナが摘んできてくれた薬草を、煎じてクレパスに飲ませました。
―クレパスの目の前にアローラがあらわれました。
「アローラ! どうしてここへ?」
「クレパス、あなたは間違っていない。自分を信じて……」
「アローラ! 君に会いたかったんだ。僕は帰りたい。そうか、本音は帰りたかったんだ。僕は弱虫なんだよ」
「クレパス、あなたは弱虫なんかじゃないわ。どこかで待っている人々がきっといるはずよ」
「そうか。僕はやっぱり旅を続けなければいけない」
「そうよ、クレパス。でも、必ず必ず帰ってきてね」
「アローラ! アローラ!」
アローラがすーっと消えてしまいました。
「おい、クレパスが目をさましたぞ」
トンカチとオーノはクレパスの顔をのぞきこんでいます。
「おお、よかった。アローラの薬草が効いたようだな」
クレパスの顔色がよくなっていました。ほほに赤みもさしています。
「あれ? 僕もしかして、何か言ってませんでしたか?」
「いやー、だれの名前も言ってないよ」
オーノはしどろもどろです。
「おい、だまっててやれよ」
トンカチの一言でクレパスは真っ赤になりました。
クレパスはすっかり元気を取り戻していました。船の先端でまっすぐ前を向いています。あの薬草は滋養強壮のほかに精神を高揚させる効き目もあり、今のクレパスにはうってつけの薬となったのです。そしてクレパスは自分の気持ちに気づいたのです。帰ったらアローラに真っ先に思いを伝えよう。そう思ったら勇気が何倍にもあふれてくるのです。旅の不安がすべて吹っ飛びました。今のクレパスの目には力がみなぎっていました。
ケンカをしていた二人は、クレパスが自分は弱虫だとうわごとを言っていたのを聞いていました。
「あんなにしっかりしていたと思っていたが、クレパスも不安だったんだな。ワシもこれからはもっと勇気を出すよ」
「そうだな、少しクレパスにたより過ぎていたかもしれないな。俺は酒にたよるのをやめたぜ」
やがて前方に高い山が見えてきました。黄緑の国です。その山は雲までをも突き抜けてそびえ立っているのでありました。
「あんなに高い山は見たこともねえな」
トンカチが船の上からあおぎ見ています。
「ああ、一体どれだけの木が生えているのだろう。キコリの腕がうずうずしてくるわい」
「ええ、世界には驚きに満ちていますね」
クレパスは今まで見たこともない動物や景色を毎度感動を持ってながめるのでした。
「景色にも動物にも何度も驚かせられる私達ですが、色を知らない人たちにとっても同じで、僕たちがもたらす色も、初めは受け入れがたいものなのでしょうね」
「大人はとくにな。今までの常識ってやつが面倒なのかもな」
「うんうん、わかるような気がする。初めは拒否反応おこしちゃうんじゃない?」
「じゃあ、我々はどうすればいいのよ」
「悩んでいても前に進むしかないのです。初めの一歩は誰にも訪れます。私達はきっかけですよ」
「ああ、そうだな。そのあとはおまかせでいいんじゃない?」
「私もそう思います」
上陸した三人は再び驚きました。あたり一面に巨大な豆の木が群生していたのです。豆一粒が人の頭くらいの大きさで、それがなっている蔓も大木並みに太いのです。
「自分が小さくなっちゃったさっかくを起こすね」
そういうオーノと豆の木とを比較すると本当に小さく見えるから不思議です。
「ははは、もしかしたら巨人の島だったりして」
トンカチの笑顔はどことなく引きつっています。
クレパスは得意の木登りで豆の木をするすると登っていきます。
「おーい、何か見えるか?」
高い位置に登ってきてあたりを見わたしてみたのですが、全体が黄緑色なのでよくわかりません。
「ちょっと、ここからではよく見えないようです」
するすると蔓をすべってクレパスが降りてきます。
取りあえず豆の林から抜け出そうと群生する蔓をかき分けて進みます。ようやく草原があらわれました。久しぶりに草らしい色の草原を見て何だか三人はほっとしました。
「この国は色が目にやさしいね」
「うん、何だか自分の国へ帰ってきたみたいだ」
「ええ、本来の色のものを見ると安心しますね」
三人で草原に寝ころび草の匂いをかいでいるといつの間にか寝てしまいました。旅の疲れもたまっていたのです。
何かの気配を感じてクレパスが目をさましました。ところが体が動きません。目だけを動かして様子をうかがうと体が地面にはりつけられていたのです。
「何だこれは? おーい、トンカチ、オーノ、起きてください」
「うわあーーー。体が動かない!」
「落ち着いてください。トンカチ! どうやら地面にはりつけられてるんです」
「うおおおおーーー」
体を地面にはりつけていたクイとなわを、ブチ、ブチ、ブチっといとも簡単に抜いたのは怪力のオーノでした。
「今助けるぞ」
二人のなわもはずしてくれました。
「ありがとうオーノ」
「助かったぜ、さすがの怪力だな」
「へへん、当り前よ」
