95話 嫁取り物語の聞き手が増えました
両親の恋物語も、婚約と結婚式を残すばかりです。
話す前に、うちの弟と妹が、分家王族のローエングリン王子と、父方のはとこに連れられて、王立学園までやってきましたけど。
下の弟のラファエロは、雪の天使の微笑みを浮かべながら、おねだりしてきました。
「アンジェ姉さま、早く工房へ行こう! 僕たち、お迎えに来たんだよ?」
「工房ですか?」
「うん! この前、エルと姉さまが行った工房。僕、お昼寝しちゃったから、行けなかったの。
母さまは忙しいから、アンジェ姉さまと一緒なら行っても良いって」
「お母様が? ……あ、お母様が呼んだのですね?」
合点が行きました。
私は、はとこを呼んだ覚えはありません。うちの母が呼んだのです。
母も、私と同じ名前のアンジェリークですからね。父方の祖父の弟は、私の母のつもりでアンジェと言ったのに、はとこは私だと勘違いしたのでしょう。
「うん。婚約発表の衣装作るから、反物持ってきてって、お願いしたんだよ」
「婚約発表の衣装ですか?」
「そうだよ、姉君。自分とオデットの婚約発表の衣装」
「婚約発表!?」
うちの上の妹オデットの婚約者、医者伯爵家のローエングリン王子も説明に参加します。
すっとんきょうな声を出したはとこは、うちの上の弟ミケランジェロに近づくと、早口で話しかけました。
『ミケ! オデットが婚約発表って、どう言うことだ!?』
「……不本意だけど、聞いての通りだよ』
『オデットは俺の花嫁だぞ!』
『うるさいな! 妹たちは嫁にやらないって、いつも言ってるだろう! 姉さんだって、やらないからな!』
北国の言葉で、言い争いを始める二人。
同い年の二人は、気心知れた親友同士ですからね。
ここがどこだか、完全に忘れているようです。
『おい、お前たち。今聞き捨てならないことを言ったな?
春の国の王家の取り決めに不満があるのなら、正々堂々と意見を述べろ!』
あーあ、おバカさん二人の口喧嘩は、王太子のレオナール王子に聞き咎められました。
北国の言葉で、怒鳴られます。おバカさん二人は、身をこわばらせました。
ゆっくりとレオ様の方に顔を向け、雪の天使の微笑みを張り付けて、ごまかします。
王子たちは、北国の言葉が分かりますからね。うちのおバカさん二人の会話を理解したようです。
「……兄君が、自分とオデットの仲を、認めたがらないわけだよ。
ライみたいな口説き上手の親戚が、妹を花嫁にしたいって言っていたら、警戒心むき出しになるよね」
ぼそりと言ったのは、医師伯爵の王子。悟りの眼差しで、私の弟とはとこを眺めました。
王家の微笑みを浮かべて反論する、王族有数の色男ラインハルト王子。
「心外ですね。なぜ、私が何度も、引き合いに出されるのですか?
王侯貴族のたしなみとして、恋の駆け引きを楽しんでいるだけですよ」
「あっそ。ライ、年上として忠告しておくけど、恋と結婚は別物に考えるべきだよ。
レオの元婚約者候補みたいな、ふしだらな子を捕まえないようにね」
「分かっていますよ、ロー。妻には、身持ちの固い娘を選びます」
ライ様とローエングリン王子の会話に、レオ様や教室内の同級生たちが凍りつきました。
……なぜか、故郷の北地方の冬のような寒さを感じましたよ。
今は真夏のはずなんですけどね。
静まりかえった中で、口火を切るのは、私の役目になりそうです。
固まったままの弟とはとこを捕まえ、教室のすみに、つれていきました。
我が家の醜態を、春の国の貴族たちに、あまり見せたくありませんからね。
うちの領土の特徴、雪の国の南地方発音で、ひそひそ話しかけます。
異国の標準語は、王子たちも理解できるので。ですが、「他国のなまり」まで理解できるのは、うちの一族だけでしょう。
『そもそも、分家次期当主のあなたが、本家の娘の正式な婚約を知らないとは、どういうことですか?
ローエングリン様は、婚約が正式決定した直後に、うちの家族に挨拶するため、領地にお越しになられたはずですが?』
『姉さん。コイツが北に旅立った後で来たんだよ。だから、医者伯爵の王子とは、会ってないんだ』
『それでも、今年の春に雪の国の使節団が来たときには、もう婚約が内定していましたよ?
