93話 父と母は、再会しました
うちの両親の恋話を、同級生たちに話しています。
十六才の父と十四才の母が、誤解による喧嘩別れをしてから、四年後。
雪の国で勉強していた母が、春の国へ戻ってきました。
母の親友、雪の国の公爵令嬢が、春の国の侯爵子息と結婚式を挙げたので、お祝いの歌を贈ったのです。
結婚式に参列していた父は、歌声を聞いて、母だとすぐに気付きました。
母の祖父である、旅一座のひいおじい様に面会を申し込んだのです。
「旅一座のひいおじい様は、四年経っても、母の歌声を聞き間違わなかった父に感心します。
宴会場の外にある、庭の長イスで待つように指示しました。
ひいおじい様は、母の所へ行き、『今後について話し合おう』と言って、外へ連れ出します」
「ふむ。僕が仲人するにしても、同じような演出をするだろう。
母上に逃げられず、父上に会わすためには、待っていることを黙っている。
今後について話し合うんだから、嘘はついていないしな」
私が話している途中で相づちを打ったのは、王太子のレオナール王子です。
「仲人王子」と呼ばれるくらい、仲人がお上手な王子ですからね。悪知恵……いいえ、演出がすぐに思い付くようですよ。
「それで母上は?」
「庭に行く途中で、長イスに誰か座っていると気付いたようですね。ひいおじい様に小声でたずねました。
『婚約者候補』とだけ言われて、血の気が引いたようです」
「……お前のひいおじい様、イタズラ好きだな。母上、気分が落ち込んだだろうに」
「母は、四年間、雪の国で自由に過ごさせてもらいましたからね。
さすがに、雪の天使の義務を果たすときが来たんだと、諦めたようですよ」
「雪の天使の義務か?」
「はい。座長の娘である母は、雪花旅一座の血筋を残さねばなりませんからね」
「……そうか。雪の天使が居なくなれば、困るからな」
話の途中で、レオ様の視線が鋭くなりました。王太子として、雪の天使の義務を察したようです。
王家の血筋が途絶えるような有事に備えて、雪の国から離れて暮らす、最古の分家王族。それが、雪花旅一座の正体。
母は「雪の国の王女」として、政略結婚しなければならないと、覚悟したと言っていました。
「騎士の父は、ひいおじい様たちが近付いてくる気配を、感じとっていました。
長イスから立ち上がり、ひいおじい様の方を向くと、母を待ちます。
母の顔が見えた瞬間、つい走りだしたそうですね」
「場面が目に浮かぶな。四年ぶりに再会した、初恋相手だ。母上しか目に入らなかっただろう」
王子スマイルを浮かべながら、ちらりといとこをご覧になりました。
視線を投げ掛けられた、ラインハルト王子は、王家の微笑みを浮かべて受け流します。
ライ様の反応が予想外なのか、つまらなそうな感情を瞳に浮かべながら、レオ様は前に向き直りなした。
「母は、男性に抱きしめられと理解して、恥ずかしくて、とにかく離れようとして、焦ったようですね。そこに『会いたかったよ、アンジェちゃん!』っと、父の声が聞こえて、頭が真っ白になったと」
「父上は、抱きしめただけなのか? 感動の再会だろう? 口づけとか、抱き上げるとか」
「どうして、口づけるんですか? 抱きしめるだけで、十分ですよね」
「……お子様アンジェは、大人の世界が分からんか」
「私も、アンジェの意見に賛成ですね。
心から愛しい相手との再会です。
本当に目の前にいるか、確かめて、無事に帰ってきてくれたと喜ぶ方が先ですよ。
それ以外は、なにも考えられないでしょう」
およ? ライ様は、抱きしめる派でしたか。
恋の駆け引きを好む王子なのに、意外ですね。
レオ様も同じ事を思ったのか、目をパチクリしました。
「……レオの理想は、私とはちょっと違うというだけの話ですよ。
アンジェの両親の再会は、どのような感じだったのですか?」
ライ様は王家の微笑みを浮かべて、話を切りかえようとしていますね。
口を滑らせた感じでしょうか。
空気を読んで、うちの両親の恋話を進めましょう。
「長イスに、二人っきりで座っていたそうですね。
隣を見上げたら、嬉しそうな父が、愛の言葉を投げ掛けていたと。
それ以上詳しくは、恥ずかしがって、教えてくれませんでした」
「……うーむ。察するに、父上は四年ぶんの愛を、熱烈に語ったとみえる。
まあ、僕らが詮索するのは、野暮だ。
大切な二人だけの宝物は、母上の心にしまって置くのが良いだろう」
レオ様がそうおっしゃったので、ライ様は詳しく聞くの諦めました。
ちょっと残念そうでしたけどね。
「その後、父は母の手を引いて、宴の会場に戻ったようです。
さすがに空腹で、寒くなって来たのでしょう」
「いやいや、空腹や寒いと言うよりは、二人でダンスをするためだと思いますけど」
「ライ。お子様のアンジェに、大人の思考を求めるな」
「……そうですね」
ちょっと、王子様たち。
なんですか、その憐れみの視線は!
