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79話 貴公子の花嫁候補を観察しました

 北国の使者を、明日、王宮に迎える予定です。

 使者のおもてなしの一貫で、王族の女性たちとのお茶会が予定されていました。

 そのお茶会の会場準備が、今日の王妃教育の授業です。王立学園のテスト期間中に行われることになった、特別授業ですね。

 その会場に入室された王族の女性。先代王妃様、現王妃様、王弟妃殿下の宰相の奥方様は、不機嫌まっしぐらでした。

 王妃教育に参加している、王妃候補と王妃の側近候補たちは、戦々恐々としながら、授業を受けていましたよ。


 王族の女性たちが参加者から距離を取ったとき、不機嫌の原因となった西の伯爵令嬢に、声をおかけしました。

 時間が少ないので、直球勝負です。


「西の伯爵のご令嬢、少々よろしいですか?」

「なんですの、アンジェさん?」

「えーと、西地方の貴族が、北地方の貴族を嫌う傾向があるのは、知っておりますが……」

「あら、西地方の貴族の特徴をご存じでしたの」

「王宮に居れば、嫌でも感じ取りますよ。ですから忠告することにしました」

「あら、忠告とは、何かしら? なんのおつもり?」

「ご令嬢は、王妃様たちに意見できる気概をお持ちで、王妃候補の中では見所があると、王太子の秘書官として判断しました。

私が将来の王妃の秘書官になるのは、ご存じですよね」

「……ええ、王妃になれば、アンジェさんは側近になりますわね」


 このご令嬢、つり目で、気が強い外見をしています。赤毛の髪も、深紅の瞳も相まって、燃えるような第一印象を受けますね。

 私に対して、堂々とこのような反応をする辺り、なかなか楽しませてくれますよ。


「それを踏まえて、話を聞いてください。

さっき王妃様たちがおっしゃったように、私たちは北の雪国の王家の古き血筋と、王位継承権を持ちます」

「……北国の王位継承権?」

「そちらは、ご存じありませんでしたか。まあ、いいですけど。

あなたは、将来の王妃として、軍事国家の雪の国と戦うおつもりなのですか? 戦争を知る、西地方の貴族なのに?」


 深紅の瞳が、少し揺らぎましたね。

 昔、西国と戦争をしたときに、戦場になったのは西地方です。

 ご令嬢の家は戦後復興に伴い、復興資金を差し出して、流れの商人から貴族になった、王家の血を持たない振興貴族。

 少なくとも、祖父母から戦争や戦後復興に関する話を聞いていることでしょう。


「……お話の続きを聞きますわ」

「私たち北地方の貴族を、北国の王族にしたいと思っているのなら、悪く言い続けて構いませんよ。

我が国からつまはじきにされたら、私たちは、北国の王家を頼るしかなくなります。

つまり、私の治める北地方は、この国の王都と接する、北国の南地方になる可能性があるのです」

「あら、我が国の領地を、北国に渡すと思っていますの?」

「あなたが、そうなるように仕向けています。

北国の使者を明日迎えると言う、我が国にとって大事な時期に、争いの火種を持ち込もうとしています。

さっき、あなたが先代王妃様に申し上げた内容を、お忘れですか?」


 つり目で睨んでくるご令嬢は、何か言いたそうにしてます。畳み掛けましょう。

 口達者な私が、相手の反論を許すはずないでしょう? 独壇場に決まっています。