使節団が帰った後で、話が広まっていても、おかしくありませんよね』
『どちらかと言えば、オデットよりも、エルの婚約内定の方が大事だからじゃない?
雪の国にしたら、南の公爵の血筋と本家王族の結婚の方が、重要だからさ』
『姉貴、仮だせ、仮。五年間お見合いしまくって、全部断った王子のきまぐれ仮婚約なんて、雪の国の友人は誰も信じてなかったぜ。
それに、春の王子は女遊びが激しいって、もっぱらの噂じゃん。
俺はあっちの王立学園にいる間、オデットに同情する話ばかり聞かされたんだからな!』
『なるほど、正論ですね。
私も、ローエングリン様のお見合い遍歴を知っていたので、最初は、とても反対しました。
それに、春の王族の男性が、口先三寸で女性を口説けるのは事実です。
レオナール王子とラインハルト王子の好みの基準は、美しいお顔の持ち主か、そうでないかが九割ですしね』
教室内は、うちの一族の早口の会話だけが響きます。
視線を巡らせると、王子たちはキョトンとした顔で、我が家の会話を見守っています。
地方なまりが混ざると、意味不明でしょうからね。
『ほらみろ、姉貴だって同じ意見じゃん! かわいいオデットを、変な男にやれるかよ!
ずっと守ってきた、俺の花嫁にした方が安心だぜ? なっ!』
『君に預ける方が、余計に心配だよ! 妹は嫁にやらない!』
『ミケ、うるさい!』
『……私は姉として、オデットの幸せを一番に願っています。
あなたは、医者になりたいオデットの夢を叶えられますか?
できませんよね。騎士見習いで、藍染工房の跡取りなんですから』
理論立てて説明したら、はとこは不機嫌顔で反論してきましたよ。
『医者になりたいなら、雪の国の医者に弟子入りで良いだろう!?
姉貴のじーちゃん経由で、医者呼べよ! なんだったら、俺の母さん経由で呼んでやる!』
『黙りなさい。そもそも、私やオデットは、「湖の塩伯爵家のひ孫」です。
つまり、春の国の英雄、六代目国王の直系の子孫なんですよ?
春の国の医者の代表格、医者伯爵家に輿入れさせるのが、筋と言うものです』
『だって、医者伯爵は、西地方の貴族だぜ?
俺たちの祖先を殺した残虐王の子孫へ、嫁にやれるか!』
『姉さん! なんで、医者伯爵の王子をかばうんだよ!?
僕は認めない。残虐王の子孫なんて、絶対に認めない!』
……弟とはとこは、吐き捨てるように言いました。北地方の貴族としては、真っ当な意見です。
医者伯爵家は、ローエングリン様が生まれる直前まで、春の国の西地方の世襲貴族の一員でしたからね。
春の国の西の公爵家は、極悪非道の代表格である、五代目国王、残虐王の子孫です。
西地方の世襲貴族は、西の公爵の分家ばかり……残虐王の子孫と言うことになります。
北地方の貴族にすれば、残虐王は私たちの祖先を……雪の恋歌に出てくる「ラミーロ王子とアンジェリーク王女の一家」を殺して、国王の地位を手に入れた大悪党です。
ラミーロ王子の隠されていた娘が、六代目国王の善良王の妻になり、子孫の私たちが血筋を受け継いでいます。
……西地方の貴族と北地方の貴族の因縁は、今も続いているんですよ。
『あとは、武術ができない軟弱な男!
医者伯爵の王子は、勉強一筋の優男で、将来の見込み無しって、雪の国でも有名だぞ!』
『オデットを軟弱な優男に嫁にやったら、親戚たちに何て言われるか。
こんなにひょろっとしてて、戦えない相手を、兄弟だなんて絶対に呼びたくない!』
……この……脳みそ筋肉のおバカさんども!
人を外見だけで判断するなと、あれほど言ってるのに!
