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The Two Days  作者: 李仁古
3/6

初日

 オフィスの窓から外を見ると、雨の中警察から派遣された護衛が銃を持って見回りをしている。清水はそれを、神妙な面持ちで見ていた。

「どうなさいました?」

 後ろからクロエが優しく声をかけた。

「どうも気が散るわ」

 警護が始まって二日目。不審人物も見なくなり、効果はあるが一日中周りにいるのは彼女にとってはストレスだった。

「契約では一週間です。辛抱です」

「……コーヒーくれる?」

 クロエは何も言わず、コーヒーカップに熱々のコーヒーを注ぐ。コーヒーには清水好みに砂糖とミルクをたっぷり入れた。それを清水に渡す。

「ありがとう」

 早速一口飲む。口の中に甘みが広がる。清水はほっと息を漏らす。雨の滴が窓に当たり、弾ける音が次第に強くなってきた。すると、電子音が鳴りだした。デスクを見ると『小会議室』と映っていた。警護にあたる警察方からだという事が想像できた。

『清水さん。今日のパーティーはキャンセルした方がよろしいかと思います』

 葛山が画面の中で真剣な眼差しで清水を見ていた。

「延期はしません」

『しかし、パーティー会場には大勢の人が来ます』

 今日は新井の父親、新井吉住あらいよしずみが開発した飛行車ホバー・カーの記念イベントがある。それに清水は招待された。そのイベントには世界から科学者が来る。清水にとっては交友関係を広げるのに打ってつけだ。

「それが何か? あなた方は警護するのが役目なのでは?」

『……分かりました。車はこちらで手配しておきます』

 そう言うと画面から葛山が消えた。

「清水様。あちらも仕事なのです」

 クロエは相変わらず静かに言った。

 清水も葛山の言う事も分からない訳ではない。ただ、清水にとっても気分転換がしたかったのだ。ずっと家の中にいるのは息苦しい。

「分かってるわよ」

 またコーヒーを一口。

「毎日毎日家の中にいて、飽きたのよ」

 クロエは何も言わなかった。顔を見ても何も読めない。当然と言えば当然だ。彼女はアンドロイドなのだから。いくら外見が人間でも内面は機械にすぎない。

 清水はコーヒーを飲みながら再び窓の外を見た。雨が全てを濡らすのを。



     ○



 敷地内に取り付けた監視カメラには特に不審な人物は映らない。松田は椅子に座りながら監視カメラからの映像を見ていた。横には北川がタボールのメンテナンスをしていた。すると、部屋のドアが開いた。

「全くひでぇー雨だぜ」

 元井が雨具についた雨の滴を払い落とした。

「みんないるか?」

 元井の後ろから葛山が現れた。

「村上が外の見回りに行ってます」

 元井がそう答えると、モニターに村上が敷地内を歩いてるのが映った。

「大塚がいないっすよ?」

 元井が雨具を壁に掛けながら言った。それを聞いて松田は部屋を見渡した。確かにいない。数時間前までは弾倉に五・五六ミリの弾丸を詰め込んでいた。

「大塚には車を取りに行かせた」

 葛山は淡々と言った。

「清水は今日のパーティーに出席する。詳しい事は会場に行ってから説明する」

 葛山が言い終わると同時に村上が戻ってきた。彼が持つドイツの有名な銃器メーカー、H&KのHK416に安全装置セフティーをかけていた。外見はコルトのM4にそっくりだが、中身は違う。水に濡れていようが、砂が被っていようが正常に作動するという優れ物だ。

「凄い雨っすよ」

 村上は雨具を壁に掛けた。

「松田。お前は大塚と一緒に清水を会場に連れて行け。あとタキシードを用意しといた。それに着替えとけ」

「了解」

 松田は葛山からスーツケースを受けとった。

「あとは俺と一緒に先に会場に行く」

「了解」

 松田はジャケットを脱ぎ、早速タキシードに着替えた。タキシードの下にはケブラーの最新型の防弾ベスト――蜘蛛くもの糸を使った様変わりのベスト――を着た。ベレッタの弾倉袋マガジンポーチは左腰に。ベレッタが収まったホルスターを右腰に付けた。

