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86話 意図せぬ、身の上話をしました

 今現在、私は悔しさに包まれていました。

 うちは恋愛結婚する血筋だという弟と、違うと言う私の意見が衝突した結果、論破されたのです。


 地域の有力農家に過ぎない平民なのに、侯爵本家の五女を花嫁に迎えた、ご先祖様。


 恋敵に命をかけた決闘を挑み、見事に花嫁を手に入れた祖父。


 二年に一度しか会えない初恋相手、旅一座の娘を妻にした父。


 助けられた恩返しに侯爵家へ押し掛けて、命の恩人の花嫁になった、おば。


 見合い相手を断るので有名な王子に、お見合いで口説き落とされて婚約した、妹。


 ……過程はどうであれ、結果的に恋愛結婚ととれるオンパレードです。

 私に、反論材料は残されていませんでした。


 図に乗った弟は、にっこり笑っています 。

 表情の半分が前髪で隠れていますが、この上なく、満面の笑みです。

 騎士である祖父のように、凛々しい表情で過ごそうと心がけている弟にしては、珍しいですね。

 いつも、私にやり込められるので、よほど勝利が嬉しかったんでしょうけど。


 上機嫌になった弟は、視線を王太子のレオナール王子に向けました。


「王太子様に、お願いがあります。

一度、姉にお見合いを紹介していただけないでしょうか?

王太子様の仲人ならば、上の妹のように、すぐに縁談がまとまると思うので」


 レオ様は、仲人王子と呼ばれるほど、お似合いの二人をくっつけるのが得意です。

 ご自身に女性運と結婚運が無いぶん、周囲に縁が向くのだろうと、私は個人的に推測中。


「……アンジェとお前の結婚相手は、王家が世話すると宣言してある。そのうち世話するから、待っててくれ」

「そのうちでは、姉が行かず後家になってしまわないか、心配です! この通り、恋愛にうといものですから」

「……分かっている。お前の姉は、お子様過ぎて、僕も将来が不安なんだ」

「私よりも、弟の花嫁探しが先ですよ! 次期当主なのに、このままでは、お家が断絶します!」


 弟とレオ様の会話の雲行きが、怪しくなりましたからね。割り込んでしまいました。


「弟より、姉の方が先だと、僕は思うぞ。弟は普通の恋愛観を持っているようだが、アンジェは皆無だ。

さすがに、見合い以前の問題だぞ」


 ……レオ様に、真顔で言い返されました。反論しにくいんですけど。


「確かに、見合い以前の問題ですね。

私が何度、恋の駆け引きを仕掛けても、なしのつぶてでしたし。あんなに手応え無いのは、珍しいですよ」

「……ライ、そんなことしたのか? こいつを口説いて楽しいのか?」

「おやおや。王子として、貴族の娘に声をかけるのは当然ですよ、レオ。

まあ、アンジェの場合は、楽しさよりも、自信消失に繋がりましたけど」

「だろうな。こいつが口説き落とされる未来が想像できん」


 ……レオ様のいとこである、ラインハルト王子にも、追撃されましたよ。


「レオ様、発言の許可をいただけません?」

「なんだ、クレア? 発言は許可するが」

「以前、アンジェさんは、『同い年以上の年上の殿方に嫁ぎたい』とおっしゃっていましたわ」

「……そうなのか? 僕は初耳だぞ」

「ええ、本当ですわ」


 余計な一言を言ったのは、親友のクレア侯爵令嬢でした。

 春先に一月寝込んだ直後の、登校初日のクレア嬢との会話のことを言ってるんでしょう。


「それから、『愛情は、結婚相手が決まってから育むもの』とも、おっしゃっておられましたもの。皆様も、お聞きになられましたわよね?

わたくし、アンジェさんは、お見合い結婚が向いていると思いますわ」


 ちょっと! 苦し紛れにひねり出した、建前も覚えているんですか!?


 周囲の同級生たちからも、「あー、言ってたよな」とか、「わたくしも、お聞きしましたわ」とか発せられます。


 ……うわぁ。皆さんの記憶に残るくらいだから、私にしては、かなり珍しい発言だったのかもしれません。

 本人としては、もう忘れて欲しいんですけど!


