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84話 ……弟も恋愛結婚に至りそうです

 夏の長期休暇目前にあるテストも、最終日が終了です。現在、教室で放課後のお茶会をしていました。

 私の上司である、王太子のレオナール王子や、いとこのラインハルト王子。それから、将来の王妃筆頭候補のクレア侯爵令嬢たちに囲まれながら。


 私に話の続きを促したレオ様は、新たな聞き手を見つけました。

 偶然、うちの教室の前を通っていた生徒たちに、声をかけましたよ。


「おい、そこのやつら! ちょっと待て!」


 座っていたイスから立ち上がると、廊下に出ていきます。レオ様の周囲に座っていた生徒たちは、突然の行動に驚いていました。


 私にとっては、いつものことです。あきれ混じりの視線を走らせました。

 途中で、緑の瞳と視線が合ったので、無言の会話を交わしましたよ。


『また、レオ様の思い付きが始まりましたね』

『待っていれば、すぐに帰ってきますよ』


 軽く肩をすくめながら、答えてくださったのは、ライ様です。レオ様の行動を熟知しておられますからね。

 慌てず騒がず、ティーアップに手を伸ばし、優雅にお茶を飲まれました。

 私も喉が渇いていたので、真似しました。ついでにお茶菓子も食べましたよ。


「あまり渋味のないお茶ですね。茶菓子が甘さ控えめなので、ちょうどよい感じで、美味しいです♪」


 夏向けで日持ちのしそうな、さっくりしたお菓子です。クッキー生地を軽く巻いた、焼き菓子のようですね。

 かじったときにできる食べこぼしが、少し気になりますが、許容範囲でしょう。

 レオ様の行動にあっけにとられていた弟にも、頂くようにすすめました。


「あ、うん。姉さんがそう言うなら」


 周囲を見渡して、ライ様がお召し上がりになられているのを確認してから、弟も茶菓子に手を伸ばします。

 お茶や新作の茶菓子をくださったご令嬢に、お礼を申し上げるのも、忘れません。人間として、当たり前のことですからね。


「待たせたな。婚約者候補たちを見つけたから、連れてきたぞ!」


 廊下に行っていたレオ様が、満面の笑みで戻ってきました。西地方の貴族令嬢たちを連れて。

 王妃候補である三人のご令嬢たちは、戸惑いの顔で教室に入ってきました。

 燃えるような赤毛の伯爵令嬢が、レオ様に質問しましたよ。先日、王族の女性に質問していた勝ち気なご令嬢がね。


「レオナール様、これはなんの集まりでしょうか?」

「将来の参考にするために、恋愛結婚した夫婦の話を聞いていた。お前たちも聞いていくと良いぞ」

「国王様たちの素晴らしい出会いですか?」

「いや、運命の出会いをしたのは、僕の両親だけでは無かった。

実際にあった、恋愛歌劇のような夢物語を聞いていたんだ」

「王太子様。うちの家族の話は、高貴なる西の姫君たちに聞かせるほどのものではないと思いますよ!」


 私よりも先に口を開いたのは、弟でした。

 西の伯爵令嬢の姿を見たとたん、慌てて声を張り上げましたよ。

 この反応、どう判別すべきですかね。姉としては、悩ましい所です。


「……え? 北の貴公子のご家族の話ですの?」

「そうだ。北の新興伯爵家の話だぞ」

「元男爵家ですわよね」


 伯爵令嬢は、赤い瞳を私たちに向けると、うろんげな目付きになりましたよ。

 西地方の貴族は、北地方の貴族に良い感情を持っていませんからね。


「ほら、レオ様。皆さんの反応を見ました?

うちの家族なんて、恋敵と命がけの決闘とか、男爵と平民の身分差の恋愛結婚とか、命の恩人の所へ押しかけた花嫁とか。そこら辺に、ありふれた話ばかりです」

「そうです、そうです! 姉の言う通りです!

恋愛歌劇に比べたら平凡な話なんて、高貴なる姫君に聞かせるほどではありませんよ!」

「それから、帰りかけている方々を呼び止めるなんて、非常識ですよ。用事があったら、どう責任をとられるおつもりですか?