「王妃を目指すつもりならば、王家やこの国の利益に関しても考察して、ご自分の言動に責任を持ってください。

現在の王家は、うちの末っ子と北国の王家との婚約に関する話に、敏感になっております。

国家間の結びつきを強くしたい王家としては、婚約破棄はあり得ません。

国王陛下の方針に逆らうのなら、我が国に戦争をもたらそうとした国賊として、処罰される可能性すらあるのですよ。ご理解していましたか?」


 ちょっと脅してみました。相変わらず、つり目で睨んできますね。

 これぐらい骨のあるご令嬢でなければ、将来の伯爵夫人は勤まりませんよ。


 私の下の妹、エルは北の雪の国の王子と婚約中。

 王宮に住む本家王族は、この婚約を全面的に支援することを決めました。現在の本家王族には、王子しか居ませんからね。

 分家王族にいる王女は、頭お花畑で役立たず。無能っぷりをさらして、春の国に居られなくなり、西国に留学中です。

 他国の王族と婚姻できる貴族の娘が居るならば、将来の国益を見込んで、春の王家が支援するのは当たり前ですよ。


「見所のある王妃候補が、婚約を壊すなど、愚かな行為をしないことを願います。

私も、妹も、この国で生まれ育った、北地方の貴族です。

妹は、この国の代表として、北国との良好な関係を保つために、輿入れするのです。北国の王族として輿入れするのではありません。

きちんと、根底部分を理解しておいてください」


 つり目のご令嬢は、私への敵意むき出しで、睨みます。

 西地方の貴族ですからね。北地方の貴族の私が嫌いなのは、仕方ないでしょう。

 その嫌いな相手から、正論で叩き伏せられました。自尊心が傷つけられ、腹正しく思っているはずです。


 一触即発になった場面に、うちの末っ子が割り込んで来ました。

 私の服を引っ張りながら、舌足らずな発音で話しかけてきます。


「あーじぇおーちゃま、おはなちおわりまちたの?」

(アンジェお姉様、お話は終わりましたの?)

「……エル、女騎士の皆さんのお手伝いをしなさいと、お姉様は言いましたよね?」

「おてちゅだいちまちたわ。つきゅえのかじゃり、わきゃりゃないから、きーにきまちたの!」

(お手伝いしましたわ。机の飾りつけで分からないところがあるから、聞きに来ましたの!)

「分からないところがあるなら、お姉様ではなく、王妃様に尋ねなさい。

エルは将来、王子様のお嫁さんになるのです。王妃様も、昔は王子様のお嫁さんだったから、きちんと教えてくれますよ」

「あーじぇおーちゃま、おちえてくれまちぇんの?」

(アンジェお姉様は、教えてくれませんの? )

「はい、教えません。王妃様に聞きなさい」

「……わきゃりまちたわ」

(……分かりましたわ)


 末っ子はしょんぼりすると、私の服から手を離して、とぼとぼ歩き始めます。

 途中で私を振り返ると、頬を膨らませて不満顔になりました。何度も、何度も、振り返り、私を見ます。


「……エル、後でお姉様が教えてあげますから、分からないところはそのままにしておきなさい」

「あいでちゅの♪」

(はいですの♪)


 ……根負けしたので、私が折れることにしました。無邪気な笑みを浮かべると、エルは飛ぶような軽やかな足取りで歩き出します。

 本当にワガママですよ、末っ子は。


「そういえば……ご令嬢に聞きたいことがありました。

うちの妹、西国の語学特別授業で、邪魔をしていませんか?

