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87話 父の嫁取り物語です

 七月の暑い放課後、王立学園でお茶会の真っ最中です。

 お茶会に参加した同級生たちは、恋愛結婚をしたうちの家族や親戚を歌劇のようだと、感激しておりました。

 私は、歌劇にも満たない、寸劇だと思うのですが……。

 どうやら、王都のような恵まれた都会に住む方々と、荒れた田舎育ちの私の思考回路は違うようです。そう認識しました。


 そもそも、王都には、「貴族の恋愛」やら、「大人の恋愛」やら、たくさんの恋に関する(たしな)みがあるようです。

 田舎育ちの私は、一切知らないので、王太子のレオナール王子が気を利かせて、貴族の恋愛の基本を教えてくれたのですが……私は生理的に受け付けませんでした。


 挨拶と称して、異性の顔に口づけるなんて、あり得ません! あれは、夫婦の愛情表現ですよ?

 古来から伝わる正式な挨拶は、紳士淑女の礼です。

 あのような口づけを恥ずかしげもなく、平気で人前で誰にでも行えるなんて、常識を疑います。


 ……うちの妹は、お見合いの最後に額や頬に口づけられ、情熱的な言葉で口説きおとされましたけど。

 妹は見合い相手と婚約に至ったので、ギリギリセーフとしましょう。


 はっきり言って、他国の王族や貴族に行えば、外交問題になりますよ?

 高貴なる血を持つ自覚があるならば、言動を疑われるようなことをしません。

 外交問題を引き起こし、自国に危機を招くなど、あってはならぬからです。

 北にある雪の国の王家の血を持つ、私たち兄弟は、母から厳しく教えられて育ちました。

 私たちの立ち振舞いは、北国の王家の品格に直結するからです。


 まあ、立ち振舞いうんぬんは、横に置いて起きましょう。

 ロマンチストのレオナール王子と、恋の駆け引きを楽しむ性格のラインハルト王子は、ウキウキと話を聞いておられました。

 あちこちに脱線させながら、お話しましたよ。


 恋敵へ命をかけた決闘を申し込み、不戦勝で花嫁を手に入れた、勇気ある祖父。


 命を助けてくれた騎士の所へご恩返しにいって、口説きおとされて花嫁になった、行動力あるおば。


 若くして亡くなった親友の頼みで、未亡人を支え続けた末に、結婚を申し込んだ従兄(いとこ)


 そして、これからお話するのは、身分差を乗り越えて十四年越しの初恋を実らせた、父についてです。



*****



 固い絆で結ばれた、従兄夫婦の話を聞いた同級生たちは、しんみりしておりました。

 涙を流していたご令嬢たちも、お茶を飲んで一息つき、落ち着きを取り戻しています。

 周りの雰囲気が変わって来たのを見計らい、声を出しました。


「さて、そろそろ、うちの両親の話をしましょうか。悲しみを乗り越えたいとこ夫婦と違い、うちの両親は身分差を乗り越えた夫婦になります」

「母は恥ずかしがり屋で、なかなか父との馴れ初めや、結婚に至った経緯を話してくれませんでした。

子供である僕らが詳しく知ったのも、最近です」


 私に続いて、上の弟が口を開きました。

 相手の興味を引くには、なかなかよい出だしだと思いますよ。


「両親の出会いは、お話しししましたよね。レオ様は、覚えておられますか?」

「父上が八才のとき、初めての恋を体験した。雪花旅一座の舞台に立っていた、六才の母上に心奪われたんだったよな」

「はい、そうです。ライ様は父が花嫁について考え始めた頃の話を覚えていますか?」

「はいはい、覚えていますよ。

男爵家の跡取りが、平民を正室にはできないともめて、父上から『花嫁に欲しいなら、人生をかけて口説き落とせ! 貴族であることを捨てて、旅一座に入団しろ』と言われたんでしたよね」

