96話 父と母は、共通の祖先に行き当たります
うちの両親の恋物語を話している途中で、私の弟や妹が乱入してきました。
私の上の妹オデットは、分家王族の医者伯爵家、ローエングリン王子と婚約中です。
国民に婚約発表するときの服を作るため、王家御用達の服飾工房へ行く途中だったようですね。
うちの領地は、藍染の産地なので、領地から母が反物を取り寄せたらしいです。
早く工房に行きたかった、私の下の弟妹は、私たちを迎えにきました。
うちの両親の昔話をしていたと知った二人は、父親の話を聞いたいとワガママを発揮してます。
……六年前に亡くなった父親のことを、幼すぎて覚えていませんからね。
「ラファ、おいで。僕が抱っこしてやる」
「エルは、私が抱っこしてあげますよ♪」
王子スマイルを浮かべて、うちの下の弟ラファエロを呼ぶ、王太子のレオナール王子。
同じく、うちの末っ子エルを手招きする、ラインハルト王子。
下の二人は、呼ばれるままに近づき、膝の上で抱っこされました。
一人っ子の王子たちは、うちの弟妹と、よく兄弟ごっこをして、遊んでいますからね。今日も、喜んで兄役に立候補していましたよ。
「……オデットも、抱っこしてあげようか?」
少し離れた椅子に座る、医者伯爵の王子ローエングリン様。
笑いながら、私の上の妹オデットを誘っていました。
「はい、お願いします」
雪の天使の微笑みを浮かべた妹は、迷いなく膝の上にお邪魔しましたよ。
「……オデット、本気で座るの?」
「はい。抱っこしてくださるのでしょう?」
なぜか、ローエングリン様は、焦りの感情を瞳に乗せて、レオ様を見ました。
「……おい、アンジェ。オデットがローの膝に座ったぞ、いいのか?」
「何を驚いているのですか? 膝の上に座るくらい、普通ですって。
おじい様も、私と交代で、よく膝の上に座らせてくれました」
「あ……ああ、そっち方面か。おい、ロー。保護者として、しっかりオデットを抱っこしてやれ」
「……うん、そうするよ」
生温かい視線を向けるレオ様に、ローエングリン様は王家の微笑みを浮かべました。優しく妹を抱きしめます。
妹を嫁にやりたくない二人、私の上の弟とはとこは、不機嫌な顔で睨んでいましたけどね。
「ほら、ラファ。僕のおやつを分けてやる」
「ありがとうございます。……このお菓子とお茶は、どなたがくださったものですか?」
「あの者がくれた。料理人の新作のお菓子らしいぞ」
「そうなのですか? 姫君、美味しそうなおやつを、ありがとうございます。
エルも、お礼言うんだよ?」
「あーとごじゃー♪」(ありがとうございます♪)
「どういたしまして。
……アンジェさんのご兄弟はしっかりしておりますのね、それにとても可愛らしいですわ♪」
「おほめに預り、光栄です」
食べかけだったので、半分に割られたお菓子を手渡された弟は、少し間をあけて、レオ様に質問します。
抱っこされたまま、おやつをくれたご令嬢の方に顔を向け、無垢な笑顔でお礼を言いました。
促された末っ子も、雪の天使の微笑みを浮かべてお礼を述べます。
お菓子をくれたご令嬢は、微笑みながら、楽しそうでした。
……母親から演技特訓を受けて育った私たち兄弟にとって、魅せる立ち振舞いや表情は、己の武器の一つです。
そこらの大人以上に、適切に使う方法を知っていますからね。下の弟は、お菓子をくれたご令嬢を一瞬で虜にしてしまいましたよ。
ラファエロが祖父の雪花旅一座に入団したら、ご令嬢は弟目当てで、舞台を見に来てくれると思いますね。
入団前から自分のファンを増やそうと試みるなんて、商才溢れるラファエロらしいですよ。
お菓子のお礼だけなら、レオ様に言うだけで良かったんですから。
下の弟は、我が道を行く性格で、自立心にあふれます。
次男は領地を継げないと理解して、裁縫の特技を身につけ、職人として身を立てる準備をしておりましたから。
子供なりに、自分の将来設計を立てていたと思われます。
この辺りは、父の血筋かも知れませんね。姉に領地を任せて、騎士として身を立てようとした父に似ております。
下の弟妹がお菓子を食べ、お茶を飲み終わるのを待ってから、口を開きました。
「ラファ、エル。お父様とお母様のお話をしてあげます」
私の声に反応して、二人は瞳をキラキラさせました。
「まず、二人とも、善良王様のことは、知っていますね?」
「はい!」
「あいでちゅの!」(はいですの!)