秘書官として、苦言を申し上げますからね!」


 ロマンチストなレオ様を、ジト目で見上げながら、私は口を開きました。


 なんで、西地方の貴族たちを連れてくるんですか?

 向こうが北地方の貴族である私たちを、心の中で嫌っていると知ってますよね?

 嫌いな相手の話を聞かされるなんて、苦痛だと思いますよ。


 弟も、私に追随して意見を述べました。

 我が家の面白くもない話を、したくないのでしょう。


「……アンジェ。命の恩人の所へ押しかけた花嫁の話は、知りませんよ?」


 ぼそりと発言したのは、ライ様でした。

 優雅にお茶を飲んでおられた王子は、ティーカップを机に置き、王家の微笑みを浮かべます。


「もちろん、話してくれますよね? いえ、話しなさい。王子命令です」


 ちょっと! 笑顔で王子の権限行使ですか!?

 王子命令と言われて、私と弟は硬直しましたよ。

 こんなありふれた話を聞きたいなんて、王族の思考回路は分かりません。


 私から苦言を言われて、口をへの字にしたレオ様は、西のご令嬢たちを見下ろしました。渋々帰宅を促します。


「……えーと、お前たち、帰る途中だったんだよな? 呼び止めて悪かった。

用事があるなら、帰って良いぞ。また王妃教育を受けに来たときに、王宮で会おう」


 ロマンチストなレオ様としては、一緒に感動を味わいたかったんでしょうね。

 お顔に「ものすごく残念だ」と書いてありました。


 レオ様を見上げて、少し考える仕草をしたのは、西の伯爵令嬢です。

 他のご令嬢たちは、何も言いません。この勝ち気なご令嬢が、三人組のリーダーですからね。


「……北の貴公子に、いくつか質問してよろしいかしら?」

「なんでしょうか、西の姫君」


 赤毛の伯爵令嬢は、うろんげな目付きのまま、うちの弟を見ました。

 北の貴公子は、将来の伯爵当主になる弟の通り名として、定着しつつあります。名前負けしないように、弟は敬語を使い始めました。


「命がけの決闘って、本当の話ですの?」

「本当です。父方の祖父は、祖母の婚約者に、騎士として決闘を申し込んだんです。

負けた方は、その場で自害するという条件付きで……」

「まあ! 古代の騎士の決闘を?」

「いやいや、実際には戦っていませんよ! 恋敵が命惜しさに決闘を放棄して、不戦勝ですから。

まあ、祖父の男気に惚れた祖母と、相思相愛になって結婚しましたけど」


 西のご令嬢たちは相思相愛の部分に反応して、顔を見合わせます。赤毛の伯爵令嬢に視線を向けました。

 仕方ないという表情を浮かべて伯爵令嬢は、口を開きましたよ。


「身分差の恋物語は、ご両親の話ですわよね? 単に平民と男爵家のことですのに、それほど騒ぐことだとは思えませんわ」

「ええ、僕もそう思います。平民の祖先を持つ下位貴族の父と、平民である母が恋愛結婚しただけですから。

子爵家のご令嬢と王子が結ばれた『銀のバラの王子』のような、身分差の恋愛を描いた歌劇の足元にも、及ばない話ですよ」


 ………ご令嬢は、表情の作り方が下手ですね。やや瞳孔が開きぎみですよ? 興味を持った証拠です。

 周囲から悟られないように、顔や目線を動かさなければ、せっかく作った「仕方ない表情」に説得力が増しません。


 弟も、私と同様に、ご令嬢の本心を察したようです。

 感情を隠す仮面、「雪の天使の微笑み」を浮かべながら。


「あら、『銀のバラの王子』を引き合いに出しますの?

