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98話 父と母は、歌劇のような恋愛をしました

 うちの両親は、先代国王陛下が仲人に入ってくださり、婚約、結婚に至っております。

 母には、雪の国の王家の血が入っており、母を平民呼ばわりした春の国の貴族に対して、雪の国の王族が怒りました。

 母の実家、雪花旅一座は「雪の国の分家王族」であるのも、拍車をかけたのでしょう。

 どうやら、春の国と雪の国の戦争直前まで、事態が大きくなったようですね。


 王太子のレオナール王子は、そのときの思い出話を、祖父から聞いておられるようです。

 先代国王陛下が、「人生で一番苦労した仲人話」と言われるくらいに。


 両親の婚約の過程は、一言で語り尽くせないほど深いです。

 男爵家の成立にまで、背景を広げることができますからね。

 知れば知るほど、王族や貴族の目を引くようです。


「子供のラファやエルには、少し難しい話になるが……お前たちの母上は、父上の男爵領地の正統な領主の血筋だった。

当時の国王だった僕のおじい様は、その事もあって、お前たちの両親の結婚話を疑問に思わなかったんだ。

北の侯爵家の結婚式に出席した翌日、北地方から王都に帰ったんだ」

「……北地方の総元締めと補佐役の、北の侯爵と塩伯爵家は、うちの母の血筋を知っているから、婚約に反対しなかったと」

「そうだ。北地方の他の貴族たちが、母上と言うか……雪花旅一座の座長の家族をまとめて平民扱いするなんて、予想外だっただろう。

アンジェの母上のおばあ様は、北の侯爵当主の孫娘だったんだぞ。

血筋がはっきりした貴族の生まれだったから、戸籍もしっかり王宮に残されているはずなんだ。

旅一座に嫁ごうとも、生きており貴族の戸籍の証明ができれば、孫の代までは生家の男爵家を受け継ぎ、当主になる権利を保持していることになるんだぞ。

ラファは、意味が分かるか?」


 レオ様は、だっこしている私の下の弟ラファエロをご覧になります。

 弟は、不思議そうに首をかしげました。


「例えば、兄上のミケが伯爵当主にならなかったら、ラファが旅一座から戻ってきて、伯爵家を継ぐことになるだろう。

王侯貴族にとって、血筋を受け継ぎ、家を存続されるのが一番の使命だからな」

「兄さまは、領主の責務を放り出して、僕に押し付けたりしません!」

「すまん、すまん、言い方が悪かったな。

もしも、病気になったら、領主を続けるのが難しくなるかもしれん。そんなときは、ラファが助けるだろう?」

「はい。去年、アンジェ姉さまが倒れてから、兄さまは領主代行を始めました。

もしも、兄さまが倒れたら、僕はすぐに帰って来て、お手伝いするつもりです。

場合によっては、六代目当主になります!」

「よしよし、ラファは兄弟思いの良い子だな。領主の立場も、きちんと勉強してて、偉いぞ」


 うちの弟の頭を、乱暴になでまわす、一人っ子王子様。

 ラファは目を閉じて、されるがままになっていました。


「話が反れたが、当時の北地方の分家貴族たちは、貴族としての血筋を残す重要性より、権力に目が眩んだとも言えるな。

雪花旅一座の祖先になる十三代目国王は、兄の十二代目国王に跡継ぎが居なかったから、王宮に戻ってきて国王になった。

旅一座は、祖先のこともあって血筋を存続させる重要性を、元王族として理解していたはず。

当時の座長夫人なら、実家の血筋存続のためにも、孫娘を嫁にやろうと考えるだろうな」


 レオ様に相づちを売っていたら、同級生たちは、怪訝な表情でした。話についてきていないようです。

 宰相の子息である、ラインハルト王子が口を挟んできます。


「……先ほどの王妃候補である、西の伯爵令嬢とアンジェの会話を覚えていますか?

『北の侯爵当主の孫のうち、二人が平民と結婚しておりましたの。ご両親の祖先ではありませんの?』

『正解です。兄がうちの母方のひいひいおじい様。

妹が、父方のひいひいおばあ様ですね』

簡単にまとめると、父方は新男爵の血筋。母方は旧男爵の血筋と言うことになります」

「ああ、オデットのひいおばあ様になる座長夫人は、本来なら、女男爵になるはずだったけ?