「ラファ、説明をしてみなさい」
「はい。善良王さまは、父さまと母さまのご先祖さまです。
生活に苦しむ民を思いやり、民と共に有ることを願った、立派な王さまでした。
僕たちは善良王さまの血筋を汚さぬように、民を守り、支えることを、代々の義務と使命としています。
兄さまは領主として民を守ることを、僕は旅一座の一人として、民の心を支えることを引き継ぎました」
「良くできました。……皆さん、これが、我が家の前提条件なのです。
善良王の次男の血筋を父方が、長男の血筋を母方が受け継いでおりますので」
ちらりと教室を見渡すと、同級生たちも、王妃候補のご令嬢たちも、あっけに取られていました。
「はあ? いきなり善良王の話?」と言う、心の疑問の声が聞こえてきそうです。
皆さんの疑問を解消すべく、王太子のレオナール王子に話をふりましたよ。
「六代目国王の善良王様は、春の国において、あらゆる意味で革命をおこしました。
これは、将来の国王になられる、王太子が一番ご存知だと思いますが」
「……まあな。善良王は、残虐王に対抗するべく、大陸で最古の王国、『雪の国』の王家の血を持ち、雪の国で教育を受けて育った、春の国の王女を嫁にすることから始めた。
ちなみに、この王女は、残虐王に処刑された『塩の王子ラミーロと雪の王女アンジェリーク』の娘だと言われている。
七代目国王や、湖の塩伯爵二代目当主になる、善良王の息子たちは、王族としての考え方を母親から学んだはず。
いいか? アンジェたちの父上は湖の塩伯爵の血筋、善良王の次男の子孫だから、王族としての考え方を保有していてもおかしくないんだ。
それなのに……父上は母上との愛に生きようとした」
私の狙いを察してくれたのか、レオ様は瞬きをしたあとに、話してくださいました。
「残虐王の犠牲者として知られる、『塩の王子ラミーロと雪の王女アンジェリーク』は、歌劇『雪の恋歌』のモデルになったと言われております。
父は、塩の王子と同じ名前『ラミーロ』を受け継いだがために、王族としての義務と、母への愛との間で苦悩したと思われます。
母も雪の王女『アンジェリーク』と同じ名前であったのも、拍車をかけたのかもしれません。
祖先のように殺されないために、王家の血筋ではなく、平民として生きようと考えるに至ったのでしょう」
順序立てて説明すると、平民の同級生は、なんとなく納得してくれました。
……丸め込むのが、楽な人たちですね。
王宮務めの貴族たちみたいに、人生経験を積んでないので、やり易いですよ。
「雪の恋歌」は、北地方のおとぎ話に、仲の良かった王子夫婦を当てはめて、創作された歌劇と世間一般では思われています。
けれども、おとぎ話ではなく、実話なのです。
残虐王に殺された王子一家の仇討ちとして、ラミーロ王子の血筋の正統性を高める一つとして、革命の動乱時期に行われた情報操作の名残り。
ラミーロ王子とアンジェリーク王女の子孫である父は、祖先の悲劇を繰り返さないために、王家の血筋を捨てて、平民として穏やかに暮らしたかったのだと推測しています。
「……父さま、民を守らなかったの?」
「いいえ。違いますよ、ラファエロ。
お父様は騎士として、民を守ることを選んだのです。
侯爵家へお嫁に行った、おば様がおりましたからね。
お父様は男爵の息子です。男爵の弟よりも、侯爵家の一人になったお姉様が領地を治めた方が、民は幸せになれると、お考えになられたんですよ。
エル。お姉様の言っていることは、分かりますか?」
「こーちゃくは、にばんめ。たんちゃくは、ごばんめでちゅわ!
みょってるけんげんがにがいまちゅの」
(侯爵は二番目。男爵は五番目ですわ!
持っている権限が違いますの)
「その通りです、よくお勉強しましたね。
当時の貴族の階級では、おばさまは二番目、お父様は五番目です。
そして、我が家は北の侯爵にお仕えする、騎士の家柄。
お父様は、主たる侯爵家に領地と民をお返しして、自分は民を守る盾や剣になろうとされたのです。
騎士の名門、塩伯爵の孫としてね」
私が弟妹に説明すると、東の辺境伯のご令嬢は、同意するように軽く頷きになりました。
辺境伯という騎士の家系は、守るのを代々の使命としております。
守る対象には、国の領土と国民も含まれるので、私の言葉に納得されたのでしょう。
……ご令嬢には、私たちが『善良王の血筋』とか、『騎士の名門』という、心のフィルターもかかって見えているようですけど。
「ラファ、エル。僕たちの祖先、善良王は、残虐王に苦しめられていた民を救うために、盾と剣を手にした。
その善良王の勇ましさを受け継いだ父上は、領地の民のために、盾と剣を手にしたんだぞ。
この決断は誉められることだが、一人で勝手に決めてしまったことが、ちょっと問題になったんだ。
二人とも、大事なことは兄上や姉上に相談するだろう?
