8話 伯爵家当主になりました
レオナール王子の新しい婚約者候補が選出された、夜。
詳しい一覧表を見せて頂いた、私たち王子の側近は、王子の執務室に集まって、話しておりました。
「……三十名ですか。前回と比べて、ずいぶんと数を増やしましたね。
平民からも、候補者が選出されるとは、予想外ですよ」
「やー、まったく、まったく。
貴族の推薦で決めた前回のことが、よほど懲りたみたいで、貴族は全員閉め出し。
今回は、王家の血筋だけが集まって、秘密裏に決めたもんね」
「自分より年上の女騎士まで、いるっすからね。びっくりしたっすよ!」
「……まあ、人選を見るに、将来の王妃の側近候補も、一緒に選出したのでしょう」
上から、宰相の子息殿、外交官の子息殿、騎士団長の子息殿。そして、私です。
前回は貴族に絞って失敗したと、判断されたのでしょう。今回の人選は、かなり幅が広かったです。
平民からは、豪商と呼ばれる商人の娘。貴族からも、運動神経の良い女騎士に、頭の良い男爵の娘。
およそ、王妃からは程遠い分野の方も、選ばれていましたから。
「なるほど。女騎士は、自分みたいにお守りする側近っすね。ちょっと腕前が気になるっすよ」
「そーなると、豪商の娘は、キミみたいな秘書官候補かな? アンジェ」
「おそらく、そうでしょうね。明るい性格とありますので、笑顔の女性の秘書官の方が、将来の王妃も接しやすいでしょう」
レオ様の親友で、幼少のみぎりから共に過ごしておられる、騎士団長の子息殿は、専属の近衛兵です。
半分以上の王太子妃候補も、側近の役割を期待され、選ばれているのでしょう。
王妃になれる女性は、たった一人ですから。
「側近候補が将来の王妃と共に、王妃教育を受ければ、友情も生まれ、意見交換の機会も増えます。
また、もしも側近候補の一人が倒れて、別の者に業務引き継がれても、王妃教育を通じて、王妃の役割を理解しているので勝手に行動せず、変な事態にはならないと思いますよ。宰相の子息殿」
「は、ははは……アンジェは、手厳しいですね」
私が出血性胃潰瘍で療養中、引き継いでくれた宰相の子息殿は、乾いた笑い声をあげられました。
あなたが独断で動いて、大変な事態を引き起こしましたからね。
四人で笑いながら話し込んでいると、執務室の扉が開かれました。
自室へ帰られたはずのレオナール王子が、入ってきたのです。
「レオ? 忘れものですか?」
「いや、違う。新しい婚約者候補について、アンジェに意見を聞きたくて探していた。
部屋に戻っていなかったから、執務室で残業をしているのかと思ってな」
レオ様を呼び捨てにするのは、いとこでもある宰相の子息殿です。
一人っ子同士で、王宮で兄弟同然に育った二人は、遠慮なく本音をぶつけられる存在ですからね。
「アンジェ、率直に聞く。今回の人選について、お前は納得しているのか?
