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85話 弟に論破されました

 夏休み目前。テストの日々から解放された王立学園の生徒たちは、浮かれ気分のようです。

 同級生たちは、教室で放課後のお茶会を始めましたよ。貴族には珍しい、恋愛結婚一家である、うちの家族の恋物語を聞きたがりました。

 言い出しっぺは、将来の王妃候補である、東地方のクレア侯爵令嬢と辺境伯のご令嬢です。王妃の側近候補、豪商のご令嬢がお茶会準備の音頭を取りました。

 ……ものすごく手際がよくて、逃げる暇がありませんでしたよ。


 準備万端のところに、さっそうと登場したのは、私の上司である王太子のレオナール王子と、いとこのラインハルト王子。

 ロマンチストなレオ様や、恋の駆け引きを楽しむライ様は、婚約者候補のご令嬢たちと並んで話を催促されました。


 うちの両親の出会いを軽く語ったところで、突然、レオ様が廊下に出ていかれます。西地方のご令嬢たちと戻ってきました。

 連れてきたのは、一応、納得しますよ。王妃候補の方々ですからね。



 ただ、西地方の貴族は、北地方の貴族であるうちの家族を、心の中で嫌っています。昔から昔から仲が悪いと、父方の祖父は言っていました。

 うちの話なんて聞いても、面白くないと思いますよ。

 ですが、レオ様は西のご令嬢たちのリーダー格である赤毛の伯爵令嬢を、私の弟の花嫁にするおつもり。

 仲人王子が、どのようにして二人をくっつけるつもりなのか、お手並み拝見ですかね。


「西の姫君、本当に僕の話を聞きたいのですか? 平民の祖先をもつ男爵家の者たちが、身分違いの恋をして、愛を貫いただけの話です。

高貴なる王子に嫁がれる予定の姫君たちに、我が家のような恋物語など、参考にならないと思いますけど」


 弟も、西と北の貴族の関係は、承知していますからね。赤毛の伯爵令嬢に重ねて尋ねましたよ。

 いたずらっ子の口調から、芝居かかった口調に移行します。


 ……うん、これは聞かせる気満々ですね。言葉巧みに、ご令嬢たちの興味を引いておりますよ。

 上司である王太子は、ご令嬢たちと一緒に話を聞きたいと希望されて、連れてきましたからね。

 職務に忠実な騎士見習いならば、王太子の意向に沿うように行動しましょう。


「是非とも聞きたいですよね、レオ。将来の伴侶となる女性に心を砕き、愛の言葉を捧げ、相思相愛になり結婚する。これらは男として、当然のことばかりだと思います。

ですが、北の新興伯爵家の話は、心引かれますからね」

「そうだな、ライの言うとおりだ。僕も、男としては当たり前だと思う。

だが、北の新興伯爵家は、そこに至るまでの過程が興味深いんだ。まるで歌劇のようでな」


 あれ? ご令嬢では無く、レオ様とライ様が答えました。王子スマイルを浮かべながらね。

 そんな王子たちを見た赤毛の伯爵令嬢は、つんけんとしながら言い放ちます。


「……あなたの話、聞いてあげても、よろしくてよ。レオナール様やラインハルト様が、お聞きになられるのでしょう? ならば、付き従うのは、将来の妻として当然ですわ」

「承りました。王太子様、西の姫君たちのご意向を叶えてもらえるよう、心より申し上げます」

「うむ。お前たちは……ライの隣に座れ」

「あなたが私の隣に座るのは、先日のお茶会以来ですね」


 席から立ち上がり、西のご令嬢たちを誘導するライ様。席に戻るうちの弟の後ろ姿をちらりと見ながら、感心しておられるようでした。

 元女優だった母仕込みの演技力、恐るべし……と思っているんでしょうかね。


「さて、話の続きだが、アンジェの父上が『旅一座の娘を嫁にしたい』と、おじい様に願ったんだったよな」

「それで、『花嫁に欲しいなら、人生をかけて口説き落とせ! 貴族であることを捨てて、旅一座に入団しろ』と言われたんでしたよね?」

「はい、お二人のおっしゃる通りです」

「いやはや、大胆な事を言いましたね。貴族の身分を捨てろと諭すなんて、普通では考えられませんよ。息子に諦めさせるためとは言えね」

「諭すつもりではなく、本音を告げただけだと思います」

「え……本音ですか?」

「はい。自分が平民になって、平民の娘を花嫁にしなさいと」

「高貴なる身分を捨てるなど、貴族としてあるまじき行為ですよ、アンジェ!」

「ライ様。孫の私に言われても、困るのですが。

まあ、当時の祖父は、長男に家を存続させる事に関しては、深く考えていなかったのかもしれません。

祖父の場合は身分どころか、命を捨ててでも、祖母を花嫁にしたいと願っていましたから。

自分が死んでも、男爵家の跡継ぎには次男の弟が居ると思っていたような人なので」