仕方ないので、ローエングリン様に解決してもらいましょう。
振り返り、話を切り出します。
「おさわがせしました。我が家には父親が居ませんので、二人が父親変わりに、ローエングリン様を見極めたいようですね。
ローエングリン様のお覚悟を、お聞かせ願えますか?」
「春の国の未来のために、塩の採掘権を持つ雪の天使を保護するのは、王族として当然の務めだからね。
なおかつ、オデットは、善良王の子孫である、湖の塩伯爵家のひ孫。
分家王族の医者伯爵家の花嫁として、血筋も、家柄も何にも問題無いね。
自分は、心から望んで、オデットを花嫁に向かえるつもりだよ」
「ほら、王族の務めって、言い切ったぜ、姉貴! 政略結婚なんて大問題だ!」
「姉さんも、聞いたよね? 政略結婚なんて、大問題だよ!」
「どこが大問題なのですか? 私も、オデットも、生まれる前から結婚相手が、決まっていたんですよ?
言い換えれば、生まれる前から政略結婚することが決まっていました。
それなのに、ローエングリン様に心から望まれて、婚約することになったのです。
政略結婚するはずだったオデットが、恋愛結婚できるかもしれないのに、邪魔をするつもりだと?」
私がローエングリン様を援護すると、弟とはとこは、口ごもりました。
弟たちは塩の採掘権狙いだと言いたかったようですが、私は気づかないふりをして、答えました。
問題点のすり替えなんて、簡単ですよ。
よし、反論がないうちに、次の議題に移りましょう。
「それから、武術関連ですか。オデットを物理的に守れるかどうか。
北地方の貴族なら、重視するべき点ですが、王都では関係ないのではないでしょうか?
輿入れ先は王家ですし、王族は騎士に守られるものです」
「なるほど。軍事国家の雪の国では、男の価値は武術の実力で決まると聞きますからね。
北地方は、雪の国の影響を受けやすいから、その考えは納得できます。
さすがに、医学の勉強三昧のローが、武術の達人だなんて思えませんよね、レオ」
「そうだな、ライ。物静かで大人しいローは、剣術から遠いイメージだ。
騎士見習いの二人には、ローは物足りない相手に見えるんだろう」
我が家のおバカさんたちの発言に、大きく頷くレオ様とライ様。
ちょっと! はとこのお二人が、ローエングリン様をフォローしないで、どうするんですか!?
「だがな、ローは体術にかけては、僕ら三人の中では一番強いぞ。
人体の構造を知り尽くした、医者の家系だからな。最小限の力で、相手を最大限に痛め付ける方法を知っている」
「レオの言うとおりです。昔から、ローとの体術の稽古は、なかなか勝てませんからね」
「それから、作戦立案の得意な軍師の家系だな。
ローの父方のひいおじい様は、西国との戦争で、我が国の軍師として活躍したんだぞ。
援軍が到着するまで、西地方だけで西国からの猛攻に耐えられたのは、優秀な軍師が応戦したからだ」
「医者伯爵家は医者の名門として有名ですが、ちらほら歴史に名を残した軍師も輩出しています。
十代目国王時代の東国との戦いや、十三代目国王時代の南国との戦いで活躍した軍師は、どちらも医者伯爵家出身ですよ。
最前線で指揮をとる将軍タイプの私やレオと違って、ローは後方で戦局全体を把握しながら指揮する、軍師タイプの男ですよね」
レオ様とライ様が、ローエングリン様を援護したら、弟とはとこは言葉に詰まりました。
十代目国王と十三代目国王は、雪花旅一座とも関係深い国王です。
それを踏まえた上で、ライ様は発言されたのでしょう。
今のうちに、筋肉おバカさん二人を、叩き伏せておきましょうか。
同級生たちに証人になってもらうため、わざとゆっくり話しました。
「二人とも、六年前に亡くなった、ローエングリン様の兄君を覚えていますよね?
北地方で流行り病にかかった民や、うちの親戚たちを診察して、治してくださろうとした医者伯爵の王子を。
ご自身も病にかかっていたにも関わらず、私のお父様や親戚たち、それから領民を診察してくださった、偉大なる医師を。
あの時点で、北地方を見捨てて王都に戻っていれば、兄君は助かっていたかもしれません。けれども、北地方に留まり、医者の王族としての義務だと語り、春の国の民と最後を共にされました。
オデットは、北地方に尽くしてくれた兄君の様子を覚えているから、医者になりたいと願ったのですよ?
私たちは、北地方の最後の貴族として、命と引き換えに民を救おうとしてくださった医者の鏡、医者伯爵家に、ご恩返ししなければなりません。
医者になりたいオデットを、医者の減った医者伯爵家にお預けするのは、筋が通りますよね?