確か……実家に不幸が続いて、跡継ぎが途絶えたから、嫁に出た三女に跡継ぎを打診した記録が残ってたよ。

でも『移動する旅一座へ嫁いでいるから、領地は引き継げない』って、王家に申し出たんだよね。

それで、男爵領地に住んでて、いとこに当たる藍染農家が、新たな領主になったんだよ」

「……ロー、詳しいですね。まあ、花嫁にする娘の家系くらい、調べて当然ですが」

「まあね。オデットの祖先に当たる北の侯爵の歴史や、親戚関係くらい把握してるよ」


 ライ様の呼び掛けに王家の微笑みを浮かべる、医者伯爵家のローエングリン王子。

 私の上の妹、オデットの婚約者は、去年までは頼りない王子様でした。

 半年くらい、将来の姉として厳しく指導したら、牙を隠し持つ王子様に成長してくれましたけどね。

 能ある鷹は爪を隠す。そんな言葉が、現在は似合いましょう。


「オデットの母君は古き男爵の血筋だから、新しい血筋の父君に嫁ぐのは当たり前だよね。生まれた子供の代で、血筋が一つになり正統な跡継ぎにできるんだから。

それに王家の血筋同士の結婚としても、申し分なかったはずだよ。

元王族だった雪花旅一座の孫娘を見初めたのは、王家に連なる塩伯爵の血を持つ跡継ぎ息子だったからね。

ここまで家柄や血筋の条件がそろった恋愛結婚なんて、歌劇になっても、おかしくないと思うけど」

「さっき、レオが『現代の雪の恋歌』だと言っていましたよ。

主役の二人の名前は、ラミーロとアンジェリークですからね」

「……ぴったりの呼び方だね。さすが、ロマンチストのレオだよ!」


 阿吽の呼吸で、ペラペラしゃべる王子たち。

 うちの両親の恋物語に、どんどん尾ひれ背びれが追加されて行きます。


 平民の娘と男爵の息子による、身分差の恋愛だったんですよ、最初は。

 現在は、王家の子孫同士による、運命の恋愛に発展していませんか?


 事態を収拾できる自信が無いので、黙っていた私が悪いのでしょうかね……。


 ライ様に抱っこされた、私の下の妹があくびするのを、レオ様は見つけたようです。


「エル、難しくて眠いか?」

「ねむちゃーでちゃわ」(眠たいですわ)

「……エルには、まだ退屈な話のようだな。

いいか、父上と母上は、生まれたときから運命の赤い糸で結ばれた相手だったから、子供のときに出会って、大人になって結婚したんだ。

エルだって、北国の王子様と赤い糸で結ばれてるから、婚約することになったんだぞ」

「きちゃの、おーちゃま?」(北の王子様?)

「北の王子様は、エルだけの運命の王子様だ。エルの父上が、母上だけの運命の王子様だったようにな」

「……えりゅのおーちゃま?」(エルの王子様?)

「そうだ。エルと結婚する、運命の王子様だ。

北の王子様は、将来、エルと結婚するために、頑張っている。

エルも、たくさん勉強して、王子様にふさわしい、立派なお姫様になるんだぞ?

父上も、母上を守るために騎士の勉強をしたし、母上は父上をささえるために、雪の国で勉強したんだから。

エルだって、たくさん勉強して、母上のように立派なお姫様になれるな?」―

「あいでちゅの! えりゅ、おーちゃまような、りっぴゃおひめちゃまになりまちゅわ」

(はいですの! エル、お母様のような、立派なお姫様になりますわ)

「よし、良い子だ」


 退屈そうなお子様のために、レオ様は話を簡単にしました。

 うちの末っ子は、春の国の平和な未来を背負って、北の国へ輿入れしますからね。

 勉強するように、うまく焚き付けたと思いながら、二人を見てしまいましたよ。


「まあ、子供の頃の結婚の約束は、美しい思い出として、心に残るでしょうからね。

エルも、北の王子との約束を輿入れするまで、ずっと覚えていることでしょう」


 王家の微笑みを浮かべて、ライ様は締めくくりました。


 ……ちょっと、引っかかる言い回しですね。

 ライ様は、子供のときに、誰かと結婚の約束をされたのでしょうか?

 情報が無いので、詳しくは知りませんけど。

 考えられるのは、王子のライ様が子供の頃に結婚の約束をするくらい親しくて、再会を心から喜ぶご令嬢ですかね。

 そんなご令嬢、居ましたっけ? 子供のライ様と気軽に遊べる、貴族の子供。


 ……居た。将来の王妃、筆頭候補のクレア侯爵令嬢ですよ!