気に入らないなら、僕の方で父上に言って、取り下げることも可能だぞ」
「あー、人数が多いですからね。以前ほど丁寧に、お一人お一人に向き合うことは難しくなるかもしれません。
ですが、将来の王妃の側近候補ということは、私の同僚になる女性でもあります。相手を知らないうちから、拒否することはできません。
北国の難民や元傭兵たちだって、話し合えば、分かり合えたのですから。なんとか、まとめられるように頑張ります」
私がお答えすると、レオナール様は仏頂面になりました。宰相の子息殿は、目を細め、意見します。
「レオ。おじ上の意向です。国王の決定は、覆りませんよ。
王子足るもの、国益を最優先に考えることです。私たちは王位継承権を持つ者として、そう教育されましたよ」
「……分かっている。父上の顔を立てて、今は引き下がる。だが、またアンジェが血を吐けば、即刻止めさせるぞ」
「その意見には、賛成ですね」
「かしこまりました。体調管理には、気をつけます」
腕組みしたレオ様は、仏頂面で言い放ちました。宰相の子息殿も、同意していますし。
お二方とも、本気で私のことを、心配されているようですから。
*****
三日後、新しい婚約者候補の方々の家に、正式に通達が送られました。
王家からの通達ですが、慎重になる方もいます。辞退する家も、数多くありました。
前回の婚約者候補のように失態を犯して振るい落とされたり、不適格として撤回される可能性もありますから。
そうなれば、家名に傷がつきます。また、ご令嬢自身も、貴族の子弟から軽く見られます。
そしてさらに日数がたち、明日は、新たな王太子妃候補の方々が、国王陛下やレオナール王子に謁見をする日です。
遠方で、めったに王都に出てこない貴族たちも、娘を連れて集まってきました。
それに合わせて、前日に、王国内では五十年に一度とも言われる、稀なる儀式が行われることになりました。
当家の陞爵の儀が行わることになったのです。
陞爵とは、貴族の爵位が上がることで、なかなか実現しません。五十年に一度くらいです。
私は、前回の元王太子の婚約者候補の方々から、男爵風情と罵られ、軽んじられましたからね。
王子の側近が男爵ではいけないという、宰相殿の意見が認められる形になりました。
意義を唱える者もいましたが、国王陛下直々に論破されたそうです。
一番の功績は、領主が居なくなり荒くれ者に支配された北地方を、王命に応えて見事に平定したことだと、国王陛下は告げられました。
このお言葉に、再度進言する貴族は、居ませんよ。
栄華を誇った北の侯爵家さえ、領地を見棄てて王都に逃げてきたくらい、ひどい出来事でしたから。
まあ、当時の私は領主の代行で、父から引き継いだ男爵領にとどまっていました。
平定の実行部隊は、祖父と上の弟です。治安維持支援の国の兵士を引き連れ、恩師から習った北国の言葉で、各地を牛耳っていた元傭兵たちと取引してきてくれました。
戦場から逃げてきた傭兵と、国の正式軍の力の差は、歴然としています。
傭兵たちは抵抗しましたが、最後には降伏を選びました。
※※※※※
そうこうするうちに、ついに儀式が始まりました。数多くの貴族が集まる大広間、その中心の道を、私は歩いていきます。
そこかしこで、貴族からひそひそ声が聞こえましたが、聞き流します。
まあ、衣服を誉めてくれた人がいたのは、うれしいですよ。領民たちから贈られた、新しい服ですからね。
国王陛下の御前でひざまずき、お言葉を待ちました。
「此度は、珍しい服を着ておるな。見たことがない物だが、どこで作っておる? わが妻が興味を示していたぞ」
「はっ。これは、わが領土の民たちからの贈り物になります。
昔ながらの特産品、藍染から作られた衣服に、北の国の刺繍が施された衣服です
北地方の我が国の住民と北国の難民が、三年の動乱を乗り越え、共に協力し合い、生きている証です」
「そうか。北の不毛の地が、ようやく蘇ってきたのだな」
私の返答に、国王陛下は満足されたようでした。
「そなたを北地方の伯爵に封じる」
「謹んで拝命いたします」
国王陛下は剣を持ち、私の肩を叩かれました。この瞬間から、私は伯爵家当主になったのです。
貴族三位の伯爵ですが、北の国境に接する地域も領地に入るので、実質的には辺境伯ですね。侯爵と伯爵の間くらいの地位です。
私は立ち上がると、端の方に下がりました。貴族たちに向かって、国王陛下からの演説があります。
長い長いお話です。そっと周りを見渡すと、最前列にいた母が、目じりを押えておりました。
