深い闇の中
ピタピタと響く雫の音も、既に雑音の一部と化していた。一定のリズムで鳴らされる、水のはじける音をスニークの脳は取るに足らないものとして処理し、彼の聴覚は更に繊細なものへと向けられていった。出口がどちらかといった思案が可能な状況ではなかったため壁に沿って足を運ばせる程度の動きしかできなかったわけだが、それでも自分の足音が岩肌に当たり、どう反響するのかを吟味する余地が生まれるようになった。一つの感覚を失うということは他の感覚が鋭くなるということと同意らしく、この暗闇に入る前後では明らかに彼の感覚は信用に足るものになっていった。
何やら開けた場所が近いという事を、彼の感覚が教えてくれていた。反響する足音が、開放的な空間へと向かっている。コン、コンといった響く音が、カーン、カーンといったような拡散する音へと変容している。出口まで先は見えない戦いだと思っていたが、着実に歩みを進めているつもりではいた。相変わらず光を感じないその眼では、外の日差しなど感じることはできない。或いは、既に夜も深まっているのかもしれない。何はともあれ、脱出できたことに胸をなでおろしながら、歩みを速めようとしたそのときだった。彼の土踏まずが地面を掴むことなく、スニークは真っ逆さまに落下した。
「ドボン」
鈍い音がその空間に響き渡ると同時に、彼は自身が凍てつく水中へ飛び込んでしまったことに気が付いた。彼は自身がかなり絶望的な状況の中にいるのだと気が付いた。落下時の着水音が語っていたのは、この空間がかなり広いものであるということ、そしておおよそ球のような形をしているということ、そして、彼が落下してきた入り口は、まだだいぶ上方に位置しているだろうということだった。
即座にスニークが復帰を試みた。中身が球の空洞になっているような空間は、登るにしてもかなりの傾斜が入り口(出口)に向かって続いている。それも更に滑りやすい。加えて、出口の穴が具体的にどの位置に存在しているのか、それすら思い出せようもない。
「最悪だな」
憤りを越した諦めのようなものが彼を包んでいた。彼が今現在必要とすることは、この地形を繊細に把握すること。そして傾斜のある、滑りやすい岩肌を登るだけのスタミナだった。彼が浮かんでいるところの水。これがどれだけの深さをもっているのだろうかと想像する時間だけが無限にあった。彼は自身の体力と出口到達への予想難易度を照らし合わせ、可能試行回数を推定した。
「7回か」
一挙一動誤ってはならない。指を食い込ませる場所、足をかける場所。そのどちらで失敗しても、体は大きく均衡を失うことになる。視力が奪われているのだからなおさらだ。全意識を手足に集中させ、感触でもって行動を進める時間のみがその場を支配していた。