『大塚です。戻りました』

 イヤホンから低い声が聞こえてきた。

「よし。パーティーは午後七時からだ」

 松田はGショックの腕時計を見た。デジタル表記で五時四十七分。

「俺たちは先に会場に向かう。あとは無線での指示を聞け」

 松田は頷くと、葛山たちは部屋を出て行った。一人になった松田はタボールをタクティカルジャケットと一緒にスーツケースの中にしまった。弾倉と薬室に入った弾丸を抜いて。

 すると突然、電子音が響いた。壁の一部が『オフィス』と映っている。触れると、画面に清水が映った。

『パーティーには六時半に行きます。宜しくお願いします』

 清水はそう言って松田の返事を待たずに切ってしまった。松田は“嫌な感じだ”と思いながら再びモニターを見つめた。



     ×



 清水はクロエに手伝ってもらいながらドレスを着た。ドレスは赤く背中が露出したものだ。いつも白衣を着ている彼女からは想像出来ない服装だ。

「こんな服でいいの?」

 清水は目の前にある鏡に映る自分の姿を見て少し不安になっていた。

「大丈夫です」

 クロエは彼女の姿を少し離れてから見た。

「凄くお似合いです」

「お世辞はいいわよ」

 清水は体を斜めにしたりして鏡に映る自分を見た。白く細い腕。さほど長く足。小さめの胸。どれも魅力的ではない。少なくとも清水はそう思う。

「お世辞ではございません」

 相変わらずクロエは無表情で言っていた。清水は軽く溜め息をついてから腕時計を見た。六時十九分。あと十分少々でパーティーに向かう事になっている。すると、電子音が鳴った。画面に先ほど話した男――松田――が現れた。

『そろそろ時間です』

「……分かった」

 そう言って切ると、クロエからハンドバッグを受け取る。

「お気をつけて」

 清水は軽く頷いてから部屋を出た。出るとタキシードを着た男が立っていた。耳にはイヤホンがはめてある。

「ではこちらへ」

 松田のあとについて行くと、途中から坊主頭の大塚と合流。前後に守られながら外に出た。冷たい雨が降る中、トヨタのクラウンに乗り込んだ。助席に松田、運転席に大塚が乗り込む。

 車には狙撃防止の為にスモールガラスにし、車のボディは対物狙撃銃アンチマテリアルライフルも防ぐ、防弾車になっている。タイヤもケブラーの特注で作られてる為、そう簡単にはパンクしない。



 雨が降る中、次第に高層ビルが立ち並ぶ都心に近づきつつある。車内は沈黙が流れる。松田はサイドミラーや周囲を警戒。大塚も運転に集中しながらも後方を確認していた。清水はずっと久しぶりに見る街を眺めていた。

 超高層ビルが立ち並び、一部のビルには大型スクリーンがあり、飛行車ホバー・カーの宣伝をしていた。ビルの前には地上五十メートルに浮いたケーブルを使ってモノレールが走っている。その下には車が走る高架橋があり、地上にも車が走っている。

「……後どのくらい?」

「約五分」

 清水の問い掛けに、大塚が即座に答える。

 突然、松田と大塚の耳につけたイヤホンから葛山の声が聞こえてきた。

『そっちの様子はどうだ?』

 松田が答える。

「異常ありません」

『OK。会場にはおよそ三千人が来る予定になっている。しっかりカバーしろ』

「了解」

 通信を切ると、ちょうど会場に着いた。各局の報道陣がカメラを使って著名人を撮っている。車が停まると同時に松田が車を降り、後部座席のドアを開けた。報道陣のフラッシュの嵐。そこに清水が悠々と車から出てきた。

 松田は報道陣の人ごみの中を睨むように見る。そこに大塚も加わり、清水をカバーする。左右を固めながら会場に入った。

「マル対、会場に入りました」

『確認した』

 松田は右上にカメラがあるのに気づいた。続けて葛山の声がイヤホンから流れる。

『二階に村上と元井、お前らの正面に北川がいる』

「了解」

 会場は人で埋め尽くしていた。ちょうど円を描くようにある柵の中にはテーブルカバーがかけられた丸いテーブルが三十八箇所。席には既に何人かが座っており、その中にアームズ社の社長、今野正樹こんのまさきの姿もある。後ろにはアンドロイドが立っていた。