「まあ、いい。会場に戻ってきた後のことは、おじい様から聞いて、僕も知ってる。
仲人しようと待ち構えていたおじい様は、戻ってきた父上を見て、声をかけ損ねた。
なんせ、絶世の美女を連れて、二人の世界を作っていたからな」
「二人の世界を作られたら、周囲が話しかけるのは大変だと思いますよ」
はい、大変です。ご自覚はあるんですね。
ライ様は、公衆の面前で女性を口説いて、二人の世界を作る王子ですから。
その状態のライ様に、平気で話しかけられるのは、いとこのレオ様。はとこの医者伯爵の王子、ローエングリン様。
それから、親友の外交官の子息殿と、騎士団長の子息殿、私くらいですかね。
言い換えれば、王子の機嫌を損ねても許される、数少ない人物と言いましょうか。
「おじい様は、紹介するつもりで打診していた娘たちに、紹介出来ないと断る言葉を考えはじめたらしい。
相思相愛で結ばれるのが一番、それがおじい様の重視する仲人理念だ。
恋人がいるなら、あとは本人たちが上手くやると思ったようだ」
「へー、そうだったんですか。母は四年ぶりの父との再会をあまり話してくれなかったので、初めて聞きましたよ」
「……お前の父上、嬉しすぎて、舞い上がってたんだと思う。
外から戻るなり、両親の所へ母上を連れていって、『花嫁にしたい娘』と、言ったらしいからな。
遠目で見ていたおじい様は、男気あふれる行動に、目が点になったんだと」
「家族に紹介するのは、普通ですよね?」
「お前の家族だけなら、問題ない。だが、北地方の貴族や北国の王族が会場に居るんだぞ?
家に帰ってから、ゆっくり紹介すれば良いものを、急ぎすぎて公衆の面前で言い放ったから、大騒ぎになったんだ」
「なるほど。母は恥ずかしがり屋なので、記憶を呼び起こしたくなかったと。
父はベタ惚れだったので、甘い言葉を投げ掛けて、大騒ぎだったんでしょうね」
「違う。阿鼻叫喚の地獄絵図だ」
「……はい?」
阿鼻叫喚? 地獄絵図?
待って。
うちの両親、何やらかしたんですか!?
