二日前
清水はデスクチェアーに座りながらコーヒーを飲んでいる。クロエは清水が散らかした資料などを奇麗に整頓していた。
『……明日から再び天気が下り坂になるでしょう。予想では十七日です』
清水の目の前にある画面に映る天気予報士がそう言っている。すると画面に『マニー』と映った。清水はゆっくりとした動作で画面を切り替える。天気予報士からマニーになった。
『清水様。またこのような封筒が届いておりました』
画面には名無しの差出人、『身を引け』と書かれた手紙――アナログレター。今日で四通目のアナログレターだった。
清水は溜め息をついてから処分するように言った。大胆の予想はついているが、アナログレターではなんの証拠にもならない。全てデジタル化した今の世界ではアナログレターの追跡は困難だ。
「清水様」
清水は先程の画面に切り替え、クロエを見た。
「警察に連絡した方が良いのではないでしょうか? 最近はアナログレターの他に不審者も見ます」
クロエが淡々と言うと、コーヒーを飲みながら考えた。
不審者とは最近、門の前に二人組の男が行き来しているとの事だ。だが、それだけの事。別に危害を加える様子もない。危害を加えるのならとっくにしているのではと清水は思う。
だが、相手がもしアームズなら油断は大敵。あっちは戦闘アンドロイドだが、フューチャーズは非戦闘アンドロイド。勝ち目はない。
「……分かったわ」
清水はゆっくりと番号を押した。
○
灰色の壁に囲まれた部屋。部屋にはスパーリング用のリングからトレーニング用の器具まである。ここは警察署、三階に設けられたトレーニングルーム。主に機動隊やSAT、対アンドロイド部隊がここを使っている。
その中で対アンドロイド部隊に所属している松田耕太はランニングマシンで汗を流していた。黒い髪は耳を隠し、奇麗な二重に透き通るような瞳をしている。
「なぁ、今度の休み……お前用事あるか?」
松田の右隣で同じくランニングマシンで汗を流している銀髪で有名な同僚の村上良介が言った。白い肌をしているが、意外に筋肉質だ。
「いや」
無表情で、淡々と答えた。
「休みに合コンがあんだ。お前も来ないか? 勿論ちゃんとした女だ」
「前もそう言ってアンドロイドが混ざってたぞ」
後ろで上半身裸で少し痩せた体をした北川直弥が懸垂しながら言った。短すぎず長すぎずといった髪型で、浅黒い肌に、右頬に違法アンドロイドによって負傷した傷がある。
「俺なんか危うく寝るところだったぜ」
北川の隣で同じく筋肉を自慢してるかのように懸垂をしている男、元井晃が言った。髪を短く切り揃え、シャツの袖の部分から狼が兎をくわえた入れ墨が見える。
「オカマだったしな」
北川がニヤつきながら言うと、元井は懸垂を止めて北川にパンチを繰り出す。だが、元井のパンチは北川の手によって止められた。
「あんだ? 俺とやるってのか?」
と北川もパンチを繰り出す。元井は左腕で防ぐと、お互い十分間隔を開けた。
先に動いたのは北川だった。左右の連続パンチ。元井は時折左右の腕で防ぎながらパンチを躱す。すると、元井は右のパンチが来ると同時に体勢を低くし、半円を描くように左回し蹴りを放つ。北川はそれに反応し、後ろに飛んで躱すと、両腕をクッションにして跳ね起きでもとの体勢に戻った。
松田はまたかと思いながら黙ってマシンを切って、タオルで汗を拭った。
北川と元井の喧嘩は日常茶飯事。しかも彼らは喧嘩ではなく、“遊び”なのだ。その“遊び”に巻き込まれた何人かが病院送りになっている。村上がその一人だ。
「あっ、おい。どうなんだよ」
村上が慌ててマシンを切って松田に近寄った。
「遠慮しとくよ」