「それにしても誰がこんなことを」
あたりを見わたしても誰もいません。その時、下の方から声がしました。
「動くな!」
草の中に人がいました。よく見ると大勢います。身長二十センチメートルほどの小さな人たちでした。
「動くとうつぞ」
みな、手に弓矢を持ってクレパスらをねらっています。三人はあぜんとして声も出ません。こんなに小さい人を見たのは初めてだからです。
「あやしいヤツらめ。お前たち山を下りてきたのか」
ようやくクレパスが事態を飲み込めて、口を開きました。
「驚かせてしまって本当にごめんなさい。私たちは決してあやしいものではございません。私たちは山ではなくて海をわたって来ました」
「ウソをつくな! 海をどうやってわたるのだ。山から来た悪魔だろう」
「本当です。船という海に浮かぶ乗り物で来ました。豆の林の先に泊めてあります。見ていただけたらわかります」
その時、ひとりの小人を乗せたリスが走っていきました。
リスと小人は数分で戻って来ました。リスから降りた小人が先ほどからクレパスと話していた小人に何やら耳打ちをしています。
「わかった。海に浮かぶ物体は確認した。では、おぬしらは山から来た悪魔ではないのだな?」
「ええ、悪魔だなんて。私達は海の向こうにあるレインボー国という島から来た商人でございます」
ようやく何本もの弓矢が下ろされました。
ほっとしたクレパスはこの国にきた目的を話しました。
山から降りてきた悪魔ではないと誤解が解けると、小人たちの緊張も解けたようで今度はクレパスらに関心が向いたようです。好奇心の強い民族のようです。彼らは自分たちの集落に案内をしてくれました。
小人たちは大きな木の根元の穴をそれぞれすみかにして暮らしていました。
小人の天敵は蛇です。あらゆる方法で蛇から身を守っています。ここの集落は蛇に対しては安全なのです。リスにとっても蛇は天敵です。この集落でリスは小人に守られながら共存しているのでした。
集落の中で一番偉い長老が出てきました。
クレパスらは自己紹介をしてここへ来たいきさつを説明しました。
すると長老もこの国のことをいろいろ話して聞かせてくれました。
小人たちはたくさんの集落に分かれて生活していて、その集落はこの黄緑の国中にたくさんあるのだそうです。子供は必ず男女の双子が生まれてきます。そして生まれたら必ず自分専用のリスが与えられるのです。リスと小人はとても仲が良く、死ぬまで一緒に暮らすのです。
「ふーん、本当に世界は広いね。こういう種族がいるなんて思ってもみなかったよ」
「オーノ、さっきは巨人の島かもって言っていたじゃないか」
「私達から見たら、あなたたちの方が巨人です。それに先ほどの話しは本当なのですか?」
「ええ、本当です。現に私達は七つの国のうち、すでに三つの国を見て来ました。どの国も一色のみの世界でした」
「いいえ、色の話しではありません」
「はい?」
「どの国の人もあなた達のサイズなのですか?」
「ああ、ええ、そうです。個人的な差はありますけど、だいたい人々の身長は我々と同じです」
「ふーむ、我々が小人だったとは」
「我々は小人ではない! あなたたちが巨人なのだ」
一緒に話を聞いていた若い小人がはじけたように叫んだ。
「確かに、小人、巨人と決めつけるのはよくないです。気分を害されたのならあやまります。ごめんなさい」
「ところで長老、山に何か住んでいるのですか? 俺たち初め、山から下りてきたのかって」
「ああ、そうだった。ワシらを山から来た悪魔だって」
話を聞いていた小人たちの顔がくもった。
「あの山には神が住んでおると言われておる」
「神様なもんか。悪魔さ」
「これ! 何てことを申すのじゃ」
「地上の民を苦しめる神様なんかいるもんか」
「苦しめると言うのは? 何か問題があるのですか?」
「この国はたまにひどい風が吹くのじゃ我々が簡単に吹き飛んでしまうほどのな。対策として我々は成長の早い豆を海岸線にそって植えたのじゃ、海に吹き飛ばされんようにな。わしらの民は泳げないのじゃ」
「それで、巨大な豆の木が植えられていたのですね」
「その風は決まって山から吹いてくる。風の日はわしらはじっとすみかで止むのを待つしかないのじゃ」
「お願いがあります。僕たちは山に登ることが出来ません。いつあの風が吹くかわからないので危険なのです。でもあなたたちならあの風が吹いてもびくともしないでしょう。特にそちらの方なんかは」
若い小人がオーノをちらと見て言いました。
「え? ワシ?」
「山の上に何があるのか見てきてくださいませんか?」
「これ、旅の人になんてお願い事をするのじゃ」
「これ以上、原因のわからない風におびやかされながら生きていたくないのです」
「わかりました」
「え? クレパス。ワシは登らないよ」
「オーノはキコリじゃないですか。山には慣れているでしょう。それに僕たちも一緒に登りますから」
「へ? 俺も」