「清水梓様ですね? こちらへどうぞ」

 ボーイ姿の男の後に続く清水の左右を固める松田と大塚。ボーイは一番右端のテーブルに行き、

「こちらです」

 椅子を引いて、清水を座らせた。その後ろで松田と大塚は立つ。突然、清水が振り返った。

「……ちょっと、怖いんだけど」

「仕事ですから」

 そう言うと溜め息をついて前を向いた。

『二時の方向から男がそちらに向かってる』

 元井の声に反応し、すぐに確認する。白髪混じりの男。身長は百七十前後、見る限りだと銃器を隠してる雰囲気はない。

「清水さん」

 明るい声で清水に近く男を大塚が止める。男は怪訝そうに大塚を見た。

「ちょっと、やめなさい」

 清水が声を尖らせた。大塚は黙ってもとの位置に戻る。清水は頭を下げながら、男と談話した。

『今度は九時の方向。白人の男がそちらに向かってる』

 確認すると、二メートルはありそうな男が歩いてきた。松田が男を止めようとする前に、

「Hey,Jon」

 清水が英語を喋りながら男と握手した。

『こりゃ〜大変だぜ』

 村上が溜め息を漏らしながら言った。続いて葛山が言った。

『無駄口叩いてないで、ちゃんと見てろ』

 ジョンという名の男と話し終わった彼女は松田と大塚のもとに近づいていった。

「いくら仕事でも余計な事はしないで。あたしの評価を下げる気?」

「……すみません」

 松田が軽く頭を下げると、大塚も頭を下げた。それを見た清水は何も言わず席についた。

『嫌な女っすね』

 唐突に村上の声が流れてきた。

『いいから警護に集中しろ』

 葛山がそう言うと村上は何も言わなくなった。松田と大塚は気を引き締め、再び辺りを警戒した。

 すると、会場にマイクを叩く音が響いた。

「ご来場の皆様。今夜はお忙しい中、わざわざ足を運んでいただき、大変嬉しく思います。今夜は……」

 一番奥にあるステージの上には司会の中年の男がマイクで話し始めた。席はいろんな人種ですっかり埋まり、みな司会者の言葉を聞いていた。それでも松田と大塚は警戒をゆるめなかった。

 すると、松田が気になる人物を見つけた。カメラを持った報道陣の中に一組だけ。マイクを使って葛山に報告しようとしたその時だった。


 破裂音が会場に響く。


 咄嗟とっさにベレッタの銃把を握る二人。だがただのクラッカーだった。

『脅かすなよ』

 元井がほっと息を漏らした。松田たちも息を漏らしながら銃把から手を離した。ステージの上では飛行車ホバー・カーが宙を浮いていた。

すると村上の声が聞こえだす。

『正面から男二人』

 確認すると口髭を生やした男と眼鏡をかけた男だ。どうやらまた清水に用があるようだ。口髭を生やした男が喋りだす。

「清水梓さん……ですよね?」

「そうですが」

「私、こういう者です」

 口髭の男がポケットから名刺を出した。同時に眼鏡の男が動いた。松田と大塚がすぐにベレッタを抜く。

「動くな」

 眼鏡の男が低く、冷たい声で言った。松田は舌打ちをした。眼鏡の男は手榴弾しゅりゅうだん――M67手榴弾だ――を清水の体に押しつけていた。安全ピンが抜かれた。だが、安全レバーが清水の体で固定されているので爆発しなかった。

「妙な動きをしなければ死人はでない」

 そう言って二人が清水を連れてゆっくりと動き出した。松田たちはベレッタを構えながら動く。突然、会場に悲鳴が響きだした。どうやら松田たちの銃を見て驚いたようだ。

 会場にいる出席者が我先にと言わんばかりに逃げ戸惑う。テーブルが倒れ、ワイングラスが割れる。その中、松田が少し間を詰めた。すると葛山の声が聞こえた。

『二人とも妙な動きをするな。狙われてるぞ』

 葛山の言葉を確認するまでもなかった。報道陣の中から減音器サプレッサーとレーザーサイトがついたコルトM4A1が松田と大塚を狙っていた。

『上から確認出来るか?』

『無理ですね』

 それを聞いて松田がまた舌打ちした。

 徐々に裏口に近づいていく。間隔を保ちながら松田たちも追う。すると裏口のドアが開いた。外には黒のエスティマがスライドドアを開けて停まっていた。エスティマの中にいる覆面を被った男たちがベルギーのFN社のP90で松田たちを狙っている。

 P90は新世代の短機関銃サブマシンガンだ。プラスチックを多様したブルバップタイプで、弾倉が銃の上部にあるのが特徴だ。貫通力も高く、突撃銃アサルトライフルにも匹敵する。

 後ろから北川がモスバーグM590――被筒の部分にフラッシュライトがついている――を持って現れた。

 すると突然、眼鏡の男が手榴弾を清水から離した。安全レバーが音を立てて宙に舞う。それを松田たちに放り投げた。松田たちは裏口に向かって一斉に走った。松田は裏口のドアを足で蹴りながら閉める。爆発。片方のドアが吹き飛ぶ。それが頭上を越していく。松田は身を屈めていなかったら当たっていただろう。

 ドアが閉まる音がした。松田たちが走りだす。再び外に出ると、エスティマが急発車させながら、後部座席からP90を撃ってきた。北川が右肩を撃たれ、倒れ込む。松田と大塚は運よく当たらずに済んだ。

 松田は走りさるエスティマを見ながら苛立ちを感じていた。自分のミスでマルタイが拉致られた。松田は近くにあった緑色をした大きなゴミ箱を蹴飛ばした。

そこに葛山、元井、村上がタボールとHK416で武装しながらやってきた。

「マルタイは?」

 息を切らしながら葛山が言う。

「拉致されました」

 大塚が静かに言った。北川を応急手当てをしながら。村上が舌打ちをする

「大丈夫だ。これで追跡出来る」

 葛山がポケットからGPS機能を持った小さなナビを出した。松田たちが葛山の周りに集まる。

「これで居場所が分かる。全員車に乗り込め」

 松田たちが車が置かれている場所に向かって走りだした。

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