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88話 父の血筋は、歌劇に最適なようです

 障害を乗り越えて恋愛結婚した、うちの両親の話に、同級生たちは興味津々でした。

 男爵家の長男だった父は、平民の旅一座の娘を花嫁にするために、貴族の戸籍を捨てて、平民になろうと決意しました。


 困ったのは、押し掛けられた、旅一座の座長のひいおじい様です。

 貴族が貴族の戸籍を捨てるなんて、常識はずれも良いところですからね。

 当時、男爵当主だった、父方の祖父と話し合いました。

 その結果、雪花旅一座の親戚である、北地方の侯爵家に、うちの父を預けて、騎士の修行をしてもらうことになります。

 雪花旅一座が定期巡業で、二年後に北地方の侯爵領地に来るので、その時に成長を見せてもらうと。

 ここまで話したところで、王太子のレオナール王子が声を出しました。


「騎士の修行は厳しいぞ。侯爵家の弟子になるとなれば、追い付くのが大変だっただろうな」

「いいえ。父は物心着いた頃から、剣術や馬術の練習をしていたようです。弟子入りの試験で、騎士見習いとして認められました」

「十二才で、もう騎士見習いか! 見所があるな。ミケの素質は、父親譲りと言うわけか」


 レオ様が見やったは、私の上の弟、ミケランジェロです。

 騎士団長の弟子として修行に励み、将来の北地方の辺境伯となる、新興伯爵家の跡取り。

 まだ婚約者も、恋人も居ない、ハンサムな貴公子に、教室内の女子生徒は、熱い視線を送りましたよ。


「王太子様。どちらかと言えば、おばあ様の血筋だと思いますよ。湖の塩伯爵の娘ですから」


 雪の天使の微笑みを浮かべながら、弟は謙遜します。うまく逃げたと言うべきでしょうか。


「……そう言えば、お前の父方のおばあ様は、塩伯爵出身だったな。

お前の父上に、騎士の素質があって当然か」


 腕組みして納得される、レオ様。王太子の知識は、多岐に渡ります。

 逆に、国政の知識が無いのが、将来の王妃筆頭候補、東の侯爵家のクレア嬢です。

 留学していたためか、語学力はありますが、国内の知識は王立学園で習うことが中心なんですよ。


「あら、アンジェさんのおばあ様は、伯爵の出身なのですわね。先ほど、女騎士とおっしゃいましたから、どの家かと考えておりましたわ」

「クレアさんは知らなくて? 湖の塩伯爵家は、騎士の名門中の名門!

我が家のような辺境伯など足元にも及ばない、善良王を祖先とする、由緒正しい騎士の家系ですわ」


 クレア嬢の発言に目を見開いたのは、東国との国境を守る騎士の家、辺境伯のご令嬢です。

 辺境伯だけあり、国内の情報通。反面、語学力はそこそこですね。王妃候補、次点と言ったところでしょうか。


 クレア嬢と東の辺境伯のご令嬢は、幼なじみで親友です。

 足りない所を、補いあいながら、王妃教育を受けておられました。

 今回も、クレア嬢の足りない知識を、騎士の家系の知識で補ってあげたようです。


 ……それはさておき、余計なことを言ってくれましたよ。

 善良王を祖先とするとか、名門中の名門とか。平民の生徒たちが、ざわめいています。


 面倒なことになりそうですね。

 嫌そうな私の気分を察したのか、弟のミケが口を開きました。


「東の姫君がおっしゃったように、僕のおばあ様は、騎士の名門の生まれです。ですから、騎士に憧れた農家の息子のおじい様が、おばあ様の家に弟子入りしたんですよ。

おじい様は、共に修行した師匠の娘に心惹かれ、ついに恋敵に命をかけた決闘を申し込むほど、愛してしまいました。

うちのような平民の祖先を持つ家に、由緒正しき姫君が嫁がれるなど、それこそ運命の赤い糸で結ばれた二人だったんでしょう。

ねっ、王太子様?」

「うむ、その通りだ。貴き王家の血を持つ姫が、騎士に守られ、いずれ結ばれて幸せになる。

娘のために命を捧げても良いという騎士相手なら、両親も安心して、嫁に出せるだろう。

まさにお前たちの祖父母は、騎士物語の王道を体現していると言えるな」


 弟よ! ナイスフォロー!

