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80話 特別授業の顛末です

 明日、北国の使者を迎える準備は、着々と進んでいます。王妃教育の一貫で、王族の女性と使者がお茶会をする会場の準備も進んでいます。

 王妃様たちは、初めての実践的な授業の参加者には意識を向けません。王族の女性としての仕事だけを全うされます。

 参加者は、王妃様をはじめとする王族の女性の動きを観察し、自分で学んでいかねばなりません。

 いつものように、講師が手取り足取り教えず、自主的に学ぶ。それが、実践的な授業の目的だと私は思います。


 ……参加者たちは、本物の会場準備する実践授業という方に、意識が向いているようですけどね。

 どちらが正しいのか分かりません。両方をひっくるめたのが、本来の目的かも。


 窓際の机の側で、私と妹は会話をしていました。先ほど、末っ子のエルはお花の飾り方が分からないと、私に聞いてきましたからね。

 舌足らずの妹は、何の気なしに北国の言葉で話しかけてきました。

 うちの兄弟たちは、我が国と北国の言葉を自由に話せますからね。姉の私は、特に疑問もなく、我が国の言葉で返事していました。


『あーじぇおーちゃま、きょきょおはにゃかじゃりまちゅの?』

(アンジェお姉様、ここはお花を飾りますの?)

「いえ、ここはお花だけではなく、北国を表した品物も置きますよ。入り口から見える正面ですからね。いつも、お茶会の授業では、何を置いているか覚えていますか?」

『おちゃー? にゅにょでちゅわ、ちちゅーにゅにょでちゅわ! おーちゃまのちるち!』

(お茶会? 布ですわ、刺繍の入った布ですわ! 王様の印!)

「はい、そうです。普段は、王家の紋章を型どった刺繍入りの布飾りです。

今回は、北国の紋章入りの刺繍も、一緒に飾ることになるでしょう」

『あにょちちゅー、むーかちいでちゅわ。えりゅ、ちちゅーにあー』

(あの刺繍、難しいですわ。エル刺繍苦手ですの)

「苦手と言っても、きちんとやり遂げなさい。ハンカチに刺繍できたんですか? 使者の方に預けて、王子様に届けてもらうのでしょう?」

「おーちゃま、おーちゃま、にーちゃま、でちゅだってもらいまちたあ」

(お母様、お姉様、お兄様に手伝ってもらいましたわ)

「……刺繍は、エルにはまだ難しいですか。お嫁に行くまでには、一人で作れるようになりましょうね」

「あいでちゅの」

(はいですの)

「エルも、アンジェリーク秘書官も、よく会場を観察していましたね」


 私と妹は、のんびり姉妹の会話をしておりました。

 いつから聞いていたのか、王妃様が近くにこられていましたよ。私はびっくりして、振り返りました。


 王妃様は、あまり表情を動かさず、一つの机を指差されました。


「アンジェリーク秘書官、エルや女騎士と一緒に、あの机の飾りつけをしてみなさい。

間違っていたら、私が直します。自分たちで判断しながら、思うようにやってみなさい。

あなたたちは、わたくしの授業の意味を、きちんと理解していますからね。次の段階に進めても、良いでしょう」

「……かしこまりました。ほら、エル、王妃様にお返事は?」

「うけまあーあ?」

(うけたま……なんだったかしら?) 


 王妃様、無茶振りしましたよ。いつものことですけど。思い付きの命令、常習犯ですからね。

 将来の王妃側近候補の女騎士たちに声をおかけして、王妃様の示した机に向かいました。


「貴賓客入り口から一番遠い机か。使用人が控えて出入りする扉近くだから……貴賓客側が大降りで、使用人側に小ぶりな花が鉄則だな。

使用人の動きの邪魔にならないようにするのも大事だし」

「我が国の花は赤やピンク色で良いけど、北国を象徴する花の色は何がふさわしいでしょうね。雪色が鉄板だと思うが、アンジェリーク秘書官の意見を聞きたいです」

「そうですね……雪色の白い花は、決まりです。あとは、王家の色である黄色や青色も良いかもしれません。

あ……エルが王子様に贈るハンカチの色は何色ですか? お二人に説明してあげてください」

「ちりょできーろちちゅーちまちたわ」

(白色で黄色を刺繍しましたわ)

「……白地に黄色の刺繍をしたと言っていますので、黄色の花をつかいましょうか。白の花を主体に、赤や黄色をちりばめる感じで良いかもしれません」

「分かった。今回は、エルが影の主役だからね。エル、きちんとご挨拶して、北国の使者をお出迎えするんだよ?」

「あいでちゅの!」

(はいですの!)