「その通りです」


 横にそれまくりましたが、覚えていたようですね。

 では、続きを話しましょう。


「父は当時、十二才。しゃきしゃきした性格の姉がいたせいで、自分が男爵領地を継ぐという意志が弱かったんです。

一晩くらい悩んで、旅一座に入団することに決めたんですよ」

「……おい。本当に、貴族の誇りを捨てたのか。たった一晩で決めるな!」


 何とも言えない表情になる、レオ様。

 平民ならば、感心のため息が漏れるでしょうが、王太子としては、頭がいたくなる場面ですよね。


「まあ、まあ。落ち着いてください。

父は素直に荷物をまとめて、男爵領地から出ていき、侯爵領地を目指しました。雪花旅一座が、公演中の土地にね」

「昔、お父さん、歩いて侯爵領地に向かったって言っていました。

平民になるなら、馬は乗らないから、歩いて当然だって」

「なるほど。アンジェの父上は、本当に平民として生きていく覚悟を決めてたんですね」


 ライ様は、深く頷きました。困った笑顔を浮かべていましたけれど。


「父は、旅一座に入団したいと、座長に頭を下げたようです。

いずれ、座長の孫娘のアンジェリークを花嫁にしたいから、修行をさせて欲しいと」

「困ったのは、座長のひいおじい様でした。

貴族を平民の旅一座に入団させれないと、旅一座の馬に子供のお父さんを乗せて、男爵領地に向かいました。

そして、男爵当主だった、おじい様に、お父さんを返そうとしたんです」

「祖父は、息子は自分と同じように、人生をかけて花嫁を選ぶつもりのようだから、受け取れない。

貴族の戸籍は放棄させるから、旅一座で面倒を見てほしいと告げました。

ひいおじい様と祖父の会話は、平行線を辿ります」


 父方の祖父は命懸けで、花嫁を得ようとした人ですからね。

 貴族の戸籍を捨てるくらい、命に比べたら、それほど価値を感じていなかったんでしょう。


「なんでそんなに、簡単に戸籍を捨てれるんだ? 分からん。ライは分かるか?」

「私も、理解不能ですよ、レオ。貴族なら、血筋に誇りを持つはずなのですが」

「孫の私が推測するに、うちは元々平民の農家が祖先ですからね。

祖先の貴族の血筋すら不明でしたし、貴族の誇りを持つ必要は、無かったんだと思いますよ」

「……お前の父方は、北の侯爵の血筋だぞ。嫁に行った侯爵の娘は、一人息子を生むときに、難産で亡くなったと戸籍に記録が残っている。なんで、子孫に伝えなかったんだろうな」

「レオ様、母親の貴族の血筋なんて、価値無いですよね。価値が無いものを、子孫に伝える必要はありません」

「……それもそうだな」


 この国では、母親の血筋は無視されますからね。北の雪の国では、母親も重視しますけど。

 文化の違いの結果、春の国の男爵令嬢として生まれた私が、雪の国の王女として、王族の戸籍も持つことになりました。


「平行線をたどった話し合いは、思わぬ決着を迎えます。

貴族の戸籍を捨てさせたくなかった、旅一座のひいおじい様は、親戚の北の侯爵家に、父を預けると、男爵当主に提案しました。

新興の騎士の家なら、子供は騎士になるのが普通ですからね。侯爵家で騎士の修行をしてもらい、孫娘を守れる腕前を身に付けてから、結婚について話し合うと」

「おじい様は、騎士の誇りは重んじる人だから、旅一座のひいおじい様の提案に賛成します。

そして、お父さんは、北の侯爵家に預けられ、騎士の修行を始めました。

雪花旅一座は二年に一度、侯爵領地に来るので、その都度腕前を確かめる約束で」

「ちなみに、父の指導をした若き騎士が、後の義理の兄になる人です」

「おやおや、運命とはどこで繋がっているか、本当に分かりませんね」


 ……父も、おじも、数年後に義理の兄弟になるなんて、思ってなかったでしょうね。

 私だって、生前の二人から昔話を聞いたときは、驚きましたから。


「しかし、雪花旅一座の座長は、粋なことをしてくれた♪

こんな機転がきく所は、ひ孫のアンジェたちにも、受け継がれてるんだろうな」

「お誉めに預り光栄です」


 レオ様がホッとした顔になり、軽い口調でいいました。

 うちの父が貴族の誇りを捨てなくて良かったと、王太子の思考回路が働いているようです。


 まあ、旅一座のひいおじい様も、父の貴族の戸籍を捨てさせたく無かったでしょうね。

 雪花旅一座は、北国の隠されし分家王族集団なので、ひいおじい様は、レオ様と似た思考回路を持っています。

 いずれ父が腕のたつ騎士になれば、孫娘を守る専属の護衛騎士にできると、祖父として思ったのでしょう。

 王女を守るのは、騎士の役目ですから。


 ……そして、最大の理由は母親、すなわち、父方の祖母の血筋です。

 祖母は、我が国では、とても重要な血筋を持つのです。


 春の国が、国として、存続できている理由のひとつ。国の宝とも言うべきもの。

 北地方にある、塩の取れる湖を治める、伯爵家の出身なのです。

 我が国のみならず、東西南北全ての国から、湖の塩の採掘権を認められた、唯一の血筋の持ち主。


 北国の南地方は海から遠く、うちの国の陸の塩の産地から、塩を仕入れていました。

 父は、湖の塩の採掘権を持つ伯爵の、外孫になります。

 雪の国の王族である、旅一座のひいおじい様は、そこに目をつけ、父に恩を売ったんでしょう。

 王族というのは、したたかで、民を守るために権力を振るうのが仕事ですからね。


 ……この辺の裏事情は、皆さんには、伏せておきましょう。

 大人の思惑はどうであれ、父と母は愛し合って、結婚したんですから。

 父の嫁取り物語は、始まったばかりですけどね。

お久しぶりの更新です。


しばらく、同じ世界観の連載小説

「王子様の奮闘記 ~惚れた「雪の天使」は、隣国に嫁ぐ予定なので、頑張ろうと思います~」

を、書いておりました。

外に積もった白い雪を見て、雪の天使は今の時期にピッタリと思ったのがきっかけです。


あちらは無事に完結を迎えたので、ちょっと自信がつきました。

こっちも、完結できるはず!

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