父上は姉上に相談せず『勝手に行動した』から、怒られることになったんだ」
王太子の思考回路を持つレオ様は、「お父様、すごい」と思いかけたお子様二人に、きちんと釘をさしました。
具体的に説明を受けた二人は、ビクリと私を見ましたよ。
勝手に行動して……主にイタズラですが……私に怒られるのを経験上分かっていますからね。
「父上は、貴族であることを止めて、平民の騎士になると言い出した。
貴族が平民になるのは、大問題だ。ラファエロは意味が分かるな?」
「えっと……どうして、大問題なんですか? 戸籍は無くても、血筋を受け継ぎます」
「ラファエロ? おい、アンジェ!
お前、弟にどんな教育をしてるんだ!?」
「レオ様、お忘れですか?
雪花旅一座は、春の国の王族の戸籍を放棄して、民と共に有ることを選んだ王族です。
戸籍は失えど、王家の血筋としての誇りも、矜持も失わず、子々孫々まで受け継いでおります。
私の生きざまを見ればば、王家の教えが失われていないことを、納得されましょう」
レオ様が非難の視線を向けてこられたので、ジト目で返り討ちにしました。
雪花旅一座は、春の王族の戸籍は放棄しても、春の王位継承権は放棄してないので、いざというときも問題ありません。
「雪花旅一座が王族?」
同級生たちが、変な所に反応しました。
あちこちで、ざわめきが起こっています。
あれ? この事実は、あまり世間に知られて無いのでしょうか?
きっかけとなったご先祖様たちは、雪花旅一座の歌劇を通して、世界的に有名な人物たちのはずなのですが……。
キョトンとして、周囲を見渡してしまいましたよ。
「レオ、アンジェ。大昔のことを持ち出しても、現在の貴族は理解しかねると思いますよ?
雪花旅一座が王族だったのは、九代目から十三代目国王の時代ですからね」
困った声音で、王家の微笑みを浮かべたのは、ライ様でした。
新興分家王族のローエングリン様も、思い当たることがあったようです。
「二十年くらい前に、新しい分家王族を作るときに、参考にしたって聞いたことあるよ。
平民の旅一座が王族になったくらいだから、貴族である医者伯爵が王族になっても、全然おかしくないっていうのが、北と東の侯爵家の主張だったってね。
オデットは、そんな話を聞いたことある?」
「……戯曲王のことですか? 有名な言い伝えですね」
婚約者の膝の上で抱っこされた妹は、婚約者からの問いかけに暫し考えてから返事しておりました。
ライ様は、歌劇に詳しい王妃候補、クレア侯爵令嬢を見ながら話しかけておられます。
クレア嬢は、演劇文化が花開く、東国に留学されておりましたからね。
「クレアは、戯曲王を知っていますか?」
「ええ、善良王と残虐王の戦いを描いた歌劇『王家物語』が代表作ですわね。
正体は長らく不明で、没落貴族や、異国の裕福な商人の子息と言われておりますわ。
数多くある諸説の中でも、王宮の役人の息子が、一番信憑性の高い説ですわね」
「ええっ!? なに、その変な正体の数々!」
「……ミケ、雪の国の民間でも、似たような認識だったぜ。
俺も初めて聞いたときは、自分の耳を疑った」
クレア嬢の説明に、私の弟は顔色を変えました。はとこは、弟の肩に手をのせて、なだめています。
戯曲王の正体を知っているのか、ライ様は悠然として、続きを促されましたが。
「クレア、正体の根拠を話してあげてください」
「はい、ライ様。戯曲王が作った歌劇に出てくる礼儀作法は、古き王家の作法と判明しております。
また、歌劇背景も、当時の憲法などに沿っており、政治に精通していた証拠と言われておりますわね。
この辺りを総合して、王宮勤めの役人の関係者説が、有力なのですわ」
すらすらと語るクレア嬢の言葉に、弟はとうとう絶句してしまいました。
「……民間の説って、ぶっ飛んでいるのですね。
予想の斜め上で、たいへん驚きました。あはは」
私も、何とか言葉を捻りだし、弟の代弁をしましたよ。
戯曲王の真実を知る王子様たちは、感情を隠す仮面、王家の微笑みで聞き流していましたね。