 ライ様と、祖父母を介した「はとこ」と言う、親しい親戚関係。

 去年まで東の国で留学していて、三年ぶりに美人になって帰って来た、ご令嬢。


 うーわぁ、ライ様が王太子に敵対宣言出す理由が、納得できてしまったんですけど!


 ……これは、由々しき事態です。王太子の秘書官としては、頭が痛くなります。

 どちらかと言えば、胃の痛みが、強くなりましたけど。

 どうか、私の胃に穴が開かないうちに、解決できますように。

 

「アンジェ、どうした? 気分か悪いのか?」

「……いいえ、大丈夫です」


 レオ様は、私が隠していた感情を悟られたのか、視線をなげかけました。

 大丈夫という私の言葉に納得せず、王宮医師の家系の王子に、話をふります。


「そうか? ロー、お前の見立ては?」

「……胃が少し痛いんじゃないかな。

雪花旅一座のアンジェリークについて、自分が教えたことも、戸惑ってる原因だと思う。

王家の血筋に関する話題って、姉君は望んで無かったようだから。

普段から、王家の血筋はすべて隠して、単なる平民が成り上がった男爵家出身と振る舞っていたしね」

「……ロー様のおっしゃる通りです。うちの両親は、幼馴染の平民の娘と男爵の息子が、身分を越えて結ばれただけの話なのに。

それを、古き祖先の血筋をあれこれ持ち出して、王家の子孫同士の恋物語に仕立てられたら、頭痛や胃痛が起きても仕方ないでしょう!」


 ここぞとばかりに、自己主張をしてみました。

 将来の王妃に関することで、ストレスを貯めたとは、思われなかったようですね。

 このまま、うちの祖先の血筋で迷惑を被ったことにしておきましょう。


「んー、本人たちがどんな血筋とか出会いとか関係なく、運命の恋愛結婚に変えられるよ?

断言できる。自分とオデットの出会いは、周囲から見れば、政略結婚目的のお見合いだからね。

塩の採掘権を持つ血筋を王家が保護するための、国王公認のお見合い。

でも、自分はオデットの性格や志に惚れて、たった一人の花嫁に選んだんだよ。

将来、お見合い結婚って言われるだろうけど、自分とオデットは恋愛結婚って、言い返すね」

「……ローの場合は、恋愛結婚になるでしょうね。

『側室予定の仮婚約』と言うオデットの立場を、半年かけてひっくり返し、『正室確定の正式婚約』に持ち込んだんですから。

側室予定だったレオの母上を、正室にすると国民の前で発表した、レオの父上と同じことをしています」


 軽く肩をすくめながら、ライ様は言葉を発します。


「僕の両親は、一目惚れ同士の相思相愛。ライの両親は言葉の壁を越えた相思相愛。

そして、アンジェの両親は、運命に導かれた相思相愛」

「だから、そこで王族の方々と、我が家を同列にしないでください!」

「だが二人が出会ったのは、運命の導きだと、僕は心から思うぞ!

子供のころは、祖先の血筋や身分など、何も知るまい。それでも、父上は母上を選んだ。

そして、最大の試練『婚約の儀』でも、顔を隠した三十人の嫁候補の中から母上を選んだ。

まさに奇跡! 僕も歌劇のような、素晴らしき恋愛をして、結婚したいものだ」


 ……話がそれてくれました。

 真顔で愛を語る、ロマンチストの王太子。

 王侯貴族は政略結婚が当たり前なのに、ご両親やおじ夫妻は、恋愛結婚しましたからね。

 王太子が、恋愛結婚に憧れても仕方ありません。

 教室内が恋愛結婚至上主義に染まりかけたころ、レオ様はやらかしてくれました。


「三十人の婚約者候補の中から、母上を選び出したのは、歴史に残るくらい感動的な場面だろう。

仲人だったおじい様は、これを直接見れたんだ。僕だって見たかっぞ、感動したかった!

だから、アンジェ、劇をやろう! 名案だろう?」

「はい?」

「おじい様の言葉はだいたい覚えてるから、国王役は僕がやってやる。

母上と父上役は、アンジェとミケがしろ。王子命令だ、今すぐやるぞ!」


 ちょっと! 思い付きの命令常習犯の王太子は、また無理難題を振りかざしましたよ。

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