「おい、アンジェ。お前の父上、どんだけ価値がある男か、理解してるか?」
「えーと……王立学園を卒業し、北の侯爵に将来を期待された騎士です。
塩伯爵の孫の時点で、『善良王の子孫』と『国王の遠戚』『湖の塩の採掘権』の肩書きも付きますね」
「うむ。見合い相手は、王家の傍流と知った時点で『騎士として、将来の出世間違いなし』と、受け取るだろう」
「あ、まだありました。
父が北地方に帰って来た直後に、姉であるおばが、北の侯爵に嫁いだので、『北の侯爵と親戚』になります。
この時点で、『男爵家の跡取り』も、確定していましたね」
「……おば上は、命の恩人に押し掛けた花嫁だったな。そうか、この頃なのか。
そうなると……北の侯爵家は、北国の王女と結婚したから、アンジェの父上は、『雪の国の王家とも親戚回り』になるな。
……ふっ。おじい様が、人生の中で一番苦労した仲人話と、語るわけだ」
「先代国王陛下が? 父が優良物件だったからですか?」
「優良どころか、当時の貴族の跡取り息子の中では、最高に価値のある男になると思うぞ。
平民の農家の子孫の男爵家なのに、付加価値が半端ない。
さすがに僕でも、生半可な女は紹介できん。
王子の正室になれるくらい、優秀な嫁を探すだろう」
しみじみと言い放つ、二代目仲人王子のレオ様。
あのー。上の弟のミケランジェロは、父よりも付加価値がつくと思うんですけど?
男爵家じゃなくて、伯爵家の跡取りとか。
湖に加えて、山の塩の採掘権も持つとか。
春の国と雪の国、二つの王位継承権を保持するとか。
妹たちは春と雪の王家に嫁ぐから、完全に二つの王家と親戚になるとか。
そもそも、本人自身が、雪の国の王子の戸籍を持つとか。
父で王子の正室クラスの花嫁なら、うちの弟の花嫁はどうなるのでしょう?
あ! だから、レオ様は、王妃教育を受けているご令嬢を、弟の花嫁候補にしようとしてるんですよ。きっと。
うちの上の弟は、王妃クラスの花嫁でないと釣り合わないと、お考えになられたから。
……我が弟ながら、ミケも、難儀な血筋に生まれたものです。
「まあ、話を戻すか。
宴会場の騒ぎは、国王だったおじい様が、『結婚式は、良縁が生まれやすいと言う。新たな好一対が生まれたのは、めでたきことよ』と言い繕って、場を収めた。
北地方の貴族たちには、誠意ある行動を願うと宣言して、宴はお開きになったらしいな。
その後の荒れ具合は、アンジェの方が知ってるだろう?」
「はい。おばあ様の実家、湖の塩伯爵家は、『雪花旅一座の座長の娘なら問題無い』と婚約に賛成。
父の面倒を見ていた北の侯爵家も、父が騎士になった経緯を知っているから、婚約を認めました。
けれども、納得がいかないのは、それ以外の北地方の貴族です。全部の分家が反対しました」
「北地方の総元締め、侯爵家は、母上のおばあ様の持つ、侯爵の血筋を押したそうだ。
僕のおじい様も、それで丸く収まると思っていた。
……が、娘を最高の跡取り息子に嫁にやりたい貴族は、絶対に侯爵の血筋と認めんかった。平民から嫁はとらせないと」
「親戚たちの発言に強く反発したのは、母の親友である、新しい北の侯爵夫人だったと聞いています。
うちの母は、南の公爵の親戚だったので……あ」
私は、ついうっかり口を滑らせてしまいました。
言葉尻をとらえたのか、尋ねてこられたのは、クレア嬢です。東の侯爵令嬢。
「どうして、お母様が、雪の国の王族の親戚になりますの?」
……これは、問題発言ですね。
将来の王妃筆頭候補が、雪花旅一座の秘密を知らないとは。
そう思っていたら、勝ち気な声が聞こえました。
「雪の国の風習が関係しているのでは、ありませんの?
雪の国には、両親の血筋を比べて、位の高い方を血筋と見なす風習がありますもの。
北地方は、雪の国と国境を接していて、雪の国の影響を受けやすいと思いますわ。
それに、アンジェさんのお母様は、雪の国で勉強されたのでしょう?