「あの……レオナール様、発言しても、よろしいでしょうか?」


 ざわめいていた教室中の視線が、一人のご令嬢に集まります。王妃候補の一人である、東の辺境伯のご令嬢ですね。


「発言を許す、申してみよ」

「アンジェさんには、婚約者がおられたのではありませんの? 先ほど、北の貴公子との会話で、『縁談が破談になった』と、おっしゃっておられましたもの。そのお人が、今でも忘れられないのでは、ありませんの?」


 ……耳聡いですね。さすが、貴族です。情報を聞き逃しません。

 教室中が、再びざわめき、私に視線が集中しています。


 これって、皆さん、私が何かを言い出すのを待っていますよね? ストレスで、胃の辺りが少し痛くなりました。


「何と言うか……北の伯爵の性格では、破談になっても仕方ないかもしれない」

「そうですわね。婚約相手も、思うところがあったのでは無いかしら?」


 ……腹立つ。西地方の貴族たちの物言いに。

 わざわざ、口に出して言わなくても良いでしょう?

 北地方の貴族である私を嫌っているのは、知っていますが。


 弟が無言で、机の下から私の服をつつきました。前髪で隠れた瞳が、雄弁に語りかけてきます。


『姉さん、僕が言い返そうか? あんなやつら、こてんぱんにしてやるよ』

『あなたは、黙っていなさい。自分のことくらい、自分で何とかします』

『そう? 姉さんがそう言うなら、今は引っ込んでおくけど』


 西地方の貴族たちも、いい加減、私の性格を把握して欲しいですね。

 攻撃された私が、やられっぱなしのはず無いでしょう。


 ちらりと視線を走らせれば、婚約者のいるご子息やご令嬢たちが、優越感に浸っているのが分かりました。

 また、王妃候補のご令嬢たちは、勝ち誇っているようですね。


 負けてたまるか! 母仕込みの演技力で、切り抜けてやります!