元男爵家にしては、博識ですわね。恋を分析する学者気取り?」


 話に引き込まれたのを誤魔化すように、小バカにしたような物言いで、伯爵令嬢は弟を見てきます。

 弟は微笑みを浮かべたまま、黙っていました。迷うように数回瞬きします。


 ……あの気配は、ちょっと怒っていますね。

 勘にさわったので、ご令嬢を黙らせる計算でもしてるのでしょう。

 姉としては、やり過ぎないでくれれば、何しても構いませんけど。


 あ、計算完了のようです。真顔になると席から立ち上がり、ご令嬢に近付きました。距離に気を付けつつ、正面に立ちます。


 ご令嬢の近くにいたレオ様は、「何だ?」という視線で見守っておりました。

 止めるつもりは、全くありませんね。


「……君は哲学とでも、言うつもりかい? 哲学なんて真っ平だ。哲学で恋は作れないよ」


 弟は、ご令嬢を見下ろしながら、どこぞの歌劇の台詞を真似し始めます。

 身構えるご令嬢の目線に合わせて、身を屈めました。前髪をかき上げ、ご令嬢と視線を合わせたようです。

 いつもは前髪で隠している、優しげな容姿が露になりましたよ。真摯な眼差しを向けながら、歌劇の台詞を続けます。


「君は知らないの? 暗闇でちりぢりになっている、二人の心をつなぎ合わせるのは、嫉妬深い光の筋。

夜空にまたたく星のような恋の灯火ともしびは、いずれ朝日という大きな愛に変わっていく」


 ご令嬢はあっけにとられたのか、反論を忘れて、弟を見つめます。

 弟は、旅一座の女優だった母仕込みの演技力を発揮して、ご令嬢を一時的に虜にしようとしているようですね。

 うるさい相手を黙らせるには、手っ取り早い方法だと思いますよ。


「君は愛を信じないの? 僕は船乗りじゃないけれど、これほどの宝物を手に入れるためなら、危険を冒しても海に出るよ。

たとえ相手が最果ての海の彼方の岸辺にいても、必ずたどり着けるから」

「……わたくしの気前のよさは、海のように果てしなく、愛する気持ちも海のように深いわ。

でも、あげればあげるほど、恋しさが募るの。きりがないわ」

「君はそう言うけれど、僕の舟は東を目指している。君は僕の朝日だから」

「『ロミウスとジュリーの悲恋』の引用ですわね」


 ご令嬢は、ようやく気付いたようです。途中から弟に付き合って、答えていましたから。

 悔しげな顔になり、つり目の赤い瞳が、弟を睨み付けました。

 演技力をしまい、弟はいたずらっ子の口調で答えます。


「はい、僕は旅一座の座長の孫ですから。歌劇は生まれたときから、身近な存在です。

そして、先程のような祖父母や両親を持つので、恋愛結婚も身近な存在です」

「……先程の発言、撤回しますわ」

「分かっていただけて、何よりです」


 前髪をかけあげた姿勢のまま、弟は微笑みを浮かべます。

 絶世の美女である母似の弟は、優しげな顔立ちで、女性受けする容姿ですからね。

 この顔で「雪の天使の微笑み」を浮かべると、相手は自分の都合の良いように解釈してくれるので、便利なんですよ。

 王子たちが見せる王家の微笑みも、同じ理屈ですけど。


 珍しく、素直に謝罪した伯爵令嬢も、都合の良いように解釈しているようですね。


「それから、忠告しておきます。

王妃を目指しているご令嬢に、そのような顔は似合いません。あなたには、笑顔が似合います。断言できます。

王立学園に入学したときから、王家に仕える騎士見習いとして、あなたをお守りしてきて、よく存じ上げていますからね」

「……善処しますわ」


 弟は、恋の駆け引きを楽しむ、どこぞの王子のような言葉をさらりと言いました。

 ご令嬢はすねた顔で頬を少し染めながら、そっぱを向きましたよ。


 仲人王子のレオ様は、ひそかに二人をくっつけようとしていますので、良き傾向だと思います。


 ……ただ、弟は将来の上司の悪影響を受けているようで、姉としては少々心配でした。

だいぶ体調が戻ってきましたので、少しずつ執筆再開したいと思います。

以前のような、毎日の更新は無理だと思いますが、二~三日に一回くらいの投稿が目標です。



歌劇「ロミウスとジュリーの悲恋」の元ネタは、オペラ「ロミオとジュリエット」です。

敵同士の家柄の二人が恋に落ちる、あの有名な物語です。

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