*****
国王陛下の演説のあとは、大広間で立会食です。
新たな伯爵として、どさ回り……いえ、親睦を深めるために頑張らなければなりません。
……と思っていると、国王陛下から最後に衝撃的な言葉が放たれました。
「今日は、新しき伯爵当主との会話を禁ずる。兵士よ、話しかけた者は、即刻会場から追放せよ。
明日行われる、我が息子の婚約者候補との謁見の前に、良識のない者に余計な口出しをされたくはない。よいな」
会場は静まりますが、仕方ないとのため息がもれました。
視線は、いくつかのご家族に集まります。特に、前回の婚約者候補だった公爵家と子爵家へ向かう視線は、冷たいものでした。
娘がかわいい父親たちは、処分は各家の采配に任せるとした国王陛下のお心を踏みにじり、自宅謹慎処分で終わらせたのです。
あまつさえ、取り巻きの中で、娘が気に入った貴族の子息との結婚話を勧め、自宅から厄介払いする算段だとも、密かな調べで分かりました。
おバカさんって、どこまで行っても、おバカさんなんですね。
儀式に出席した母や、上の弟と妹は、宰相の子息殿と外交官の子息殿が、常にそばにたたずみ守ってくださりました。
お二人と知己のある、良家の方としか話しておりません。
まあ、そこまで心配しなくても、あの動乱期を生き抜いた弟妹は、人を見る目が肥えています。
自力で良縁をつかみ、人脈を開拓していきますよ。
国王陛下のお言葉で暇になった私は、隅っこで騎士団長の子息殿と雑談をしていました。
明日の打ち合わせと説明すれば、王太子の側近である私たちの会話は、特例で許されましたからね。
「文官のアンジェ秘書が、自分と同じ、辺境伯の家になるとは思わなかったっす」
「そんなに驚かないでください、騎士団長の子息殿。私は軍事に疎いので、故郷にいる上の弟に、すべて任せているんですよ」
「来年うちに来る、あの弟っすか? さっき話したけど、三年前より、たくましくなったっすね」
一つ年下の上の弟は、来年から騎士団長の家に住み込みで騎士道を学びながら、王立学園に入学します。
そして、二つ年下の上の妹は、再来年から行儀見習いで、王宮住み込みの侍女なります。もちろん、王立学園に通うためですが。
二人とも、王家の庇護のもと、将来が約束された出世コースに乗りましたからね。
「いずれ、当主は上の弟に譲り、私は一生、王宮務めの秘書官として働くつもりです。
辺境伯には、国境を守る武力が必要ですからね。私には勤まりません。
だから、騎士団の子息殿。将来の辺境伯同士、弟を鍛えて、仲良くしてやってください」
「了解したっす」
以前、私が心労による胃潰瘍で血を吐いてから、領主の仕事は、上の弟が全部代行してくれるようになりました。
「僕が頑張るから、早く病気を治して。お父さんのように、死なないで。絶対、約束だよ!」って、王宮にお見舞いに来たとき、大泣きしましたからね。
領主の仕事が無くなってから、私は王太子の秘書官の仕事に専念できるようになりました。
その結果、持病の胃痛が起こる回数が、劇的に減りましたよ。
領主と秘書官の両立は、私の思っていた以上に負担になっていたようですね。
*****
少しだけ、この儀式の後日談を語りましょう。
貴族各位から、冷たい視線をあびた公爵家と子爵家は、ようやく重い腰を上げました。
前回の最終候補であったファム嬢とルタ嬢。お二人は、取り巻きの貴族の子息と一緒に、自主的に王立学園を退学しました。
子爵家のルタ嬢は領地へ引っ込みました。女性だけの修道院に行かれたそうですよ。
ぶりっこしても、修道女では、一生独身決定ですかね。身から出た錆ですよ。
公爵家のファム嬢は、隣国へ留学することになりました。
頭がお花畑さんは、「西国の王族に見初められて、こちらの王家を見返してあげるわ」と言い残し、国境から旅立たれたそうですが。
お見送りした公爵家の従者が、青ざめた顔で、わざわざ私に教えてくれました。
父親である公爵当主は、家のためにファム嬢を切り捨てることにしたのですね。
なので、宰相殿と相談して、手を打ちましたよ。
国王陛下の弟である宰相殿にしたら、甥っ子であるレオナール王子がコケにされ、実家の王家に泥を塗られたのです。怒り心頭でした。
西国には、宰相殿の奥方様の実家があります。
「ファム嬢は国外追放した罪人である。行動に気をつけるように」と、忠告する手紙を送りました。
手を打つと言っても、それだけですよ。あとは、奥方様の実家に丸投げしておきます。
お二人とも、レオナール様や王家を謀ったのですから、当然の結末です!