 女騎士たちも、私たち姉妹も、半年以上お茶会の授業、会場準備や片付けに参加していますからね。

 勝手知ったるなんとやらで、あれこれ相談しながら、飾りつけを始めました。



※※※※※



「どうして、あんなに王妃候補の方々は、退屈そうにしていたのでしょうか?」

「お茶会の会場準備なんて、貴族の娘だったら、出来て当然だよ。

社交界の情報交換をする、基本になるんだから。淑女にとっては、日常生活の一部。

それを王妃教育の特別授業なんて銘打って、王宮から通達が来たんだ。

期待に満ち溢れて参加してみれば、やってることは家と同じ。おまけに、王家はエルの婚約について、全面的に支援する話を聞かされたんでしょう? 参加するだけ無駄だって思ったんだろうね」

「……向こうの事情なんて、知りませんよ。無駄だって思っても、態度に出してはなりません。

外交会談の場なら、つけこまれる隙を生みます。

面の皮は厚いと思っていましたが、王妃になるには、演技力不足ですよ」

「姉君は手厳しいね。旅一座の孫娘の姉君たちの目からしたら、彼女たちの貴族の仮面なんて、薄っぺらく映るとは思うけど」


 苦笑いを浮かべるのは、私の将来の義理の弟です。

 医者伯爵家は、王家の分家ですからね。王族の決まりごとは、すべて知っているんですよ。


「あら、王妃教育に無駄は無いのでしょう?」

「うん、無駄は無いね。貴族の日常生活のお茶会と、王宮の正式なお茶会はワケが違うよ。

普段は省略される細かな規則が、すべて再現されるからね」


 仲睦まじく会話をする、うちの上の妹と婚約者の医者伯爵の子息殿。

 お茶会の会場準備の終わりの方に、医者の勉強が終わった二人は、揃って顔を出しました。

 医者伯爵殿は、王妃教育の邪魔にならないように配慮して、北国の言葉でうちの妹に説明したらしいです。

 王族は、周辺国家の語学にも堪能ですからね。うちの妹も、北国の言葉はペラペラですし。

 我が国の言葉でない会話は、王妃教育の参加者も、王宮の使用人も気にもとめず、聞き流したようです。


「ですから、最後にお出ましになられたレオナール王子様とラインハルト王子様のお言葉に、ほとんどの皆さん顔色が変わっておられたんですね?」

「うん。机の位置に、各机の花の飾り方。それから、出迎える相手に合わせた、テーブルクロスの敷き方に、布飾りの位置とかね。

王族の花嫁になるつもりなら、全部覚えて当然。レオやライが、王家のお茶会の原則を間近で見て覚えたか尋ねるのも、自然な質問だよ」


 簡単そうに見える、お茶会の会場準備ですが、実際は複雑です。

 机の数や客人の数によっても、部屋の中に配置する場所が変わるのです。

 普段のお茶会の授業の準備や片付けに、自主参加して何度も繰り返し観察していれば、自ずと覚えれますけど。


「あ、姫君にも、覚えてもらうからね。王族の花嫁になるんだから」

「……私は、姉や妹のように、王妃教育を受けていません」

「大勢を教える王妃教育とは違って、自分の母上が専属で、丁寧に教えるから大丈夫だよ。

覚えられる自信がない?」

「いえ、覚えることには自信があります」

「そっか。姫君の祖先は、記憶力が良かったみたいだからね」

「……初めて聞きます」

「あー、姫君と祖先を同じにする、北の貴族たちは、割りと記憶力が良かったんだ。

だから、同じ子孫の雪花旅一座にも、記憶力が遺伝してるんだと思うよ。

雪花旅一座は、いくつもの歌劇を一日に公演して、日替わりで全く同じ出し物をしないことも過去にはあったよね?」

「ええ。二年前の北地方の巡業のときは、一日に三つの歌劇公演をして、そのうちの二つを、三日間すべて変えて行いました」

「あのね、姫君。普通の歌劇団なら、一つの歌劇を繰り返し公演し続けるんだよ。

雪花旅一座の演じ分けられる数は、異常なんだ。常人の域を越えている。

演技と台詞をすべて覚えているのは、記憶力の良さに起因するというのが、医者としての見解だよ」


 ……なるほど。

 私は記憶に自信がありますが、弟や妹たちも、物覚えは良い方ですね。

 天からの授かり物だと思っていたのですが、祖先から受け継いだ才能?  医者伯爵の子息殿が言うなら、その可能性が濃厚なのでしょう。

 まあ、遺伝云々と言っても、私たちの生活に大きな影響は無いので、気にしません。

 

 うーん、それにしても、私の当初の目的から、会話の内容が遠ざかっていますよ。二人の世界です。

 気をきかせて、妹を連れてくるんじゃ無かったと、少しだけ後悔しました。

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