今までお父様の遺言通りに、あなたたちがオデットを守ってきてくれたのは、よく分かっています。
ですが、いつまでも子供のままでは、ありません。そろそろ、巣立ちを祝福してあげなさい」
はとこは、何か言いたげにしましたが、私の理論にきちんと反論できる自信がないのでしょう。
もしも反論したら、木っ端微塵に意見を打ち砕いてやります。
そんな未来が見えたのか、はとこは不機嫌な顔でしたが、とうとう口を開きませんでした。
よし、一人目論破!
弟も口を一文字にして、私を睨みました。
けれども、私が父親の話を出したので、言い返せないのでしょう。
第一、ミケは姉の私に頭があがりませんしね。
よし、二人目論破!
「……言葉が足らなかったようだね。
自分がオデットを花嫁に選んだ決め手は、命の大切さを知る女の子だから。
お見合いしたとき、心から医者になりたいと願っていたオデットは、本当に天使に見えたよ。
自分がずっと待ち望んでいた、運命の花嫁だって、確信したんだ」
空気を察したのか、ローエングリン様が、改めて話し出しました。
教室中の視線は、立ったままの医者伯爵の王子に注がれます。
「今までお見合いした中にも、医者になりたいって言う子は居たけど、全員が口先だけの言葉だった。
本当は、王太子の花嫁になりたいから、親戚である自分を利用して、レオに近づこうとしていたからね。
そんな間抜けな考えを、自分が見抜けないなんて、思っているんだよ?
愚か者すぎて、憐れみの感情しか沸かなかったね」
王家の微笑みを浮かべて、教室中をゆっくり見渡すローエングリン様。
何人かのご令嬢は心当たりがあるのか、さりげなく視線を反らしていました。
「ローは分家王族の王子として、嫌な役回りを、進んで引き受けてくれました。
年上であることを利用して、レオや私より先にお見合いをして、貴族の娘の本性を見極めてくれていたんですよ。
国王になるレオに、嘘つきで愚かな娘を近づけられないと言ってね」
「……それをやったおかげで、『政治にうといから、貴族の力関係が分からない王子』だとか、『見合いを全部断る、見る目のない王子』だなんて、不名誉な肩書きがたくさんついたけどね。
肝心のオデットには、不信感を持たれたし、姉君のアンジェには、大反対されるし……あのときは、さすがに後悔したよ」
「ローは自分で嫁を見つけるつもりなんだと、僕は傍観していたが、見合いのたびに聞かされたのは、アホな女の情報ばかり。
さすがにおかしいと思って問いただしたら、分家の自分より、本家の僕らの嫁探しが大事だって、笑うんだぞ。
僕らだけ、幸せになれん。ローにも、幸せになってもらわないと」
「去年の秋、オデットが医者になりたがっていると聞いて、レオに相談したんですよ。
レオは嬉々として、ローとのお見合いを準備してくれました。
まさか、初めて出会ってから三日目で、正室にしたいと言い出すほど、気に入るとは思いませんでしたけど」
「ライ。運命の赤い糸で結ばれた二人は、そんなもんだ」
ペラペラとしゃべる、王子様たち。阿吽の呼吸で、お見合い王子の裏事情を語りましたよ。
どこまでが本当で、どこまでが思い付きの発言なのか、知りませんけど。
医者になりたいオデットの夢を、ライ様がレオ様に伝えたから、お見合いになったのは事実です。
雪の国の王家に輿入れする予定だったオデットが、ローエングリン様に見初められたときは、頭を抱えましたよ。
ローエングリン様を見極めた上で、雪花旅一座のおじい様に雪の国王を説得してくれるように頼みました。
オデットの代わりに、末っ子のエルが、雪の国の王子に見初められて解決しましたけどね。
エルは、雪の国の難民たちが保護されていた領地から、難民たちの故郷の領主に嫁ぐ予定です。
その上、雪の国の王家に連なる血筋であり、春の国の英雄、善良王の子孫。
現在も、未来も、難民たちの心の支えになり、春の国と雪の国の友好関係を深める花嫁になりましょう。
幼い末っ子は、まだ自分の役割を理解していないでしょうけど。
さて、レオ様は、うちの弟とはとこをご覧になりました。
「おい、お前たち。ローが切れ者の正体を隠していたのは、理解したか?
