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99話 父の婚約劇1、二十九人の偽物とたった一人のお姫様

「急な呼び出しで悪かったな、アンジェリークよ。

これは、私からの詫びだ。受け取るが良い」


 背後で王家の微笑みを浮かべながら、優しく言い放つ、王族の男性。

 私の右手首を軽く握りました。


「……どういう意味ですか?」


 私は手首を見ながら、心底理解できない表情を浮かべます。

 恐れ多いという雰囲気をだしながらも、つい尋ね返しました。


「我が王家の言い伝えには、『雪の天使は、白き宝を守る』とある。

そなたは、『雪の天使アンジェリーク』の名を受け継ぐ者、この意味が理解できるであろう?」

「……かしこまりました、国王様のお心のままに」


 王族の男性は、王家の微笑みにすべてを包み隠します。

 私は淑女の礼を取り、男性が遠ざかるのを待ちました。


 遠ざかった王族の男性は、私の方を振り返りました。


「……アンジェリークよ。 夜になる前に、天からの贈り物が、そなたに届くであろう」


 にこやかな笑みを浮かべて、謎の言葉を呟きます。

 その後、表情をひきしめ、室内を歩き回られました。


 椅子に腰かけてうつむき、両手で頭を押さえる若者の前で、足を止められます。


「愛の無い結婚なんて、まっぴらだ!」


 若者は叫びます。

 麗しき容姿は悲しみに彩られ、声音は絶望に満ちていました。


 王族の男性は若者の叫びを聞いたはずですが、無視を決め込みます。

 扉をノックすると、若者の慌てた返事を聞いたのち、扉を開けるマネをしました。

 そして、若者に近付きます。


「ラミーロよ、 そろそろ時間だ。支度をせい。そなたの花嫁は、北地方の貴族の血筋から選ぶこと。

これは、国王命令であり、北地方の貴族の当主たち全員の同意を得て、決まったことなり。

見届け人は、春の国の国王たる私だ。

いかに私の遠縁だろうと、逆らうことは許されない。分かっておるな?」

「……心得ております」


 威厳ある王族の言葉に、ラミーロと呼ばれた若者は、騎士の礼をとりました。

 二人とも、六代目国王の直系の子孫です。

 ですが、王位を受け継ぐ長男の血筋と、国王に仕える騎士になった次男の血筋では、立場に上下関係が生じました。

 主従関係と言う、明確な身分差がね。


「うむ。ならば、左手を出すが良い」


 若者に対して、厳しい表情を浮かべたまま王族の男性……国王は命じました。

 言われるまま、若者は左手を差し出します。


「陛下、これは……この腕輪は国王の?」

「ほう、さすが塩伯爵の血筋。知っておったか。

そなたに特別に貸し与えようと思ってな」

「国王の腕輪を、気軽に貸すなどとっ!?」


 若者は、軽くパニックに陥りました。

 国王は若者の両肩に、自分の両手を乗せて、言い聞かせはじめます。


「良いか? 王家の古き言い伝えは、知っておろう?