 ロマンチストの王太子に話をふったおかげで、内容が綺麗にまとまりました。

 騎士物語と聞いて、平民のみならず、貴族の同級生たちも、うっとりした表情になりましたよ。


 そんなまとまりかけた空気をぶち壊したのは、気の強い西の伯爵令嬢です。

 王妃様にも質問できる、燃える赤毛の王妃候補ですね。


「善良王が祖先? ……もしかして、北の貴公子は、王家の血をお持ちですの?」

「西の姫君、驚くべきことでは、ありませんよ。

そもそも、北地方の貴族は、三代目国王を祖先とする湖の塩伯爵家と、四代目国王を祖先とする侯爵家の分家ばかりです。

西地方の貴族は、五代目国王を祖先とする、西の公爵の分家ですよね?

東地方の貴族は四代目国王、南地方の貴族は三代目国王が祖先。

ほら、貴族ならば、王家の血を持っているのが当たり前ですから」


 ……微笑みを浮かべている、弟よ。失策です。

 西の伯爵令嬢が固まりました。将来の花嫁(仮)をやり込めて、どうするんですか!


 王妃候補の一人である赤毛の伯爵令嬢は、流れの商人が、西の公爵に寄付をした結果、伯爵の領地を任せられた新興貴族の家です。

 王家の血筋なんて、一滴も持っていません。お金の力で、爵位を買ったようなものです。

 二代目の当主も、お金を積んで、西の公爵の権力にくっついてる狐に過ぎません。


「おい、ミケ、口を慎め。西の貴族は、西の公爵の血を持っていない家が、半分を占めるんだからな!」

「えっ、そうなのですか?

貴族は、貴い王家の血を持つから貴族であると、教えて下さったのは、王太子様ですよ」

「基本はそうだが、現在の西地方の新興貴族たちは違う。

西の公爵は、西国との戦争の影響で没落した貴族の代わりに、王家の血を持たない商人や豪農を、新たな貴族にした。

戦争で荒れた西地方の復興のために必要だから、仕方なかったんだろうが。

そう言うわけだから、同じ平民から貴族になったとはいえ、北の侯爵の血を持つ理由で貴族に任命されたお前の家とは、成り立ちが雲泥の差だ。言い方には気を付けろ。

お前に、きちんと教えなかった僕も、悪かったがな」


 ……レオ様、ダメ出ししてどうするんですか。フォローになっていませんって!

 心の中では、西の公爵派の貴族が嫌いだから、あのような言葉が飛び出たんでしょうけど。

 あーあ、西の貴族の生徒たち、何人かの顔色が悪くなりましたよ。


 確か……当時の宰相……西の公爵家は、戦争に従軍して当主や跡継ぎ息子が亡くなった貴族すべてから、貴族の戸籍を取り上げたはず。力の弱くなった末端の分家を、切り捨てたのです。