「婚約者と言うか……正確には、許嫁です。私はこの世に生まれる前から、結婚相手が決められていましたので」


 はっきりと耳に届く声で、語りました。

 憂いを含んだ表情を作り、ゆっくりと同級生たちを見渡します。


 西地方の貴族たちの顔が、驚きに変わりましたよ。

 下位貴族の男爵令嬢だった私に、許嫁が居るなんて思ってなかったのでしょう。


 許嫁は昔ながらの風習で、貴族の結婚としては、最も格式高いものと認識されています。

 家同士の信頼関係や、力関係が絡み合うので、許嫁を推し進める貴族は、現在では少なくなってるんですよ。

 王都では時代の流れにのって、見合い結婚が主流。貴族の子供たちにとっては、恋愛結婚と並んで、憧れをいだく結婚なのです。


「相手は、雪花旅一座の座長の孫、母方のいとこです。王都では、数々の歌劇で主役を演じる、将来の座長としてお馴染みですかね」


 いとこの説明をしたら、ご令嬢たちの顔が、ものすごい嫉妬の表情に変わりました。

 王妃候補のご令嬢たちの顔の変化は、見ものでしたよ。


 ……ふっ、悔しがるがよい♪

 さっき、あなたたちは優越感に浸ったんだから、今度は私が優越感に浸る番です。


 いとこは美形揃いの雪花旅一座の一人だけあって、キリリとしたハンサム。

 歌劇では、貴婦人たちを魅力する、理想の白馬の王子を演じることが多いです。

 結婚した今でも、貴族のご令嬢がお嫁に行きたい男性の一人として、名前をあげるほどの有名人ですからね。


「私は物心ついたときから、『将来は座長夫人となって、 雪花旅一座を盛り上げなさい』と言われて育ちました。

十才のときに、許嫁と正式に婚約したんです」


 よし、だんだんと他の皆さんの視線が、興味本位に変わってきましたね。

 このまま惹き付けて、空気を支配していきましょう。


「ですが……婚約の一月後に、父が亡くなりました。六年前、北地方で猛威をふるった、はやり病の『眠り病』にかかって。

父は亡くなる直前に、私の婚約を破棄して、白紙に戻しました。男爵家当主として下した、最後の決断です」


 そろそろ、観客の心を掴みましたかね。一気に、たたみかけましょう。


「父は亡くなる直前に、私に領主代行になり、祖父の補佐をするように、遺言を残しました。

弟が一人で領地を継げる日まで、父の代わりに見守り、側で支えてやってくれと」


 正式婚約のあたりで色めき立った同級生たちは、息を飲みました。シーンと、静まり返ります。


 ここで、視線を窓に向けましょうか。つられて、数名が外を見たようですね。


「本来ならば、うちの領地は、おばの一人息子……侯爵本家の血を持つ、いとこが継ぐはずでした。許嫁である、うちの上の妹と結婚してね。

そして、そこにいる弟が補佐をして、領地をもり立てる。そんな未来になるはずでした。

……おばの家族全員が、眠り病で父より先に亡くなるまでは」


  そろそろ、視線を正面に戻しましょう。

 雪の天使の微笑みを、浮かべました。相手が自分の都合の良いように解釈する、微笑みを。

 ゆっくりと、 教室を見渡しながら、ダメ出しといきましょう。


「私は、父が破談にしてくれたことを感謝しこそすれ、恨んだことはありません。私の性格を知っているから、決断してくれたんだと思います。

急に領地を継ぐことが決まった九才の弟、父を亡くして泣き崩れた八才の妹。

それから、父が亡くなったことを、まだ理解できない五才の弟。生まれたばかりで父親を知らずに育つ、末の妹。

そんな弟や妹を置いて、自分だけが旅一座で幸せになるなんて、私にはできません。できるはずないですよ」


 眠り病にかかった父は、だんだんと起きていられる時間が少なくなりました。

 途切れがちになる意識の中で、今生の別れの間際まで、残される子供たちや領地を案じていました。


  父が段々と弱り、死に向かっていく姿を見送った私は、一番目の子供として父の後を継がねばならないという、自覚が芽生えていったんでしょう。

 幸か、不幸か、分かりませんけど。


「婚約破棄をしても、いとこは理解を示してくれました。侯爵家の親戚たちの不幸を知っていたので」

「おい。話の途中で悪いが、お前のいとこって、年上の未亡人を嫁にしてたよな。

お前の領地が落ち着くのを、待ってくれなかったのか?」


 このおバカさん王子! 余計なことを言わないでくださいよ!

 レオ様としては、単純に知りたかったんでしょうけど、この場の空気としては最悪です。


「……将来の座長夫人は、新婚旅行で北地方に来たがために、未亡人になってしまったんですよ」

「新婚旅行で北地方? ……まさか、旦那が眠り病にかかったのか!?」

「はい、新婚旅行から戻った一月後に、帰らぬ人になったそうです。

北地方には、親戚となる我が家や、侯爵家がありましたからね。新婚夫婦が挨拶回りをしたのは、眠り病が頻発した地域ばかりでした」

「そうか……運命とは残酷だな。新婚旅行なんて、幸せの絶頂だろうに。

それが一転して、永遠の別れを強いる原因になるとは」

「いとこは、幼なじみだった新郎から、残される花嫁のことを頼のむと遺言されたそうです。

だから、後追い自殺をしようとする未亡人を支え続けて、一年後に求婚したのです。

私は、誰がなんと言おうと、いとこの決断を支持します。元許嫁に未練など、一切ありません。

あの二人は、悲しみを乗り越えて、固い絆で結ばれた夫婦だからです」


 私が言い切ったあと、再び、教室が静かになりました。そして、すすり泣きが響き始めます。

 将来の王妃、側近候補である豪商のご令嬢が、ポロポロと涙を流しておりました。

 他のご子息やご令嬢たちも、もらい泣きをしていたり、瞳を潤ませていますね。


 この反応は、当然でしょう。

 いとこ夫婦は歌劇にして公演しても、王侯貴族に通用するくらい、悲しくて美しい実話だと思っておりますから。

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