66.ヲサイヤの過去
彼は真っ暗な部屋の中にいた。ヲサイヤ自身の心の中にいるはずなのに辺りが全く見えない。まるで取り調べ室に一人残され、刑吏が入って来るかをただ待つような感覚で彼はそこに待機させられていた。しかし、ヲサイヤは自身の状況を全く理解できてもいなかったし、完全な無意識の状態にいた。何かに期待をするでもなければ、おびえるという感情もまた、生じることはなかった。
「コン、コン」
もし、彼の存在する空間に扉があればノックするこのような音が聞こえただろう。気づいたらすぐ近くに彼を訪れる人の影があった。
「誰だ」
先ほどまでの戦闘相手を忘れ、ヲサイヤは聞いていた。相手は分かり切っているはずだった。訪問者に対して名前を聞くお決まりの受け答えが咄嗟に出たのは、やはり彼が無意識下にあることが原因であろう。
「私の名は、ランゾナル」
ヲサイヤの心の中に勝手に暖かさが沁み入ってきた。敵の名前が知れただけで、ないはずの緊張感がほぐれていく感覚が生じた。
彼が何も答えないことは意にも介さず、ランゾナルと名乗るその男は近づいてきた。
「君の心の中の問題を解決してあげよう」
「そんなものは、ない」無意識でありながらも彼は強がっていた。
「いや、ある。私には分かっている。お前にも分かっている」
「余計なお世話だ、帰れ」
「そんなわけにはいかない。お前の未解決の問題を一つ減らしてやろうと言うんだ。悪い話ではないだろう」
「それが余計なお世話だと言っている。お前なんかの手によらなくても、俺一人で解決できる」
「解決できるというのなら、何故今まで残っている。自分の力ではどうにもならないからだろう」
「お前には関係のないことだ」
ランゾナルはヲサイヤの方に向き直った。彼の精神世界において何故か敵に支配されている。そういえば白魔法使い以外の人間と言葉を交わすのは何年ぶりだろうか。新鮮な感じがしてしまっているのがヲサイヤにはどうしようもなかった。もうどうにでもなれという気がしている。現実世界を置き去りにして今いるこの精神世界こそが、この瞬間においてはヲサイヤにとって全てであった。
「これがお前の過去か」
ヲサイヤの無意識から記憶が吸い取られる。それが次第に形を帯びて彼の周りにスクリーンのように映し出されていた。
彼の暗い、暗い過去であり今のヲサイヤの唯一と言ってよいほどの生きる理由であった。