 そして、商人や豪農などの力ある味方を新しく貴族にして、西地方の復興と、公爵家の支配を強めました。

 おかげで、西地方の新興貴族は、西の公爵の主導で、北地方の貴族を嫌うようになったみたいですけど。


 貴い王家の血を持たない西の新興貴族たちは、世襲貴族たちから下に見られており、婚姻関係を結べません。

 西地方の新興貴族同士の結婚を、繰り返しております。すなわち、いつまでもたっても、王家の血筋を手に入れられないと。


 そんな中で、西の公爵によって王妃候補に推薦された、西の貴族令嬢は特別扱いでした。

 王子たちとの婚約が内定すれば、西の公爵家と養子縁組すると、公爵当主が公言したからです。

 レオ様たちの調べでは、金持ちの新興貴族たちは、公爵に賄賂を渡して、娘を王妃候補に推薦してもらったようですね。

 結局、レオ様とライ様の不興を買って、ほとんどが候補を剥奪されましたけど。


 生き残れるのは、先ほどの赤毛の伯爵令嬢だけでしょう。

 父親と決別しようとあがき、自分の力で将来を切り開こうとしているご令嬢は、まだ見所がありますよ。


 そろそろ、意識を教室に戻しましょうか。

 吹雪のような教室の空気を救ったのは、ライ様でした。


「……レオ。西国の王家の血を持つ、私に対する嫌みですか? さっきのは、フォローではありませんよ」

「いや、そういうつもりじゃ……」

「西国が戦争を仕掛けなれば、没落貴族は発生しませんでしたからね。

そして、新興貴族の必要性は無くなり、ここにいる西地方の貴族の何割かは、平民のまま。

そして、西国から王女は嫁いでこず、私は生まれていません」


 ライ様の一言は、重いです。

 戦争に負けた西国から嫁いできた王女を、母に持ちますからね。


「現在は、過去の積み重ねの上にあります。

歴史を学ばなければ、現在への繋がりも、認識できないでしょう。

ミケは、将来の領主として、きちんと歴史を勉強して、自分の発言に責任を持つことです。

王太子の言葉とはいえ、うのみにしては、なりませんよ。今みたいに、欠けていることもありますからね」

「……申し訳ありません、殿下。以後、気を付けます」


 西国の血を持つ王子は、緑の瞳に厳しさを浮かべながら、説教しました。

 弟は、素直に頭をさげましたよ。


「まあ、ミケやアンジェが、私やレオと同じ、六代目国王の子孫なのは、揺るぎない事実です。

六代目国王、善良王の第一王子が国王位を継ぎ、第二王子は母方の祖父の領地を継ぎましたから。

この第二王子が、ミケやアンジェの父方のおばあ様、直系の祖先になります」


 ライ様は視線を和らげると、王家の微笑みを浮かべて、うちの父方の祖母の血筋をバラしてくれましたよ。

 何を考えているのでしょうか。思考が読めません。


「おい、お前たち、何を驚いているんだ? その様子じゃ、きちんと勉強してないだろう!」

「知らないようだから、教えておきましょうか。

北の湖の塩伯爵家は、春の国の王位継承権を。北の侯爵家は、雪の国の王位継承権を代々受け継いでいます。

どちらの家も途絶えた今、二つの王位継承権は、唯一残った分家の北の新興伯爵家に集約しました。

四年前に公開された外交文章でも、東西南北の全ての国の王家から、二つの王位継承権を承認する正式回答が記載されていますよ」

「元男爵家の娘たちが、なぜ二つの国の王家と婚約できたのか、疑問に思わなかったのか?

理由を調べようとも、思わなかったのか?

王位継承権は、国家成り立ちの基本になるんだぞ。法律をはじめ、外交に、政治、全てに関わってくる。

我が国最高の学問機関、王立学園の生徒なら、きちんと把握しておけ!」


 腕組みをといて、威厳たっぷりに後ろを見渡す王太子。

 レオ様の試すような眼差しに射られて、見返せる生徒は居ませんでした。うつむいて、顔を反らすばかりです。


 あのー、レオ様? 王太子なのに、うちの母方の隠された血筋を知らなかったですよね?

 自分のことを棚に上げて、偉そうに他人に説教するのは、どうかと思いますけど。

 ……王宮に帰ったら、釘を指しておきましょうか。


「まあ、春の国の王族の戸籍を持つ、現在の分家王族は、西の公爵と医者伯爵だけですからね。

この二つしか、王位継承権を持ってないと思っている貴族が多いという、証拠でしょうか」

「はあ? 母上の実家、南の侯爵家だって、王位継承権を持ってるぞ!

南の侯爵家から、六代目国王の善良王が即位したんだからな!」


 ……ペラペラしゃべりますね、この王子様たちは。

 もしかして、情報を順次公開していく、王家の方針の一つなんでしょうか。

 父方の春の国の王位継承権なんて、私は知りません。本当に驚愕しましたよ!

 持ち前の演技力で、顔には出しませんでしたけど。


 母方の雪花旅一座……雪の天使の血筋が、春の国の王位継承権を持っていることは、知っていました。一応、三代目国王の子孫になるので。

 ただ、現在の雪の天使たちは、雪の国の王族の戸籍を持つので、肩書きだけの扱いだったはず。

 雪花旅一座自体は、春の国では平民と思われてますしね。


 ですが、父方のおばあ様経由でも受け継いでいるとなると、話が代わってきますよ。

 雪の天使の血筋の中では、私がトップになる気がしますね。


 ……嫌な予感がします。

 もしかして情報開示は、腹黒なレオ様の「王太子の花嫁にするぞ計画」の一部なのでは!?