『白き大地の白き宝を制する者は、国を制する』のだ」


 パニックになっていた若者は、国王の言葉に引き込まれていきます。


「王位継承権を持つ者なら、腕輪の意味も分かろう?」


 国王は念押しするように、大胆不敵な笑みを浮かべました。


「……はい、陛下。この王家の腕輪にかけて、正しき花嫁を選びます」

「うむ。ならば、会場へ向かうぞ」


 若者は左腕をゆっくり胸元に移動し、右手で手首を掴みます。

 その後、王族の男性として、最大の敬意を示す礼を取りました。

 部屋を出ていく国王に従い、若者も移動をします。


「……個人的に、そなたのように一途で、不器用なうつけ者は嫌いではない。

なにより、『塩の王子ラミーロ』の名を受け継ぐ者に、間違った選択はさせられぬ」


 大胆不敵な笑みを浮かべた国王の呟きは、足取り重く歩く若者に聞こえることはありませんでした。



*****



 えー……今の状況を説明しますと、私の両親の婚約話を、即興劇にして再現中です。

 歌劇鑑賞が大好きな王太子、レオナール王子の思い付きが発端なんですよ。

 「現在の恋愛歌劇」と揶揄(やゆ)されるくらい、運命的な恋愛結婚をした二人ですからね。

 観客と化した同級生たちは、目を輝かせて、即興劇に見入っておりました。


 母のアンジェリーク役は私、父のラミーロ役は私の上の弟。

 そして、うちの両親の仲人をした当時の国王役は、孫に当たるレオナール王子が演じられます。

 役者としては素人のレオ様ですが、王子として十七年生きておられますからね。

 生まれ持った気品と、王子として身につけた立ち振舞いで、威厳ある国王役をこなしていました。



「一途で不器用なうつけ者か……自分も、先代様から言われたことあるよ。

オデットに対する愛情表情が、義理の父上になるはずだった、ラミーロ男爵当主とそっくりだってね」

「ロー、静かにしてください! あなたのノロケ話は、王宮で聞きますから!」

「……ごめん、ライ」


 国王役のレオ様と父役の弟が移動する場面の途中で、医者伯爵家のローエングリン王子が、観客席から自慢ともとれるヤジを飛ばしました。

 宰相の息子である、ラインハルト王子に睨まれて、急いで口をつぐみましたけど。

 ロー様の独り言は仕方ありませんかね。私の上の妹、オデットの婚約者ですから。


 それにしても、「一途で不器用」ですか……父も、ロー様も、大好きな相手に、真っ直ぐな愛情表現をします。

 そして、「うつけ者」は、「愛に生きた大馬鹿者」という、先代国王陛下なりのシャレでしょう。

 父もロー様も、恋に関しては情熱的に燃え上がる性格で、駆け引きなんて小細工ができませんからね。

 先代国王陛下は、似た者同士の二人を、的確に表現していると思いました。



*****



 さて、即興劇に戻りましょう。


 うちの妹も北地方の貴族令嬢役で参加してきて、私の隣に立ちました。

 二人ともハンカチを頭にかぶって、淑女の礼をします。

 ハンカチは「顔を隠すベールの変わり」と前もって説明してあるので、観客席に混乱はありません。

 淑女の礼をしたまま、国王役のレオ様と、ラミーロ役の弟の演技を待ちました。

 今後は、役名で実況しましょう。


 最初に口を開いたのは、国王です。とても不機嫌な声音でした。


「北地方の各家から集まりし者たちよ、『大義であった』とは言わぬぞ。

分かっておろうな? 今のそなた達は、罪人ぞ!

本来ならば、北地方の貴族内で解決するべきことを、国王たる私が関わるほどに、問題を大きくした罪。

そして、総元締めの侯爵、及び塩伯爵が決定したことに異議を唱え、北地方の政治を混乱させ、雪の国との戦争開幕寸前まで追い込んだ罪。

本来ならば、家を取り潰して罪を償わさせる所を、我が恩情で見逃してやるのだ。ゆめゆめ、忘れるな!」


 低い声が室内に響きます。

 おなかに響くような、地の底から聞こえるような声ですね。

 きっと、仏頂面で話していることでしょう。


 不機嫌を和らげ、ラミーロへ、声かけをしました。


「さあ、ラミーロよ。この三十人の娘の中から、そなたの花嫁を選ぶが良い。

ここに居る各家の当主と、国王たる私が証人となろう」

「……はいっ、陛下」


 ラミーロの声は、緊張感にあふれておりました。

 私たちを端から端まで、ゆっくり見渡している気配があります。

 その後、国王のお側近くに立つことを許された、高位貴族のご令嬢から順番に握手を始めたようでした。

 

「ご令嬢、握手を願えますか?」


 私の隣にいた貴族令嬢と、握手する気配がしました。


「最後のご令嬢、握手を願えますか?」


 次は、私の番です。

 声をかけられたので、淑女の礼をといて、姿勢を正しました。素顔を見せないように、うつむき加減で、差し出された手を観察します。

 右手が差し出されていたので、私も右手で握手しようとしました。

 不意に相手の両手が伸びてきて、私の右腕を引っ張りました。

 体の重心が崩れて、転ぶような姿勢で、相手に抱きついてしまいましたよ。

 騎士のラミーロは意に介さず、軽く抱き止めます。

 すぐに嬉しそうに叫びました。


「陛下! 私の花嫁は、このご令嬢です!」


消えしてしまったと思っていた原稿が見つかったので、やっと連載が再開できました。

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