「……おい。王太子としては、家督存続を考えない当主なんて、論外だぞ!」

「あー、父には、しゃきしゃきした性格の姉が居ましたからね。祖父としては、家督はおっとりした息子より、しゃきしゃきした娘に継いで欲しかったようです」

「うん。その気持ち、よくわかるよ。家督は弟に継がせず、姉に任せておいた方が良いって思う気持ち」


 ……弟よ。どうして、私を見ながら言うんですか? ため息までついて。

 つい、ジト目で見つめてしまいましたよ。

 唐突に、ライ様の弾んだ声が聞こえたので、視線を王子たちに戻しましたけど。


「アンジェ、『命の恩人の所へ押し掛けた花嫁』とは、もしかして?」

「あ……はい、しゃきしゃきした性格のおばです。元々は『命の恩人の所で、ご恩返しする』と祖父母を説得して、北の侯爵家で行儀見習いの侍女になったようです。

ただ、命の恩人に口説き落とされて、結果的に押し掛け花嫁になってしまったんですよ」

「なるほど。アンジェのような性格の娘が恋に目覚めたら、相手に一途になりそうですよね。

純粋に自分を慕ってくれる女性が近くに居たら、男としては興味を持って、口説きたくもなるでしょうし」

「ライ様。私とおばは、全く違う性格……」

「姉さんとおばさんは、絶対、似た者同士だよ!

お父さんだって、『姉という存在は、どうしてこんなに似るのだろう。おばと姪なのに』って、よく言ってたから!」


 ……ですから、弟よ。なぜ、私を見ながら言うんですか?

 拳を握って、力説する必要はないでしょう?


 再びジト目で弟を見ていたら、今度はレオ様の疑問の込められた声が聞こえました。


「おい、アンジェ。北の侯爵家の侍女って、おば上は側室の一人なのか?」

「いいえ、正室です。十才年上の男性の花嫁になりました」

「……話が見えん。侯爵の家に嫁いだんだよな? 分家なのか?」

「いいえ。おじは先代当主の弟で、末っ子でした」

「そうか、先代当主の弟……え? 侯爵子息と男爵令嬢の恋なんて、身分差も良いところじゃないか! それに十才もの年齢差なんて、王都で話題にならなかったのが、不思議なくらいだぞ。それこそ恋愛歌劇だ!」

「どこが歌劇なんですか? 単なる寸劇ですよ。

おじは侯爵とは言えど、側室の子で六番目の息子。貴族としての価値なんて、皆無ですからね」

「……アンジェ、自分が何を言ってるのか、分かっているのか?」

「分かっています。生前、おじ本人が笑いながら寸劇だと言ってました。

自分のような年寄りで価値のない貴族に、未来ある男爵家の若い娘を嫁がせてしまったのだからと」

「……本人が、そう言ったのか。ならば仕方ない。お子様アンジェは、素直に受け止めてしまったんだな。まだ大人の話には、ついていけないか」


 急にレオ様は、気の毒そうな顔になって、私を見てきました。


「……いやはや、恋を知らない者は、こんな反応をするんですね。王都じゃ、考えられないですよ」

「アンジェさんは、まだ恋愛に興味がおありではありませんものね」


 ちょっと、ライ様とクレア嬢。なんで私から視線を反らせて、顔を見合わせるんですか?


「……アンジェさんって、本当に子供ですのね。弟である北の貴公子に同情しますわ」


 西の赤毛の伯爵令嬢が、うちの弟を巻き添えにしながら、私に哀れみの視線を向けてきますし。


 なんで揃って、そんな反応をするんですか? 失礼でしょう!

 口を開いて文句を言おうとしましたよ。


「……そんな風に、姉さんが恋愛にうといから、僕は心配なんだけど。行かず後家で、独身貴族になりそうで」


 ぼそりと、弟が発言しました。思わず動きが止まりましたよ。

 行かず後家とか、独身貴族とか、気になる発言がありましたからね。


「一度くらい、仲人王子の王太子様に、お見合いを頼んだらどうなの?

きっとピッタリな相手を紹介してくれて、姉さんも恋に目覚めると思うんだけどさ。

姉さんの嫁ぎ先が決まらないと、僕は安心してお見合い出来ないんだからね」


 ゆっくりと、弟へ向き直りました。ぎぎぃと、荷馬車が軋むような音が響いた気がします。

 仮面のような無表情で話しかけましたよ。表情を演じる、心の余裕がありませんでしたからね。


「……別に独身貴族でも構いません。その覚悟はしています。

第一、婚約が破談になった貴族の娘の嫁ぎ先を世話するのは難しいと、レオ様はおっしゃいましたよ。

見合いなどと無駄なことをして時間を浪費するよりは、当主や秘書官の仕事に費やした方がよほど合理的です」

「うん。いつも、そうやって僕を論破するよね。姉さんの嫁ぎ先の心当たりなんて、全く浮かばないけどさ」

「私の嫁ぎ先を探すよりも、次期当主になるあなたの花嫁探しが先でしょう?