そう言ってスポーツドリンクを飲んだ。するとトレーニングルームに身長が2メートルはある特殊部隊の格好をした対アンドロイド部隊のリーダー、葛山明雄が入ってきた。
「カンフー映画もそこまでだ」
彫りの深い顔だちに似合う低い声を聞いた北川と元井は笑いながら止めた。
「お前ら、仕事だぞ。すぐにミーティングだ。シャワー浴びて来いよ? 汗臭いからな」
そう言うと四人の男たちがシャワー室に向かう。途中で村上がiPodで音楽を聞きながらダンベルを上げたり下げたりしているスキンヘッドの大塚道則の肩を叩いて気づかせる。
シャワー室に入り、軽くシャワーを浴びて汗を流した。タオルで引き締まった肌に乗った水滴を拭う。
松田はシャワー室を出て、自分のロッカーから新しいシャツと黒いジャケットを取り出す。シャツとジャケットを着て、黒い縁の眼鏡をかけた。
「おい。さっさと移動しろ」
葛山が手を叩きながら言うと、それぞれジャケットに腕を通しながらトレーニングルームを出た。
松田たちは隣の部屋に入り、各自椅子に座る。松田たちの部隊は全部で五人。皆、厳しい訓練で厳選して選ばれた者だ。
「任務の話の前に、お前らの休みはなくなった」
葛山が淡々と言うと村上は溜め息をついて机に凭れた。
「では今回の任務の説明だ。今回は清水恵の護衛だ」
そこに元井が食いつく。
「タイム。護衛は俺らのやる仕事じゃないでしょ。警護課の……」
と言い終わる前に葛山が喋りだす。
「本人のご要望だ。分かったか? ……護衛の期間は一週間。それで何もなければ終了だ。簡単な任務だ」
葛山が言う通り簡単な任務だと松田は思ったが、胸の奥がもやもやしていた。自分でも分からないが何かあると感じた。
「質問はあるか?」
「し……」
村上が何か言おうとしたが、横にいた北川に小突かれた。
「ないなら銃器の点検を済ませ、地下駐車場に集合だ」
葛山の話が終わると北川が立ち上がり、
「よぉ〜し。てめぇら聞こえたろ? さっさと準備に取り掛かれ」
と言ってみんなを仕切る。階級でいうと葛山の次に偉い立場にいる。
松田たちは部屋を出ると空気の微妙な調節で上下するエレベーターに乗り込む。エレベーターの壁は強化ガラスで出来ており、外の景色が一望出来る。街は雨で濡れ、光りがぼやけて見えた。
約一分で十階から地下一階まで下りると、エレベーターを出て白い廊下を進んでいく。すると、『保管庫』と上に映ったドアの横にあるパネルに北川が手を触れると、ドアが横にスライドした。
中は青黒い壁をした部屋で、透明なケースが壁に内蔵されており、ケースの中には支給された銃器が入っている。ケースの横にはパネルがあり、自分のIDと指紋の照合をする。
松田はIDナンバーと指紋の照合を終えると、ケースのふたがゆっくり開いた。中からイスラエル製の騎兵銃、タボールC.T.A.R.21を取り出した。タボールはプルバップ式――弾倉が銃把よりが取り付けられている事を言う――の銃で、光学式照準器が標準装備されている特徴がある。
タボールの弾倉を抜き、棹桿を何度か引いてみる。異常がない事を確認してから弾倉を差し込み、再び棹桿を引いて初弾を薬室に送り込んだ。
次にサイドアームのベレッタPx4を取り出した。ベレッタはイタリアの名門、ピエトロベレッタ社の銃だ。銃把も握り易く、命中精度も抜群。
タボールと同様、弾倉を抜いて遊底を何度か動かしたあと、弾倉を差し込んで初弾を送り込んだ。
松田はベレッタを右腰につけたホルスターに差し込み、タボールは負い紐を肩にかけていつでも構えられるようにした。それから予備の弾倉をベストに付いているポケットに入れた。
「よぉーし。準備が出来た奴から駐車場に迎え」
松田と同じタボールの銃把を握りながら北川が言った。松田は無言のまま部屋をあとにした。不安を募らせながら。