ローの見合いの歴史は、王太子の僕と春の国の未来を守るために、分家王族として計算の上でやっていたことだ」
さすが、レオ様は民衆心理掌握にたけた、王族です。自分の能力の使い方を把握していますね。
春の国の王太子の視線に反論を封じられた、私の弟とはとこは、嫌々ながらも頷きました。
「それからオデット、辛い思いをさせて悪かったな。ローの見合い歴に、心を痛めていたんだろう?
ローが心から愛する女は、後にも先にも、オデットだけだから安心しろ。
我が王家の血を持つ親戚たちには、相思相愛で幸せになって欲しい。僕の心からの願いだ」
王子スマイルを浮かべたレオ様に、ローエングリン様の後ろで控えていたオデットは、雪の天使の微笑みで答えます。
教室内は静まり返り、一件落着でしょうか。
「アンジェ姉さま。大人のお話、終わり?」
突然、服を引っ張られたので、見下ろすと、下の弟のラファエロの仕業でした。
……完全に、下の弟妹のことを忘れていましたよ。
「ええ、終わりました。待たせて、すみません」
「ううん。アンジェ姉さまや兄さまたちのお話は大事だから、邪魔したらいけないもん」
「えりゅ、ちゃんとまちまちたわ。えりゃい?」
(エル、ちゃんと待ちましたわ。偉い?)
「きちんと待てるなんて、二人とも偉いですね。良い子、良い子」
口を挟まず、大人しく待っていた下の弟と妹。二人の頭を撫でて、ほめました。
兄弟が多いせいか、うちの弟妹は小さいのに、空気を読める子に成長してしまったんですよね。
王宮に居る、空気を読まないおバカな大人たちに、爪の垢を煎じて飲ませたいですよ。
「じゃあ、姉さま、一緒に工房行こう?」
「ラファ。アンジェお姉様は、皆さんとお話中なので、まだ一緒に行けません。オデットお姉様と一緒に行ってきなさい」
「あーじぇおーちゃま、にゃんのおはなちちてましゅの?」
(アンジェお姉様、なんのお話ししていますの?)
「お父様とお母様の昔話を……」
「父さま!?」
「とーちゃま!?」(お父様!?)
「僕も、聞く! 父さまのお話、聞く!」
「えりゅも、えりゅも!」(エルも、エルも!)
「あ……二人とも、お父様の話は、帰ってからしてあげます。
お出掛けの途中だったのでしょう?」
「お出かけしない! 父さまのお話し聞く!」
「やー! とーちゃまがいー!」(嫌! お父様のお話が良い!)
……説明に失敗しました
弟と妹は、目の色を変え、私の服をにぎりしめましたよ。
父親の話を聞きたいと、何度も懇願してきます。
こうなると、二人は工房行きを進めても、テコでも動かないでしょうね。
「……ローエングリン様、服飾工房に、訪問の先触れは送ってあるんですか?」
「いや、まだだよ。姉君と合流してからと思っていたから。
六年前じゃ、二人とも幼すぎて、亡くなった父君のことを、覚えてないよね?」
「……はい。ラファエロは、五才。エルに至っては、生まれた直後でしたから」
私がお答えすると、医者伯爵の子息殿は、うちの下の弟と妹に視線を移されます。
教室中が父親を知らない子供たちに、あわれみの感情を向けていました。
しゃがんで、下の弟妹と視線を合わしました。
「ラファエロ、エル。お姉さまが、お父様とお母様の結婚式のお話しをしてあげます。
だだし、皆さんに迷惑をおかけしないように、大人しく聞くんですよ」
「はい、アンジェ姉さま!」
「あいでちゅの♪」(はいですの♪)
目を輝かせて、大喜びする二人。きちんと良い子のお返事をしました。
そんなこんなで、恋物語の聞き手が増えましたよ。
子供の夢を壊さないためにも、言い方に気を付けなくてはなりませんね。
医者伯爵の王子ローエングリンと、雪の天使オデットの恋物語は、
「王子様の奮闘記 〜惚れた「雪の天使」は、隣国に嫁ぐ予定なので頑張ろうと思います〜」
にて、読めます。
おっとり気質の末っ子王子様が、精神的に成長していく話ですね。