家を存続させるのが、貴族として最優先ですよ!」

「……あのね。そんな風にお父さんに説教していたおばさんは、ある日突然、結婚したいって恋人をつれて家に帰ってきたんだよ?

行かず後家でも構わないって、領地経営の手伝いばかりで、見合い話に見向きもしなかった姉さんみたいな人が!」


 くっ、弟が反論してきます。珍しいから、話を聞いてやりましょうか。

 決して、私に余裕が無いからではありませんよ!


「おじい様は、『一生結婚しそうになかった娘が、あっさり恋に落ちたあげく、トントン拍子に結婚したから、孫娘も同じ道を歩むかもしれない』って、言ってた。

おばさんと似た者同士の姉さんも、ある日突然、恋に目覚める可能性があるって、自覚してる?」

「……そのような、夢物語は、有り得ませんよ。おば様は、特殊な例ですね」

「有り得る! 上の妹だって、そうだったんだから!

見合い相手を断るので有名だった医者伯爵の王子に、お見合いで二人っきりになったときに、口説き落とされたし!」

「……あれだって、特殊な例ですね。元男爵家の娘が王太子の仲人でお見合いをすれば、側室として婚約せざるを得ないとは思いますよ」

「結果的に、側室じゃなくて、正室決定だったでしょう! 相手側の王子が、『あの子を正室にしてくれないと、一生結婚しない!』って父親を説き伏せて婚約したの、忘れてないよね?」

「……忘れてはいませんよ。あの決定には、私どころか、レオ様たちも驚いてらっしゃいましたし」

「見合い前に『王族との婚約なんてあり得ない』って笑ってた妹が、見合い後に『運命の相手は存在する』って、顔を赤らめてボーっとしてたんだよ?

うちの血筋は、恋愛結婚が当たり前。ご先祖様からして、恋愛結婚なんだから! 姉さんだって、恋愛結婚するに決まってる!」

「……何を根拠に、そんな事を言うのですか?」

「うちは間違いなく、恋愛結婚する血筋だよ!

そもそも六代前のご先祖様のとき、侯爵家の娘が、平民だったわが家に嫁いだこと自体、おかしいの!」

「王宮の戸籍を見ましたが、結婚適齢期をかなり過ぎていたから、豪農に嫁がせるしかなかったんだと思いますよ」

「姉さんのバカ! 現実主義のバカ!

普通なら貴族に嫁ぐはずなのに、地域の有力者とは言え、農家に嫁いだんだからね。もっと想像力働かせてよ! それに母方だって王家の……」

「母方のひいひいおばあ様は、側室です! とても美人だったから、北の王家の血を持つ侯爵家の息子に見初められて、花嫁になっただけ。顔で選ばれたのに、恋愛ではないでしょう!」


 あぶない、あぶない。弟は、雪の天使の血筋の秘密を、漏らしかけましたからね。

 とっさに遮って、父譲りの眼力で弟を睨みましたよ。さすがに弟は、ちょっと勢いが衰えました。


「でもさ、平民の旅一座の娘が、王家の血を持つ男に嫁いだんだよ?

側室に迎えられるなんて、よっぽど愛がなきゃできないよ!」

「……まあ、それについては、否定する要素はありませんね。

ひいひいおばあ様は、ひいひいおじい様に愛されたから、後妻として嫁いだ訳ですし」

「ほら、姉さんも、恋愛結婚だって認めたじゃないか!

やっぱりうちは、恋愛結婚する血筋なんだよ。姉さんだけが口説き落とされないなんて、絶対にあり得ない!

僕の考えを否定する論理的な説明ができるならば、聞いてあげるよ。反論をどうぞ」


 この! うちの血筋を持ち出されたら、反論できないじゃないですか!

 結ばれる過程はどうであれ、結果的に恋愛結婚と取れる例のオンパレードですからね。


 さすが私の弟です。えげつない戦法をとりましたよ。


「……反論は、ありません。私が知る限り、男性に口説き落とされて、花嫁になった者ばかりですからね。

まあ、血筋的に言えば、私も恋愛結婚する可能性はあるということに、なりましょうか」

「やったー! 姉さんを論破できた! 今日は僕の勝ちだね♪」


 無邪気にはしゃぐ弟の隣で、机に視線を落とすことしかできませんでした。


 悔しい! なんで、こんな事になるんですかね? 

 きっかけは……あー、私が口を滑らせて、押し掛け花嫁のおばの話題を出してしまったからですね。


 ……自分のおバカさんぶりを、恨むとしましょう。

……前回の決意は、どこへやら。おもいっきり日数がかかりました。

寒さに負けて、体調が崩れやすくなっております。

暖かくなったら、もっと元気に過ごせるはず。


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