トンカチがすっとんきょうな声を出しました。
「ええ、困っている皆さんの悩みを聞いてだまっていられるトンカチじゃあないですよね」
「あ、ああ」
見えっぱりのトンカチがうなづかないわけがありません。
「悪魔って言ってなかった?」
オーノはまだこわがっています。
「そんなものいるはずがありません。それ以外は皆さん平和に暮らしているのですから」
「旅の方たち。無理なことを押し付けて申し訳ない。では、絵の具とやらはわしらが他の集落にも広めよう。せっかく珍しいものをはるばる広めにやって来てくれた。これはきっと良い物なんじゃろうて」
「はい、ありがとうございます。色々な色があると素晴らしいですよ」
長老はじめ小人たちは、絵の具にはやはり興味はないようでした。ここはやはり山に登るしかないのでしょう。
翌日、さっそく強い風が吹いてきました。住民たちは木の根っこのすみかにこもっています。しかし、クレパスたちには何のことはない風です。
「よし、登るか」
オーノは覚悟を決めたようです。
「はい」
「仕方がない、山は慣れているワシが先頭じゃ。皆後ろからついてくるがいい」
「おう、オーノたのもしいな」
こうして三人は目の前にそびえる山の頂上目指して登り始めました。
途中までは難なく順調に登れました。
そろそろ霧がかかって来ました。船の上から見た時に山に雲がかかっていたところです。
目の前が真っ白ならぬ真っ黄緑色で何にも見えません。
三人はお互いの身体をロープでつなぎ、岩場を手と足を使いなんとか乗り越えました。すると突然霧が晴れたのです。そこから頂上まではすぐでした。
頂上に着くと驚いたことにそこには巨人が寝ていたのでした。
「でたー。悪魔だー」
先頭にいたオーノがすぐに一番後ろにかくれました。
オーノの声で巨人が目を覚ましました。巨人はオーノの百倍はあろうかという大きさです。
「ひぇー」
トンカチもオーノの後ろにかくれます。クレパスが先頭になりました。
「なんだ、お前たちは」
巨人が不機嫌そうに言いました。
「寝ているところを起こしてしまってすみません」
何かおかしい。クレパスは思いました。
―そうだ。色だ。ここには色がある。
巨人の肌も黄緑色をしていません。白っぽいのです。着ている服も何だかキラキラしていました。
「この国の者じゃないな。どこから来た」
「レインボー国という小さな島から来ました」
「ふうむ。色が違うな。そうか、来たのか」
「あ、あの。あなたは?」
「この国の天気をつかさどるものじゃ。ノーサーと呼んでくれ」
「かみなり様の親戚ですか?」
「うむ、似たようなもんじゃ」
「この国の民は、山から吹く風で苦しんでいます」
「風? 天候はおだやかにしておるぞ」
「さっき、あなたが寝ておられるときも風が吹いておりました。そして今はやんでいます。あなたは寝ている時に時折下界へ向けて鼻息を吹きかけていたのです」
よく見るとノーサーの鼻の穴はとてつもなく大きいのです。
「もうすぐ冬になるんだが、ここの気候は温暖でな雪を降らす仕事がないんだよ。たいくつでな、しょっちゅう下の様子をのぞきこんだ姿勢のまま居眠りをしてしまう。それはすまないことをしてしまったな。もうやらないと誓うよ。何? ワシが下界で悪魔と呼ばれておるのか。なげかわしいことよ。そうだ、君たち、たのまれてくれないか」
こうしてノーサーとの交渉は終わりました。
ノーサーのたのみとは、悪魔と思われている誤解をといてほしいとのことでした。そのかわりに明日の朝にプレゼントをすると言っておりました。
山を下りると、たくさんの住民が待っていてくれました。
さっそく、山にはこの国の天候を見守っている神様が本当にいたこと。悪魔ではないと言うことを伝えたのでした。ときおり吹く強風が実はノーサーの鼻息だったことは秘密にしておきました。
「もう、風で住民が吹き飛ばされるようなことはないと思います」
「何とお礼を申したらよいのか。絵の具はきっと国中に行きわたるように手配しよう」
「いいえ、長老さま。私どもは絵の具を押しつけにきたのではございません。もし、気に入っていただけたらそれでけっこうなのですよ」
そして、ノーサーの言っていた朝が来ました。国中の民が外に出て、空を見上げていました。
クレパスたちも出航前に船から出て、空を見ました。そこから何と、七色の雪が降って来たのです。
七色の雪はお昼前にはすべてとけてなくなりました。でも、人々の心にその美しい光景はいつまでも残っていることでしょう。
さあ、出航です。絵の具はたくさん売れました。今後この国がどうなって行くのかはクレパスらにはわかりません。でも、きっと何かを伝えることは出来たと今回こそは思える旅となったのです。
ノーサーのおかげですがね。山登りしたかいがありました。
たくさんの小さな人たちが出航を見送ってくれました。さあ、緑の国へ。
次回、「緑の国」へつづく……。