あちらの風習で物事をお考えになっても、おかしくありませんわね」
「おや。西の伯爵令嬢は、お詳しいですね」
「ええ。少し北の侯爵の戸籍などを調べましたわ。
七代前にも、雪の国の南の公爵家から、北の侯爵に花嫁に来ておりましたわね。
その孫のうち、二人が平民と結婚しておりましたの。ご両親の祖先ではありませんの?」
「正解です。兄がうちの母方のひいひいおじい様。
妹が、父方のひいひいおばあ様ですね」
「さらに、南の公爵令嬢の血筋も調べましたけれど、おじい様は雪の国王でしたもの。
雪の国の考え方なら、南の公爵家の王女が、祖先が同じアンジェさんのお母様を、親戚扱いしてもおかしくないと思いますわ」
はっきりと断定したのは、王妃候補の一人である、西の伯爵令嬢でした。
燃えるような赤毛が特徴の、勝ち気なご令嬢です。
「あれ? 姫君は、僕が王家の血筋だと、さっき驚いていませんでしたか?」
「あれは、春の国の王家の血までお持ちだと、思わなかったからですわ。
以前、王妃様たちがおっしゃられたのは、北国の王家の血筋でしたもの。
わたくし、北の侯爵の戸籍を調べて、北の貴公子の気品や立ち振舞いに、納得しましたわよ」
弟は、驚きを含んだ声になりました。
西地方の貴族は、北地方の貴族を嫌っています。
まさか、西地方の貴族令嬢が、北の侯爵について調べるなんて、思っていなかったのでしょう。
ご令嬢は胸を張りながら、勉強したことを強調していました。
「すばらしいですね。『他国に目を向けよ』とおっしゃられた、王妃様たちのお言葉を、きちんと実践されるとは。
将来の王妃を目指すならば、王妃教育以外にも、自主学習が必要です。
深い知識を持つことも、王妃の条件の一つですからね。
王妃の秘書官になる身としては、頼もしい限りですよ」
以前、特別王妃教育を受けたときに、王族の女性たちから叱咤されたことを、赤毛のご令嬢は覚えていたようです。
雪の天使の微笑みを浮かべて、褒め称えておきました。
王子様たちが、水を指しましたけど。
「アンジェ、この程度で甘やかすな!
北の侯爵について調べたのなら、北の新興伯爵の戸籍についても、調べるべきだったんじゃないのか?」
「そうですよ。きちんと調べれば、アンジェやミケが、善良王の子孫だと、すぐに分かったはずです。
王妃や宰相の妻になるつもりなら、知っていて当然の情報ですよ」
「レオ様とライ様は、伴侶に対する理想が高すぎます。
すばらしき母君やおばあ様をお持ちだから、お比べになるのでしょうが。
それは別としても、春の国では、母方の血筋まで調べる風習がありません。
我が家の、雪の国王に繋がる血筋は、侯爵家の奥方の血筋も調べなければ出てこないはずです。
他国の貴族の血筋まで調べた、ご令嬢の努力は認めてください」
ジト目で、レオ様とライ様を見ました。
説教して、西の伯爵令嬢をかばっておきましたよ。
ご令嬢のやる気をそがれたら、困るんです。
女性としては、最高の学問になる、王妃教育を受けている、貴重な人材。
第一、うちの弟の、将来の花嫁候補ですからね!
「あの……西の姫君。王太子様や殿下が辛く当たるのは、姫君に期待されているからだと思います。
期待されていない人は、ほら、もう王妃候補を剥奪されていますから。
半年以上、王妃教育を受けて、頑張ってこられたのでしょう?
僕は、姫君の努力は知っています。自信を持ってください。
あなたには、落ち込む顔より、笑顔が似合います。何度でも、断言しますよ」
レオ様やライ様に冷たくあしらわれて、やや落ち込みぎみになる西の伯爵令嬢。
うちの弟は、雪の天使の微笑みを浮かべて、フォローしましたよ。
笑顔が似合うと言われた辺りで、伯爵令嬢は、少し頬が赤くなりましたね。
……はたで見ていて思います。
弟のミケランジェロは、母にベタ惚れだった父を、無意識に真似しているのかもしれません。
ごく自然に、歯の浮くような台詞を投げ掛けていますから。




