73 ヲサイヤの過去 7
日が昇った。ヲサイヤの身体はここで目を覚ます。尤も、他の動物がそうするのと同じように彼の体内時計が通常のように働き、勝手に体が覚醒するという仕方であった。彼の視界は何も捉えなかった。体の感覚が戻ってくるにつれ、なんとなく肌寒い、という体感が彼の心の中に生まれた。
目を開けても依然として暗い視界。それでいてなんとなく身体は暖かいと感じていた。自身が何かに包まれているというところまで把握できた彼は、大きく体を動かしかぶさっているもの、包まれていたものを振り落とした。
急に日の光が差すようになる。咄嗟に目をつむるが、瞼を貫通して光が彼に刺激を与える。目が慣れるまで少し時間がかかったが、漸く目を開けると、自信が雪原にいることに気付いた。先ほど払った雪がまだ服に残っている。
どうしてだろう。彼にはそのときまでの過去と、現在の状況とを結ぶ記憶の手がかりがなかった。確か、母親と逃げていて・・・
ぼうっとしていた頭が覚醒状態に入る。そう、自分達は逃げていた。父親は、弟は?そして母親は?
三つ目の答えはすぐに見つかった。後ろを振り返ろうと体をひねった時、足にぶつかったものがその遺体であった。
「え・・?」
目覚めたとき、彼の身体を覆っていたのは雪ばかりではなかった。母親がその体と雪とでイグラーを作るようにして、それでもって彼女の体温で彼を温め続けるように、彼を一晩中守っていたのだった。
「母さん、母さん・・」
何度も、何度も、何度も何度も何度もヲサイヤは母親に話しかける。いつからこの状態であったのだろうか。朝になったし、今度は彼が温め返すことができるかもしれない。
しかし、母親が応えることはなかった。
こんなに眩しい朝の、真っ白で美しい雪原の中に一人彼は立ち尽くしていた。
ふっと状況が真っ暗闇に戻る。どうやらまたヲサイヤの精神世界に戻ってきたようだった。
「これがお前の過去なのだな」ランゾナルもそこにいた。
「そうだ」ヲサイヤは落ち着いてた。
「救世主不在の俺の人生、それ以上でもそれ以下でもない」
「なんとも不遇なものだな」ランゾナルは感情のない声でそう言った。
「敵に情けをかけるのか」
「情けではない。私には感情が無い。一般的にそのような過去を持つ者は、不遇と言うべきだろう」
「お前は一体何がしたいのだ。こんなところで時間をつぶしているわけにはいかないだろう。お互いに」
「いや、違う。私の目的は敵の攪乱及び強敵の足止め。お前を長くこの世界に閉じ込めておくことこそが私のしたいことだ」
「そうか。ならこんなところは早く抜け出してやる」
「抜け出したいのか?」
「何?」
「お前の過去を見せてもらったが、ここでお前の人生は完結している。『救世主不在の人生』。そう自分で言っていたではないか」
「ああ。それはそうだ。それはこれからも変わることはないだろう」
「生きる理由などもうどこにもないはずだ」
「いや、ある。」
「どこにだ」
「弟と父親が死んだところを俺は確認していない。生きているという保証はないが、亡骸を見ていない限りは俺は信じん」
「過去にとらわれた者よ、現実的なことを言うが、あの状況下においてそれは期待しない方がよいだろう」
「煩い。指図するな。これこそが俺の生きる理由なんだ。弟はさらわれていった。もしかしたらまだ生きているかもしれない。」
「それほどまでに頼りない可能性の為に、お前は生きようとしているのか。今にも消え入りそうな、そのわずかな光の為に」
「そうだ。弟、父親へ近づく為、そしてさらっていったあいつをこの手で殺すこと。それが、それのみが、俺の生きる理由だ」