さっきみたいな調子で、ご迷惑をおかけしていないか心配で、心配で」

「え? ええ、北の貴公子は、エルちゃんの面倒をきちんと見てくださっていますわ。

兄妹揃って、大人しく授業を受けておりますわよ」

「そうですか。やっぱり、弟も行かせて、正解でした。上の兄弟が一緒にいないと、末っ子は大人しくないですからね。

ご令嬢の弟君はしっかり者と伺っていますので、そのようなことはなかったと思いますけど」

「……弟は、要領が良いだけですわ。上の私の失敗を、すべて見ておりますから、真似しないようにしますの」

「……上の兄弟の立場って、どこの家も同じなんですね。一番上は損をしますよ」

「……あら、アンジェさんも、私と同じですのね。本当に、姉は損な立場ですわよ」


 ご令嬢は話題の転換に戸惑いながらも、答えてくれました。

 うちの末っ子のおかげで、少しだけ近親感を持ってくれたようです。良い傾向ですよ。


 「北の貴公子」は、うちの上の弟の通称です。北地方の貴族はうちだけで、弟は将来の伯爵当主ですからね。

 現当主の私は「北の女伯爵」と呼ばれることに対して、いつの間にか名付けられたようでした。


「うちの弟と妹、もうしばらく西国の特別授業に同席すると思います。

弟は将来、ラインハルト王子の側近になる予定なので、西国の言葉をどうしても覚える必要があるので。

これからも、二人を宜しくお願いします」

「あら、北の貴公子は、ラインハルト様の側近に?」

「はい。近衛兵になる予定です。母譲りの容姿のおかげで選抜されて、騎士団入りする前から決定しているんですよ」

「北の貴公子は、お顔も性格も、素敵な殿方ですもの。本当の騎士と言うのは、あのような方を指すのでしょうね♪ 近衛兵入りも、納得できますわ」

「姉の私としては、堅物な性格に少々苦労しています。未だに恋人も、婚約者も居ませんからね」

「……王家がお見合いを世話してくれる予定と、お聞きしましたわよ。仲人王子の見立てでしたら、間違いないでしょうに」

「見合い前提では、おりますけど。弟が自分で選んだご令嬢ならば、私は認める予定ですよ。

うちの両親は、貴族には珍しい、恋愛結婚ですからね。弟が恋愛結婚を選ぶなら、それも運命だと思いますよ」

「……そうですの。北の貴公子が選ぶのは、どのような姫君でしょうね。

恋愛結婚のできる貴族など、そう多くはありませんわよ」


 よし、脈あり!

 なんやかんやと理由をつけて、ご令嬢の習う西国の語学授業に、弟を放り込んだ甲斐がありましたよ♪


 仲人王子こと、王太子のレオナール王子は、このご令嬢をうちの弟の花嫁にするつもりです。

 私たちの敵である、西の公爵派のご令嬢ですが、西の公爵が企む陰謀に巻き込まれてるんですよ。

 陰謀の一貫で、王妃候補なのに、西国へ嫁がされそうになっています。

 ご令嬢本人は、陰謀自体は全く知らないようです。王妃になれないのだから、お家のために、西国へ嫁げと言われたようですね。

 ですが、ご令嬢は西国へ嫁に行きたくないと、父君に反発を始めました。

 そこに付け入る形で、ご令嬢を徐々に私たちの味方に引き込んでいます。


 手始めが、西国の語学特別授業への参加。

 ラインハルト王子の母君は、西国の姫君です。王宮における西国の言葉の位置付けは、ラインハルト王子に関する話に結びつくことが多いです。

 この西の伯爵令嬢も、自分の受ける西国の語学授業をラインハルト王子と結びつけました。

 ラインハルト王子に密かに気に入られて、妻になるために勉強していると、思っているようです。


 実際は、ラインハルト王子の側近である、うちの弟の妻予定ですけどね。


 他の西の公爵派で、王妃候補のご令嬢は、このご令嬢のような強気な性格が見当たりません。

 なんと言いますか……頭が、ぷちお花畑?


 まあ、西の公爵令嬢が、頭お花畑のご令嬢でしたからね。

 取り巻きであったご令嬢たちが、影響されるのも仕方ないでしょう。

 はっきり言って、王宮にとって、害悪にしかならない存在です。

 要りません。国政を行う上で、邪魔です。


 私のレオナール様の邪魔になるものなど、すべて排除します!


 ……私のレオナール様? 私の?


 うーん、変な方向へ、思考が傾いていますね。

 今の私は、将来を考えすぎて、レオ様を崇拝しすぎているようです。

 もうちょっと冷静にならなければ、いけませんね。

 私はレオ様の親友で、王太子の秘書官なんですから。しっかりしましょう。


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