 もっと早く気づくべきでした! 

 横道に逸れているのは、我が家の王家の血筋を、さりげなくアピールするためだったんですね。

 対策は後で考えるとして、とにかく、話の流れを変えましょう。


「……レオ様、うちの両親の話に戻って、良いですか? 

残念ながら、その善良王の血筋が、うちの両親の結婚の障害の一つでした。

おばが嫁いで親戚となった北の侯爵と、父方の祖母の出身の伯爵以外は、すべての北地方の貴族が、両親の婚約に反対しましたからね」

「本家の二つが賛成しているのに、分家すべてが反対するのも凄いな。理屈は分かるが。

平民の子孫の家に、王家の子孫が輿入れして、さらに平民の娘が嫁になる。親戚としては大反対だろうな」


 ……知らなかったんですよ、親戚たちは。うちの母が、雪の国の王女だって。

 北地方の貴族で、雪花旅一座の秘密を知っていたのは、北の侯爵と湖の塩伯爵くらいだったようです。


「まあ、最後は僕のおじい様が仲人をして、円満解決したわけだが。

お前たち、先代国王すら動かした、婚約の頃の話を楽しみにしていろよ」


 大胆不敵な笑みを浮かべて、後ろを見渡す王太子。

 先代国王陛下は、初代仲人王子と呼ばれるくらい、仲人が上手な方だったようです。

 うつむいていた同級生たちは、顔を上げて目をぱちくりしました。


「おい、アンジェ。まずは両親の名前を教えてやれ。運命の赤い糸で結ばれていた、二人の名前を」

「はいはい、仲人王子のお心のままに」


 とにかく、皆さんの興味を、王位継承権から両親に引き戻しましょう。

 息を吸いながら、教室を見渡しました。雪の天使の微笑みを浮かべて、声を出しましたよ。


「私の父の名前は、ラミーロ。母の名前は、アンジェリークと言います。

聞き覚えがある人が、多いと思いますよ」


 うちの両親の名前を言ったとたんに、クレア嬢が口元を押さえました。

 再び、青い瞳が大きくなっています。驚いてくれたようですね。


「クレアは、気付いたか? 『雪の恋歌』の二人。春の国の王子や雪の天使と、まったく同じ名前なんだ。

歌劇じゃなくて、本当に春の国の王家の血を持つ、ラミーロだぞ。

そして相手は、雪の天使を演じていた、アンジェリーク。

アンジェの両親は、現代の雪の恋歌と言えるだろう!」


 ロマンチストのあおり文句で、教室中が沸きました。

 さっきの悪い顔色は、どこへやら。西地方の貴族も、復活しましたよ。


 さすが、民衆心理掌握に長ける、王太子だけあります。

 ちゃっかり王家の血筋を宣伝して、良き印象を与える方向に持っていきましたか。


「さあ、アンジェ。現代の雪の恋歌の続きを、聞かせてください♪」


 王家の微笑みを浮かべて、催促してくるライ様。

 期待されると話し難いって、理解していませんよね。きっと。


 さてさて、どこから続きを話しましょうか。

 どこかの誰かさんたちのお陰で、横道に逸れまくって、全然進みませんでしたからね。

遠い祖先の血筋と共に、男爵家の三代目当主の名前が、ついに登場です。

平民の子孫と思われていた人物が、実は王家の子孫だと言うのは、王道の展開ですよね♪


三代目当主の名前は、オペラ版シンデレラ「チェネレントラ」のラミーロ王子から。

実在したラミロ一世は、スペインのアラゴン州に存在した、アラゴン王国の初代国王。

ナバラ王国の六代目国王サンチョ三世の庶子でありながら、領地を分割継承され、国王になった人物。



ちなみに、小説のラミーロ男爵当主の妻の名前は、シンデレラことチェネレントラの本名、アンジェリーナから。

この夫婦は、シンデレラがモチーフなのです。


さりげなく初登場した長男の名前は、ルネッサンス時代のイタリアの芸術家、ミケランジェロ・ブオナローティより。

ミケランジェロの名前の語源は、大天使ミカエル。

「アンジェリーク」が、フランス語で「天使のような」と言う意味合いを持つのに、合わせた形です。



メモ。1~88話で約40万文字。

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